161話―戦慄! 魔の貴族アーシア!

 ゼリゴルを退けたアゼルたちは、五日かけて旅程の半分を消化することが出来た。空を往けば、街道が渋滞していようが大雨で橋が流されていようが関係ない。


 リジールが変身した翼竜に乗り、快適な空の旅を堪能していたアゼルたち。……だったが、ラズモンドの手の者たちによる予想だにしない妨害を受けることとなる。


「空の旅は快適でいいですねー、とってもらくち……ん? 何かこっちに来ますよ」


「あれは飛竜だな。誰か乗っているようだが」


 メイオンへ向けて森林地帯の空を西へ進んでいると、四匹の飛竜が近付いてくるのが見えた。それぞれの飛竜の背中には、立派な鎧兜と槍で武装した男が乗っている。


「すいませぇ~ん、ちょぉ~っとよろしいですかぁ~? 私たち、冒険者ギルドの飛竜警備隊の者なのですがぁ~」


「はあ……。それで、飛竜警備隊の人たちが何のご用でしょう?」


 四人組のうち、リーダーと思われる男がやたら間延びした口調でそう名乗る。一体何の用があるのかと、アゼルは不思議そうに尋ねた。すると……。


「え~、実はですねぇ~。つい先日この先に関所が出来たんですよぉ~。なのでぇ~、この一帯を通る冒険者の方にはぁ~、通行税を支払ってもらってるんすよぉ~」


「あ? 関所だぁ? こっから地上を見てたけど、それっぽい建物なんてどこにもなかったぞ?」


 飛竜警備隊を名乗る男は、へらへら笑いながらそう口にする。しかし、ずっと下を見ていたシャスティは違和感と警戒心を覚え反論した。


 そもそも、この森周辺はまともな道すらなくわざわざ関所を建設する意味がない。空を飛ぶことで大幅に時間を短縮出来るからこそ、アゼルたちはこの森を通っているのだ。


「そもそも、あんたら本当にギルドの職員なのか? 飛竜警備隊っつやぁ、街の警護が仕事だろ? こんな辺鄙へんぴな場所に来てる暇は……」


「……ごちゃごちゃうるせぇな。お前らはこっちの言うこと聞いてりゃそれでいいんだよ。痛い目に会いたくないだろ? ん?」


 シャスティに問い詰められた警備隊の男は、これまでと態度を一変させ高圧的な口調になる。この時点で、アゼルたちはもう相手の言葉を一切信用しないことを決めた。


「なるほど、よく分かりました。結論から言いますね。お断りさせていただきます」


「ほお、そうかい。なら、遠慮はしねえ。野郎ども! このガキどもをいたぶってやれ!」


 相手はギルド職員を騙る盗賊か何かの可能性が高い。そう判断したアゼルは、適当にあしらって追い払うことにした。ちょうど向こうから攻撃を仕掛けてきたのも、好都合だ。


「なら……」


「待っておくれ、アゼル。ここは余に任せてもらいたい。この程度の羽虫相手に、いたずらに力を消耗することもあるまい」


「そうだな、よく考えれば私たちはまだお前の力を見ていない。口だけではないこと、証明してもらうとしようか」


 応戦しようとするアゼルだったが、アーシアに止められる。今回は、彼女が相手をするつもりらしい。リリンもアーシアの実力を見たいようで、特に反対はしなかった。


 リジールの背中を蹴り、アーシアは天へ跳ぶ。両のくるぶしの横に小さな車輪が現れ、彼女の身体を宙に浮かべる。


「下がっていたまえ。余の攻撃は大振りなものが多くてね、仲間を巻き込むことも多々あるのでな」


「は、はい。皆さん、退きますよ」


 アーシアはリジールを退かせ、敵を見据える。自称ギルド職員の男たちは、アーシアを舐めきっているらしく全員汚い薄ら笑いを浮かべていた。


「ハッ、たった一人で俺たちを相手にするつもりかよ。身の程知らずめ、後悔させてやる!」


「身の程知らず? ……ククク、ハハハハハ!! 余を相手に身の程知らずとな? 本当にそうなのか見せてやろう。出でよ……魔槍グラキシオス!」


 相手の言葉に、アーシアは心底愉快そうに大笑いする。右手を真横に伸ばし、己の得物たる灰色の槍を呼び出す。槍は穂先の部分が水色の水晶になっており、怪しい輝きを放っている。


