129話―鎚撃の応酬!
「さぁて、んじゃはじめっか。ルールは簡単だ、今から三十分の間、ダウンすることなくアタイの攻撃を捌ききってみな」
「いいぜ、そんく……うぷっ、なんだこの霧……。ああ、これが闇の瘴気ってやつか。息苦しいもんだな……」
品定めするかのようにシャスティを眺めつつ、カレンはそう口にする。パチンと指を鳴らすと、天井の一部が開いて砂時計が降りてきた。
同時に、広間に薄い闇の瘴気が満ちる。濃度は低いが、シャスティが軽い体調不良を引き起こすには十分なものだったようだ。
「この砂が落ちきるまで、きっかり三十分。途中でダウンしたらまた最初からやり直しだ。覚悟はいいな、シャスティ」
「へへ、望むところさ。いっぺん、魔神とサシでやり合ってみてぇと思ってたんだ。いつでも来てくれ、カレ……うおっ!?」
「おっとっと、気ィ抜くなよ? もう修行は……始まってんだからな!」
説明が終わった直後、稲妻のような速さで踏み込んだカレンが一撃を放つ。辛うじて攻撃を防いだシャスティだったが、衝撃を殺しきれず吹っ飛んでしまう。
おもいっきり壁に背中を打ち付け、痛みにあえぐ。が、いつまでもそうしているわけにはいかない。とうの昔に、カレンは追撃を放つべく飛び掛かってきているのだから。
「さっさと逃げねえと、ドタマ潰しちまうぜ!」
「んにゃろ……舐めんな!」
素早く転がってカレンの股下を潜り抜け、シャスティはどうにか追撃をかわした。さらなる攻撃を食らわないよう、立ち上がりつつ距離を取る。
「ようし、やられっぱなしじゃシャクだろうしサービスしてやるよ。一発だけ、ノーガードで受けてやる。とびっきりの一発、アタイにブチかましてみな」
「あらら、随分余裕だなオイ。なら、お言葉に甘えさせてもらうとするか。……後悔すんなよ!」
強者の余裕を見せ付けるカレンに一泡吹かせてやろうと、シャスティは全身に力を込める。全身全霊の力を乗せて走り出し、ハンマーを横薙ぎに振るう。
「うおらあああっ!!」
「ぐおあっ!?」
今度は、みぞおちにハンマーを食らったカレンが吹っ飛ぶ番だった。壁の方に吹き飛んでいくも、シャスティのように身体をぶつけることはなく、途中でブレーキをかける。
「いてて……。いやー、自分で言っといてなんだけどよ……すっげぇいてえわ、これ」
「だろ? アタシだってよ……はあ、はあ……鍛えてんだ、ぜ」
一矢報いることが出来たシャスティではあったが、闇の瘴気のせいで大幅に体力を消耗してしまったようだ。いつもならなんてことのない動きでも、今回ばかりはキツいらしい。
「チッ……ここまでキツいとは思わなかったな。思うように身体が動きやがらねぇ」
「だろうなぁ。濃度が薄いっつっても、闇の瘴気は大地の民にゃ猛毒だ。でも、慣れないといけねえ事情があんだろ? お前らにゃあよ」
膝を着き、苦しそうに咳き込むシャスティを見下ろしながら、カレンはそう言う。その言葉に、シャスティは不敵な笑みを浮かべ立ち上がる。
こんなところで、ヘバっていられる余裕など彼女にはない。カルーゾを討ち、連れ去られた子どもたちを助けるためにも……闇の瘴気に負けることは許されないのだ。
「へっ、そうさ。アタシは、まだやれるぜ。さあ、かかってきやがれ。また吹っ飛ばしてやるよ!」
「ほー、威勢だけはいっちょまえだな。んじゃ、こっからは三十パーセントの力でいくぜ。来い、散雷の鎚!」
「……は?」
カレンは金棒を投げ捨てると、右腕に電撃を纏う。電撃が形を成し、打面が鋭く尖った黄色のハンマーへと姿を変えた。それを見たシャスティは、唖然とする。
「ん? おめー、アタイら魔神が武器出すの初めて見るのか?」
「いや、そっちじゃねえ。あんなはえぇ動きで……まだ全然本気じゃねえのか、お前」
「あ? あたりめーだろ。しょっぱなから本気出してちゃ、おめーなんて木っ端微塵だぜ?」
「……なるほど。こりゃ、逆に燃えてきた。何がなんでも、てめぇの百パーセントの本気を引き出してやらぁ! 戦技、ヘルムクラッシュ!」
が、シャスティは怖じ気付くどころか闘志を燃やし、果敢にカレンへ攻めかかる。手始めに、脳天にキツい一撃をお見舞いしようとする、が。
「あめぇな、こんなん蚊に刺された程度にも感じやしねえ。さあ!歯ぁ食い縛りな! ライジンストライク!」
「おぐおっ!」
左腕で受け止められ、軽くあしらわれてしまった。よろけた隙を突かれ、散雷の鎚による反撃をまともに食らってしまう。
直撃を食らうのと同時に、電撃が拡散してシャスティの身体を駆け抜けていく。その威力は、リリンのモノとは比較にならないほどだ。
「ぐうっ……あれ? 死んでねぇぞ? 普通なら、こんな一撃食らったら死ぬっつうのに」
「死んじまったら修行にならねえだろ? あらかじめ、リオが各修行場に超再生結界を仕掛けてる。結界がある限り、バラバラになろうが消滅しようが即座に元通りになんのさ」
「そりゃ便利だな、痛みもなけりゃもっといいんだがねぇ! 戦技、トルネイドハンマー!」
「そいつは無理な注文だな。なんせ、アタイの旦那サマのモットーは……『痛くしなけりゃ覚えない』だからな!」
互いに足を止め、ハンマーを振るい殴り合う。激しい打撃音が響き渡り、得物同士がぶつかり合う度に火花が飛び散る。五分ほど打ち合うなか、シャスティにある変化が起きた。
(……心なしか、少しだけ息が楽になったような気がするな。ちょっとずつ、闇の瘴気に慣れてきてるのか? なら、このまま一気に押しきれる!)
