146話―討伐隊出撃

 翌日、早朝。ついにカルーゾとの決戦の日がやって来た。アゼルたちはオメガレジエートに乗り込み、グラン=ファルダへ向かい、討伐部隊と合流する。


 五百人を越える戦士たちが集い、一気に敵地へ乗り込もうとする……が、偵察に出ていた者たちが戻り、とある知らせがアゼルたちにもたらされる。


「報告します! 時空の狭間に強大な歪みを発見しました。そこにカルーゾの生命反応も……。恐らく、暗域を出て我らを迎え撃つための準備をしているのかと」


「なるほど。だが、暗域にいないというのなら都合がいい。闇の眷属どもに横槍を入れられるのは面倒だからな」


 どうやら、カルーゾの方も神々の動きに気付いたようだ。もはや暗域に居座る理由はないらしく、時空の狭間へ居を移し、万全の態勢で迎え撃つつもりらしい。


「あれ? 魔神の皆さんはどこに……」


「ふふふ、僕以外は第二陣で来るよ。とびっきりの切り札を持ってね。それまでは、僕と……」


「わたくし、ファティマが皆様に同行します。ミスター・アゼル、お久しぶりですね」


 自信満々なリオの後ろから、藍色のメイド服に身を包んだ自動人形オートマトンの女性――ファティマが現れる。かつて、悪食の竜相手に共闘した者の登場に、アゼルは驚く。


「ファティマさん!? わあ、お久しぶりです! お元気でしたか?」


「ええ、あれから変わりなく。貴方の方も、元気そうでなによりです」


 戦友との再会を喜ぶアゼルたちだったがらいつまでもそうしてはいられない。敵の居場所が分かった以上、攻撃を仕掛けない理由はないのだ。


「諸君! 時は満ちた。今こそ、我らは堕ちた同胞を滅ぼし、罪を精算しなければならない。敵は強大な存在だ、犠牲も出るだろう。だが、我らは必ず勝つ! 固い結束があるのだから!」


