162話―リビングデッド・ホラーショー

 戦いが終わってから三十分ほど待った後、アゼルたちは追跡を開始する。炎を継ぐための旅路に、不安要素を残しておくことは出来ない。


 例え相手が小物であろうが、障害となるならば出来るだけ早く排除する必要がある。ラ・グーの配下や闇霊ダークレイス等、ただでさえ敵は多いのだから。


「……さて、そろそろ行くとしようか。あの男はここから北の方に逃げている。シャスティといったな、貴殿はこの辺の地理に詳しそうだ。北には何がある?」


「こっから北ってーと……岩山地帯が広がってるな。あちこちに洞窟があって、野営する時にたまに世話になるんだよ」


「ふむ。なら、その洞窟のどれかを根城にしている可能性が高いね。ま、とりあえず向かおうか。リジール、行くよ」


「は、はい!」


 逃げていった男の背後にいる者の正体を暴くため、一行はアーシアに導かれ、一路北へ向かう。森から北上したところに、荒涼とした岩山が広がっていた。


「よし、一旦ふもとで降りよう。地上から空が見えだ、ずっと飛んでいたらすぐ見つかるからね」


「そうですね。あの男にまだ仲間がいるかもしれませんし、ここからは歩きで探しましょう」


 ギルド職員を詐称していた男の仲間がたった三人だとは到底考えられない。恐らく、根城にはまだ仲間がいるだろう。なら、アゼルたちの追撃を警戒し見張りをするはず。


 そうなると、地上からはアゼルたちが丸見えとなり即座に気付かれてしまう。応戦してくるならまだ捕らえられるが、全力で逃げられると面倒なことになる。


「リジール、降りてくれ。地上に着いたら、君は不測の事態に備えて待機だ」


「分かりました、アーシア様」


 岩が密集している場所に降り立ち、リジールはアゼルたちを降ろした後変身を解く。アーシアの指示により、彼女はそのまま岩影に身を隠した。


「それで、これからどーするの?」


「すでに敵の居場所は分かっている、が……単純に襲撃しただけじゃ面白くない。そこでだ、愚か者を誅するためにもこんな作戦を考えたのだが」


 メレェーナに問われたアーシアは、何か妙案があるようで全員を集めこそこそ話をする。案を聞いたリリンとアンジェリカは、内容を気に入ったのかニヤリと笑う。


「ほう、なかなか面白い。確かに、不届き者どもを誅するにはピッタリの内容だ」


「アゼルさまを害そうとしたのですから、それくらい怖いめに合うのは当然の報いですわね。わたくし、賛成しますわ」


「だそうだ。それで、貴殿はどうだい? アゼル」


 アーシアに問われるも、アゼルの答えはすでに決まっている。勿論……『イエス』以外あり得ない。


「ふふ、聞かれるまでもありません。ぼくたちの邪魔をしたのですから、それくらいの罰は受けてもらいませんと。それじゃあ……早速、始めましょうか」


 旅路を阻む者たちに今、裁きが下される。



◇――――――――――――――――――◇



「おい、聞いてんのかラズモンド! 俺は聞いてねえぞ、あんな化け物みてぇな女がいるなんてひとっこともよ!」


『さてな。ワシは知らんよ、そんな女のことなど。お前たちのリサーチ不足であろう、こちらに八つ当たりされても困るな』


 その頃、無事根城たる洞窟まで逃げ延びた男は魔法石を使いラズモンドと連絡を取っていた。事前にラズモンドから貰っていた情報書には、アーシアのことが書かれていなかった。


