179話―凍骨の帝ジェリド
アゼルとジェリドの攻撃が同時に放たれ、いきおいよく二つの斧がぶつかり合う。金属が激突する重い音が響くのと同時に、衝撃波が発生する。
両者共に一歩も退かず、つばぜり合いを行う。体重が掛かった地面が、ボコリと砕け足が僅かに沈む。
「その小さな体躯で、私と互角につばぜり合うか。数々の修羅場を潜り抜けてきただけのことはあるようだ」
「ありがとうございます、ジェリド様。もっともっと、見せて差し上げますよ。あの日から強くなった、ぼくの力を!」
「む……ぬうっ!」
アゼルは柄の下に膝を差し込み、斧を跳ね上げてつばぜり合いを制する。しかし、ジェリドが即座に防御体勢に入ったため追撃は行わない。
その代わり、アゼルは後ろに跳びながらスケルトンたちを呼び出す。操骨派のネクロマンサーとしての、本領を発揮する時間だ。
「サモン・スケルトンナイツ:ジオ! あーんど……チェンジ、
「ふっ、懐かしい戦法だ。お前がそれを使いこなせるか……確かめてやろう!」
遥か昔、己自身が用いていた戦法を披露するアゼルを見てジェリドは笑う。多数のスケルトンを前衛として配し、その後ろから攻撃をする。
千年前のラ・グーの軍団との戦いにおいて、常勝無敗を誇ったジェリド自慢の戦術。今度は、自身がその脅威を体感する番なのだ。
「ブラック隊長、ジェリド様を引き付けて。その間に、必殺技の準備をします!」
「任されよ、マスター。お前たち、ゆくぞ!」
ブラック隊長はスケルトンたちを率い、ジェリドへ切り込む。四体の仲間と共に、巧みな連携で流れるように攻撃を仕掛けていく。
「今のとこ、アゼルが優勢だな。もしかして、このまま一気に押し込めるんじゃねえの?」
「ふふふ、そう簡単にはいきませんよ。我が主は、この程度の数の差など物ともしませぬ」
優位に立つアゼルを見てそう口にするシャスティに、ラスカーがニヤリと笑いながら答える。その言葉の通り、次第にジェリドが巻き返し始めた。
「見事な連携だ。だが、この私を簡単に倒せると思うでないぞ! 戦技……リゴルグ・バルケスト!」
「! 全員下がれ! 攻撃が来るぞ!」
ジェリドは左手に魔力を宿し、斧に凄まじい冷気を纏わせる。左耳のすぐ横まで斧を振り上げ、唸り声をあげながら力を溜める。
ブラック隊長は部下たちに下がるよう指示を出したが、遅かった。スケルトンたちが後ろへ下がろうとした直後、王の一撃が放たれる。
「ぬんっ!」
「危ない! ガードルーン……イジスガーディアン!」
「ムダだ。その程度の障壁、凍て砕いてくれる!」
アゼルは逃げ遅れたスケルトンたちを守るべく、魔力の盾を展開する。が、暴雪の力を宿した斧の威力は凄まじく、容易に障壁を砕く。
かろうじて難を逃れたブラック隊長を除き、スケルトンたちは障壁もろとも粉砕され消滅してしまった。しかし、攻撃は大振りなため隙が出来る。
「今です! 隊長、反撃です! 戦技、ボーンネイトアロー!」
「御意。マスターの意のままに……仲間の仇を討つ!」
振り抜いた斧を戻しているジェリドの隙を突いて、アゼルは勢いよく矢を放つ。その後ろから、ブラック隊長が追撃を仕掛けるため走る。
防御や回避が間に合い、矢を処理出来たとしても、後ろから来るブラック隊長の攻撃は捌ききれない。そう考えていたアゼルだったが……。
「いい連携だ。だが、まだ甘い。戦技……コールドフォル・ヘケス!」
「これは……! 隊長、今助けます!」
「もう遅い。フンッ!」
ジェリドは目の前に冷気の壁を作り出し、矢を弾き落とす。そして、空いている左手を伸ばしてブラック隊長を捕まえ、地面に叩き付けた。
「ぐうっ……。ここまで、か。無念……」
「間に合いませんでしたか……ごめんなさい、隊長。ここまでありがとう」
攻撃を中断させようと再び放たれた矢を斧で防ぎつつ、勢いよく踏み潰しブラック隊長にトドメを刺す。悔しそうに呻いた後、ブラックも消滅した。
またしても一対一の状況に戻り、アゼルは覇骸装を変化させた。前衛がいてこそ、
自分一人しかいない状況では、力をフルに活用することは不可能。とはいえ、まだ
故に、アゼルが選べる姿は一つ。最もヘイルブリンガーを使いこなすことが出来る、
「……チェンジ、
「来い、アゼル。お前が培ってきた全てを、私にぶつけろ! そして、この試練を乗り越えてみせろ!」
「いきます! ソウルルーン……ベルセルクモード! 戦技、アイシクル・ノック・ラッシュ!」
持てる力の全てを用い、アゼルはジェリドへ猛攻を仕掛ける。一進一退の攻防が繰り広げられ、それぞれの得物が煌めき空を舞う。
両者共に一歩も退かず、向こう傷が増えるのにも構わずに攻撃を続ける。シャスティたちは声援を送るのも忘れ、食い入るように二人を見る。
「はあっ、やっ、てやあっ!」
「ぬんっ、はあっ!」
己の腕力のみを頼りにし、二人は武器を振るい続ける。しばらくして、アゼルとジェリドの間に優劣が生まれた。
少しずつジェリドの動きが鈍り、精彩さを欠き始めたのだ。生命の炎の力で行き永らえてはいれど、永遠に全盛期の力を保てるわけではない。
その事実を、ここに来てジェリドは悔しく思っていた。かつての自分ならばもっと長い時間、アゼルとの戦いを楽しめるのに、と。
(ぐっ……私も、衰えたものだ。ここまで追い込まれるなど、思ってもいなかった。こうなれば……最大の奥義をもって、決着をつける他はない!)
