135話―大艦隊を撃滅せよ!
一方その頃、空間の亀裂付近で滞空している総旗艦では、二人の人物がやり取りをしていた。一人は、艦隊を指揮する総大将。もう一人は、カルーゾの腹心ドゥノンだ。
「ルバ艦長、協力感謝する。これほどの艦隊を動員してもらえるとは、実に心強い」
「クックックッ。なぁに、我々にとっても魔神どもは目の上のたんこぶなのでね。奴らに潰された大魔公は数知れず。これ以上我らの侵略活動の邪魔をされたくはないのだよ」
ルバと呼ばれた太りぎみの男は、汗でテカテカ光る紫色の顔をハンカチで吹きながらそう口にする。大艦隊を用いた、魔神たちの殲滅作戦。
カルーゾと一部の大魔公が共謀し、動き出したのだ。司令室にあるいくつかのモニターには、結界を攻撃する各部隊の様子が映し出されている。
「なかなかに強固な結界だが、これだけの砲火を浴びせればいずれ破壊出来よう。そうすれば、魔神どもの居城の制圧もすぐ終わる」
「……そう簡単に行くかな。奴らは強い。それに、我が主の宿敵も力を貸している。骨が折れる相手だぞ」
「ハッ、その時はお前が連れてきた魔獣を使えばいいだろう? まあ、その機会があればの話だがね! ブハハハハ!」
革張りの椅子にふんぞり返り、ルバは大笑いする。いまいち頼りになりそうにない協力者を横目に、ドゥノンは司令室の各所にいるオペレーターたちへ目を向けた。
(……闇の眷属たちが持つキカイ技術がどれほどのものかと期待してみれば、グラン=ファルダの者らとあまり変わらぬな。これは収穫がなさそうだ)
そんなことを考えていると、モニターの一つに変化が起きた。第四艦隊を率いる戦艦の艦長から、緊急の通信が入ったようだ。
『で、伝令! 伝令! ルバ総司令、緊急事態です! 我が艦内に敵が!』
「なに? あり得ん、敵の戦艦は動いていないぞ。砲撃すらしてきていないというのに。ただの間違いじゃないのか?」
『いえ、間違いで……ガハッ!』
ルバと通信をしていたオペレーターが、横から何かに吹き飛ばされる。それと同時に、破壊音がルバたちのところに聞こえてきた。何者かが、司令室に侵入したようだ。
『へっ、なんだい。てんで大したことねーじゃねえの。中に潜り込んじまえば、こっちのモンってわけだな!』
「な、なんだ貴様は!? 姿を見せろ!」
『ん? どっから声が……ああ、この板か。アタシの名はシャスティ、おめーらを叩き潰しに来た! ちゃーんと覚えとけよ、闇の眷属め』
「……やはり、来たか。宿敵の仲間よ」
モニターに向かってあっかんべーをするシャスティを見て、ドゥノンは小さな声で呟く。すでに第四艦隊旗艦は無力化されているらしく、誰も応戦しようとしない。
「ぐぬぬ……! 他の艦はどうした! 旗艦ごと不埒者を沈めてしまえ!」
『お? なんだ、やる気か? でも、ムダなことだぜ。他の戦艦は、みーんなこっちのが撃ち落としちまうからな!』
シャスティの言葉を皮切りに、ついにリオたちが乗るオメガレジエートが動き出す。旗艦を失い、統制が取れなくなった第四艦隊に向けて砲撃を始めたのだ。
「そーれ、撃て撃てー! 敵の戦艦をやっつけろー!」
「こっちの方にゃ、ダンスレイルたちはいねえ。だから、おもっきりぶっぱなしてやろうぜ、リオ!」
「うん。落ちてきたら界門の盾で暗域にポイ! しちゃえばいいしね。らくちんらくちん」
オメガレジエートの側面や底面、甲板に無数の砲台が出現し、雨あられと砲弾が発射される。第四艦隊はあっという間に壊滅させられ、轟沈していく。
天空に浮かぶ艦隊と結界の間に巨大な界門の盾が現れ、墜落した戦艦が吸い込まれる。彼らの拠点たる暗域のどこかに、リリースされていくのだ。
「ぐぬううう! 全艦隊、結界への攻撃を中止! まずはあの忌々しい戦艦を沈めてやれ!」
『それは無理だな、他ンとこでももう、始まってるからな』
第四艦隊を失い、怒りに燃えるルバが魔法石を通して指示を下す。が、もう遅かったようだ。シャスティの言葉を合図に、ルバたちのいる司令室のモニターに変化が訪れる。
