195話―静寂が満ちる山嶺

「む、あそこだアゼル。あの山の頂上にメリトヘリヴンがある」


「分かりました。では、ふもとに降りますね」


 しばらくして、アゼルたちは目的の手前、山脈入り口に到着した。いびつな円形を形作る山脈の頂上は、不可視の結界に覆われている。


 フェルゼの言った通り、ここからは歩きで山脈を登っていく必要があるだろう。最も、今回はゾダンの協力があるため大幅に近道出来るが。


「ひゃー、おっきい山! ここを登るのは大変そーだねぇ」


「ああ。ま、今回はゾダンあのバカタレがワープゾーンを使わせてくれるというのだから、ありがたく……ん? アゼル、あれは」


「……何か生えてますね、あそこ」


 登山道の入り口に、人の下半身が生えていた。身体が透き通っていることから、どう考えてもアゼルに吹っ飛ばされたゾダンであろう。


 あまりの勢いに、地面に埋まったようだ。しばしの間、にょっきり生えた尻を眺めた後アゼルたちは……。


「先に行きましょうか」


「ああ、行こう」


「そうしようか」


「れっつごー!」


 無視することにした。が、そうは問屋が卸さないとばかりに、ゾダンが地面から身体を引き抜いた。アゼルたちの前に回り込み、道を塞ぐ。


「待てやコラ! せっかくの出迎えをスルーしてんじゃねえ!」


「あーあー聞こえませーん。ぼくたちはなんにも聞こえませーん!」


「んのガキ……! まあいい、着いてこい。ワープゾーンまで案内してやる」


 これから大変な戦いが待っているであろうことが容易に想像出来るため、極力心身の疲労を防ぎたいアゼルは聞こえないふりをする。


 ピキピキと青筋を立てながらも、ゾダンは先頭に立って一行をワープゾーンへ連れていく。山頂へ続く登山道に入り、上へ登る。


「わあ、だいぶ荒れちゃってますね……。もう、ほとんど獣道みたいになっちゃってます」


「仕方ないさ。千年もほったらかしだったんだ、むしろ道が残っているだけありがたいものだ」


 かつてメリトヘリヴンと外界を繋いでいたのだろう登山道は草木が生い茂り、廃墟同然の状態になってしまっていた。


 石作りの階段はヒビ割れ、雑草に埋もれてしまいほとんど見えない。足元に気を付けていないと、うっかりつまずいて転んでしまうだろう。


「こっちだ、着いてこい。この先に一つ目のワープゾーンがある」


「む、こんなところに横穴があるとは。お前たちが掘ったのか?」


「あたぼうよ。ワープゾーンを隠しとくために、爆破魔法でドーンとな」


 十分ほど登山道を登ったところで、ゾダンが脇道を指差す。つい最近新しく踏み固められた脇道の先に、山肌をくりぬいて作られた洞窟があった。


 万が一に備えて、洞窟の奥にワープゾーンを設置したのだという。アゼルたちは脇道を進み、洞窟の入り口まで行く。


「お前らはここで待ってろ。結界を解除してくる。その前に洞窟に入ったら、一瞬で消し炭になるぜ。こんな風にな」


 入り口の前に着くと、ゾダンは足元に落ちていた小石を広い無造作に放り投げる。洞窟の中に入ると同時に、小石は消滅してしまった。


「わ、こりゃすごーい。確かにこれは入れそうもないね」


「小賢しい奴らだ。愚物の集まりのクセに、なかなか高度な結界を用いおる。ま、エルダ様の足元にも及ばんがな」


 ゾダンが結界を解除しに行っている間、メレェーナとフェルゼはそんな呟きを漏らす。少しして、結界が解除された。


 これでアゼルたちも、ワープゾーンを使用することが可能となった。入っていいぞ、と声がかけられ、アゼルたちは先へ進む。


「これが……ワープゾーン、ですか?」


「おうよ。オレたちの技術を結集させて作った自慢の逸品だ。こいつに手をくっつけな」


 洞窟の奥、行き止まりになっている場所にアゼルの伸長ほどもある黒い六角形の柱が立っていた。これがゾダンの言う、ワープゾーンのようだ。


「本当にこれでワープ出来るのだろうな? いまいち信用出来ん」


「ハッ、ならおめーだけ歩きで登ってもいいんだぜ? キツイぞー、ツラいぞー、ろくすっぽ整備されてない道を登るのは」


「ああもう、分かった分かった! さっさと起動させろ!」


「言われなくてもやるっつの。こいつを起動させりゃあ、一気に中腹……六合目あたりまでワープ出来る。んじゃ、いくぜ!」


 ボソッと呟くリリンに、ゾダンは嫌味たっぷりに囃し立てる。そんなやり取りの後、柱に魔力が流し込まれ明滅し始めた。


 次の瞬間、アゼルたちの視界を真っ黒な光が塗り潰し……気が付くと、断崖絶壁のすぐ側にいた。遥か下の方に、登山道入り口が見える。