長期戦は不利。そう判断したジェリドは、最大最強の奥義を用い、一瞬でアゼルをねじ伏せ倒すことを決めた。
それを直感で感じ取ったのか、アゼルの動きと表情も変わる。互いの奥義をもって、長き試練に終止符を打たんとしているのだ。
「アゼルよ、よくここまで成長した。私は心から嬉しく思う。だが、私はもう長く戦えぬ。口惜しいが、そろそろ終わりとしよう」
「分かりました。ならば、あなたを越えるためにも……全てを出しきり、勝利をもぎ取る!」
互いにそう叫んだ後、斧を振り抜き二人とも後ろへ下がった。得物を構え、最後の大技を放つために力を蓄える。
「……次で、終わる。泣いても笑っても、どちらかが勝ち、もう片方が負ける。刮目して見届けよう。彼らの戦いを」
誰に言うでもなく、アーシアはそう呟く。しばしの沈黙の後、アゼルとジェリドは同時に動いた。それぞれの思いを乗せた、奥義を放つために。
「聖王奥義……コキュートス・バンカー!」
「戦技、アックスドライブ!」
ジェリドは冷気を纏わせ、巨大な杭へと変化させた斧を振り下ろす。アゼルもまたヘイルブリンガーに冷気を纏わせ、氷の刃を振り抜く。
互いの全てを乗せた奥義がぶつかり合い、激しい冷気の渦が吹き荒れる。その果てに……ジェリドの持つ凍骨の大斧のレプリカに、亀裂が走った。
「我が斧に、ヒビが……!」
「これで、終わりです! てやあああああ!!」
「ぐっ……ぬうああ!!」
全身全霊の力を込め、アゼルはヘイルブリンガーを振り抜き凍骨の大斧・レプリカを粉砕する。そのままジェリドを吹き飛ばし、地へ倒した。
「はあ、はあ……」
「フッ……見事だ、アゼル。我が最大の奥義を、よくぞ破った。これなら……安心して、託せる。凍骨の、炎片を」
力を使い果たし、片膝を着くアゼルにジェリドはそう声をかける。その声には、全ての試練を越えた子孫への惜しみ無い称賛が込められていた。
「やった……やった、やったぜ! アゼルが勝ったぞぉぉぉ!!」
「やりやがった、やりやがったぜ! 本当にジェリド様に勝つとは……本当に、オレの自慢の弟だよ、あいつは!」
「うわぁーい! アゼルくんが勝った! やったやったぁぁ!」
アゼルの勝利に、シャスティたちは喜びを爆発させる。一方、ラスカーは安堵と寂しさが混ざったような複雑な視線を向けながら、拍手を送っていた。
「……これで、我らの時代が変わるのですな。ジェリド様、アゼルさん。良き戦いを、ありがとう」
「余もそう思う。これほどまでに、心が震える戦いは……そうもあるまいからな」
ジェリドは身体を起こし、ゆっくりとアゼルの元へ歩いていく。全てを託す準備は、すでに出来ている。後は、炎の欠片を授けるのみ。
「……我が子孫、アゼルよ。試練を乗り越えた汝に、我ジェリドは授けん。創命の女神より与えられし炎、その欠片……『凍骨の炎片』を」
そう言うと、ジェリドは砕けてしまった斧を頭上に掲げる。すると、斧が青色の炎に包まれ、小さな火の玉へと変わった。
これこそが、生命の炎を切り分け生まれた六つの欠片の一つ。『凍骨の炎片』なのだ。
「凄い……暖かさと冷たさが、同時に漂ってくる。これが、凍骨の炎片なんですね」
「そうだ。さあ、手を出すのだアゼル。今この時をもって、君が……新たなる炎の守り人となるのだ」
アゼルは頷き、左手を差し出す。炎片がアゼルに手渡され、溶けるように身体の中へ染み込んでいく。
「これにて、継承は成った。今この時から……」
「おーやおや、一足遅かったようだねぇ。先を越されちまうたぁ、ツイてないが……ま、全員ぶっ殺せばいいだけのことさね!」
継承が果たされた直後、グリネチカの声が響く。戦いは、まだ終わってはいない。
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