198話―獅子の最期

 リリンたちの戦いが決した頃、アゼルとフェルゼの戦いも佳境を迎えようとしていた。少しずつではあるが、獅子頭のケモノを追い詰めていく。


「反対側に回り込め、アゼル! 挟み撃ちだ!」


「分かりました、てやっ!」


「そうはさせぬわ! レオ・クロー!」


 左右から同時に攻撃を叩き込もうとするフェルゼを狙い、ケモノは鋭い爪を振りかざす。獲物を切り裂かんとするも、そこにアゼルの声が響く。


「させませんよ! ガードルーン、イジスガーディアン!」


「チッ、鬱陶しい障壁め!」


「隙だらけだな。フラムシパル・スピア!」


 フェルゼの前にドーム状のバリアが張られ、獅子頭のケモノの攻撃を遮断する。チャンスを潰され苛立つケモノに、炎の槍が突き出された。


 が、華麗な身のこなしで槍を回避されてしまう。ケモノはアゼルたちから距離を取り、翼を再生しようと試みる。だが、封印の力は強くまだ無理なようだ。


「大丈夫ですか、フェルゼさん」


「問題ない。君が張ってくれたバリアのおかげでかすり傷一つないさ。それにしても、あの咄嗟の判断力と魔法展開の速さ……驚嘆に値する。素晴らしいの一言だ」


 遠距離から伸びてくる鎖をかわしつつ、アゼルたちは合流する。ケモノの攻撃を捌きつつ、フェルゼは称賛の言葉を並べ立てる。


 封印の巫女たる彼女が絶賛するほど、アゼルの持つ力が強大なのだ。ヘイルブリンガーで鎖を叩き斬りながら、アゼルは照れ臭そうに笑う。


「いえ、そんなに誉められるようなことでも……」


「いやいや、とんでもない。世が世であれば、ギャリオン王に叙勲されるほどの力だ。惜しいものだね、あと千年早く生まれていれば」


「余裕だな、封印の巫女! 先ほどからペラペラと……ならば、我も本気を出させてもらう! ルストブレス!」


 余裕綽々なフェルゼにさらに苛立ちを募らせた獅子頭のケモノは、鎖による攻撃を止め新たな戦法に出る。大きく息を吸い込み、灰色の煙を吐き出した。


「これは……! アゼル、この煙を吸い込むな! 身体の内側から侵食されるぞ!」


「え!? わ、分かりました!」


 ケモノの攻撃に見覚えがあるらしく、フェルゼは素早く警告した後火の布を作り出し口と鼻を覆う。アゼルも彼女にならい、顔の下半分を冷気で覆い煙を吸わないように防ぐ。


「気を付けろ。千年前も、この煙のせいで……多くの民がケモノにされた。皆、苦しみながら……」


「だが、そのおかげで我のようなケモノになった。貴様よりもさらに上位の存在になれたのだ、感謝してもらいたいものだな! チェーン・ウィップ!」


 獅子頭のケモノは煙を広範囲に拡散させつつ、アゼルたちのフェイスガードを剥ぎ取ろうと目論む。尻尾を伸ばし、鞭のように振るう。


 尾を避けながら、フェルゼは顔を歪めて叫びをあげる。


「より上位の存在だと? ふざけるな! お前たちはだの失敗作だ。我々が犯してしまった罪の残滓に過ぎない。そんなお前たちが、大地の民より上などと片腹痛いわ!」


「ハッ、違うな。我らこそが、生命の進化を体現する者よ。失敗作なのは貴様ら大地の民の方だ。母たる苗床こそが、この大地の支配者に相応しいのだ!」


 炎の矢と尻尾の応酬をしながら、一人と一頭は互いの主張をぶつける。その間、アゼルは煙に紛れてこっそりとケモノの背後に回り込む。


 先ほどは失敗した挟み撃ち作戦を成功させるべく、ゆっくり慎重に歩を進める。あと少しで真後ろに回り込める、というところまで来た。


 が……。


「よお、待たせたな。戻ってきたぜ、このオレがよ」


「!? ゾダン!? 今は話しかけないでください!」


「! 貴様ら、いつの間に我の後ろに! スパイラル・ルストブレス!」


 どこかへと姿を消していたゾダンが、よりによってアゼルのすぐ側に戻ってきたのだ。ビックリしたアゼルは思わず声を出してしまい、相手に気付かれる。


