144話―楔の誓い

「フッ……クハハハハ! この私を……いや、この我を止める? 不可能だ、そんなことは。貴様ごときに、我は倒せぬわ!」


「倒すさ。この命に変えても! ルミナスブレード!」


「ムダだと言うのに、な」


 光の剣を作り出し、ドゥノンはカルーゾへ斬りかかる。渾身の力を込めて放った一撃だったが、なんと指一本で受け止められてしまった。


 ドゥノンとて、人並み以上の……それこそ、『闘争』の神ガローや『慈悲』の神ウェラルドにも引けを取らない膂力がある。しかし、今のカルーゾには通用しないらしい。


「バカな!?」


「だから言っただろう、ムダなことだと。闇の眷属の肉体に、神の力が合わされば……この程度、避けるまでもない!」


「ぐうっ……!」


 余裕綽々なカルーゾは、腕を払ってパリィを行い、ドゥノンの体勢を崩す。立て直す隙など与えぬとばかりに、即座に強烈な回し蹴りを叩き込んだ。


 あばらの砕ける音と共に、ドゥノンの身体が真横に吹っ飛ぶ。あまりの威力に一瞬意識が飛びそうになるも、ドゥノンは気合いで持ちこたえる。


「まだ、だ。まだ、始まったばかり……倒れるわけにはいかぬ! ルミナスレイン!」


「フン、数で押せばどうにかなるとでも? 安直な、そう簡単にはいかぬということを教えてやる! ダークネス・カーテン!」


「む、これは!」


 ドゥノンは上空に無数の光の槍を作り出し、カルーゾ目掛けて雨のように降り注がせる。それを見たカルーゾは、自身の頭上に闇の布を出現させた。


「ルミナスレインが……吸い込まれた、だと?」


「ククク、何を驚いている? お前が伴神となる前、講義の時間に教えたはずだ。光と闇、相反する二つの力は互いを吸収し合う性質があると」


「だがそれは、光と闇、二つの力が全く同じ強さでなければ起こり得ぬことだ! そう簡単に起こせる事象ではないはず!」


 光の槍が闇の布に触れると、溶けるように吸い込まれていく。驚くドゥノンに、カルーゾはそう語る。かつて、まだ聡明な神だった時のように。


「そうとも、普通ならな。だがドゥノン、お前は我が伴神だった者。どれだけの強さの光の魔力を扱えるかなど、とうの昔に把握済み。全く同じパワーの闇の魔力を練り上げるなど、容易いことだ」


