199話―水底の都の目覚め

「ふう、何とか倒せましたね。どうなることかと思いましたが……まあ、よしとしておきましょう」


「ああ、無事に勝ててよかった。リリンの方は……どうだろうな」


 死闘の末、無事に獅子頭のケモノを打ち倒したアゼルたち。これまで特に役に立っていないゾダンにリリンたちの様子を見に行かせ、その間に休憩する。


 ケモノを構成していた鎖の残骸が急速に風化していくのを眺めていると、メレェーナを連れたゾダンが戻ってきた。多少傷はあるが、大事には至っていない。


「おー、そっちも終わったんだねー。よかった~、みんな勝てたね!」


「ええ、本当によかったです。……でも、リリンお姉ちゃんはだいぶお疲れみたいですね」


「うん。いろいろあったから~。実はね……」


 メレェーナの背中におんぶされ、寝息を立てているリリンを見て心配そうにするアゼル。そんな彼に、メレェーナはサイ頭のケモノとの戦いの一部始終を話して聞かせる。


「なるほど、そんなことが……。リリンお姉ちゃん、大活躍だったんですね。メレェーナさんも、足は大丈夫ですか?」


「へーきへーき! 腐っても神様だもん、もうすっかり……いてて」


 余裕をアピールするべく、ピースサインをするメレェーナだがすぐ顔をしかめる。どうやら、まだ足の傷が完全に塞がっていないようだ。


 出血は止まっているようだが、痛みはまだそれなりに強いのだろう。この状態で山道を歩くのは酷と言えた。


「あんまり無茶しちゃダメですよ? よーし、メレェーナさんの足がちゃんと治るまで、ぼくがメレェーナさんをおんぶしてあげます」


「ええっ!? へーきだよ、あたしなら空飛べるし」


「遠慮しないでください。頑張って戦ってくれたお礼と労いですから。では失礼しますね……よいしょっと!」


「わひゃっ! おお~、アゼルくん力持ち~! こりゃー楽チン楽チン!」


「リリンは私がおぶってやろう。全く、バカ妹め。無茶をやるのは昔から変わっていないな……やれやれ」


 アゼルがメレェーナをおんぶした後、フェルゼはリリンをひっぺがし自分で背負う。口調とは裏腹に、表情には慈愛の笑みが浮かんでいた。


「そろそろいいか? さっさと出発するぞ。……っと、その前に。これを渡しとくぜ」


「なんです? これは」


 退屈そうに一部始終を見ていたゾダンは、懐から四本の小型注射器と大量の試験管を取り出す。琥珀色の液体に満たされた試験管を見て、アゼルが問う。


「ワープゾーンに隠してある万能解毒剤を持ってきたっつったろ? この試験管の中に入ってるのがそれだ。一人につき十本ある。持ってけ」


 そう言うと、ゾダンは注射器と試験管をアゼルが羽織っているローブのポケットに入れる。フェルゼとメレェーナにも、一つずつ注射器と試験管を渡した。


「残りは頂上に着いてからだ。もたもたしてる時間はねえんだろ? もう行くぜ」


「やれやれ、勝手な男だ。だが、まあ……ありがたく貰っておくとしようか。ケモノの侵食にも効く薬などそうはないからな」


「そうですね、フェルゼさん。さ、行きましょう」


 道を阻む者たちを蹴散らしたアゼルたちは、ワープゾーンを経由して山頂を目指す。一時間ほどして、一行はようやく目的地に到着した。


 ぐるりと円を描く山脈の頂上、かつての魔導都市が沈められた湖へと。


「わー、おっきな湖。向こう岸が見えないやー」


「そうですね、メレェーナさん。……この中に、メリトヘリヴンが沈んでいるんですね……」


 想像よりも遥かに大きい湖を見て、アゼルとメレェーナは圧倒される。一方、ゾダンは湖岸から離れた場所で嫌そうな顔をしていた。


 自分たちのやらかしが脳裏に浮かんでくるのが嫌なのだろう。まあ、すべての自業自得でしかないが。


「ああ、そうだ。この湖の底に、私たちが暮らしていた街がある。さて……バカ妹、いつまで惰眠を貪っているつもりだ? もう着いたぞ、早く起きろ!」


「んふ……アゼル、もう食べられんぞ……むにゃ」


「……さっさと起きんかぁ!」


「へぶぇっ!?」


 身体を揺すって妹を起こそうとするフェルゼだったが、涎をだらしない寝言を漏らすリリンにイラッときたようで、容赦なく地面に投げ落とした。


