145話―決戦に備えて

カルーゾとの戦いでドゥノンが散ったその頃、エリザベートたちはファルダ神族の子ども……ルゥを親のところに送り届けていた。ルゥも両親も、安堵の笑みを浮かべる。


「ああ、本当に……本当によかった。皆さん、ありがとうございます。こうして無事、うちの子を助けてくれて」


「礼には及びませんわ。あたくしたちは、当然のことをしただけですもの。それに……本当にお礼を言わなければならないのは、ドゥノンに対してですわ」


 ひたすら頭を下げるルゥの両親や、同席していた創世六神たちとリオにエリザベートは暗域で起きた出来事を話して聞かせる。ドゥノンがカルーゾを裏切り、ルゥを助けたこと。


 己を捨て石として、単身カルーゾに挑んだことを。それを聞いた神々は、複雑な表情を浮かべる。


「……そうか。あのドゥノンがカルーゾを……。だが、確かにカルーゾの抱く野望は危険極まりないものだ。早急に対処しなければ、未曾有の大厄災となるだろう」


「バリアスさん、すでに追討部隊の再編は完了しています。このまま暗域へ攻め込み、カルーゾを討ちましょう」


 危機感を募らせるバリアスに、フィアロがそう進言する。バリアスは頷き、彼の提案に賛成の意を示す……が。


「ああ。追討部隊を送り込むのは賛成だ。だが、今すぐとはいかない。ほら、彼が……」


「ばぶ」


「わぁ、可愛い赤ちゃん。これがアゼルくんだなんて、信じられないけど……まあ、エッちゃんたちがそう言うならそうなんだろうね」


 バリアスが指差した先には、未だ赤ちゃんのままなアゼルがいた。彼がこの状態では、とてもではないがカルーゾと戦うどころではない。


 磐石の態勢で望まねば、神々と魔神、アゼルたちの連合軍といえど軽く粉砕されてしまうだろう。それに、神々にも準備というものがあるのだ。


「まずは一度、それぞれするべき準備を整えなければならない。急いては事を仕損じる、焦りは禁物だ」


「確かにねー。あーしらも、後詰めとしてやることいっぱいだしー。ねー、ふぁーちゃん」


「そうね、ムーちゃん。……ま、とりあえず明日出発出来るように準備すればいいんじゃない?」


 ムーチューラとファルティールの言葉もあり、翌日の出発を目標に準備を行うことが決まった。リオたちはキュリア=サンクタラムに帰り、アゼルを元に戻す。


 神々は部隊の最終編成を行い、確実にカルーゾを仕留めるための作戦を立てる。それが今、彼らの為すべきことだ。


「よし、そうと決まれば早速戻って準備しよっか!」


「そうだね、くーちゃ……あ、そうだ、忘れるとこだった。おーい、こっちおいで。ほら、お礼を言おうね」


 大地に帰還しようとするエリザベートたちに、リオは何か思い出したようで誰かを呼ぶ。すると、隣の部屋から三人の少年少女がやって来た。


 彼らは皆、カルーゾに捕らえられ魔獣へと変えられた子どもたちであった。神々のケアが効果を奏し、三人とも心身ともに快復したのだ。


「えっと、このあかちゃんがわたしたちをたすけてくれたおにいさんなの?」


「あう!」


 かつて、絶望に耐えかね自ら命を絶った少女は、メレェーナが抱っこするアゼル(赤ちゃん)を見て若干困惑していた。が、すぐに気を取り直し、ルゥも合わせ四人でお礼を言う。


