167話―友だった者たちの別れ
アゼルが着地するのと同時に、切り裂かれた腐肉や骨、血飛沫が舞う。少し遅れて、散らばる血肉と共にロマとアマナギが落下してくる。
元々のダメージが大きかったこともあり、すでにアマナギの方は息絶えていた。しかし、驚くべきことにロマの方はまだ生きていた。
「ぐ、ゲホ……。チッ、本当にぬかったな。まさか、ここまでやって負けるなんてよ」
「まだ息が……兄さん?」
胴体のほぼ全てを切り裂かれてもなお、執念深く立ち上がろうとするロマ。トドメを刺さんとするアゼルを、カイルが止め前に進む。
「……ロマ。かつての友としての情けだ。オレが介錯する。これ以上苦しむのは、つらいだろ?」
「ハッ、何をほざきやがる。俺は『苦痛喰らい』のロマだぞ。この程度、何てこたぁねぇ。だが……アマナギが先に逝っちまったのは、流石に堪えるがな」
銃に弾丸を込めつつ、カイルはそう口にする。かつての親友へのトドメは、自分が責任をもって行う。そう決意しての行動であった。
一方のロマは、悪態をつきながらその場に座り込む。どこにそれだけの生命力が残っているのか、まだ幾ばくかの余裕があるようにも見える。
「なぁ、カイル。本音を言えば……俺は、お前が羨ましかった。総帥殿に認められたお前が、眩しくて……いつか、追い越したいと思ってた。だが、お前は俺たちの前から消えちまった」
「……そう、だな」
命尽きる前の、最後のやり取りが二人の間で行われる。不審な動きがないか警戒しつつも、アゼルは行方を見守ることに務めることにしたらしい。
兄とその友人だった者の別れを邪魔するほど、野暮なことをするつもりはなかった。無論、不意打ちをしてくるようなら即座に斬って捨てるつもりだが。
「俺たちは、本当に悔しかったんだぜ。結局、お前を越えられなかったんだから。どれだけ修行を重ねても……あの日のお前に届かないってのは、なかなか……キツいもんがあった」
「ごめんな、ロマ。あの頃、オレが増長してなければ……友情にヒビが入ることもなかったのに。でも……もう、今さらだ。戻れねえんだ、あの日々には。だから……そろそろ、さよならだ」
「ああ、そうだな。もうお別れの時間だ。……てめぇとそこのガキの、な!」
「兄さん、危ない!」
次の瞬間、ロマは近くに落ちている折れたフランベルジュを拾いカイルへ突きを放つ。例え道連れという結果に終わってでも、カイルを殺す。
力強い意思が込められた一撃は、死に瀕していながらもアゼルの反応速度を上回った。だが、最後の一撃がカイルに届くよりも早く、弾丸がロマの額を貫く。
「が、は」
「……あばよ、ロマ。アマナギと一緒に、先に逝ってな。オレも、後から追うからよ」
命尽き崩れ落ちるロマを見下ろしながら、カイルはそう呟く。淡々としていながらも、哀しみに満ちた声で。アマナギたちの死により、骨と腐肉は消滅する。
「おーい、アゼルー! 無事かー!?」
「シャスティお姉ちゃん! はい、ぼくたちは無事です! そっちは?」
「こっちは何てことねえ。してやられたのは腹立つが、まあ、連中が死んだなら別にいいや」
シャスティたちを封じ込めていた骨の牢獄も消え去り、ようやく解放されることとなった。道を阻む者はもうなく、いよいよアゼルたちは凍骨の迷宮に挑む。
「これでもう、邪魔者はいません。新しい刺客が来る前に、凍骨の迷宮に向かいましょう」
「だな。また変な奴らに足止めされるわけにはいかねえし。んじゃ、さっさと進も……どうした、カイル」
「ああ、せめてこいつらを埋葬してやろうと思ってな。流石に、死体を獣に貪られるのは可哀想だから」
カイルは弾丸を放って地面を吹き飛ばし、穴を開ける。その中にロマとアマナギの死体を重ねて埋葬し、近くの岩を砕いて上から蓋をした。
せめてもの慰めに、と二人が一緒に眠れるようにしたのだ。道を違えた友たちへの、贖罪の意味も込めて。
「これでよし、と。待たせたなアゼル。さ、行こうか」
「……ええ。行きましょう、兄さん」