「わ、もう着いちゃったの? こんなに早いなんて予想してなかったー」


「そうですね、でも……綺麗な景色ですねー」


「ここを少し登った先に、次のワープゾーンがある。さっさと登……」


「全員崖から離れろ! 来るぞ!」


 崖っぷちに立ち、絶景に見惚れていたアゼルとメレェーナにフェルゼが声をかける。二人が後ろに下がった直後、崖の下から鎖が伸びてきた。


 矢のような勢いでアゼルたちが立っていた場所を通過した後、空中で丸まりごわごわとうごめく。それを見たフェルゼは、ニッと笑う。


「どうやら、先を越されていたようだ。ケモノめ、私たちを始末しに来たようだな」


「久しいなァ、封印の巫女の生き残りよ。千年前……よくもまあ、我らを水底に沈めてくれたな。その時の礼をしてやろう!」


 鎖は少しずつ形を整え、獅子頭のケモノへと変化した。背中に鎖の翼を生やし、ケモノはフェルゼ目掛けて突進する。


 迎え撃とうとするフェルゼの前に立ち、アゼルはヘイルブリンガーを呼び出す。


「お前の相手はぼくです! フェルゼさんに指一本触れさせません!」


「面白い。なら、貴様から八つ裂きにしてくれる!」


「返り討ちです! 戦技、アックスドライブ!」


 真っ直ぐ突っ込んでくるケモノに向かって、アゼルはヘイルブリンガーを横薙ぎに叩き込む。が、直撃する寸前に真上に上昇され、避けられてしまう。


「頭から貪り食らってやろう、小僧!」


「そうはいきませんよ! サモン、ボーンビー!」


「ぬっ、小細工を!」


 急降下して襲撃しようとするも、アゼルが召喚したハチに阻まれる。後ろへ下がった獅子頭のケモノを狙い、フェルゼは炎の矢を放つ。


「言っておくが、私がただ守られているだけだとは思わないことだな! フラムシパル・アロー!」


「チッ、面倒な!」


 燃え盛る炎の矢が、ケモノの片翼を溶断する。痛みを感じることはないようで、顔をしかめただけでさらに後ろへ下がってしまう。


 ケモノを逃がすまいと、アゼルたちは前に進み追撃を加えようとする。が、彼らの背後、深い森から新たな敵が姿を現す。


「お前らの相手はぁぁぁぁ、一体だけじゃないんだなぁぁ!! 食らえ! ライノホーン!」


「なっ、もう一体だと!?」


「姉さん、危ない! ハッ!」


「んお? おおお?」


 突如姿を現したサイ頭のケモノが、フェルゼ目掛けて突進する。鋭いツノで、憎き巫女を串刺しにせんと地を駆ける。


 リリンは魔法の鞭を作り出し、投げ縄状にしてサイ頭のケモノへ飛ばす。ツノを絡め取り、辛うじて進行方向を変えさせることに成功した。


「済まない、助かったぞリリン。だが……」


「ふわわ、変なのが二体も出てきたぁ!」


 フェルゼは礼を言った後、よろしくない状況に舌打ちする。初めて鎖のケモノを見たメレェーナは、あたふたしてしまっていた。


「驚いたか? お前たちを殺すために、同朋を目覚めさせたのだ。我ら二体がいる限り、お前たちはこの先には進めぬ!」


「おう、進ませんぞぉ!」


 空中を飛び回りながら、獅子頭のケモノは笑う。木に衝突したサイ頭のケモノも、何本もの大木をなぎ倒しながら叫びをあげる。


「厄介ですね……。一体だけならともかく、二体が同時に相手となると……うわっ!」


「見せてやろう、我らの力をな!」


 獅子頭のケモノは両の前足を分解し、大量の鎖の槍を伸ばしアゼルとフェルゼを串刺しにしようとする。数十本の鎖が襲いかかるなか、風を切る音が響く。


 次の瞬間、二人を狙っていた鎖はバラバラに切り刻まれ塵へ還っていった。己の得物である大鉈とトマホークをぶらぶらさせながらゾダンは笑う。


「なんだ、この程度かぁ? 目を瞑ってても細切れに出来ちまうぜ、こんなのはよ」


「貴様……我を水底より解き放った者らの一味だな。性懲りもなく、我を屈服させに来たか。愚かな、あれだけ貴様の同朋を殺してやったのに学ばぬとは」


「屈服? ハッ、ちげえな。オレの目的はただ一つ。てめぇら鎖のケモノを……一体残らず、この世かは根絶することだ。そのために、オレはここにいるのさ」


 そう言い放つと、ゾダンは得物を構える。兜の奥で、狂気に満ちた瞳を輝かせながら。


「まずはてめえらからだ。覚悟しな。オレの得物は……鋭いぜ?」


 鎖のケモノたちとの全面対決が、ここに幕を開けた。

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