「アゼルさん、ありがとう」


「ばぅあ~!」


 お礼を言われ、アゼル(赤ちゃん)は嬉しそうに笑う。それを見た子どもたちも、リオも、神々も。皆、心から嬉しそうに笑顔を浮かべた。


「私たち創世六神からも、礼を言わせてもらいたい。君たちの尽力があったからこそ、この子たちは無事帰ってこれた。本当に、ありがとう」


「ばぶ!」


 六神を代表してバリアスが礼を述べ、アゼル(赤ちゃん)は誇らしげに応える。そして、やることを終えたリオたちは今度こそ大地へと帰っていった。



◇――――――――――――――――――◇



「なぁアゼル、そろそろ機嫌を直しておくれ。いや、確かに私たちも色々悪ノリしたことも否定しないが……」


「あう、あうあう……こんな、こんな恥ずかしいこと……うう、うううう……」


 その日の夜、ドゥノンから渡された解毒剤によりアゼルはようやく元に戻れた……のだが、全てが丸く収まるとはいかなかった。赤ちゃんの時の記憶が残っていたのだ。


 その結果、赤ちゃんになっている間にリリンたちによって行われた『あんなこと』や『こんなこと』の恥ずかしさに耐えきれず、部屋に閉じ籠ってしまったのだ。


「いや、本当に済まなかった、アゼル。なにぶん初めての育児だったせいで色々……まあ、やってしまったわけだ、うん」


「その、申し訳ありませんでしたわ。わたくしたち、舞い上がってしまって……」


「ぐすっ、ひっぐ……。うう、分かりましたよ。ぼくだって、ほれくらいは分かっていますから」


 四人でひたすらに平謝りした結果、どうにかアゼルに許してもらえたようだ。アゼルとしても、いつまでも引きずって明日の決戦に悪影響を残したくはない。


「あー、よかった。許してもらえなかったらどうしようかと思ったぜ」


「ねー。でも、もうちょっとお世話したかったなー、なんて」


「あの、その事なんですけど……」


 シャスティがホッと胸を撫で下ろし、メレェーナがちょっぴり残念そうにしていると、アゼルはもじもじしながら口を開く。そして、リリンたちが予想もしなかった言葉を放つ。


「……たまにでいいんですけど、また……みんなに、甘えてもいいですか?」


 彼女たちに世話をされ、何かアゼルの心境に変化があったのか……あるいは、幼い頃に死別した母の温もりを仲間たちに見出だしたのか。


 本人にしか理由は分からないものの、他者に甘えることを覚えたようだ。リリンたちは一瞬、思考がフリーズするもすぐに元に戻る。


「え? あ、ああ。もちろんだとも。私の胸でいいのならいくらでも貸すぞ、アゼル!」


「もちろん! むしろこっちからお願いしたいくら……んんっ!」


「そ、そうですわね? アゼルさまがそうおっしゃるのならば、わたくしとしても【ピー】げふっ!?」


「アンちゃん、それは流石にダメだよー?」


 全員が食いぎみに賛同し、約一名が大変よろしくないことを口にしようとしたためメレェーナの肘打ちによって撃沈された。いつものやり取りに、アゼルは思わず吹き出す。


「……ふふっ。やっぱり、皆といると心が安らぎます。……明日、必ず勝って……全員で帰りましょうね」


「ああ。一人も欠けることなく、カルーゾをブチのめしてやろう、アゼル」


 固い約束を交わし、アゼルたちは微笑む。決戦の時が、少しずつ近付いてきていた。



◇――――――――――――――――――◇



「……よっこらせ、っと。ふぃー、一人でここまで登るのはやっぱり骨が折れるね。搭乗リフトのありがたみがよく分かるよ……」


「この時間帯には、リフトを動かせませんからね。ですが、言ってくださればわたくしがお運びしますのに」


「いいのいいの。たまには運動しないとね」


 その頃、リオは従者であるファティマを連れ格納庫へ足を運んでいた。格納庫の奥深く、固く施錠された『ゼロ番格納庫』にて二人はを動かす準備をしていた。


「しかし、本当にを動かすのですか? 我が君」


「うん。明日は絶対に負けられないからね、全部の戦力を投入しなくちゃ。当然、また動かすよ。機巧巨人……レオ・パラディオンをね」


 リオの言葉に合わせ、格納庫の明かりが灯される。照らし出されたのは、獅子の頭部を持ち、青色の装甲に包まれたキカイの巨人だった。


「……懐かしいものですね。あれから、もう千年が経ったのですから」


「そうだね、ふーちゃん。初めてレオ・パラディオンに乗り込んだ日のこと……今も鮮明に覚えてるよ」


 幾多ものスチームパイプと歯車で形作られたソレを見ながら、リオは微笑む。千年の間、切り札たるレオ・パラディオンを起動させねばならない事態は起きてこなかった。


 だが、明日の決戦こそが……眠れる巨人を再び呼び覚ますのに値する、緊急事態なのだ。通路に座り込み、機巧の巨人を見ながらリオは遠い過去に思いを馳せる。


「……ふーちゃん。明日は、レオ・パラディオン以外にも……例の兵器たちも、使うよ」


「! よろしいのですか? あれらはまだ、実戦に投入出来るだけのデータを集めきれていませんが……」


「そうだとしても、使わないと。アゼルくんや神々ばかりに、負担はかけられない。僕たちの全てを、出しきらなくちゃ。そうじゃなきゃ、失礼ってものだよ」


「……かしこまりました、我が君。全ての準備はわたくしが行います。かつての敵を、今……貴方様のしもべとして、蘇らせてみせましょう」


「ありがとう、ふーちゃん」


 カルーゾとの決戦に備え、魔神が動き出す。

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