142話―闇の世界へ
「さて、着きましたわね暗域に。さ、手早く調査を済ませてしまいましょうか」
「おー!」
「ばぶ~!」
ドゥノンが死闘を繰り広げていた頃、エリザベート率いる調査隊は暗域の最上層、第一世界『グリプメリル』に到着した。最上層ということで、周囲の景色はまだ普通だ。
が、濃い闇の瘴気はしっかりと存在しており、一行は少し息苦しさを覚える。メレェーナの背中におぶさっているアゼル(赤ちゃん)も、心なしか不機嫌そうに見えた。
「相変わらずやーなとこだね。闇の瘴気のせいでお肌もべたべたになるし、さっさと終わらせよーよ。で、どこで誰が暴れてるって?」
「情報によりますと、第四世界『ベイルビューラ』で派手な戦いが起きているとのことですわ。まずは、下まで降りながら情報を集めましょう」
腕をさすりながら、クイナは嫌そうな顔をする。エリザベートの指示の元、まずは現状を把握するため町に行くこととなった。
勿論、行くのは親魔神派閥の闇の眷属たちが住んでいる町だ。そうでなければ、余計な混乱を招く元となってしまう。
「あー、ばー」
「よーしよし、アゼルくんは可愛いなぁ。あっちこっちキョロキョロ見て、興味津々かな?」
「ぶぶぅ~、へくち!」
暗域の景色が珍しいようで、アゼル(赤ちゃん)はあちこちを見回していた。その途中、くしゃみをするのと同時にデフォルメされたスケルトンを呼び出す。
どうやら、安全確認をするための斥候の役割をさせるつもりのようだ。スケルトンは一行の先頭に立ち、警戒しながら先へと進んでいく。
「いやー、何度見ても面白いもんだね。スケルトンを呼ぶ魔術かぁ、拙者も学んでみようかなぁ」
「あぶ、ばぶぶ、ばぁーぶ」
「およ? チミもおすすめしてくれてるのかい? もー、可愛いんだから!」
「ぶぶぶぶぶぶぶぶ……」
しんがりを務めていたクイナは、アゼル(赤ちゃん)のほっぺを摘まんでむにむにする。そうされるのが楽しいようで、アゼル(赤ちゃん)も声を出して喜んでいた。
「いいないいな、やっぱり赤ちゃんっていいなぁ。わたしもまたおとーとくんの子ども産も……あ、スケルトンの動きが変わったよ!」
「総員、警戒してくださいまし。敵襲の可能性もありますわ、油断は禁物ですわよ」
赤ん坊と戯れるクイナを見て、レケレスは何かを決意したようだ。その直後、スケルトンの動きが変わった。危険を知らせるかのように、一行の方へ振り向き腕を振る。
そのすぐ後で、遠くから羽ばたきの音が聞こえてくる。エリザベートの掛け声に合わせ、いつでも戦えるよう全員が身構えていると……。
「へぇ、誰かと思えば。みんなして何をしているんだ? 遠足をするには、ここは面白みなどないぞ?」
「あら、貴女でしたのねプリマシウス。警戒して損しましたわ」
舞い降りたのは、翼を備えた半人半馬の女、大魔公プリマシウスだった。エリザベートたちは警戒を解き、武装を解除する。
「あたくしたち、とある情報を掴んで調査に来ましたの。実は……」
「ふんふん、なるほど。暗域で内乱ねぇ。そういえば、第四世界で何やらドンパチやっているみたいだね。ま、あたしにゃ関係ないけど」
何故魔神たちが暗域にいるのかを知り、プリマシウスはふーんと頷く。彼女自身も、すでに何が起きているのかはある程度把握しているらしい。
「しかし、妙な話だよ。第四世界にゃ、そこまで血の気の多いヤツはいないからね。やり合うんだとしたら、もっと下の世界の連中だろうに」
「そうそう、拙者たちもそう思ってるんだよねぇ。もっと知ってること、あったりしない?」
「そうさねぇ……ん? そっちの女が背負ってるのは……赤ん坊かい? こんなところに大地の民の赤ちゃんを連れてくるなんざ、いよいよ酔狂なことだ」
クイナに問われ、考え込んでいたプリマシウスはアゼル(赤ちゃん)に気付く。ばぶばぶしているのを見て微笑みつつ、呆れたように呟いた。
「これにはねー、しょーがない事情があるんだよ。おばちゃん」
