194話―地の果てを目指して

 ゾダンを吹っ飛ばして気分が晴れたアゼルたちは、急ぎメリトヘリヴンへボーンバードを向かわせる。その最中、ずっとフェルゼのお説教が続く。


「全く。不意を突かれたとはいえ、ウマノホネ以下の連中にられるなど恥ずかしくないのか? 同じ封印の巫女として、本当に情けない限りだ」


「うう……済まない、姉さん……」


「だからいつも口を酸っぱくして言っているだろう、いついかなる時も鍛練を欠かさず、気を引き締めていろと……」


 アゼルとメレェーナの気が散るだろうからと、フェルゼはわざわざ魔法の鞭を編んで二人乗りの籠を作りボーンバードの足で掴んでもらう。


 フェルゼの気が収まるまで、お説教は終わらない。アゼルは気の毒に思うも、話に割り込むタイミングがなくおろおろするだけだった。


「まあ、よい。説教はこれで終わりだ、これからは不覚を取るようなことはするなよ、リリン」


「分かった、姉さん。心に刻んでおく」


 二時間に渡って続いた説教が終わり、リリンはホッと胸を撫で下ろす。アゼルに甘やかしてもらって傷付いた心を癒そうとするが……。


「では、続いて罰を与える。お前の恥ずかしい過去の話を、バラしてやるとしよう」


「な!? 待ってくれ姉さん、後生だからそれだけはやめてくれ! 頼む!」


「聞けないな。不覚を取っただけならまだしも、それを私に隠していたのだから。というわけで、ほれ」


「オアーッ!?」


 フェルゼは籠を操作し、リリンを絡め取る。妹の身動きを封じた後、悠々とボーンバードの背中に戻っていった。


「お前たち、リリンの恥ずかしーい過去の失態を聞かせてやろう。ちょっとした交流も兼ねて、な」


「はいはい、聞きたい聞きたーい! ふっふっふっ、あたしはそういう話が大好きなのだー!」


「んー……確かに、ちょっと気になりますね。あのリリンお姉ちゃんが、どんな失敗しちゃったのか……」


「やめろ、やめろぉぉぉぉぉ!! メレェーナはともかく、アゼルには聞かせないでくれぇぇぇ!!」


 リリンが悲痛な叫びをあげるも、姉はまったく意に介さない。アゼルもメレェーナも、ある程度興味があるらしく拒否はしなかった。


 下手に暴れれば、ボーンバードの足から外れ籠ごと地面にまっ逆さまになりかねないため、リリンはただ叫ぶことしか出来ない。


「では話してやろう。実はリリンはな……十歳になるまでずっとおねしょしていた」


「ああああああああ!!」


 意地の悪い笑みを浮かべ、フェルゼは腕を組みそう言い放つ。いきなりそんなことを暴露されたリリンは、恥ずかしさのあまり絶叫する。


「え、そうなん……ですか?」


「ああ。だいたい七日に一度、それはそれは見事なダイダルウェーブ……いや、メイルシュトロームか。見ものだったぞ?」


「ぷぷぷー! おねしょなんてだっさーい!」


 しょっぱなから結構な秘密を聞かされ、アゼルは困惑しメレェーナは笑いながら転げ回る。ボーンバードから落ちないようにしている辺り、結構器用だ。


 一方のリリンは、顔を真っ赤にしつつ鯉のように口をパクパクさせていた。流石に今は漏らしていない。


「うむ。たまに世界地図のような芸術的な染みが出来ていることも……」


「ほあぁぁあぁぁあ!! ほあっ、アアァーーーーーッッ!!!」


 追い討ちを食らい、リリンは奇声をあげる。精神崩壊の時が近いようだ。だが、フェルゼは手を緩めることはしない。


 結構なサディストのようだ。


「エルダ様の弟子になってからも、ちょこちょこ失敗していてな。魔法薬の実験の時など、調合に失敗して鼻毛がゾウの牙のようになったこともある」


「ぷっ、ふふっ」


「あっはははは! なにそれー、めっちゃ笑えるー!」


 その時の光景を想像し、流石のアゼルも吹き出してしまう。その後も、フェルゼによってリリンの失敗談が暴露される。


 その度に二人は驚き、笑い、話に花が咲いた。……のだが、しばらくしてアゼルはリリンが妙におとなしくなったことに気付く。


「あれ、そういえばリリンお姉ちゃんが静かに……。お姉ちゃん、どうし……し、死んでる」


「む、少しやり過ぎたか。恥ずかしさのあまり自害したようだな。ま、いい罰にはなったろ」


 下を覗くと、リリンは舌を噛み切っていた。メレェーナはともかく、アゼルに過去の失態の数々を知られたのが堪えたようだ。


 フェルゼは籠を引き上げ、リリンを寝かせる。アゼルは蘇生の炎を手の上に作り、リリンに与えた。