やるべきことを済ませ、一行はフォルドビア山を登っていく。中腹にたどり着くと、何もない平地にぽっかりと大きな穴が開いていた。
凍骨の迷宮へと続くワープホールだ。
「……とうとう、ここまで来ましたね。紆余曲折ありましたが、ここからも気を引き締めていきましょう」
「うん! それにしてもー、中暗いねー。お化けが出そう……」
「いや、お化けどころか大量のスケルトンが待ち構えているのだろう? 余も詳しいことは知らぬが、ジェリドという者の名は聞いたことがある。正直、どのような御仁か興味があるのだよ」
穴の中を覗き込み、尻込みしているメレェーナを見ながらアーシアはそう口にした。この先には、ジェリドによる試練が待ち構えている。
生命の炎の欠片の一つ、『凍骨の炎片』を継ぐための試練が。それを乗り越えなければ、ジェリドの意思を受け継ぐことは出来ない。
「先頭はぼくが行きます。アーシアさん、
「任せておくがよい。背後の守りは余が受け持とう」
アゼルを先頭に、一人ずつ穴の中に入っていく。が、途中で想定外の事態が起こる。リジールだけが、穴に入れず弾き出されてしまったのだ。
「いたた……。あたしだけ、入れない?」
「どうやら、そうみたいだね。余は闇の眷属であるが、出入りは出来るようだ。ふむ、これはどういう基準で選定されているのだろうな?」
「もしかして、前の騒動の時に出入り禁止指定されてしまったのかもしれませんね。リジールさんたちのやったコトが、まあアレですし」
何故リジールだけ入れないのか、アゼルは推測する。以前の裏切り騒動の時に、グリニオたち三人が解放されると同時に出禁にされたのだろう、と。
「あー、確かにな。んなら、出禁になってもおかしくねぇわな。でも、どうすんだ? 一人だけ残るわけにもいかねえだろよ」
「いえ、あたしはここに残ります。最後までお供出来ないのは残念ですが、ここでアゼルたちの無事を祈っています」
残念ながら、一旦ここでリジールは離脱することになった。幸い、自分の身を守れるだけの力は持っている。
「分かりました。時間も惜しいですし、先に進みましょう」
試練を受けるため、アゼルたちは迷宮の内部へ歩みを進める。その後ろ姿を見送るリジールは、この時まだ知らなかった。予想外の形で、己にも試練が訪れようとしていたことを。
◇――――――――――――――――――◇
「……来ましたね、ついに。ここが、凍骨の迷宮一階です」
「うわぁー、もうこの時点で暗いよー。床も壁も天井もじめじめしてるし、絶対お化け出るってー」
「いや、だから出るのはスケルトンだっつうの……」
ワープホールを抜け、道なりに進むと開けた空間が現れた。凍骨の迷宮に足を踏み入れた冒険者たちが、最初の拠点とする場所だ。
早速ビクビクし始めるメレェーナに、やれやれとカイルがツッコミを入れる。この調子では、実際にスケルトンに遭遇した時どう反応するやら不安になったらしい。
「まあ、多少暗くても問題ねえだろ。で、こっからどこを通れば」
「お待ちしておりました、アゼル様。お久しぶりですね」
「おわああああ!? ディアナてめー、いきなり出てくんじゃねえよ! 心臓止まるかと思っただろ!」
広間の端にある崖から下を見ていたシャスティの目の前に、下方からニョッキリとディアナが生えてきた。唐突な登場に、シャスティは思わず割けんでしまう。
「ディアナさん! お久しぶりです、お元気でしたか?」
「ええ、私の方は変わりなく。さて、早速ですが本題に入りましょう。アゼル様、すでにご承知でしょうが……この先、貴方様にはジェリド様からの試練を受けていただきます。覚悟はいいですね?」
「はい。どんな内容の試練だろうと、ぼくは逃げません。真正面からぶつかって、乗り越えてみせます!」
「ふふ、頼もしい。では、お伝えしましょうか。ジェリド様が課す……『凍骨の試練』の内容を」
ついに、炎の欠片を継ぐための試練が始まる。
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