 獅子頭のケモノは素早く後ろに振り向き、二人同時に仕留めんと螺旋状のブレスを吐く。


「うわっ……うっ、しまった!」


「アゼル! チッ、あの愚物め、本当に役に立たんやつだ!」


 直撃こそ免れたが、風にあおられてフェイスガードが霧散してしまい、僅かだがアゼルは煙を吸ってしまった。


 その直後、異変はすぐに現れた。身体の内側から、何かを削られていくような感覚がアゼルを襲う。侵食が始まったのだ。


「なんだなんだ、どうしたってんだ?」


「愚か者が! 貴様のせいで、アゼルが煙を吸ってしまったではないか! このままでは、ケモノになってしまうぞ!」


「ふーん。ま、問題ねえよ。を取りに行ってたからな。オラ、こっち来な!」


 ケモノの足止めをしつつ怒鳴り散らすフェルゼを尻目に、ゾダンは腰のポーチから注射器のようなものを取り出す。


 そして、謎の薬品が満ちたソレをアゼルの首筋に注射した。侵食の苦しみで抗議の声も出せず、ゾダンを睨んでいたアゼルだが……。


「……あれ? 身体が痛くない?」


「今打ったのは、オレたちがよく使う万能解毒剤だ。古今東西、毒の種類を問わず何でも治せる。次のワープゾーンにある倉庫から、わざわざ持ってきてやったんだ。感謝し……痛っ!」


「ありがとうと死んでくださいを両方あげますよ、ゾダン」


 どうやら、ゾダンは万一に備えて物資を取りに行っていたようだ。そのおかげでアゼルは危機を免れた……が、そもそもゾダンが勝手なことをしなければ侵食もされなかった。


 ということで、お礼を言いつつヘイルブリンガーで真っ二つにぶった切っておくことにしたようだ。気分が晴れたアゼルは、反撃を開始する。


「さあ、ここからが本番ですよ! もう出し惜しみはしません。また余計なトラブルが起きないうちに……終わらせます!」


「フン、やれるものならやってみろ。また侵食してくれるわ! スパイラル・ルストブレス!」


「同じ手は二度も食らいません! クリアルーン、イビルクリーナー!」


 バックジャンプしつつ、獅子頭のケモノは再び螺旋のブレスを放つ。それに対抗し、アゼルはルーンマジックを詠唱する。


 白い旋風が巻き起こり、錆び付く侵食のブレスを浄化し消し去っていく。必殺の一撃を破られ、ケモノに動揺が走る。


「な、なんだと!?」


「おっと、隙アリだぜ? 戦技、タイフーンダンス!」


「ぐうっ……! まずい、傷を癒さねば……!」


 動きが止まったところに、ゾダンの連続攻撃が放たれる。不可視の斬撃をモロに食らい、ケモノの全身に裂傷が刻まれた。


 獅子頭のケモノも、これほどの傷を負えばまともに動くのは困難なようだ。一度離脱し、傷を癒そうとするも、フェルゼが追撃を加える。


「逃がすものか! ディバイン・サンクチュアリ!」


「しまっ……ぐおあああ!!」


 ケモノの足元に五芒星が描かれた真っ赤な魔法陣が浮かび上がり、星の先端から現れた五本の鎖がケモノの身体を貫く。


 これでもう、逃げることは出来ない。フェルゼは振り返ることなく、アゼルに向かって叫ぶ。


「今だ! 奴にトドメを!」


「はい! これで終わりです! パワールーン、シールドブレイカー!」


「チィィ、ここで終わるわけにはいかぬ! ルストブレス……フルバースト!」


 赤熱するヘイルブリンガーを上段に構え、アゼルは獅子頭のケモノの懐に飛び込む。ケモノは全力を込めた錆びのブレスで迎撃するも、無意味であった。


 破壊に特化したルーンマジックの前には、どんな抵抗も役目を為さない。振り下ろされた斧は、ブレスともどもケモノの身体を真っ二つに切り裂いた。


「てやああああーーーっ!!」


「グ、がはぁっ!!」


 断末魔の叫びを漏らしたあと、獅子頭のケモノは崩れ落ちる。二体のケモノとの戦いに、ようやく終止符が打たれた。

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