178話―深淵の墓所へ

 突如目の前に現れたスケルトンに、アゼルは問いかける。


「あなたは……?」


「私はラスカー、ジェリド様にお仕えする四骸鬼が一人、『壊骸鬼』の名を賜りし者です。以後、お見知りおきを」


 紳士然とした態度で、タキシードを身に付けたスケルトン――ラスカーは恭しくお辞儀をする。物腰は柔らかだが、隙は一切存在しない。


 ただ目の前に立っているだけで、ただならぬ実力の持ち主であることをひしひしと感じさせられる。ジェリドの元に到達する前の、最後の戦いに備えるアゼルたちだが……。


「そのように身構えられずとも大丈夫ですよ。私の試練では、戦いはしませんので」


「え? そうなんですか?」


「もちろんですとも。これより貴方様がたは、我らが主ジェリド王と謁見なされる。その前に体力を消耗するのも、つまらないでしょう?」


 これまでジュデンやビレーテ・アルーコンビと激闘を繰り広げてきたアゼルは、その言葉に拍子抜けしてしまう。てっきり、今回も戦わねばならないと思っていたのだ。


「ほう、ならば何をするというのだ? ただの道先案内人として出てきたのではないのだろう?」


「無論、当然です。私からの試練は、至って簡単。すぐに終わりますよ」


 アーシアの問いにそう答えると、ラスカーはアゼルを真っ直ぐ見つめる。空っぽの眼窩に灯る二つの青い炎に見つめられ、アゼルは自然と背筋を伸ばす。


 そんな彼に向かって、ラスカーは自身が課す最後の試練について説明し始める。果たして、その内容は……。


「アゼルさん。私は問いたい。貴方に覚悟があるのかを。千年に渡り、地下深くに潜り……生命の炎の欠片を守り続けた、ジェリド様の意思を継ぐ覚悟が、貴方にはありますか?」


 静かに、されど力強い言葉にアゼルは思考を巡らせる。ラ・グーとの戦いが終わった後、ジェリドは友たる太陽王ギャリオンより炎の欠片を託された。


 欠片を悪しき者の手に渡らせぬよう、彼は迷宮へと潜ることを選んだ。地上での安らかな暮らしを捨て、友に託された使命を果たすために。


「我々は、皆望んでいるのです。ジェリド様が永き使命より解放され、安らかな余生を過ごせる日が来ることを。そのためには、貴方様の力が必要なのです」


「ぼくは、ジェリド様から望まれたんです。凍骨の炎片を……いや、全ての炎片を継ぎ、新たなる炎の守り手となることを。今さら、何も躊躇いません。ジェリド様の意思は……ぼくが、継ぎます」


