137話―しもべとしもべ
アゼルの攻撃を受け、エリダルはもがき苦しむ。苦悶に見開かれた瞳の奥には、前の魔獣の時のように肩から下を失った少年が見える。
が、今回は一人ではない。双頭の魔獣の体内には、二人の少年少女が囚われていたのだ。二人とも痛みに悶え、顔を歪めているようだ。
「分かってはいたけれど、あまりにも……痛々し過ぎる……。早く、助けてあげないと」
「そうはいかない。カルーゾ様の大願を果たすためにも、お前たちには消えてもらわねばならぬ」
あまりの痛ましさに、悲しそうに顔を歪めるアゼル。そこへ、それまで静観に徹していたドゥノンが襲いかかってきた。ダンスレイルが離脱し、好機と捉えたのだろう。
光の剣を作り出し、アゼルに斬りかかるドゥノン。ヘイルブリンガーで攻撃を受け止め、アゼルは激情のままにドゥノンへ食ってかかる。
「あなたたちは……あなたたちは、どうしてこんな残酷なことが出来るのですか! この子たちには、何の罪もないのでしょう!? それを、こんなに苦しめてまで……ぼくたちを倒したいのか!」
「……私とて、心が痛まぬわけではない。だが、全てにおいてカルーゾ様の御意思が優先される。あのお方がこうせよと仰るのならば、忠臣として応えるまでのこと」
つばぜり合いをするなか、ドゥノンは淡々とそう答える。彼の中には、カルーゾの右腕としての誇りがあった。永い時の中で仕えてきた主への、絶対の忠誠。
それは、何物にも代えがたいものだ。が、アゼルはそんなドゥノンに対しフッと小バカにするような笑みを浮かべる。
「忠誠? 違いますよ、あなたのソレはただの思考停止だ。本当に主のためを思える従者なら……主が間違ったことをした時、それを止めるのが役目のはず!」
「青二才が、知った風なことを言うな! 我が誇りを侮辱するとは、万死に値する行いだ! 死を以て償え!」
誇りを汚され、怒りに震えるドゥノンは苛烈な連続攻撃を繰り出す。アゼルは冷静に攻撃を捌きながら、エリダルの動きを警戒し少しずつ後退していく。
「そんなくだらない誇り、ぼくなら丸めてぽいですよ。確かに、あなたのような存在は、カルーゾにとって心地いいでしょうね。やること成すこと、全部肯定してくれるんですから」
「その何が悪い? 私も、ベルルゾルクも、ウェラルドも、ガローも。みなカルーゾ様のしもべだ。あの方にお仕えし、補佐をする。それが我らの役目なのだ!」
「だからと言って、過ちを指摘せず、全てを肯定していればやがて道を踏み外します。人も神も、そこは変わらない。あなたは、本当にカルーゾの役に立てているんですかね?」
アゼルの言葉の刃によって、ドゥノンの誇りに小さな傷が付いた。その傷は、少しずつ大きくなり……やがて、伴神の考えにある変化をもたらすことになる。
が、それはまだ先の話。今のドゥノンには、ただ怒りという火に油を注ぐだけの結果にしかならない。怒りが頂点に達したドゥノンは、エリダルと連携を始める。
「ここまでコケにされるとは……! エリダル、再生はもうよい! ただちに、この不敬者を叩き潰せ!」
「グギ……ギィアァア!」
中途半端に腕を再生した状態で、エリダルはアゼルへ攻撃を行う。めちゃくちゃに腕を振り回し、ボーンバードごと撃墜しようとする。
「当たりませんよ、こんな攻撃! ポイズンルーン、アポトーシスルイン! 戦技、アイシクル・ノック・ラッシュ!」
「バカめ、背中ががら空きだ! このまま仕留めて……なっ!?」
「そうはいかぬ。主の背を守るのは、しもべの務めなのでな」
アゼルがエリダルを攻め立てている間に、ドゥノンは迂回して後ろへ回り込む。そのまま攻撃を叩き込もうとする……が、驚きで目を見開く。
先ほど後退している間に、アゼルはこっそりブラック隊長を召喚していたのだ。アゼルらしからゆ激しい口撃は、ドゥノンに召喚を悟られぬようにするためのものだっのである。
「くっ、貴様!」
「さあ、来られよ。我が剣の錆としてやる。それとも、我相手に臆したか?」
「フン、たかが骨風情が舐めた口を利くなよ!」
決して広いとは言えないボーンバードの背中の上で、アゼルとブラック隊長は互いに背中を預けエリダル&ドゥノンと戦う。光の剣と骨の剣がぶつかり、火花が散る。
「この……! 骨ごときに、ここまでの力があるとは……!」
「骨ごとき、か。確かに、我はただの骨よ。神の一角たるお前からすれば、矮小な存在だろう」
「そうだ。貴様よりも、私の方がより優れている。見たところ、貴様はこの小僧の右腕だな? ならばちょうどいい。私の方が上だということを教えてやる!」
左手にも光の剣を持ち、ドゥノンはブラック隊長を激しく攻め立てる。巧みな剣捌きで攻撃を流していたものの、少しずつ剣速に追い付けなくなってきた。
「早い……くっ!」
「まずは、アバラを一本。次はどこを斬り落としてやろうか。腕か? 足か? それとも、主ごと真っ二つにしてやろうか!?」
「ちょこざいな!」
