128話―修行の始まり
リリンたちを集め、アゼルはこれまでの出来事を話す。彼の話を聞き、カルーゾの行いに皆憤激した。満場一致で、リオの提案に乗ることが決まる。
「フン、愚か者だとは思っていたが、よもやここまでの外道とはな。呆れて物も言えぬわ」
「許せねえなぁ、そんなのはよ。そのティナって子が何をされたかは分からねえけどさ、とんでもなく苦しんだんだろ? ふざけやがって、クソ神が」
「ええ、わたくしも同じ意見ですわ。無垢な子どもを虐げるなど、決して許されてはならない蛮行ですわよ」
三人とも、カルーゾへの強い怒りを滲ませていた。それだけ、アゼルから聞かされた出来事が衝撃的だったのだろう。アゼルたちは、改めて打倒カルーゾを誓った。
「しかし、修行と一口に言っても何をするのであろうな。アゼルよ、何か聞いていないのか?」
「特には……。まあ、始める時に教えてもらえると思います、たぶん」
そんな話をしながら、一行は会議室に戻る。部屋に入ると、すでに出立の準備が完了していた。以前のように、世界を繋ぐ門の役割を持つ盾が鎮座している。
「おかえり。こっちはもう準備出来たよ」
「お待たせしました、リオさん。皆、いつでも行けます」
「おっけー。あ、そうそう。行く前にバリアス様からお言葉があるんだって」
リオがそう言うと、部屋の隅にいたバリアスがアゼルたちのところにやって来た。頭を下げた後、ティナを助けてくれたことへの礼と、宴を中断してしまったことへの詫びを口にする。
「此度の件、本当に感謝の念が尽きない。ティナの心は、我々が必ず癒してみせよう。それと……宴に招いておきながら、ロクにもてなしも出来ず申し訳ない。いずれ、埋め合わせはしよう」
「いえ、いいんです。気にしないでください、バリアスさま。今は、ティナちゃんを癒してあげることだけを考えてください」
「……本当に済まない。ティナの心は、必ず癒す。約束しよう。……さ、行くがよい。君たちの行くべきところへ」
「分かりました。では、行ってきます」
バリアスの言葉に頷いた後、アゼルたちはリオに導かれ門を潜る。その先にあったのは、以前出向いた漆黒の巨城、グランゼレイドではない。
荘厳な大聖堂と大きな石碑のみが存在する、殺風景な場所であった。石畳が地平線の彼方まで続き、頭上には黒い天井が床同様にどこまでも広がっている。
「ここは一体……?」
「なんだ、ずいぶんとまあ無機質で殺風景な場所だな。リオ、ここはどこなのだ?」
アゼルとリリンが疑問を呈すると、リオはしっぽをゆらゆら揺らしながらニシシと笑う。ビシッと大聖堂を指差し、ここが何なのかを話し出す。
「よくぞ聞いてくれました! ここは僕たちが住む大地、キュリア=サンクタラムの核となる場所……『聖礎エルトナシュア』って言うんだ」
「聖礎、ですか。そう言われると、なんとなく神聖な雰囲気に満ちているような……」
「ここは遥か昔、始祖の魔神とその伴侶が暮らしていた場所。そして今は……始祖ベルドール、その妻ラグランジュを祀るための場所として機能してるんだよ」
リオはそう言うと、得意げに腕組みをしつつ胸を反らす。そんなリオに、今度はシャスティが問いかける。
「ほーん。で、ここにアタシらを連れてきて何しようってんだ? まさか、ご先祖様に参拝しろ、なんて言わねえよな?」
「違うよー。ここはね、修行のスタート地点。あらかじめ、ねえ様に連絡して大聖堂に仕掛けを施してもらったんだ」
「仕掛けだぁ? どんなのだ、それ」
「仕掛けは簡単。大聖堂の中に、八つの扉を用意してあってね。その中から一つ選んで、対応する魔神のところに行って修行してほしいんだ」
そう言った後、リオは指を鳴らす。すると、固く閉ざされていた大聖堂の扉がひとりでに開き、礼拝堂の様子があらわになる。
礼拝堂の奥の空間が歪んでおり、八つの扉が横に並んでいる。この扉の先に、魔神たちが待ち構えているのだろう。……が。
「ん? 一つよろしいかしら。魔神は七人なのでしょう? 扉が一つ多いですわよ」
「ふふ、大丈夫だよ。だって、盾の魔神が僕とねえ様の二人いるからね」
「ああ、そういうことでしたのね。まあ、それならいいのですけれど」
小さな疑問を抱き質問したアンジェリカだったが、答えを聞き納得したようだ。礼拝堂の方をしっぽで示しながら、リオは話を続ける。
「扉の向こうにある修行場は、暗域から持ってきた闇の瘴気をうすーくした状態で充満させてあるんだ。そこでとにかく動き回って、闇の瘴気に身体を慣らしてね」
