136話―天空の戦い!

「さあ、行くがよい。エリダル、その爪で我が主の仇敵を切り裂いてやれ!」


「アアアアァァアァ!!」


 ドゥノンの指示を受け、魔獣が再び叫び声をあげる。ゆっくりと動き始める魔獣を前に、アゼルは手の内を見極めるためひとまず観察を行う。


 魔獣エリダルは、二つの人の頭部を持った蜘蛛のような姿をしている。八つの脚は鋭い爪を備えた人間の手となっており、不気味にうごめいていた。


「また、こんな悪趣味な姿に……。早く倒して、解放してあげないと」


「そうだね。じゃあ、まずは私が先発で行かせてもらおうかな。君はじっくり、相手の力を見極めておいで。何をしてくるか分からないからね」


「分かりました、ダンスレイルさん。お気を付けて」


 エリダルがどんな能力を持っているのか分からないため、まずは再生能力を備えるダンスレイルが出た。ドゥノンは動かず、ジッと見守っている。


「まずは魔神か。まあよい、やれ、エリダル!」


「ギュカ……ガカカァ!」


 エリダルは翼もないのに高速で空を移動し、あっという間にダンスレイルの近くに現れる。左の第一腕を振り上げ、そのまま叩き付けようと振り下ろした。


「おっと、当たらないねそんなのは!」


「ギィ……」


 が、巧みな空中制動技術を持つダンスレイルには当たらず、虚しく空を裂いた。エリダルは悔しそうに顔を歪め、前側にある四本の腕による連続攻撃を始めた。


「ガグアアァ!!」


「おっと、いきなり激しくなってきたね。じゃ、こっちも反撃させてもらおうかな。出でよ、巨斬の斧!」


 次々と襲ってくる爪を避けながら、ダンスレイルは身の丈ほどもある両刃の大斧を呼び出す。攻撃を避けつつ、タイミングを合わせてカウンターを放った。


 必殺の一撃が炸裂し、エリダルの腕を一本切り落とす。魔獣は悲鳴をあげ、痛みに悶える……が、すぐに傷口が再生し、新しい腕が生えてくる。


「へえ、これは面白い。私たちと同じ、再生能力を持っているようだね」


「そうだとも。この魔獣は、お前たち魔神を参考に改造が加えられている。生半可な攻撃で倒せるとは、思わないでおくことだ」


「なら、生半可じゃない攻撃をしてあげればいいってことだね? ふふ、お安いご用さ!」


 不敵な笑みを浮かべ、ダンスレイルはエリダルへ果敢に攻撃を行う。少し遠くの方で、アゼルはジッと相手を観察する。単なる再生能力だけしか持っていないとは、思えなかったのだ。


(前に戦った魔獣は、ぼくたちの予想もしなかった切り札を持っていた……。なら、この魔獣もきっと、同じように何か力を隠しているはず。それさえ分かれば、安全に攻撃出来……ん?)