「それっ、ターン・ライフ!」


「うう……ハッ! ぐ、ぐう、ううう……酷いぞ姉さん、あんなことやこんなことまでアゼルにバラすなど! これからどう接すればいいのだ!」


「フン、いい薬だ。もしまた巫女として相応しく……む、この気配は」


 幸い、リリンは蘇生を拒否しておらず何事もなく生き返った。顔を真っ赤にして涙目になりながら、フェルゼをぽかぽか叩いて抗議する。


 適当に流していたフェルゼだったが、自分たちの張るか下、密林の中を不穏な気配が通過していったことに気付き眉をしかめた。


「フェルゼさん? どうしました?」


「そろそろ遊びは終わりにした方がいい。今の気配、非常に薄くなってはいたが間違いなく鎖のケモノだ。どうやら、私たちの動きに気付いたようだな」


「え、こんな遠いのに分かるの?」


 フェルゼの言葉に、メレェーナは驚く。地上とは数百メートルの距離があり、そう簡単に生き物の気配を捉えることなど出来ない。


 メレェーナの疑問に答えるべく、フェルゼはローブの袖をまくり、右腕を見せる。彼女の腕には、赤く明滅する紋様が刻まれていた。


「万が一鎖のケモノが封印から脱出した時に備えて、気配を探知するための刺青を刺しているのさ。これが赤く光り熱を帯びる時……ケモノが近いというサインになる」


「なるほど。それで、ケモノはどの方角に?」


「メリトヘリヴンの方だ。恐らく、何らかの方法で私たちの動向を察知したのだろうな。先回りして妨害をするつもりなのだろう」


 地上を見下ろしながら、フェルゼはそう口にする。ゾダンの協力を取り付けたとはいえ、ケモノに妨害されれば目的達成が遠退く。


 本格的な邪魔が入る前に、メリトヘリヴンにたどり着かなければならない。アゼルはボーンバードに魔力を与え、速度を上げる。


「では、急ぎましょう。フェルゼさん、目的の山が見えたら教えてください。一気に急降下します」


「ああ、分かった」


「行きますよ、みんなしっかり掴まっていてくださいね!」


 アゼルはボーンバードを加速させ、急ぎ先へ進む。その間にも、ケモノの気配は急速に遠ざかっていく。オリジナルの個体は、とんでもない俊足のようだ。


「間に合えばいいのだがな……どうにも、嫌な予感がする。あの運命の日のように……。クソッ、こういう時だけ、私の勘は当たるんだ。嫌なものだ」


「……大丈夫だ、姉さん。私たちはあの時のような二人ぼっちじゃない。アゼルとメレェーナがいれば、きっとうまくいくさ」


「そうだと、いいんだがな」


 顔を強ばらせ一人ごちるフェルゼの手を、リリンがそっと握り励ます。フェルゼは少しだけ表情を和らげ、そう答えた。



◇――――――――――――――――――◇



「ようやく戻ってきたか。ククク、奴らは知らぬだろうな。我らケモノは、この地へ転移する力があることを」


 アゼルがボーンバードを加速させてから五分ほど経った頃、オリジナルの獅子頭のケモノはメリトヘリヴンに到着していた。


 ケモノの呟きの通り、千年前の事故によって生まれた個体には母たる鎖の苗床の元へ帰還するための力が備わっている。


 短距離だけだが、魔法に頼らずテレポートが可能なのだ。その力を連続で使い、アゼルたちよりも早く故郷へ戻ってきた。


「さて、奴らを歓迎してやらねばな。もう一体いれば、十分だろう」


 ケモノは下半身を構成する鎖の結束を解き、湖の中に投げ入れる。水底で眠る仲間を呼び起こそうとしているのだ。


 鎖を伸ばしていると、先端を何かが咥えた。確かな手応えを確認した獅子頭のケモノは、一気に鎖を引き戻す。


「さあ、来い! 我が同胞よ!」


 水面から鎖が引き上げられ、同胞共々勢いよく宙を舞う。呼び起こされたケモノは目を開き、地に降り立つ。


 現れたのは、サイによく似た一本ツノを持った、ずんぐりむっくりした体型のケモノだ。まだ寝ぼけているようで、ボーッとしている。


「んん……なんだぁ、昼寝はもう終わりかぁ?」


「目を覚ませ、同胞よ。我らの宿敵たる巫女どもがじきここに戻る。母たる苗床のため、ここで仕留めるぞ」


「んあ……なら、シャキッとしねえとなあ。ブフフフ、オラの自慢のツノで貫いてやるだ」


 サイ頭のケモノが力を込めると、ツノがより鋭く長くなる。ケモノたちとの戦いの時が、迫っていた。

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