「なるほど、分かりました。……ちなみに、誰と当たるかは」
「完全ランダムだよ。でも、同じ魔神のところには行かないようになってるから気をつけてね。さて、それじゃはじめよっか。誰か僕のとこに来てくれるか、楽しみにしてるよー! いでよ、界門の盾!」
修行についての大まかな説明を終えた後、リオは再び門を作り出しその中へ飛び込んだ。残ったアゼルたちは、誰がどの扉に入るか相談を始める。
「さて、どうしましょうか。扉は八つ、ぼくたちは五人。どれか三つは余りますが……」
「ふっふーん、こういうのはね、ふぃーりんぐが大事なんだよアゼルくん! どれどれ、ふむふむ。よーし、折角だからあたしはこの紫っぽい色の扉にしよーっと! それ、とつげきー!」
「ちょ、メレェーナさん!? ああ、もう行っちゃった……」
が、話し合いなどまどろっこしいとばかりに、メレェーナがいの一番に礼拝堂に突撃していった。外から見て左端にあった、若干紫がかった黒い扉に入ってしまう。
扉が閉まると、溶けるように消えてしまった。これで、アゼルたちが選べる扉は残り七つとなってしまった……ので、もうそれぞれが勝手に選ぶことにしたようだ。
「もうこうなれば、各々適当に選んでよいだろう。どうせ、同じところには行かぬのだしな」
「そうですわね、そうしましょうか。……そういえば、以前この大地に来た時に会わずじまいだった魔神もいますわね。その方たちと当たる可能性もあるのですわよね……緊張しますわ」
「ま、今からヘバっててもしょーがねーだろ。男も女も、こういう時は当たって砕けろ! だぜ」
「……砕けちゃいけないと思います、シャスティお姉ちゃん」
そんな会話を繰り広げつつ、四人は扉を選ぶ。アゼルは右から二番目の扉を。リリンは左から三番目の扉を。シャスティはその右隣を。アンジェリカは右から三番目の扉を。
「さて、では行きますか! カルーゾを始末するための力、養わせてもらいましょう!」
「おおー!」
アゼルの声かけに合わせ、リリンたちは声をあげる。同時に扉を開け、向こう側へと歩を進めた。
◇――――――――――――――――――◇
「ったく、なんだここ。酒ビンだらけじゃねーかよ、きったねぇなぁ。……ん? あっちに誰かいるな」
扉を潜り抜けたシャスティを出迎えたのは、通路じゅうに転がる空になった酒ビンの山と、鼻をつくアルコール臭であった。ブツブツ文句を言いながら先へ進むと、広い空間に出る。
「かぁーっ! まっ昼間から飲む酒は旨いもんだなぁ! つまみも旨くて言うことなしだぜ!」
シャスティがこれまで見たことのない、和風の飾り付けがなされた広間の奥で下着姿の女性が酒を飲んでいた。一メートルはありそうな盃に、これまた大きな瓢箪型の徳利から酒を注いでいる。
「……あ? なんだお前。酒盛り中に何のよ……あ、アレか。リオの言ってた奴だな、お前」
「あー、まあ、そうだな。……で、あんたどちらさん?」
呆れた様子で、シャスティは問いに答えつつ相手を観察する。真っ赤な肌と額に生えた角から見て、オーガ族であることが見てとれた。
オーガの女は酒を一息で飲み干すと、盃をポイっと投げ捨て立ち上がる。ふあーっとあくびをした後、自身の頬を勢いよく叩き酔いを醒ます。
「そっか、あんたが例の神殺しの坊主の仲間か。アタイの名はカレン。リオの仲間、ベルドールの七魔神の一人、雷を司る……鎚の魔神だ」
オーガの女……カレンはそう言うと、すっと右手を上に伸ばす。すると、雷が落ち、目映い閃光が広間を覆う。思わず目を閉じていたシャスティがまぶたを開けると、そこには……。
「さぁて、修行すんだろ? なら、徹底的にシゴいてやらねえとなぁ。んじゃ、まずは名前、聞かせな」
真っ赤な鎧に身を包み、背丈ほどもある金棒を担いだカレンの姿があった。強者のオーラを漂わせる相手を見て、シャスティは思わず武者震いする。
「……いいぜ。アタシの名はシャスティ。アゼルの仲間……人呼んで『破天荒聖女』サマよ!」
シャスティも負けじと名を名乗り、愛用のハンマーを呼び出した。それを見たカレンは、嬉しそうに笑う。
「へえ、アンタもハンマー使うのか。こりゃいいや、修行がやりやすい。……聖女サンよ、アタイの修行は厳しいぜ。ヘバるんじゃねえぞ?」
「望むところだ。どんな修行だろうと、受けて立ってやらぁ!」
修行が、始まる。
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