 潰れたカエルみたいな情けない声を出しつつ、リリンは目覚めの時間を迎えた。おもいっきり顎を打ったらしく、ぷるぷる身体が震えている。


「な、何をするんだいきなり……。人が気持ちよく眠っていたというのに」


「ほう、ならまた眠らせてやろうか? 永遠に」


「うむ、今シャッキリ起きた。おはよう、アゼル、姉さん」


 炎の槍を呼び出しながらドスの利いた声で話しかけてくるフェルゼを見て、リリンはビシッと気を付けの姿勢になる。


「まあいい。リリン、私たちはようやく戻ってきた。この水底に消えた街に。かつて失ったものを取り戻すためにな」


「……千年、か。あまりにも、長かったな……姉さん」


「ああ。私の見立てが正しければ、この湖の底で今も生きている。鎖の苗床のコアとして、姉弟子たちが……そして、エルダ様が」


 リリンとフェルゼの言葉に、アゼルたちは黙って耳を傾ける。千年の間、彼女たちがどれだけの悔恨を抱いてきたのだろう。


 愛する者たちを救えなかった無念と哀しさを糧に、彼女たちは舞い戻ってきた。かつて救えなかった者たちを、必ず助けてみせると。


「……アゼル。私と姉さんは封印を解くための準備をする。君たちはここで待っていてくれ。出来るだけ、岸から離れた場所でな」


「分かりました。でも、もしお手伝い出来ることがあるならぼくも手を貸しますよ?」


「ふふ、その気持ちだけで十分だ。なに、すぐに終わる。壮観だぞ、全ての水が消えるんだからな」


 いよいよ、メリトヘリヴンにかけられた封印が解かれる時が来た。リリンとフェルゼは空高く浮かび上がり、眼下に広がる湖を見下ろす。


 向かい合った状態で互いの手を繋ぎ、小さな声で呪文の詠唱を行う。すると、二人の足元に幾何学的な模様を持つ魔法陣が浮かび上がる。


「始まりましたね、メレェーナさん、ゾダン。ここからが、本番ですよ」


「ヘッ、オレが着いてるんだから心配なんて一つもねえよ。安心しときな。後ろから刺すのはおめえらじゃなくてケモノだ」


「えー、全然安心出来なーい」


「同感で……! あ、湖が……」


 ゾダンに冷たい目線を向けていると、水面が震え始めた。空を見上げると、魔法陣は湖全域を覆うほどの大きさになっている。


「……今こそ、封印を解く時。水底に沈みし都よ、今一度その姿を我らの元に現せ。かつての威光を再び世に知らしめよ」


「我ら封印の巫女、リリンとフェルゼの名において、戒めを打ち消さん。眠りの時代ときは終わり、目覚めの日が来たれり」


 詠唱が最終段階に入り、少しずつリリンとフェルゼのセリフがシンクロしていく。握り締めた手を通して互いの魔力を循環させ、魔法陣に込める。


 そうして魔力の純度を高め、封印を打ち破るための力を蓄えていく。そして、ついに……その時が訪れた。


「封印解除……リバース・ティアーズ!」


 二人が同時に叫んだ直後、魔法陣が勢いよく降下し湖に叩き付けられる。魔法陣を通して、遥か離れた海へと水が転移していく。


 水位が下がっていくにつれ、いにしえの都がその姿を現す。今、アゼルたちの前で……魔導都市メリトヘリヴンが、復活した。


「これは……予想以上に……」


「おっきな街だねえ……。それに、結構深いよ? おっこちたら死んじゃうよ、これ」


「おーおー、こりゃあいい眺めだ。まともな状態ならもっといいんだがな」


 湖岸から下を見下ろすと、無数の建物の屋根が遥か下の方に見える。地面は見えず、暗い穴がぽっかりと開いていた。


「封印は解かれた。これで、メリトヘリヴンに入れるだろう。だが、急がねばならんぞ。ケモノどもが間もなく目覚める。外に逃げられたら厄介だ」


「向こうの崖に街へ降りるリフトがある。行こう、アゼル」


「はい!」


 封印を解除し、降りてきたリリンとフェルゼに導かれアゼルたちは街へ降りるリフトへ向かう。その途中、錆びの匂いを纏う風が一行のもとに届く。


 ケモノたちが彼らを獲物として歓迎しているのか、縄張りを荒らす侵入者として威嚇しているのか……それは分からない。


「……例え何が待ち受けていようと、ぼくたちは止まらない。必ず、やり遂げてみせる」


 そう呟き、アゼルは歩を進める。

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