143話―最初で最後の交わり
何故ドゥノンがここにいるのか。その理由が分からず、メレェーナたちは困惑する。……ただ一人、アゼル(赤ちゃん)だけはうーうー唸って威嚇していたが。
「何であんたがここに……いや、それよりも。その怪我、どうしたの?」
メレェーナの言葉通り、ドゥノンは傷だらけだった。いや、そんな生易しい程度では済まないほどの重傷を負っていた。右足は膝から下がもげ、左目は潰れている。
全身には細かい切り傷が無数に刻まれており、あちこちに巻かれた包帯を金色の血で染めている。あまりにも痛々しい姿に、エリザベートたちは何も言えない。
「……この怪我か。カルーゾの追っ手と戦っている時に、な。ま、この程度一日もあれば再生する。問題はない」
「お待ちくださいませ。貴方今、カルーゾの追っ手と戦ったとおっしゃいましたわね。何故貴方が? 貴方は」
「カルーゾの部下だった。それは少し前までのことだ。だが、今はもう違う」
エリザベートの問いに、ドゥノンは首を横に振りながらそう答える。手当てをしていた女が、包帯を取り替えるなか話は続く。
「今は違うって……もしかして、カルーゾを裏切ったの? あんたが? 信じられないなー、あんなに忠誠誓ってたのに」
「ああ、我ながら驚いているよ。だが、あの方を……いや、カルーゾを裏切ったことに悔いはない。彼は、恐ろしい計画を進めている。それを阻止するために、私は裏切ったのだから」
「恐ろしい計画? それってこの子の大地を滅ぼすことじゃないの?」
レケレスが問うと、ドゥノンは全員に話して聞かせる。身も心も闇に染まった、カルーゾの目論みを。神も魔も人も全てを滅ぼし、新世界を創造せんとする野心を。
「なるほど。そんなこと考えてたんだねぇ、カルーゾってのは。拙者たちからすれば、迷惑極まりないや」
「私も、そう思っている。そんな野望を実現させてはいけない……そう決心し、私は裏切った。最後に残ったファルダ神族の子を助け出し、逃げ出したのだよ」
「へ? 子ども助けてきたの?」
「ああ。別室で保護してもらっている。今の私の姿を見せるわけにはいかぬからな」
真偽を確かめるため、プリマシウスは手当てをしている部下に子どものいる部屋を尋ね、様子を身に向かう。しばらくして、確認を終え戻ってきた。
「ちゃんといたよ、例の子は。今は、ぐっすり眠ってた。落ち着いたら、
「ひえー、たまげたなぁ。あのドゥノンが、本当にカルーゾを裏切るなんて……」
「だだぅ、ばぁ~う」
ドゥノンの行動に、メレェーナとアゼル(赤ちゃん)は驚きを隠せないようだ。そんななか、ドゥノンがアゼル(赤ちゃん)の存在に気が付いた。
「ん? その子は……。ああ、そういうことか。エリダルの体液を浴びたようだな、かの少年は」
「そうそう。ほら見てよ、かわいーでしょ? みんなもー、この子に夢中なの!」
「ばぅー……」
おんぶ紐が解かれ、アゼル(赤ちゃん)はメレェーナに抱えられズイッとドゥノンの前に差し出される。凄まじく嫌そうな顔をしていたが。
「……ちょうどいい。カルーゾの研究所から脱出する時に解毒剤をいくつかくすねておいた。その状態を回復するものもあったはずだ、使うといい」
「えー、もうちょっと赤ちゃんモードを愛でた……分かった分かった、受け取るってば。だから睨まないで、怖いから」
懐から試験管の束を取り出し、ドゥノンはメレェーナに渡す。アゼル(赤ちゃん)を片手で抱っこし直し、メレェーナは解毒剤を受け取った。
その最中、ドゥノンはジッとアゼル(赤ちゃん)を見つめる。少しして、柔らかな笑みを浮かべながら感謝の言葉を口にした。
「……今の君に、私の言葉を理解出来ているかは分からないが。礼を言わせてほしい。あの戦いで君にかけられた言葉のおかげで……私は、正しい道を歩めた」
「あぅ? だーう」
そう言われたアゼル(赤ちゃん)は、言葉の意味を理解しているのかいないのか、ドゥノンの方へ手を伸ばす。ためらいがちにドゥノンが指を近付けると、きゅっと小さな手がそれを握った。
「あう、あ~う!」
「……ふふ。いい笑顔だ。やはり、子どもには苦痛の表情よりも……笑顔が一番似合うな」
「ちょっと、貴方? どこに行きますの? そんなボロボロの状態で」
右足が再生したドゥノンは、よろめきながら立ち上がる。部屋を出ていこうとする彼を、エリザベートが止めた。
「私は、まだ罪滅ぼしを終えてはいない。最後の子を救出することは出来た、だが。カルーゾは別の方法で野望を叶えようとするだろう。それを止めねばならん」