「おおーー!!」


「我ら創世六神も、分身たる神影を戦力として送る。戦うのは諸君らだけではない、我らも共にある。さあ、行こう。カルーゾを討つのだ!」


 バリアスの号令の元、討伐部隊の面々は四隻の方舟に乗り込み出立する。その後を追い、アゼルたちもオメガレジエートに搭乗しグラン=ファルダを発つ。


 六神は影を作り出し、それぞれ別れて方舟に乗せている。オメガレジエートにも、光明神ディトスの影が搭乗し共に時空の狭間へと向かう。


「ホッホ、よろしく頼むよ。どうじゃ、緊張ほぐしに飴ちゃんでも食べるかの? どんな味の飴もあるでな」


「えっと、じゃあ……イチゴ味のを」


「うぅむうむ、素直な子は好きじゃよ。ほら、よぅく味わうとええ。お嬢さん方も、食べるかね?」


 ディトスはコートの内ポケットから飴玉を取り出し、アゼルに手渡す。常にニコニコと笑みを浮かべており、好好爺然とした態度を取っている。


「そうだな、なら私はレモン味の飴でも貰うか」


「わたくしはリンゴ味にしておきますわ」


「あたしも!」


 リリンとアンジェリカ、メレェーナも飴を貰い、昂る気持ちを抑えることにしたようだ。一方、シャスティは一人難しい顔をして考え込んでいる。


「シャスティお姉ちゃん、どうしたんです?」


「……いや、流石に酒味の飴なんてねえよなぁって想ってよ。景気付けに一杯やりてぇけど、やったら怒るだろ?」


「当然です」


「……だよな」


 シャスティとしては、士気を高めるために一杯飲みたいところであったのだが、勿論アゼルに却下された。しょぼくれるシャスティを見て、ディトスはクスクス笑う。


「そのくらい、お安いご用じゃよ。大地の恵みと災いを司る光明神に、造り出せぬ食物はないでな。ほれ、お望みの飴じゃ」


「え、マジ? 流石に嘘……おおおお、マジだ! 本当に酒の味がしやがる! うほほ、こいつぁありがてぇ!」


 半信半疑で飴玉を受け取り、口の中に放り込んだシャスティ。直後、感動の涙を流しながら凄まじい勢いで飴を舐め始めた。それを見て、アゼルたちはため息をつく。


「全く。いい歳して、たかが飴玉ごときで何を感動しているのだか。しようのない奴だ」


「あはは……」


 呆れ返るリリンに、アゼルは苦笑いを返す。その時、センサーに一つの反応が現れた。敵対的存在であることを示す、真っ赤なドクロマークが。


「総員、モニターを注視! 何か近付いてきてるね。ふーちゃん、解析出来る?」


「お任せを、我が君。すぐに正体を掴みます」


 リオに頼まれ、ファティマは壁に手を当て戦艦と自身を同調させた。甲板に設置された監視カメラを通して、オメガレジエートに接近してきているモノの正体を調べる。


 しばらくして、解析を終了させたファティマは同調を解除し、優雅に一礼してからリオに報告を行う。


「お待たせ致しました。接近しているのは、巨大な岩石の塊でした。……カルーゾの顔面が大きく掘られています。恐らく、わたくしたちを始末するためのものかと」


「なるほど、早速仕掛けてきたわけだね。よぉーし、総員迎撃準備! カルーゾ隕石をやっつけよう!」


「はい!」


 リオの号令に頷き、アゼルはやる気を出す。モニターには隕石の姿が映し出され、いつ攻撃を仕掛けてきても反撃出来るようになっている。


「……ふむ。どうやら、他の方舟も似たようなモノに襲われておるようじゃの。神影がおるから、撃沈されることはなかろうが……ま、ちと面倒じゃな」


「ま、そのくらいは予想済みだ。邪魔をしてくるなら、遠慮なく叩き潰すだけだ」


 念話で他の六神とやり取りをしていたディトスにより、隕石は複数あることが分かった。リリンは好戦的な笑みを浮かべ、甲板に出ようとするが……。


「あいや、待つのじゃ。ここはわしに任せてくれんかのう。そなたらは、カルーゾとの戦いにおける切り札。ここで消耗しても困るでな」


「ですが、いくら神とはいえ、流石にお爺さんだけに任せるというのは……わたくしとしては許容出来かねますわ」


 アゼルたちの力を温存させるべく、ディトスは自ら打って出ようとする。しかし、彼だけに任せることにアンジェリカが難色を示した。


 神の影とはいえ、老体を酷使させるのは嫌なのだろう。しばし議論した後、折衷案としてディトスとアゼルが出撃することとなった。


「一人くらいならば、艦内の治療ポッドで回復出来ます。ということで、ミスター・アゼル。ディトス様と共に甲板へどうぞ」


「分かりました、頑張ります!」


「ホッホ、これは頼もしい。どれ、若人の戦い方を見せてもらうとしようかの」


 アゼルとディトスの二人で直接隕石を迎え撃ち、残りのメンバーは機銃を用いて援護を行うことに決まる。二人が甲板に出ると、敵はもう数メートルの距離まで来ていた。


『逃げずに出てきたか、愚か者どもめ。我が岩石の拳で、このチャチな戦艦もろとも粉砕してやろう』


「わっ、喋った!? ……顔が大きいせいで、何だか気持ち悪いですね」


 外に出てきたアゼルたちを見て、カルーゾ隕石が口を開いた。二人を威圧するつもりだったのだが、少なくともアゼルには効果がなかったようだ。


 ディトスの方も、相変わらずニコニコ笑っているだけで全く堪えていない。カルーゾ隕石の作戦は、完全に失敗に終わった。


『おのれ、言うに事かいて気持ち悪いだと! 不敬な、その発言後悔させてくれるわ!』


「ディトスさん、来ます!」


「ホホ、なんじゃこの程度。ほれ」


 どこからともなく岩石の塊が現れ、巨大な腕を形造る。拳を握り、振り下ろされる。が……なんと、ディトスは片手で受け止めてしまった。


『ぐっ、貴様!』


「ホホホホ、カルーゾの顔をした隕石よ。そなたも耄碌モウロクしたものよの。現行の六神の中で、このわしが……最もパワーに優れた者であることを、忘れたようじゃな!」


 次の瞬間、ディトスの身体に変化が起こる。全身の筋肉が隆起し、大きく膨れ上がったのだ。コートが敗れ、鋼のような肉体が惜しげもなく晒される。


 隣でそれを見ていたアゼルは、ヘイルブリンガーを呼び出すのも忘れ唖然としていた。


『このっ! このっ!』


「フホホホホ、効かぬ効かぬ効かぬぞぉ! そんなヤワなパンチでは、わしのオリハルコンより強靭な筋肉を傷付けることなど叶わぬわ!」


 カルーゾ隕石はもう一本腕を作り出し、左右のラッシュをディトスに浴びせかける。が、筋肉モリモリのマッチョダンディーと化したディトスにはら悲しいくら効果がなかった。


 それどころか、逆に隕石の拳が強度負けして粉々に砕けてしまう。これには、艦内で援護の準備をしていたリオたちもお口あんぐりである。


『バ、バカな。我が拳が逆に砕けるだと……』


「なんじゃ、仰々しい登場の仕方をしておいてもう終わりか。では、終わらせるとするかの。冥土の土産に教えてやろう、パンチとはこう放つのじゃよ! ふんぬぁっ!!」


『く、来るな! 来る……ごばあああっ!!!』


 勢いよく跳躍し、ディトスは右のストレートパンチの一撃で隕石を貫き、破壊してみせた。あまりの力業に、思わずアゼルは敬礼してしまう。


「他愛もない、もう終わりか。つまらぬ相手じゃったのう」


「……ソウデスネ、ディトスサン」


 着地したディトスに、呆れと尊敬の二つを混ぜてアゼルはそう答えることしか出来なかった。

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