ブラック隊長も負けじと二刀流になり、反撃に出る。一方、アゼルとエリダルの戦いはもう勝負が着きつつあった。再生封じが出来るアゼルに、エリダルは相性が悪い。
エリダルは全ての腕を斬り落とされ、後は胴体と顔のみという状況に追い込まれる。後は行動不能に追い込み、捕らえることさえ出来れば戦いは終わる……が。
「よし、もうすぐで終わる……!? こいつ、何を?」
「ギグ……プ、グ、ガァアァア!!」
「残念だったな、エリダルの体内に自爆用の魔法石を埋め込んである。生命反応が一定値を下回った瞬間に発動するようにしてあってな、もうじきに爆発する」
トドメを刺そうとしたその時、エリダルの様子が変わる。苦しそうに身悶えし始め、身体のあちこちから光が漏れてきたのだ。アゼルたちから離れ、ドゥノンが勝ち誇った声で話し出す。
「こうなっては、もはや自爆を止めることは出来ぬ! エリダルと共に、空の藻屑となるがよい!」
「そんなことはさせません! 例えぼく自身を犠牲にしてでも、必ず中の子たちを……」
「主よ、それはならぬぞ!」
最悪、自らエリダルの体内に潜り込み子どもたちを救出するつもりでいたアゼルだったが、そこにブラック隊長の叱責が飛ぶ。アゼルのしもべとして、無謀な行いは見過ごせないのだ。
「確かに、あなたには死者をよみがえらせる力がある。それを使えば、己を犠牲にしても子どもたちを救えよう。だが! ならば何のために我らがいる? こういう時こそ、我らを頼るべきではありませぬか!」
「隊長……。そうですね、ごめんなさい。ぼくの代わりに、頼めますか?」
「ええ、我にお任せを」
自身に変わり、アゼルは子どもたちの救出をブラック隊長に頼む。が、それを黙って見過ごすドゥノンではない。二人を妨害しようとする、が。
「そうはさせぬ。二体目の魔獣を失うことなど、あっては……」
「おっと、邪魔はさせませんよ。あなたは、
「くっ、何だこれは! 鬱陶しい斧め、まとわりつくな!」
ダンスレイルから託された呼び笛の斧を投げ、アゼルはすかさず口笛を吹く。すると、斧は変幻自在な軌道で空を舞い、ドゥノンを遠くの方へ追いやった。
これで、十分な時が稼げるだろう。後は、エリダルの体内に囚われた子どもたちを救い出すのみ。
「隊長、あなたに三人分の蘇生の炎を預けます。魔獣の中に潜り込んだら、二つの炎を子どもたちに。そうすれば、魔獣から切り離しても命を繋げるはずです」
「なるほど、そうして子どもたちを救い、脱出せよと。では、三つ目の炎は?」
「それはあなたの分です。何度でも呼び出せるとは言っても、ぼくは……あなたが死ぬのを見たくありませんから」
そう言うと、アゼルは三つの炎をブラック隊長に託す。隊長は、眼窩の奥に灯る炎を輝かせる。それが、彼にとっての微笑みなのだろう。
「心遣い、感謝致します。では、このブラック……確実に、使命を遂行致しましょう」
「お願いしますね、隊長!」
ぐったりしているエリダルにボーンバードを横付けし、アゼルはヘイルブリンガーで魔獣の頭部を切り裂く。その傷口から、ブラック隊長は魔獣の体内に侵入する。
「全く、狭い場所だ。こんな窮屈なところに閉じ込められては、さぞ嫌なことだろう。よし……見つけた。炎を与えて……主よ、そちらに二人を連れていきますぞ!」
「分かりました、時間もありませんし急いでください!」
エリダルの自爆まで、もう時間がない。ブラック隊長は手早く蘇生の炎を二人の子どもに与え、魔獣の肉から切り離す。そして、急ぎ二人を抱え脱出した。
無事ボーンバードに戻り、後は離れるだけ……となった、次の瞬間。
「アアアァアアァア!!」
「まずい、もう爆発する! こうなったら……!」
離脱する間もなく、エリダルの身体が崩れ始める。もう間に合わないと悟ったアゼルは、ヘイルブリンガーを盾にして衝撃から身を守ろうとする。
「やあ、遅れてすまない。少し手間だったが、もう終わった。ここからは、私に任せるといい。……よく、頑張ったね」
その時、どこからともなくダンスレイルの声が響く。その直後、エリダルの身体が無数のつるによって覆われ、植物の牢獄の中に封じられる。
対爆発が起こるも、堅牢な牢獄を崩壊させるだけに留まり……他に、被害は全く出なかった。
「ダンスレイルさん!」
「さ、君はその子たちを安全なところへ。残りの敵は……ん? もういなくなったか。ならそれでいいか。さあ、帰ろう」
「はい!」
総旗艦を轟沈させ、アゼルと合流したダンスレイル。だが、すでにドゥノンの姿はない。敗北を悟り、撤退したようだ。勝敗は決し、敵艦隊は壊滅した。アゼルたちの、完全勝利だ。
「……痛ましい姿だ。早く治療しなければならないね。行こう、後輩クン……いや、もうこんな呼び方は失礼か。ね、アゼルくん」
微笑みを浮かべ、ダンスレイルはそう口にした。
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