 故に、彼らは一方的に叩きのめされ敗北を喫することとなったのだが……男はその責任をラズモンドに求めた。彼らからすれば当然のことだが、ラズモンドは鼻で笑う。


『やはり、そこらの盗賊団程度では話にならんか。もうよい、お前たちは用済みだ』


「んだとテメ……んのやろ、通信切りやがった! クソッ、舐めやがって!」


 一方的に切り捨てられ、憤慨した男は魔法石を床に叩きつけ破壊する。ラズモンドの依頼を受け、アゼルたちの始末を請け負ったまではよかったが、以降がよろしくなかった。


 自分たちはそこそこ名の知れた盗賊団だから大丈夫……という、根拠のない自信を柱に今回の襲撃を決行し、結果部下は死んだ。自業自得ではあるが、彼らには関係ないことだ。


「お頭ぁ、これからどうしやす? あのラズモンドって奴、絶対口封じしてきますよぉ」


「んなこたわぁーってる! さっさとここを出て、イスタリアあたりにでも行って再スタート……ん? 誰か来るな」


 アジトで留守番していた部下に問われ、男は苛立ちながらも答える。しくじった以上、もうこの国にはいられない。別の国に逃亡しようと考えるが……。


「ううぅ……あぁ……」


「ぐ、あ……」


 洞窟の外から、複数の足音と共に苦しげな呻き声が聞こえてくる。苦悶に満ちたその声は……アーシアに殺された、男の部下たちのものであった。


「お、お頭……この声って」


「う、嘘だろ。俺は確かに見たんだ。あいつらが、殺されるのを……あり得ねえ、あいつらが生きてるなんて」


 恐怖に駆られた男は、アジトにいた五人の部下を連れ洞窟の奥へ逃げていく。奥へ奥へと進むたび、入り口に近い場所から順に松明の火が消える。


 それと同時に、呻き声も近付いてくる。しかも、奥に進むにつれ声が意味のあるものに変化していく。その内容は、お頭への恨み言だった。


「おか、しらぁ……。何で、俺たちを見捨てたんですかぁ」


「身体が溶けて、痛くて痛くて辛いんですよぉ。おかしらぁ、助けてくださいよぉ」


「何で、あんただけが生きてるんだぁ……。オレたちと一緒に、死んでくれよぉ」


 怨みのこもった声でそう呻きながら、声の主たちは洞窟の奥へと歩いていく。盗賊たちは完全に恐慌状態に陥っており、我先にと逃走する。


「ひ、ひぇぇぇぇ!! 来るな、来るんじゃねええ!」


「恨むならお頭だけにしてくれぇ! オレたちまであの世に引きずり込むなああ!!」


「お前ら、待て! 俺を置いてく……!? な、なんだ? 足が、動かな」


 逃げていく部下たちに怒鳴りつつ、自分も後を追おうとしたお頭の足を何かが掴む。下を見ると、血にまみれたスケルトンが足にしがみついていた。


 カタカタと顎の骨を鳴らし、まるで笑っているかのように身体全体を揺らしながら。


「ケ、ケ、ケ、ケ、ケ」


「ぎゃああああ!! 放せ、放せってんだよぉぉぉ!! このクソ骨めがぁ!」


 お頭はスケルトンを引き剥がし、逃げようとする。が、足をきつく抱き締めたスケルトンを引き剥がすことは容易ではなく……ついに、声の主たちに追い付かれた。


 胴体に風穴が空き、血にまみれたかつての部下たちの死体を見たお頭はとうとう限界を迎えた。もはや悲鳴をあげるだけの余裕もないようで、白目を剥いてその場に崩れ落ちる。


「……ぷ、くくく。くふふ、ははははは!! ざまぁないな、いい歳した大人が、ぶふふ! 漏らしながら気絶しおったわ! あっははははは!!」


 恐怖のあまり大も小も漏らし、情けない格好で気絶しているお頭を見た死体の一つが突如爆笑し始める。直後、変身が解けリリンの姿があらわになった。


「あー、笑った笑った。おかげで鬱憤も晴れた。お前たちもご苦労だったな、スケルトンよ」


 リリンが声をかけると、他の二人の変身も解ける。毎度お馴染み、アゼルが使役するスケルトンの姿に戻った。今回アーシアが立てた作戦は、至って単純。


 彼女の得意とする変身魔法を使い、スケルトンを死んだ部下たちに見せかけて恐怖を与えようというものだ。結果を見るに、まさしく効果は抜群だったらしい。


 何故リリンが混ざっているのかと言うと、無様に逃げ惑う盗賊たちの姿を間近で見たかったからというサディスティックな要望の結果である。


「アゼルたちも来ていいぞ。作戦成功だ」


「よっしゃよっしゃ。一人捕らえ……ってクサッ! こいつ漏らしてやがる!」


「ま、あれだけクオリティの高いリビングデッドを見せつけられたら、な。私でも気絶する自信がある。流石に漏らしはせんが」


 洞窟の外で待機していたシャスティたちが呼ばれ、リリンの元にやってくる。あまりの惨状に、アゼルはほんのちょっぴり良心を刺激される……が、あまりの臭さにすぐ消えた。


「うー、臭いです。この人、何食べてるんでしょうか」


「まあ、すぐに用事も終わる。少しの我慢だ。さっさとこいつを蹴り起こして、誰に頼まれたのか聞き出すとしよう」


 サディスティックな笑みを浮かべながら、リリンはそう口にする。盗賊のお頭の災難は、まだまだ終わらないようだ。

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