 ラスカーの問いかけを受け、アゼルは迷いなく答える。千年もの間、地下へ潜り友との約束を守り続けたジェリド。彼を使命から解き放ち、安らぎをもたらす。


 アゼルにとっても、それは望みなのだ。身体が朽ちてなお、使命のために己を犠牲にする先祖の姿は見たくない。彼のためにも、この大地のためにも。


「……力強いお言葉、偽りはなさそうですな。いいでしょう、その言葉が現実になることを願い……この試練、達成とします」


「ありがとうございます、ラスカーさん」


「いえいえ、礼には及びません。さあ、こちらへ。ジェリド様の元へ、ご案内致します」


 示された覚悟を認め、ラスカーは合格をアゼルに言い渡す。そして、彼らを連れ迷宮の最深部……ジェリドの待つ墓所へと歩いていく。


 しばらく迷宮を進むと、下へ繋がる階段が現れる。階段を下りていくと、無数の棺が立ち並ぶ広い空間へ到達した。異様な光景に、アゼルたちは目を丸くする。


「な、なんだこりゃ。なんでこんなに棺桶があるんだ?」


「これらの棺の中には、かつてのラ・グーの軍団との戦いで命を落とした者たちの遺体が納められております。このは、偉大なる戦士たちの墓標たる場所なのですよ」


「ひえー、なんだか凄いや……」


 シャスティやメレェーナは、感嘆の声を漏らしながらそこかしこに立ち並ぶ棺を見渡す。そして、もの悲しくも荘厳な雰囲気が漂う墓所の奥に、うごめくものを見つける。


「おい、アゼル。あれはもしかして……」


「ええ。ジェリド様が……ぼくたちを歓迎しに来てくれたようですよ、兄さん」


 墓所の奥から、ゆっくりとジェリドが歩いてくる。かつてアゼルに託した、覇骸装ガルガゾルデとよく似たドクロの鎧と、襟にファーが付いた黒いマントを羽織り。


 己の子孫たちを出迎えるために、その姿を見せる。半身が朽ち果て、骨となってなお……使命のために生き続ける王は、穏やかな微笑みを浮かべていた。


「よくぞここまでたどり着いた、アゼル。そして、もう一人の我が子孫……カイル。我が配下たちの試練、よくぞ乗り越えた」


「お久しぶりです、ジェリド様。こうして直接会うのは……あの日以来、ですね」


「ああ、そうだな。今でも、鮮明に覚えている。私と君が、初めて出会ったあの日を」


 アゼルの言葉に、ジェリドは頷く。互いにとって、決して忘れることなど出来ない。偉大なる王から、死者を蘇生させる力を受け継いだあの日。


 そこから、今に至るまでの全てが始まったのだから。


「アゼルの仲間たちよ。汝らにも礼を言おう。ここまで、よくアゼルを支えてくれた。ありがとう。本当に、ありがとう」


「あ、いやその、まあなんだ、うん。アタシらの方がアゼルに助けられたって言うか、なんと言うか……」


 ジェリドから感謝の言葉をかけられ、シャスティたちはあたふたしてしまう。そんな彼女らを見て微笑んでいたアゼルは、王へと視線を向ける。


「ラスカー、ご苦労だった。お前もここで見届けておくれ。最後の試練の行方を」


「かしこまりました。このラスカー、両の眼を刮目するとしましょう」


「君たちも、ゆっくり見ているといい。特等席を用意してあるからな」


 ラスカーやカイルたちにそう声をかけた後、ジェリドは近くにあるひときわ大きな棺を指差す。棺の蓋が倒れ、段状の椅子へと変化した。


「アゼル、これが最後の戦いだ。気合い入れていけ。大丈夫、お前ならやれる!」


「そうだ。お前はオレの自慢の弟だ。どんなことがあっても、必ず乗り越えられるさ」


「頑張って、アゼルくん! あたしたち、応援してるからね!」


「はい! 見ていてください、ぼくは必ずジェリド様の意思を継いでみせます!」


 シャスティたちはアゼルに激励の言葉をかけた後、棺の方に移動していった。仲間たちの応援に応え、アゼルはやる気をほとばしらせる。


 そんな彼に、アーシアが近付く。耳元に顔を寄せ、小さな声であることを伝えた。


「……気を付けた方がいい。上の階層から、良くない気配が近付いてきている。恐らく、ラ・グーの部下だ」


「分かりました。早めに試練を終わらせて……そのまま返り討ちにしちゃいます」


「ふふ、頼もしいな。その言葉が現実になるのを、楽しみにしているぞ」


 グリネチカの気配を察知したアーシアはそう警告した後、棺の方に移動する。それを見届けたジェリドが指を鳴らすと、墓所に立ち並ぶ棺の配置が変わった。


 アゼルとジェリドを丸く囲むように棺が並び、最後の戦いの舞台が完成する。凍骨の炎片を継ぐための試練が、幕を開けようとしていた。


「アゼルよ。よくぞ四骸鬼たちの試練を乗り越えた。だが、まだ炎片を授けることは出来ぬ。この私を倒し……力を示せ! さすれば、炎を託そう」


「分かりました。ジェリド様、ぼくはあなたを越える。全てを託すに相応しいと認めてもらうために……全力で、戦わせていたただきます!」


「よい気概だ。では、始めようか。我が試練、見事乗り越えてみせよ、アゼル! 出でよ……凍骨の大斧・レプリカ!」


 ジェリドは右手を上に伸ばし、巨大な骨製の斧を呼び出す。己の得物をアゼルに譲ったため、新たにレプリカを作ったのだ。……もっとも、レプリカとはいえ性能は本物に劣らないが。


「なら、ぼくも! 来い、魔凍斧ヘイルブリンガー!」


 アゼルの方も、負けじとヘイルブリンガーを呼び出す。二つの斧が共鳴し、急速に気温が下がっていく。ジリジリと距離を詰めた後、二人は同時に走り出した。


「ゆくぞ、アゼル!」


「いきますよ、ジェリド様!」


 過去を守り通してきた者と、未来へと繋いでいく者。二人の戦いが、始まった。

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