168話―凍骨の試練

「それではお伝えしましょう。アゼル様とそのお仲間の方々には、これより全の迷宮を降りていただき、最深部を目指していただきます」


「えっ!? ちょ、ちょっと待ってください。階層が増えてませんか?」


 ディアナの言葉に、アゼルは驚きをあらわにする。以前この迷宮に来た時は、全部で七階層だった。だが今回、なんと八つも階層が増えていたのだ。


「はい。ジェリド様が住まう宮殿よりもさらに深い場所……尋常の光をも食らう、凍てつく闇が支配する領域が解放されました。全ては、炎を継ぐ試練のために」


「ほーん。で、もちろんただ降りりゃいいってわけじゃねえんだろ? 今さら真っ暗闇くらいでどうこうなるアゼルじゃねえし」


「ええ、もちろんです」


 どうやら、以前訪れた宮殿のさらに下にまだ迷宮が続いているらしい。それも、前半よりもさらに踏破難度の高いエリアなのだと言う。


 シャスティの言葉に頷き、ディアナは話を続ける。さらなる迷宮だけが、試練の全てではないようだ。


「迷宮の三ヶ所に、結界が張り巡らされています。先に進むには、炎の聖戦にてジェリド様と共に戦った死の戦士たち……『四骸鬼』との決闘に打ち勝たなければなりません」


「四骸鬼……? 聞いたことねえな、誰だそいつら。少なくとも、オレは知らねえぞ」


 ディアナの説明を聞き、カイルは首をかしげる。聖戦の四王のうち、ジェリドについては謎が多い。他の三人は、配下ともども複数の叙事詩や歌劇として偉業が伝わっている。


 だが、ジェリドとその配下についてはあまり伝承が残っていないのだ。どんな部下がいたのか、そもそも部下そのものが存在したのかすら、誰も知らないのである。


「ええ。ジェリド様が意図的に、自身と配下についての情報を秘匿しておられましたから。恐らく、ラ・グーの逆襲に備えてのことでしょうが……生憎、私にもお心は分かりません」


「ほえー。よく分かんないけど、その四人をぱっかーん! すればいいんだね?」


「……まあ、そういうことにしておきましょう」


 よく分からない例えをするメレェーナに調子を合わせつつ、ディアナは苦笑する。彼女のおかげで、これから何をすればよいのかアゼルは理解した。


「ありがとうございます、ディアナさん。早速下に向かいます」


「ご武運を。今回、私はアゼル様への試練を担当していませんので、ここで無事を祈らせていただきます」


「あれ、そうなんですか。でも、ディアナさんと戦うとなると……大分苦労しそうですし、逆にホッとしたかも……」


 創命教会とガルファランの牙相手に共闘した時のディアナの暴れっぷりを思い出し、アゼルは胸を撫で下ろす。アゼルにとって、かなりインパクトのある光景だったようだ。


「ふふ、私としては残念ではありますね。アゼル様と、本気で戦ってみたいと思ったことが何度か……」


「いってきまーす!」


「あら、いってしまいました。冗談だというのに。ふふふ」


 本当に戦うことになっては堪らないと、アゼルは仲間たちを連れ慌てて出発する。いたずらっ子のように笑いながら、ディアナは彼らの背中を見送った。


 しばらくして、アゼルたちが第二階層へ降りたのを確認したディアナは迷宮の出口へ向かう。その顔には、先ほどまでの穏和な表情はない。


「……さて。愚かにももう一度この地に土足で踏み入ろうとした者がいますね、全く。二度目はないと伝えたはずですが……来たからには、殺すしかありませんね」


 そう呟き、迷宮の外にいるリジールの元へ向かう。かつてアゼルを苦しめた者に、再びの制裁を下すために。



◇――――――――――――――――――◇



 アゼルたちが迷宮の攻略に着手した頃、リリンとアンジェリカはようやく帝都に到着していた。ロープでぐるぐる巻きにした盗賊のお頭を引きずり、ギルド本部へ向かう。


「ラズモンドォォォォォ!! 貴様の悪行もここまでだ! 往生しろォォォォォ!!」


「ですわぁぁぁぁ!!」


 正面扉を蹴破り、リリンとアンジェリカはダイナミックにエントリーする。突然のことに、ロビーにいた者たちはぎょっとしてしまう。


 気炎をあげる二人の元に、受付嬢が慌てて駆け寄っていく。


「あの、どうなされ……くさっ! な、なんです? 後ろに引っ張っているのは」


「この粗大ゴミは今はどうでもいい! ラズモンドだ、ラズモンドを出せ! この冒険者ギルド幹部の! 豚をだ!」


「ら、ラズモンド卿ですか? つい先ほど、急遽用事が出来たと出掛けていきましたが……」


「なんだと? チッ、すれ違いになったか。まあいい、ならグランドマスターのところに連れていけ。ラズモンドの悪行を、全部バラしてやる」


「は、はぁ……。流石にその汚い荷物を持って行くのは無理ですので、グランドマスターを呼んできます」


 運が良いのか悪いのか、ラズモンドは留守にしているようだ。ならばと、リリンはメルシルとの面会を求める。盗賊団のお頭悪行の証拠を突き付け、ラズモンドのしてきたことを洗いざらいぶちまけさせるつもりだ。