『伝令、こちら第二艦隊! 現在、侵入者と交戦中、ただちに増援を……ぐあっ!』
『おーっと、仲間なんて呼ばせないよ。その前に、みんな拙者の手刀の餌食にしてやるもんね!』
第二艦隊の旗艦では、クイナがところ狭しと暴れ回っている。ゴブリン忍法に翻弄され、一人、また一人とクルーが倒されていく。
『いえーい、敵ちゃん見てるー? 今から自慢の艦隊をー、どろどろに溶かしちゃいまーす!』
『いえーい! ついでにお菓子にもしちゃうもんねー!』
『何だこいつら、いきなり司令室に……ぎゃあああ!!』
第一艦隊では、各艦をワープで移動しながらレケレスとメレェーナが無差別に破壊を繰り返していた。頑強な戦艦はレケレスの溶解毒で機能喪失し、クルーはメレェーナによってお菓子にされ無力化される。
「……ふむ。こうなっては、もう動かすしかないな。『双結の屍獣エリダル』よ、攻撃を開始し……む、この気配は」
次々と艦隊が撃破されていく様を見せつけられ、おおわらわなルバたちを他所に、ドゥノンは冷静だった。魔法石を取り出し、総旗艦の近くに待機していた魔獣に命令を下そうとするが……。
「接近しているな、二人ほど。片方は恐らく魔神、もう片方は……ならば、そちらを相手させるとしよう。エリダル、やれ」
アゼルとダンスレイルの接近に感付いたドゥノンは、攻撃目標をオメガレジエートから二人へ切り替え、魔獣を出撃させる。同時に、自らも動き出す。
主たるカルーゾの宿敵を葬るいい機会だと判断し、同時にルバたちはもう戦力にはならないと切り捨てたのだ。せめて、囮くらいにはなれと心の中で吐き捨てる。
「ルバ、私は用が出来た。秘密裏にこの艦に接近している者たちを始末してくる」
「何!? ならば仕方ない、そっちは任せたぞ!」
「……ああ。任せておけ」
そんなやり取りをした後、ドゥノンは司令室から姿を消した。アゼルたちを始末するために。
◇――――――――――――――――――◇
「見えてきましたよ、ダンスレイルさん! 魔獣は……まだ動いてはいないですね」
「そうだね。とは言え、いつ動き出すか分からない。油断は禁物だよ、後輩クン?」
「はい!」
砲弾の雨をすり抜けながら、アゼルとダンスレイルは魔獣……エリダルへと近付いていく。残り二十メートルというところまで来たが、まだエリダルは動く気配を見せない。
このまま一気に接近し、動き出す前に仕留めるか。それとも、様子を見ながら慎重に接近するか。アゼルが考えていると、ダンスレイルが何かに気付く。
「……気を付けて。誰かが来る。もしかしたら、今回の襲撃の首謀者かもね」
「この気配……確かに、誰かが近付いていますね。どこから……! そこっ!」
敵の奇襲に備え、周囲を警戒していたアゼルは鋭い殺気を捉えた。殺気がした方向に向かって、勢いよくヘイルブリンガーを投げつける。
「気付かれたか。姿を消していたのだが、こうもあっさり見破られるとは」
「へぇ、たった一人かい? これはまた随分と自信がおありのようだ。で、君は誰だい?」
勢いよく飛んでいったヘイルブリンガーが、途中で見えない何かに弾かれた。直後、空の一角にドゥノンが現れる。挑発するダンスレイルに、堕天神は名を名乗る。
「我が名はドゥノン。偉大なる神、カルーゾ様にお仕えする最後の伴神。司る神能は、『試練』なり」
「ドゥノン……。なるほど、あなたが今回の襲撃を目論んだということですね?」
「如何にも。我が主の敵が固まっているのだ、排除するにはうってつけというわけなのだよ。さて、話はもう終わりだ。消えてもらうぞ、忌まわしき者たちよ」
「ギギィアアァアアァア!!」
ドゥノンが指を鳴らすと、エリダルが耳をつんざく雄叫びをあげる。ついに、異形の魔獣が動き出すのだ。
「フッ、面白い冗談だ。返り討ちにしてあげよう。ねぇ、後輩クン?」
「ええ。ドゥノンを倒して、あの魔獣を……沈黙させる!」
遥か天空での戦いが、始まろうとしていた。
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