「そんな、無茶だよ! たった一人で行ったって殺されちゃうだけだよ! アゼルくんを元に戻して、一緒に……」
「ありがたい申し出だが、それは受けられない。私は、私を罰さなければならん。同胞を裏切り、酷い仕打ちをした罪を
めは必死に止めるも、ドゥノンの意思は固いようだ。頑として譲らず、部屋を出ようとする。今度は、城の主たるプリマシウスが止めようと試みた。
「待ちな。そんなこと、あたしが許さないよ。せめて、怪我は治してから行くんだ。生きて帰って、同胞たちに償いを……」
「ダメだ。それだけの時間はない。私はもう……すでに、身体を
その言葉の意味を、全員が察した。ドゥノンは、刺し違えてでも、カルーゾを止めるつもりでいるのだ。そのために、治療をうけてのいる間なた己の身体を生きた爆弾に変化させたのだ。
「どうして……どうして、そこまでするの? 何も、死ななくたっていいじゃない! バリアス様だって、きっと許してくれるよ。だから、死に急がないでよ!」
「……ありがとう、メレェーナ。そこまで言ってくれただけで、私には救いになる。生きて出来る償いは、私にはもうない。だから……もう、いいんだ」
そう言うと、カルーゾは手のひらに魔力を集中させ、小さな金色のコンパスを作り出す。それをエリザベートに手渡し、再び歩き始める。
「そのコンパスがあれば、カルーゾがどこにいようと探し出すことが出来る。例え、暗域の奥深くに逃げようとも……逃すことはない」
「貴方……」
「では、今度こそお別れだ。最後の仕事を……やり遂げてくる」
「だぅ、あぅ~! あぅあぅ、ばぅあ!」
その時、メレェーナの腕に抱かれたアゼル(赤ちゃん)がじたばた暴れ出す。まるで、ドゥノンに『行くな』と言うように。
だが……ドゥノンは振り返ることなく、ドアノブに手をかける。プリマシウスは、もはや止めるつもりはなく見送ることを決めたらしい。
「……もう、行くなとは言わないよ。でも、これだけは言わせてもらう。生きて帰ってきな。あんたが助けた子どものためにも」
「努力はしよう。叶うかは……分からぬ、がな」
そう言い残し、ドゥノンは外へ出る。己に課せられた、最後の使命を果たすために。
「待って、待ってよドゥノン!」
「行かせてあげてよ、メレェーナ。わたしたちが何を言っても、もう無理だよ。あの覚悟は、絶対に覆せない。だから、せめて……無事を祈ろうよ」
なおもドゥノンを止めようとするメレェーナだったが、レケレスに肩を掴まれ止められる。ドゥノンの覚悟をムダにしてはならない。
歴戦の戦士たる魔神たちは、プリマシウス同様そう決めたのだ。納得いかない、という表情をしていたメレェーナだったが、しばらくして頷いた。
「……うん、分かったよ。だから、お祈りするよ。神様が祈るったのも変だけどさ。ドゥノンが無事に帰ってこれますようにって。無事帰ってきたら……二人で、罪を償わないとね。ね、アゼルくん」
「だう!」
メレェーナの言葉に、アゼル(赤ちゃん)は力強く頷くのだった。
◇――――――――――――――――――◇
「……全く、やってくれたものだ。おかげで、我が計画は大幅に遠回りしなければならなくなった。本当に、腹立たしい限りだよ」
荒廃した研究所の奥で、壁によりかかったカルーゾが地べたに座っていた。ドゥノンに逃げきられたことを知り、怒りに任せて全てを破壊したのだ。
研究機材も、魔獣の素体も、協力者たる闇の眷属たちも。何もかも、全てを。
「だが、もう戻ってくるとはどういう風の吹き回しだ? え? まさか、今さら許しを乞いに来たのではないのだろう。なぁ、ドゥノン」
「……ええ。私は、あなたを止めに来た。カルーゾよ」
カルーゾが顔を上げると、そこにはドゥノンがいた。己の命を賭け、野望を挫かんと舞い戻ったのだ。
「ハッ、だろうな。まあいいさ、全て壊してしまえばいいのだから。いい具合に、力は混ざった。神と魔の合わせ技、見せてやろう。……冥土の土産にな」
邪悪な笑みを浮かべ、カルーゾは立ち上がる。すると、彼の周囲を光と闇のオーラが渦巻き始めた。あまりにもおぞましいそのオーラに、ドゥノンは気圧される。
だが、一歩も退かない。全ては、果たさねばならぬ贖罪のために。
「……来い、カルーゾ。かつての忠臣として、堕ちてしまったあなたを……止めてみせる!」
かつての主従の戦いが、始まる。
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