111話―破られた調和

 ウェラルド、ガローの両名を撃破し、堕天神による大量殺戮の危機は去った。そればかりか、残る敵との戦いにおける強力な戦力を得ることが出来た。


 皇帝の待つ城に帰還したアゼルたちは、それぞれ何があったのかを報告し合う。ひとまず難局を乗り切ることが出来たと知り、全員が胸を撫で下ろす。


「……それで、この人が」


「ああ。千年前からの贈り物だ。もうしばらく、私たちに協力してくれるらしい」


「それは頼もしいですね。よろしくお願いします、ダーネシアさん」


 ダーネシアを見上げながら、アゼルは微笑む。カイルと協力すれば、彼を再び眠らせることも出来るが……もう一人、倒さねばならない者がいるのだと獣は言う。


「こちらこそよろしく頼む。……オレには、まだ為さねばならぬことがある。それを果たすまでは、共に在ろう。……ところでだ、一つ聞いていいか?」


「はい? なんでしょう?」


「貴公の身体から、懐かしい匂いがする。……ここ最近、ベルドールの七魔神と呼ばれる者たちに会ったのか?」


 その問いに、アゼルは頷く。すると、ダーネシアは歓喜の表情を浮かべた。かつて死闘を繰り広げた者たちが、今もまだ生きている。


 その事実が、とても嬉しかったのだろう。滅多に動かない耳が激しく揺れていた。


「そうか! 生きているのか! それは喜ばしい! かの者たちは、全員健在なのか?」


「全員に会ったわけではありませんから……でも、たぶんみんな生きているんじゃないでしょうか? あんまり詳しくないので、よく分かりませんけど……」


「失礼する。そろそろ本題に入りたいのだが、構わないかな? お二人とも。次の脅威がいつ現れるか分からん、対策を立てるための会議を始めたい」


 城の一室に集まり、休憩がてら雑談していたアゼルたちのところにアシュロンがやって来た。帝国の要人を集め、今後の大地防衛についてアゼルたちも含め会議をしたいようだ。


「わたくしたちは構いませんけれど……まだ一人、戻ってきていない方がいますわよ、お父様。ほら、あのランタン頭の……」


「ああ、彼か。もう戻ってきているよ。すでに会議室にいる」


「なら問題はありませんわね。では、わたくしたちも行きましょう、アゼルさま」


「そうですね、行きましょうか」


 仲間を伴い、アゼルは会議室へと向かった。



◇――――――――――――――――――◇



「……報告します、カルーゾ様。ウェラルドならびにガローの二人が敗れました。もう一人に関しては、まだ不明です」


「負けた、か。またしても。ガローはともかく、ウェラルドまで敗北を喫するとはな……」


 その頃、カルーゾの元にも敗戦の報告が届いていた。第二の刺客として送り込んだ二人が倒されたことを受け、小さく舌打ちをする。


「さらに悪いことに、ジルヴェイド卿によって蘇生された実態Dが解放され、敵に回ったと……」


「なんだと? チッ、やはりガローに監視をさせたのは失敗だったな。新参の下っ端などに任せるべきではなかったか……クソッ」


 苛立ちをあらわにし、カルーゾは顔を歪める。切り札の一つを失っただけでなく、あろうことか敵に回してしまうというあり得ない失態に失望したのだ。


「で、肝心のガローは? まだ生命反応を感じる、どこかで生きているはずだ」


「それが、全く行方が掴めず……暗域に帰還したことまでは把握しているのですが、そこからは……」


「どうやラ、実態Dの仲間に捕らえられたようだネ。私の部下がその様子を見ていたヨ。あれはもう助からなイ、諦めた方がいイ」


 そこに、実態Dことダーネシア復活の元凶が姿を現した。かなり落胆しており、覇気が全く感じ取れない。それだけ、力を注いでいた研究だったのだろう。


「もはや我が配下も三人となった。これ以上の行動は、慎まねばならんな」


