180話―そして、王は大地へ帰る

 ジェリドとの戦いが終わった直後、新たなる敵が姿を現した。単眼の蛇竜ラ・グーの部下、グリネチカ。凍骨の炎片を狙う、招かれざる者。


「随分と遅い到着だな、ラ・グーの手の者よ。残念だが、すでに炎の継承は成った。貴様の目当てのモノは手に入れられぬぞ」


「ハッ、問題はないさ。要は、そこのガキを殺せばいいんだろぉ? 簡単なことさね!」


 ニヤリと笑った後、グリネチカは両腕を地面に突き刺す。すると、腕に巻き付いていたムカデが地中に潜り、大量の分身を生み出した。


 分身は幾重にも折り重なってアゼルとそれ以外の者たちを分断する分厚い壁となり、シャスティたちの参入を阻む。まずはアゼルから仕留めるつもりなのだ。


「さあて、まずはあんたに死んでもらうよ。じっくりといたぶってから、炎の欠片をいただく。その後は、ジェリド共々殺してあげるよ!」


「……そうはいきません。ぼくは、ジェリド様から全てを継いだんです。その矢先に負けるなんて体たらく、許されません。返り討ちにしてあげます! サモン・スケルトンナイツ!」


「ハッ、やってみな! こっちにはラ・グー様から授かった対ジェリド用の魔法があるんだ。簡単に勝てると思わないことさね! スペル・オブ・フォルズン!」


 気勢を上げるアゼルを嘲笑いつつ、グリネチカは骸殺しの魔法の詠唱を行う。その時、アゼルの体内に納められた炎片が反応を示した。


「!? これは、一体……!?」


「ぐっ!? なんだい、この炎は! チッ、邪魔くさいね!」


 アゼルの左腕を青い炎が包み、ロープのように伸びてグリネチカの身体に巻き付く。それと同時に、骸殺しの魔法が打ち消された。


 そのおかけで、アゼルが召喚したスケルトンたちは消滅を免れることに成功した。動きを止められたグリネチカを倒すべく、総攻撃を仕掛ける。


「さあ、行きなさいスケルトンたち! あの不届き者を成敗するのです!」


「チッ、舐めるんじゃないよ! ウェザーリポート・コントロール……サンダリオンボルス!」


 いきなりの劣勢に舌打ちしつつ、グリネチカは雷雲を作り出す。ディアナを仕留めた大技を放ち、無数の稲妻でスケルトンたちを粉砕する。


「くっ、スケルトンが一撃で……」


「ハハハハハ! ざまぁないね! さあ、あんたも焼き焦がして……!? ぬうっ!?」


「そうはさせない! やあっ!」


「あぐあああっ!」


 アゼルは一旦ヘイルブリンガーから手を離し、右手で炎を掴んで引っ張る。おもいっきり上へ炎のロープを打ち上げ、グリネチカを雷雲に激突させた。


「ふざけた、ことを! こうなったら、雷雲ごと突っ込んで……う、ぐっ! 腹が……なんだい、この痛みは?」


 いいようにしてやられ続けることに苛立つグリネチカに、さらなる追い討ちが放たれる。ここにきて、ディアナの一刺しが効果を現したのだ。


 ディアナの血が染み込んだトゲを刺された場所が、少しずつ腐食し始めている。何らかの方法で毒へと変えた血を、打ち込まれた。


 その事に気付いたものの、もう遅い。この状況ではもう、どうすることも出来ないのだから。


「チィィッ! ここまで、来て……なんだって、こんなしてやられ続けなきゃならないんだい! 本当に……本当に、イライラするね!」


「このまま一気に、トドメを刺させてもらいます。ジェリド様の墓所を汚した罪、その命で支払いなさい! 戦技、ブリザードブレイド……!?」


 これ以上の悪あがきはさせぬと、ヘイルブリンガーの柄を掴みアゼルは渾身の力を込め必殺の一撃を放つ。が、想定外の事態が起こった。


 凍骨の炎片によって大幅にパワーアップしているらしく、巨大な氷の刃が形成されているのだ。刃は雷雲を切り裂き、グリネチカの首から下共々消滅させる。


「なん……だい、その技は。この、アタシが……一撃で、倒されるなんて……有り得る、わけが……」


「え? え? な、なんでこんなに威力が? 炎片の力って、こんなに凄いの……?」


 あまりにも凄まじい威力に、グリネチカのみならずアゼルすらも困惑してしまう。あまりにもあっけない決着に、どこか釈然としない感情を覚える。


 ムカデの壁が崩れ、シャスティたちが加勢しにやって来るが……。


「待たせたな、アゼル! こっからはアタシらも……って、もう終わってんのかよ」


「ええと……なんだか、予想より遥かにパワーアップしてたみたいで……その、もう終わっちゃいました」


