160話―巨悪の同盟
「ラズモンド卿、例の奴らが帝都を経ちました。調査隊とは別に、独自のルートで凍骨の迷宮に向かうつもりのようです」
「フン、そのくらいは想定済みだわい。あまり露骨に邪魔をするとメルシルの奴に妨害されかねんから、帝都から出るまで待っておったのだ」
アゼルたちが旅を続けている間、冒険者ギルド本部にて不穏な動きが起こっていた。とある一件でアゼルに怨みを抱くギルド幹部、ラズモンドが
「メイオンにいるワシの子飼いの連中を使って、この世から消し去ってやるわい。ワシの息子を再起不能にしてくれた礼、たっぷりしてやらんと気が済まん!」
ラズモンドの息子、グリニオはかつて名うての冒険者だった。しかし、身勝手な理由でアゼルを痛めつけ追放した結果、ジェリドの怒りを買うこととなる。
元の仲間であるリジールやダルタス共々ディアナに敗れ、凄惨な拷問を受けることとなった。徹底的に顔を破壊されたリジールとは違い、グリニオは利き腕を潰された。
「そういえば、息子様は……」
「我が屋敷で隠遁させとるわ。可哀想に、廃人になって……今は日がな一日、ずっとぼーっとしておる。それもこれも、あのガキのせいだ! 本当に許せん!」
冒険者としてのプライドも、利き腕も……全てを失い犯罪奴隷に堕ちたグリニオは、現実を受け入れられなかったらしい。ココロが壊れ、廃人になってしまったのだ。
ココロの壊れた奴隷など、誰も欲しがらない。リジールとは別の意味で捨てられたグリニオは、誰の声にも反応しない脱け殻になっていた。
「しかし、いくら帝都から遠い場所とはいえ下手なことをすればグランドマスターにバレてしまうのでは?」
「問題ないわ。子飼いの者どもの中に、屍肉派のネクロマンサーもおる。事が済めば、上手く隠蔽してくれるわい。ばっはっはっはっ!」
「果たして、そう上手くいくかねぇ? 相手を舐めてちゃ、返り討ちにされるぜ?」
ギルド内の私室にて、部下と話をしていたその時。どこからともなく、不気味な声が響いてくる。ラズモンドはキョロキョロしながら、声の主を探す。
直後、部下の身体から鋭い刃が生えてきた。口から血を吐き、部下は死んだ。ラズモンドが唖然としていると、声の主……ゾダンが姿を現した。
「へっへっへっ。初めまして、だな。おっさん」
「お、お、おま、お前は……! な、何故ここに。おま」
「おっと、静かにしな。こっちはギリギリの橋渡ってここまで来てんだ。騒いだら……分かるな?」
喉元に剣を突き付けられ、ラズモンドは沈黙する。本来なら、街の中に現れるはずのない
「聖堂騎士どもに勘づかれると困るから、手短に用件だけ伝えるぞ。例のガキを狩るのに、オレたちも協力してやる。霊体派のネクロマンサー全員がな」
「な、なんだと?」
ゾダンの言葉に、ラズモンドは驚く。てっきり、自分たちの獲物だから手を出すなとでも言ってくるものと思っていたのだ。そんな彼に、ゾダンは話を続ける。
「意外か? だがな、考えてもみろ。奴がなんのために凍骨の迷宮に向かうのかを。奴がジェリドの末裔だってことを鑑みりゃ、ある程度は理由も見えてくるだろ?」
「む、むぅ……」
「今は詳しくは言えねえが、こっちには心強い味方も出来た。手を組みてぇなら、力を……チッ、もう時間切れか。その気があるなら明日、ロランティマ洞窟に人を寄越せ。あばよ」
いいところまで話を進めるも、帝都に駐在する聖堂騎士たちに感知されたようだ。舌打ちをした後、ゾダンは最後にそう伝え溶けるように消えた。
「手を組む、か。ククク、こいつは都合がいい。
ゾダンらの協力が得られるなら、容易く目的を達成出来ると踏んだラズモンドは高笑いする。だが、彼は全く気付いていなかった。
何の打算もなく、霊体派のネクロマンサーたちが力を貸してくれるわけもないということに。