「おば……ん? あんたも見ない顔だね。その気配……まさかあんた、天上の奴らの一人か?」
「はーい、そうでーす。ま、今は故あってここにいるけどね!」
「……詳しくは聞かないよ、何だか面倒なことになりそうだからね。ああ、でも……
メレェーナの正体を悟り、プリマシウスは深く追及するのを止めた。厄介事に巻き込まれるのはごめんだと考えたのだ……が、その代わりに何かを思い付いたようだ。
「あんたたち、どうせ下に降りるんだろう? なら、あたしが連れてってやる。その代わりに、やってもらいたいことがあるんだど」
「なーに? わたしたち、忙しいからあんまり出来ることないよー?」
「いやなに、ちょっと引き取ってもらいたいモノがあるのさ。そっちの赤ん坊背負ってる女は、たぶん見覚えがあるヤツをね」
ほくそ笑みながらそう言うプリマシウスに、メレェーナ以外の一同は首を傾げる。一方、メレェーナは何か心当たりがあるらしく、嫌そうな顔をしていた。
「えー、それってもしかして、アレな感じのやつ……?」
「さあ、どうだろうね。とりあえず、まずは下に行くとしよう。まずは、あたしの領地がある第五世界に行く。そこから上がった方が早いからね。さ、みんな集まりな」
全員を近くに集め、プリマシウスは翼を広げる。翼はどんどん大きくなり、全員をすっぽり包み込む。その状態で転移の魔法が発動し、一行は下の世界に移動する。
転移が完了するまでの間、アゼル(赤ちゃん)は興味深そうにプリマシウスの翼をじっと見つめる。そして、おもむろに手を伸ばし、羽根を一枚もぎ取った。
「ん? どうした坊や。あたしの羽根が欲しいのか?」
「あぶ、あう~」
「ははっ、いいよいいよ。そんなら、一枚くらいならあげるさ。あたしの羽根には、強力な魔法防御の力があるからね。みんな欲しがるんだ。ま、やらないけど」
「あら、珍しいですわね。プリマシウスが人にモノをあげるなどそうそうありませんのに」
羽根を貰い、きゃっきゃと喜ぶアゼル(赤ちゃん)を横目にエリザベートはそう口にする。その直後、転移が終わったようで翼が元に戻っていく。
「赤ん坊に泣かれちゃ、目覚めが悪いだけさ。どうも、昔っからは子どもに弱くてね……。ああ、そうだ思い出した。例の内乱が起きてるエリアで、子連れの男を見たって報告があったな」
「子連れ?」
「ああ。ドンパチやってるエリアにいるなんて危険だろう? だから、見つけ出して保護してやろうと思ってるんだけどね……あちこち移動しているようで、見つからないんだよねぇ」
自身の住む城の中庭に転移したプリマシウスは、馬の背中を掻きながらそう呟く。エリザベートたちを連れ、城内に入ろうとしたその時。
慌てた様子の衛兵が一人、中庭に飛び込んできた。
「プリマシウス様! こちらにおいででしたか!」
「なんだい、騒々しい。何があったというんだ?」
「ハッ、第四世界に続くワープゲートの側で、行き倒れている親子らしき者たちを発見しました。子どもの方は特に問題ありませんが、親らしき男は酷い怪我をしていて……」
「なんだって?」
その報告に、プリマシウスのみならずエリザベートたちも反応を示す。状況から考えて、つい先ほど話題に出た親子連れ以外には考えられない。
「それで、その親子はどうした?」
「ハッ、すでに保護し城内で手当てをしています。お会いになられますか?」
「もちろん。エリザベート、君たちも会うかい?」
「ええ。是非会いたく思いますわ」
プリマシウスの言葉に即座に頷き、エリザベートたちは衛兵に案内され男が手当てされているという部屋に向かう。部屋に入ると、そこには……。
「!? あ、あんたは……ドゥノン!? なんでここにいるのさ!」
「……メレェーナか。どうやら、私はやるべきことを果たせそうだ……」
傷だらけになった、ドゥノンがベッドに座っていた。
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