「そのようだな。しかし、あのグリネチカがここまで無残な姿になるとは……アゼル、何をしたのだ?」


「えっと、その……あはは」


 すでに息絶えたグリネチカの生首を見下ろしながら問うアーシアに、アゼルは苦笑いで答える。何はともあれ、危機は去った。


 見事、凍骨の炎片を守り抜いたのだ。


「私に代わり、よく炎片を守ってくれた、アゼル。新たな守り人としての初仕事、上々の出来だったな」


「ありがとうございます、ジェリド様。これからも、炎を守り続けます。それが、あなたから受け継いだ使命ですから」


「……そうか。そう言ってくれるなら、私も安心だ。憂いることなく……ここで、余生を過ごせる」


 アゼルに礼を述べた後、ジェリドはそう口にする。そんな彼に、アゼルはとある提案を出す。


「あの、ジェリド様。どうせなら、地上で暮らしませんか? もう、炎片を守るために地底に籠る必要もありません。地上の人たちも、受け入れてくれるはずです」


「地上に? だが……今さら、地上に居場所があるのだろうか。千年もの間、姿を消していた私を……人々は、受け入れてくれるのだろうか……」


「受け入れてくれますよ。だって、あなたはこの大地を救った英雄の一人ですから。皆、大喜びしますよ。伝説の王が、帰ってきたって」


 戸惑いを見せるジェリドに、アゼルはそう答える。まだ迷いが晴れないジェリドは、ラスカーの方に目を向ける。


 己の腹心は、何も言わず首を縦に振った。もう、使命に縛られることはない。これからは、自由に生きてほしい。


 微笑みを通して、そう伝えていた。


「……分かった。ならば、地上へと戻ろう。ラスカー、ジュデンたちを呼んできてくれ。宮殿とこの墓所を、地上へ移す」


「かしこまりました。全て、貴方様の意のままに」


「ああ、頼んだ」


 地上に帰還することを決めたジェリドは、支度を始める。大規模な転移魔法の準備を行う。まずは墓所を宮殿の地下室に融合させ、そこから宮殿を地上に移すのだ。


「私の側にいなさい、アゼルとその仲間たちよ。ラスカーから合図が来次第、すぐに転移を行う」


「分かりました! みんな、集まって!」


 アゼルたちはジェリドの側に集まり、転移魔法が発動する時を待つ。しばらくして、ジェリドは両腕を掲げさらに魔力を放出する。


 地上へ帰還する準備が、整ったようだ。


「ではゆくぞ。全員、私から離れてはならぬぞ。……ハアッ!」


 直後、墓所全体に魔法陣が広がり、目映い光が全てを塗りつぶす。あまりの眩しさに、アゼルたちは強く目を閉じる。


 ふわりとした浮遊感を味わった後、目を開けると……特に変化は感じられなかった。


「お? 何も変わってねえな。本当に転移したのかこれ」


「問題はない。そこの階段から上に上がれば、宮殿の一階に行ける。さあ、行くとしよう」


 訝しむカイルにそう答え、ジェリドは先頭に立ち歩き出す。アゼルたちも後に続き階段を登ると、宮殿の廊下に出られた。


 大広間に行くと、骸殺しの魔法が解け復活したジュデンたちがいた。アゼルを見て、継承が成されたことを悟ったようだ。


「おお、ジェリド様の悲願が達成されたのじゃな! いやはや、なんともめでたいことよのう! このジュデン、今日ほど喜ばしい日は……日は……うう、ぐふううう!」


「お~、チョースゲー男泣き~。ウチらも、マジでハッピー! ね~、アルー」


「ウレシイ、ウレシイ。オイワイイッパイシヨ。アサマデパーリナイ! イェーイ!」


「……本当に、よかった。私も、一安心ですね」


 ジュデンやビレーテ、アルーにディアナは身体いっぱいに喜びを表現する。そんな彼らを引き連れ、ジェリドは宮殿の外へ向かう。


「……地上は、夜明けを迎えているのか。いい眺めだ。これが、かつて私たちが救った大地の今か……」


 宮殿と一体化したフォルドビア山の中腹から、夜明けの空が見える。少しずつ差し込んでくる黄金色の朝日を見て、ジェリドは涙を流した。


「……美しいな。空も、大地も、太陽も。この景色を見られて……本当に、よかった」


「ええ。これからは、好きなだけ見られますよ、ジェリド様。ぼくたちが生きる、この大地を」


 最初の欠片は受け継がれ、王は遥か深き地の底より舞い戻った。今ここから、新たな歴史が始まるのだ。

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