「綺麗だなぁ……。お頭、あいつ倒したらあの槍貰ってもいいですかい?」


「いいぜ、好きにしな。さあ、行くぞおまえ」


 次の瞬間。リーダーの左にいた仲間が、胴体を貫かれていた。あまりの早業に、男たちのみならずアゼルらも全く反応出来ずにいた。


 一切の予備動作なしに、アーシアが槍を投げたのだ。寸分の狂いなく、槍は男の心臓を貫き息の根を止める。全員が事態を把握したのは、数十秒経ってからだった。


「……え? は? 今、なにが」


「何だ、見えなかったのか? あれだけ大言壮語したのだ、この程度見切れるものだと思っていたが。それとも、身の程を知らぬのは……貴様らの方かな?」


 息絶えた部下が飛竜から落下したのを見て、ようやくリーダーは我に返る。手元に戻ってきた槍を肩に担ぎ、アーシアは余裕の笑みを浮かべた。


 その姿には、魔の貴族に相応しい貫禄があった。直後、今度は主を失った飛竜が槍に貫かれ息絶える。今回も、アーシアの動きが全く見えない。


「ほら、どうした? 早く反撃しないと、十分もしないうちに全滅してしまうよ?」


「ヒッ! お、お前らかかれぇぇ!!」


 恐怖に駆られたリーダーは、部下たちに指示を出して突撃させる。このままでは間違いなくられる。そう考えてのことだったが……。


「死ねぇぇぇ!!」


「単調な攻撃だ。こんなもの、目を瞑っていてもかわせる」


「な……ぐあっ!」


 まずは一人。突進からの突きを難なく避けられ、返しの一撃で首を貫かれ死んだ。槍が引き抜かれた直後、穂先が薙刀の刃へと変わり飛竜を真っ二つに切り裂く。


「このアマ! なら炎のブレスを食らえ!」


「面白い。ならばこちらもブレスで応戦しよう。……もっとも、炎ではなく腐食の毒だがな!」


 接近戦では勝てないと考え、最後に残った部下は飛竜のブレスを用いて遠距離から攻撃を行う。が、そんな浅知恵もアーシアには意味を為さない。


 ブレスにはブレスを、とアーシアは大きく息を吸い込む。そして、あらゆる有機物を溶かしてしまう猛毒のブレスを相手に向かって吐きつける。


「な、なんだこ……ぐああああ!! か、身体が、溶け……」


「ギャギ、ギィィ……」


 続いて、二人目。全身を溶かされる恐怖と苦痛を味わいながら、飛竜共々森の中に落下していった。あまりにも一方的な戦い……否、『狩り』の光景にアゼルたちは戦慄を覚える。


「これは、なんとも……。凄いとしか言いようがないですね」


「口先だけではなかった、というわけだ。しかし、あの槍といい今のブレスといい……魔の貴族とはこうまで強いものなのか。奴が敵ではなかったこと、感謝せねばなるまいな」


 一切の情けも容赦もなく、自称ギルド職員の男たちを始末していくアーシアを見て全員が心の底から安堵する。彼女が敵ではなくて本当によかった、と。


 ……まあ、あまりの冷酷さに、シャスティやアンジェリカ、メレェーナは絶句していたが。


「ば、バカな……。こんなはずじゃ……。話と違うじゃねえかよ、クソッタレめが!」


「おや、逃げるのかい? あれだけ勇ましかったのにね。ま、いいさ。しっぽを巻いてお逃げよ」


 最後まで残ったリーダーは、もう勝ち目がないと判断し一目散に逃げていった。アーシアは追撃することなく、相手を煽りながら見送る。


 本当に何もしないのかと思っていたが、アゼルは見逃さなかった。逃げていく男の背中に向かって、黒い種のようなものを指で弾き付着させたのを。


「なんだよ、トドメ刺さねえのか?」


「いいのさ。今ここで殺すよりも、だ。あの男たちを誰がけしかけてきたのか、探れるようにしておいた方が得だろう?」


「じゃあ、さっき飛ばしてたのは……」


「おや、気付いていたんだね。ふふ、流石だ。あれは一種の探知機のようなものさ。あの男がどこに逃げたのか、追跡出来る」


 アーシアの目論見は一つ。あえて逃がした男を追いかけ、今回の騒動の黒幕をあぶり出すことだ。災いは常に種から絶やす。それが彼女の信条なのである。


「なるほど、考えましたわね。では、早速追いかけましょう」


「いや、すぐはダメだ。相手もまだ警戒しているからね、すぐに見つかるだろう。むしろ、相手が無事逃げ延びて油断したところを追う。その方が、より深い絶望を与えられるからね」


「そ、そうですわね……」


 残忍な笑みを見せるアーシアに、アンジェリカは顔をひきつらせながら頷いた。アゼルとしては、ここで後顧の憂いを絶っておきたいので特に反対するつもりはない。


「では、少し待ってから後を追いましょう。これからの戦いを万全の態勢で迎えるためにも、不安要素は排除しておきたいですから」


「ああ。ま、余に任せておけばいい。誰が相手だろうと、貴殿を阻む者は全て……始末するからね」


 血で濡れた槍を掲げ、アーシアはそう口にした。

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