「それは困ル。私としてハ、君たちにはまだ働いてもらわないといけないのだヨ。もう一つの研究が未完成だシ、それニ……」


「いや、それについては問題ない。もう、天上の連中の目を欺く必要はないからな」


「それハ、どういう意味だイ?」


 ジルヴェイドが尋ねると、カルーゾは椅子から立ち上がる。配下たる伴神は気付かれないよう後ろに下がり、部屋の出入り口を塞ぐ。


 不穏な雰囲気を感じ取ったジルヴェイドだったが、もう遅かった。一歩、また一歩とカルーゾは協力者へと近付いていく。不気味な笑みを浮かべながら。


「ジルヴェイドよ、お前は前に言ったな。私のオーブが欲しい、と。よかろう、我が肉体もろともくれてやる。ただし……」


「ただシ、なんダ?」


「代わりに、お前の全てを寄越せ」


 直後、カルーゾはジルヴェイドに襲いかかる。くぐもった悲鳴がこだまするなか、扉を塞ぐ役目を買って出た伴神は一部始終をずっと眺めていた。


 しばらくして、カルーゾとジルヴェイドは床に倒れ伏す。それから数分して、ジルヴェイドが――否、ジルヴェイドとカルーゾが立ち上がった。


「ふむ、これが闇の眷属の身体か。なかなか悪くない。これならば、我がもう一つの野望果たせるだろう」


「では、第一プランは廃棄しますので?」


「ああ。当初の目論見は崩れた。我らの力では、もはやあの大地を滅ぼすことは出来ぬだろう。だが、奴らが私を逃がすとは思えん。だから……」


「私ニ、全てを押し付けるのカ。カルーゾ!」


 部屋を立ち去ろうとすると、カルーゾの肉体に押し込められたジルヴェイドが立ち上がり叫ぶ。そんな協力者を見ながら、神は笑う。


「そうなるな。悪いが、私の代わりに死んでくれ。その代わり、お前に神の力を使わせてやろう。好きなだけ暴れてくれ、そして……死んでくれ。我が身代わりにな」


「貴様!」


「案ずるな。残る伴神のうち二人をくれてやる。お前の成そうとしていた研究……『神と魔の融合』は、私が引き継ぐ。研究を完成させ、第一プランで成せなかったことを成功させる」


 どうやら、カルーゾは仲間を切り捨て生き延びることに全力を注ぐ方針へ切り替えたようだ。ジルヴェイドと肉体を取り替え、アゼルたちに討伐させる。


 その間に、仲間が行っていた研究を完成させて当初の目的を果たすつもりらしい。当然、ジルヴェイドがそんな裏切りを許すはずもなく、飛びかかろうとするが……。


「なん、ダ? 身体ガ、勝手に動ク……!?」


「ああ、一つ言い忘れていたが。その身体には、私の魂の欠片を残してある。肉体の主導権はお前ではなく、魂の欠片にある。つまり、お前は奴らと戦う以外に道はない、ということだ」


「こんなことをしておいテ、ただで済むと思うカ? 私が奴らに勝チ、生き延びた時ハ……必ず、この借りを返してやるゾ!」


「どちらでもいいさ。お前が勝とうが奴らが勝とうが、私がやることに変わりはない。天上より拉致してきた神族の子どもらを使い、作り出すのさ。神と魔の力を宿した戦士たちをな」


 扉を塞いでいた伴神がどくと、ジルヴェイドは部屋の外へ出ていった。穏やかな表情で見送った後、カルーゾはもう一度椅子に座り直す。


「カルーゾ様、今後はどう動きますか?」


「まず、五日後にジルヴェイドと残りの伴神を送り込む。もし奴が独自に送った刺客が生きていれば、そいつにも継続して動いてもらうが……まあ、敗れているだろうな」


「かしこまりました。その間に、例の研究を?」


「ああ。素体として連れてきた子どもらも、いつまで保つか分からん。早いうちに完成させたい。あの忌々しい王の末裔どもを滅ぼすためにもな」


 アゼルたちの活躍により、一難は去った。しかし、その裏ではより大きな困難が生まれていた。カルーゾの新たな野望が、さらなる災いをもたらそうとしていた。

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