「リリン先輩、わたくしの実家のコネを使えばラズモンドの行方が分かるかもしれませんわ。わたくしの父とラズモンドの従兄弟が、親友同士ですの」


「ふっ、ナイスだアンジェリカ。流石、貴族のコネクションは頼りになる。待っていろラズモンド、もう二度と日の下を歩けないようにしてくれるわ! フハハハハハハハ!!」


「おーっほっほっほっほっ!!」


 異様なオーラを放つ二人と、その少し後ろにある悪臭を放つ物体を遠巻きに眺めながら、冒険者や受付嬢たちは困惑した表情を浮かべていた。


 しばらくして、リリンたちの対応をした受付嬢がメルシルを連れて戻ってきた。凍骨の迷宮に向かったはずの二人の帰還に、メルシルも驚いているようだ。


「どうしたんだい、二人とも。アゼルくんと一緒に、フォルドビア山に向かったのでは?」


「まあな。だが、一つアクシデントが起きてな。ほら、起きろ! いつまで寝ているんだ!」


「ごふっ!? あれ、俺まだ生きてる……?」


 みぞおちに蹴りを叩き込まれ、お頭は目を覚ました。地獄の天空旅行により気を失っていたが、そのまま死んだ方が幸せだったかもしれない。


「こいつは、ラズモンドに依頼されてアゼルを殺そうとしてきた盗賊一味の生き残りだ。ほら、全部話せ。洗いざらい残らずぶちまけろ。さもなくば玉を潰すぞ」


「ひいっ!? わ、分かった! 話す、全部話すって!」


 お頭は怯えつつも、ありのままの全てをメルシルに話す。ラズモンドにアゼルの殺害を依頼されたこと。警戒されずに近づきために、偽造用のギルドの制服を横流ししてもらったこと。


 しくじった結果、一方的に切り捨てられたこと等、とにかく全部ぶちまけた。そうしなければ、本当にリリンに玉を潰されかねないからだ。


「……ふむ。やはりそうだったか。ここ数日、どうもラズモンド卿の挙動が怪しいと思っていたが……まさかそんなことをしでかしていたとは」


「これは由々しき問題ですわよね? グランドマスター。これはもう、ラズモンドを解任しなければならないのではなくて?」


「ただちに憲兵たちに連絡をしよう。ラズモンドを探し出し、逮捕してもらわねばならん。これは、酷い背任だ」


 冒険者ギルド最高戦力たるアゼルの抹殺を企てる。それは、重い罪だ。即刻幹部の名簿より除籍され、牢獄に叩き込まれても文句は言えない。


 メルシルは近くにいた冒険者を呼び、憲兵の詰め所に向かわせる。ギルドの総力を挙げて、裏切り者たるラズモンドを捕縛するつもりなのだ。


「私たちも手伝おう。あの男の腹が抉れるまで蹴りをブチ込んでやらねば気が済まんからな!」


「わたくしもですわ。手足の三、四本くらいベキベキにへし折ってやりますわ!」


「そ、そうか……。頼もしい限り、だな」


 余計な遠回りをする羽目になったリリンたちは、ラズモンドへの強い怒りをあらわにする。そんな二人を見て若干引きつつ、メルシルは温い笑みを浮かべる。


「……なあ。全部話したぞ、約束通り解放してくれ。というか、パンツを変えさせてくれぇぇぇ!」


 もはや用済みとばかりに、お頭の存在はリリンたちから完全に忘れ去られていた。誰からも助けてもらえない孤独のなか、お頭の悲痛な声がロビー内に響き渡った。



◇――――――――――――――――――◇



「……上で動きがあったな。もうすぐ、ここに到着するだろう。ジェリド様の子孫が」


 凍骨の迷宮、第五階層。かつて、グリニオらによるアゼルへの裏切りが行われた場所に一体の骸が立っていた。くすんだ銀色の鎧を身に付け、背中に巨大な斬首刀を背負っている。


「どれほどの力があるか、楽しみだ。この『斬骸鬼』ジュデン、試練の先鋒として全力で相手をするとしよう」


 もはや骨だけとなった骸は、ゆっくりと口を開く。ぽっかりと空いた眼窩の奥で、紫色の炎を燃やしながら――ニタリと、笑った。

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