 エリダルを観察していたアゼルは、小さな違和感を覚えた。魔獣の腕の付け根が、僅かに伸縮しているように見えたのだ。警戒するに越したことはないと、アゼルは叫ぶ。


「ダンスレイルさん、その魔獣の腕に気を付けてください! たぶん、伸びたり縮んだりするはずです!」


「ほう、気付いたか。敵ながら、流石の洞察力だ。ならば褒美に見せてやろう。エリダル、ストロングアームの力を見せてやるがよい!」


 ドゥノンが指を鳴らすと、エリダルに異変が起こる。攻撃に参加していなかった後ろ側の腕が、手首から先を残して体内に格納されたのだ。


 そして、前側の腕に格納された分の腕が追加され、リーチがとんでもなく伸びた。これこそが、エリダルの持つ能力の一つなのだろう。


「これは……なるほど、こいつはちょっと厄介だね」


「今度は逃がさん。エリダルよ、あの魔神の翼をもぎ取ってやるがよい。地を這うだけの虫にしてしまえ!」


「イギィ、アアウガァ!」


 エリダルの四つの目に紅の光が灯り、腕がより太くなった。一人では不利だと判断し、いよいよアゼルも魔獣との戦いに参戦する。


「ダンスレイルさん、助太刀します!」


「よし、頼むよ。私は左側の腕を潰す。君は右側の腕を潰しておくれ」


「はい! ヘイルブリンガーの錆にします!」


「頼もしい。さあ、行くよ!」


 二人は協力し、エリダルの腕を分担して破壊する作戦に出た。荒ぶる四本の腕をどうにかしなければ、本体に攻撃が届かない。


 アゼルはヘイルブリンガーを構え、ボーンバードを駈りエリダルへ突撃していく。エリダルの拳が固く握られ、鉄拳が襲いかかる。


「ジネ……ェエエェェエェ!!」


「ここで死ぬわけにはいきません。あなたを倒させてもらいます! 戦技、ブリザードブレイド!」


 冷気の力を宿したヘイルブリンガーを振り抜き、アゼルは拳を迎え撃つ。斧刃と拳がつぶつかり合い、激しい衝撃がアゼルの身体を駆け巡る。


「ぐぬぬぬぬ……!!」


「ギリィアアグゥ!!」


「せいやぁぁぁぁぁ!!」


 互いに一歩も譲らぬつばぜり合いの末、勝利したのはアゼルだった。右の第一腕を、一番上の関節まで縦に真っ二つに切り上げてみせる。


 一旦距離を取り、腕を再生しようとするエリダルに向かって第六のルーンマジックを発動する。


「おっと、再生はさせませんよ! ポイズンルーン、アポトーシスルイン!」


「グギィッ! ググ……ガァッ!?」


 ヘイルブリンガーの刃に刻まれたルーン文字が紫色の輝きを放ち、斧全体が怪しいオーラに包まれる。今度は横一文字に右の第一腕がぶったぎられ、完全に切断された。


 エリダルは腕を再生させようとする……が、どうやら上手く再生させることが出来ないようだ。ルーンマジックの力により、再生を阻害されているのだ。


「再生封じ、ね。なるほど……グラキシオスめ、私たちに対するアンチ能力を入れてきたか。本当に、油断ならない奴だ」


 ポイズンルーンについては、とうらやダンスレイルも知らなかったらしい。エリダルの腕を両断しながら、忌々しそうに舌打ちをする。


「ダンスレイルさん、今なら顔を攻撃出来ます!」


「よし、道は開けたね。今のうちに……くっ!」


「ダンスレイルさ……うわっ!」


 右の第一腕と左の第二腕を破壊し、本体への攻撃が可能となった。二人はラッシュを畳み掛けようとする……が、総旗艦からの砲撃を背後から食らってしまう。


「ルバ様、命中しました!」


「よーしよし、よくやった。これでドゥノンあいつにも恩を売れるだろう。貸しは作れば作るほどいいからな。クックックッ」


 ドゥノンに貸しを作り、何かしらの便宜を計らせようと画策したルバにより、援護射撃が行われたのだ。ドゥノンからすればまだピンチではなかったのだが、大人しく感謝しておくことにした。


「余計なことを……とは言え、活路は出来た。エリダル、さっさと腕を再生させよ。毒への抗体はすぐ作れるはずだ」


「グァグ……ルァア……」


 砲撃を食らってアゼルたちが怯んでいる間に、エリダルはポイズンルーンに対する抗体を体内で作り出す。阻止したいアゼルだが、砲撃を避けるので手一杯だった。


「ううう、もう! 鬱陶しいですね!」


「チッ、たかが鉄の塊風情が生意気な。リオくんたちも忙しそうだし、仕方ない。ここは私がカタを付けてくるか。ビーストソウル……リリース!」


 いい加減鬱陶しくなったのか、ダンスレイルは憎々しげに舌打ちする。魔力を練り上げ、斧が納められた緑色のオーブを作り出し体内に取り込む。


 すると、手足を植物のつるが覆い、翼に大輪の花の模様が刻まれる。フクロウの化身となったダンスレイルは、巨斬の斧で砲弾を叩き落とす。


「後輩クン、私はちょっとあの戦艦を尾としてくるよ。戻るまでの間、魔獣の相手を頼む」


「分かりました、ぼくに委せてください!」


「うんうん、君は素直でいいね。よし、ご褒美にいいものを貸してあげよう。出でよ、呼び笛の斧!」


 先輩の期待に応えようと張り切るアゼルに気を良くしたダンスレイルは、『了』の字に似た形をした手斧を呼び出した。アゼルに手斧を渡し、使い方を説明する。


「これは呼び笛の斧と言ってね、口笛を吹くことで自由自在に飛ばすことが出来るんだ。あそこに浮いてる奴が邪魔してきたり、魔獣が別の切り札を使ってきたら使うといい」


「ありがとうございます! ここぞという時に使わせてもらいますね」


「私の見立てでは、あの魔獣の能力はまだ何かあるはずだ。油断せず、堅実にね。じゃ、私は行ってくるよ」


 最後に忠告を残し、ダンスレイルは総旗艦を轟沈させるため一時離脱した。アゼルは覇骸装の胸にある頭蓋骨の口を開き、呼び笛の斧を噛ませ収納する。


「さあ、まだまだやりますよ! ダンスレイルさんが戦艦を抑えてくれている間に……魔獣を倒す!」


「グルゥガァ!」


「襲い! 戦技、アックスドライブ!」


「グギァァア!!」


 アゼルはボーンバードを加速させ、エリダルの懐へ飛び込む。残っている腕に掴まれる前に、必殺の一撃を本体に叩き込んだ。

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