本当に少しずつではあるが、シャスティの身体が闇の力に順応し始めているようだ。ならばと、シャスティは一歩踏み込みハンマーを振る速度を上げる。
時折フェイントを織り混ぜて相手の空振りを狙い、隙を作り出して一撃を叩き込もうと試みる……が、カレンもその程度は予想済み。簡単には隙を作らない。
「へぇ、動きがいい感じになってきたな。どうだ、闇の瘴気に慣れてきたか?」
「ああ、おかげさまでな。後は、アンタに一発ブチ込めりゃ言うことなしなんだがなぁ! 戦技、オールノックブレイク!」
「チッ……んなろ!」
「勝機! 戦技、ホームラン・ショット!」
守りを崩さんと戦技を叩き込み、散雷の鎚を跳ね上げる。強引に作り出した隙を突き、必殺の一撃を放つ。ハンマーはカレンのみぞおちに叩き込まれ、壁まで相手を吹き飛ばす。
「ぐっ……げほっ。いい一撃だったぜ。アバラが二、三本やられたなこりゃ」
「へへっ。どうだ、アタシの一撃……ぐあっ!」
「でも、相手ばっかり見てるのはいただけねぇなあ。ちゃんと足元にも気ィ配っとかねえと、痛い目見るぜ?」
「なん、だ……こりゃあ……よ。魔法、陣?」
勝ち誇っていたシャスティだったが、足元から電撃に身体を貫かれ数歩後ずさる。すると、それまで自分が立っていた場所に、雷の模様が描かれた魔法陣が敷かれていることに気付く。
「打ち合ってる最中に、ちょっとずつ魔法陣を構築してたのさ。どうだ、気付かなかったろ?」
「へっ、こりゃ一本取られたぜ……。でもな、こんな電撃ごときでよ……アタシを気絶させられるとは思うな! 意地でも……倒れやしねえ!」
電撃によるダメージは凄まじく、もはや立っているだけで精一杯な状態だったがシャスティは踏みとどまる。ここで倒れて意識を手放そうものなら、最初から修行はやり直し。
そんなのは、認められない。彼女のプライドにかけて、何としてでも気絶だけはしない。歯を食い縛り、唇を血が出るほど噛み締め、痛みで意識を繋ぐ。
「お、耐えたか。いいね、そうこなくっちゃ面白くねぇ。シャスティ、お前の耐久力は及第点だ。花丸をやるよ、このアタイが」
「へっ、そりゃ嬉しいね。アゼルたちに……ゲホッ、自慢できらぁ」
今にも倒れそうなシャスティは、強がってみせることで心を震い立たせる。チラッと砂時計に目を向けると、砂は三分の二ほど落ちていた。
あと十分もすれば、修行は終わる。それまでに、シャスティはどうにかしてカレンに『参った』と言わせたいと考える。
「さあ、かかってきやがれ。こっちはいつでもやれるぞ」
「ほー。んじゃ、そろそろラストスパートといくか。こっからは本当の本気だ。残り十分……耐えきってみろ。そうしたら合格だ。いくぜ……ビーストソウル、リリース!」
カレンは魔力を練り上げ、鎚のマークが描かれた黄色のオーブを作り出し体内に取り込む。すると、魔神の肉体が劇的な変化に見舞われる。
両足が一つに融合し、長く伸びていく。カレンの背後に五つの太鼓が現れ、半円形の棒で背中に繋がれる。その様子を、シャスティは息を飲みながら眺めていた。
「な、なんだこりゃ……。これは……ラミア、なのか?」
下半身が蛇になったカレンは、散雷の鎚で背中の太鼓をリズミカルに打ち鳴らす。すると、広間の天井が雷雲で覆われ、ゴロゴロと雷鳴がとどろき始めた。
「さあ、来な。お前の全力、アタイにぶつけてみろ! 鎚魔神カレン・サンダルグライト……いざ、参る!」
「へっ、ここまで来て無様にやられてたまるかよ! 最後の力、ありったけに振り絞る! 返り討ちにしてやらぁ!」
雷神と相対し、シャスティは勇ましく叫んだ。
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