◇――――――――――――――――――◇
「戻ったな、ゾダン。その様子だと、首尾は上々といったところか」
「よう、ロマ。あのデブオヤジにはキッチリ伝えたぜ。バカな奴だ、捨て駒にされるってのにも気付かねえで浮かれてやがった」
帝都を去ったゾダンは、霊体派のネクロマンサーたちの拠点『ラバド霊山』に帰還した。何百年もかけてくり貫かれた、巨大な山脈の内部にある迷路を抜け居住区に戻る。
光がほとんど差すことのない山脈の内部には、朽ちてボロボロになった家屋が立ち並んでいた。ぶらぶら歩いていると、一人の男に声をかけられる。
「フッ、言ってやるな。所詮は俗物、崇高なる我ら霊体派の駒として散れるのだ。そのことに気付けば、泣いて感謝するだろう」
「ククク、それもそうだな。……で、例の大魔公とやらはもう来てるのか?」
「ああ。つい先程、総帥殿のいる祭壇の間に向かった。もうそろそろ、話も終わるだろうよ」
「にしても、驚いたもんだ。
ジェリドの操るスケルトンによって撃退されたグリネチカは、霊体派のネクロマンサーたちと接触し同盟を結ぶことを考えた。ラ・グーの軍勢と
前身たるガルファランの牙の時と同様に、災いを振り撒くため手を組むこととなった。以前の敗北の復讐が出来ると、霊体派の者たちは皆グリネチカを歓迎しているようだ。
「ま、我々としては大地に恒久の平和をもたらされると困るからな。せっかくのおもちゃを取り上げられてはかなわん」
「全くだ。だが……聖戦の王どもと接触出来るかもしれねぇチャンスを作ってくれたことくらいは、感謝してもいいかもな。王どもを殺すのは、さぞかしいい気分になれそうだからな」
ラ・グーからすれば、かつての王たちを排除して大地を取り戻したい。ゾダンら霊体派からすれば、平和がもたらされることで自分たちの居場所がなくなることが気に入らない。
要するに、生命の炎を継ごうとしているアゼルの存在は両者にとって邪魔以外のなにものでもないのだ。利害が一致している以上、手を組まない理由はないのである。
「殺したいのかい? 王どもを。ワタシは別に構わないがねぇ、労せず成果を得られるんだから」
「ん? もう総帥との話は終わったのか。グリなんとかさんよ」
「グリネチカだ。覚えておきな、若造」
グダグダしているところに、居住区の奥からグリネチカが歩いてきた。霊山に宿る邪悪な魔力を吸収したのか、手足に巻き付くムカデがモゾモゾうごめいている。
「ケッ、どうせオレらはあんたからすりゃ若造さ。で、これからどうすんだ? いつまでものんびりしてるわけにゃいかねえんじゃねえの?」
「勿論だとも。明日、ジェリド抹殺のために動く。凍骨の迷宮に乗り込んで、忌々しい骨野郎をぶっ殺すのさ。ついでに、炎の欠片もいただく」
ゾダンの問いに、グリネチカは笑みを浮かべながら答える。アゼルたちよりも先に迷宮の最深部に到達し、仇敵たるジェリドを抹殺する。それが、彼女の立てた作戦だった。
「あんたらにゃ、例のがきんちょの足止めをしてもらうよ。そのくらいは朝飯前だろう?」
「問題ない。一人、先走って死んだ
「ただ、なんだい」
「そのガキの仲間に、カイルって奴がいる。そいつは、この俺の獲物だ。横取りはするなよ」
ロマはグリネチカを睨みながらそう念を押す。裏切り者たるカイルに、並々ならぬ憎悪を抱いているようだ。
「横取りなんてしないさ。ワタシの目的は、あくまで王どもの抹殺とこの大地の
「ああ、そうさせてもらう。我ら流の狩りを、見せてやろう。お前たち闇の眷属にな」
巨悪が手を結び、アゼルたちに牙を剥こうとしていた。
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