「そういうことか。ならば、光以外の魔力を用いればいいだけのこと! フレアシザーズ!」


 光の力が通用しないのならばと、ドゥノンは燃え盛る炎で出来た巨大なハサミを作り出す。これならば、闇の力で相殺されることはないだろう。


 流石に赤々と燃える火に直接触れるのは今のカルーゾでも嫌なようで、今度は受け止めず回避に徹している。とはいえ、何をしてくるのか分からない以上油断は出来ない。


「フン、小賢しい。属性を変えれば勝てるとでも思っているのか?」


「簡単に勝てるとは思っていない。だが、着実に……傷を与えることは出来る! ハアッ!」


「ぐっ……チィッ!」


 斬撃と突きを織り交ぜ、ドゥノンはカルーゾを攻め立てる。反撃の隙を与えれば一気に逆転されかねないため、途切れることなく攻撃を行う。


「我の身体に傷を付けるとは……また一つ、許しがたい罪を重ねたな。そこまでして死にたいとは、お前も随分愚かになったものだなぁ、ドゥノン」


「いいや、私は愚かになってなどいない。あなたが堕ちたのだ。邪悪な存在に。そうでなければ、私はこうして牙を剥くこともなかった……」


「邪悪? 貴様……新たな世界の唯一神になる我に向かってよくもそんな口を! そろそろ遊びは終わりだ、魂ごと消し飛ばしてやる! ダークネス・ソード!」


 ドゥノンの言葉に怒り、カルーゾはついに反撃に転じた。炎のハサミごとドゥノンを蹴り飛ばし、その間にドス黒い暗黒の剣を作り出す。


「しまった……!」


「さあ、裁きの時間だ。闇の奔流に呑まれ果てるがいい! ダークネス・フェノメノン!」


 カルーゾは素早く剣を逆手持ちにし、床に突き刺す。すると、暗黒のオーラが濁流となって溢れ、ドゥノンを押し流そうと襲いかかる。


 炎のハサミを床に突き立て、押し流されないように耐えるも、少しずつ炎が消えていく。凄まじい闇の力に、ドゥノンの魔力が蝕まれはじめているのだ。


「ぐ、うう……」


「どうだ、苦しいか? ん? 苦しいだろう、この闇は特別なモノ……暗域の最深部より呼び寄せたモノだからな。神の身では特別、苦痛だろうよ」


「ぐうっ……まだ、だ。まだ私は……倒れるわけにいかぬ! ストームアーマー!」


「フン、まだ足掻くか! 大人しく楽になればよいものを!」


 暗域の闇に己の肉体を蝕まれながらも、ドゥノンは風の鎧を纏い少しずつ前へ進む。果たさねばならぬならぬ贖罪のために、命を賭けて。


「理解出来ぬな。何故そこまでする? 何がお前を駆り立てる? 叶わぬ相手へ立ち向かう? なぁ、ドゥノン」


「……あなたには、分からないだろうな。私の命は、私だけのものではない。私の後に続く者たちがいる」


 呆れ果てるカルーゾに、ドゥノンはそう口にする。脳裏に、アゼルたちの姿を思い浮かべながら。


「私が敗れても、必ず彼らがあなたを倒す。そのための……楔を打ち込むのが我が役目。絶対の力を得たと慢心するあなたを滅ぼすための、楔を!」


「バカバカしい。そのような楔などあるものか。我は無敵だ! どんな武器も、魔法も、毒も! 我が命を奪うことは出来ぬのだよ!」


「出来るさ。この世界に、完全なる不死などない。闇の眷属の力を得たとて、生と死の理の壁を超越することは出来ない。あなたは……滅びる。いや、滅ぼされるのだ。希望を紡ぐ者たちに!」


「! 貴様……! バカな!?」


 ドゥノンは、闘志を燃やし前に進み続ける。身体は朽ち、もはや枯れ木のようになってしまっていた。それでも、歩み続けることを止めない。


 その折れぬ意思が実り、ついに闇の奔流から抜け出した。それを見たカルーゾは、目を見開き驚愕する。対して、ドゥノンは微笑みを浮かべる。


「どうした、カルーゾ。まさか、たった一つ技を破られたくらいで、もうネタが尽きたのか?」


「黙れ……黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ! ゴミが、この我を侮辱するでないわ! ダークネス・バンカー!」


 その笑みに得体の知れないナニカを感じ、カルーゾの背に怖気が走る。それを忘れ去るために、カルーゾはひたすらドゥノンを罵倒しながら闇の杭を射つ。


 全身を穿たれ、ドゥノンの手足がちぎれ飛ぶ。もはや肉体を再生させるだけの力もなく、その場に倒れ伏してしまう。


「ぐ、う……」


「はあ、はあ……。どうだ、これでもう満足に動けまい。たった一本、腕が残っているとはいえなぁ。さあ、そろそろトドメ……貴様!?」


「フ、問題は……ない。腕など、一本あればいい。こうして……最後の一撃を、放てるのだから! ルミナスキャノン!」


「チッ、ダークネス・カーテン!」


 最後の力を振り絞り、ドゥノンは己の命をも魔力へ変換し光の砲弾を放った。カルーゾは闇の布を広げ、攻撃を防ごうとする……が、途中で砲弾が弾け、光の粒になる。


 無数の光の粒は闇の布をすり抜け、カルーゾの身体に染み込んでいく。カルーゾは警戒して身構えるが、しばらく経っても何も起こらない。


「なんだ、何も起こらぬではないか。警戒する必要もなかったな、え? ドゥノン」


「……今は、な。だが……覚えておけ、カルーゾ。私は……『お前』に、楔を打ち込んだ……ぞ……」


 意味深な言葉を残し、ドゥノンは息絶えた。最後の最後で、決別の意を込め……カルーゾを『お前』と呼んだ後で。それが気に入らなかったようで、カルーゾは顔をしかめる。


「……お前、か。最後の最後まで……我を苛立たせてくれたものだ、本当に」


 そう呟くカルーゾだったが、彼はまだ知らなかった。何の意味もなかったと思っていた最後の一撃が……後に、自身を窮地に追いやることを。

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