112話―大斧、復活
会議が行われた日から、五日が経過した。新たな刺客が現れることもなく、不気味なほどに平和な時間が流れていった。そんななか、アゼルにとって喜ばしい報告が届く。
ベルルゾルクによって砕かれ、無残に破壊されてしまった凍骨の大斧の修理が完了した――暗域へ戻っていたヴェルダンディーから届いた手紙に、そう記されていた。
「ようやく、帰ってくるんですね……ぼくの大斧が……」
「長いような、短いような……不思議な気分だな。ま、今のアゼルには神殺しの力がある。もう二度と、斧を砕かれるようなことはあるまい」
帝都の外、霊獣の森の近くにある草原にアゼルとリリンの姿があった。ヴェルダンディーからの手紙に、斧の受け渡し場所としてこの場所が指定されていたのだ。
なお、シャスティやアンジェリカ、カイルは万が一堕天神が攻めてきた時に備え、帝国軍と共に皇帝の城で待機している。帝都の陥落だけは、何としても防がねばならないのだ。
「……しかし、なかなか来ないな。ダーネシアとやらも、警護のために一緒に戻っているのだろう? まさかとは思うが、二人して敵に敗れた……などということはあるまいな」
「どうなんでしょう……でも、確かにこの遅さは気になりますね」
手紙が届いたのは朝早い時間、なのだが。すでに正午を過ぎ、空のてっぺんには元気に太陽が昇っている。何時間も待たされ、リリンのイライラが募っていく。
「……本当に遅いな。これでもし単なる遅刻であれば、その時はもう派手に……」
「いやあ、申し訳ない! 少々イレギュラーな事態が発生し、遅れてしまいました!」
苛立ちが頂点に達しようとしたちょうどその時、空間の裂け目が出現し、中から大きな布包みを抱えたヴェルダンディーが姿を見せた。
「ヴェルダンディーさん! よかった、何か良くないことでもあったのかと……あれ? ダーネシアさんは?」
「彼はしばらく、暗域で行動することになりましてな。どうも、キナ臭い動きをしている大魔公がいましてね、その者の素行調査を担当してもらうことになりました」
「それは別にどうでもよい。で、何でこんなに時間がかかったのだ? ん?」
リリンに問い詰められると、ヴェルダンディーの頭の中で燃える炎の色が変わる。忙しなく白と黒の炎を燃やしつつ、紳士は弁明を始めた。
「あー……それがですな。いざ斧を引き渡す、という土壇場になって……その、修理を請け負ってくださった方が追加で改良を加えたい、と言い出しましてな」
「それで、斧の完成が遅れた……ということですか?」
「左様。いや、我輩も催促したにはしたのですがね? 一度スイッチが入ると、あの御仁は周囲が見えなくなってしまいます故……それはともかく、斧は無事修復されましたぞ」
どうやら、何かしら斧の修理をしていた人物のやる気をさらに引き出すナニカが起きたらしい。その結果、土壇場でさらなる改造を斧に施し、引き渡しの時間が伸びた……とのことだった。
その回答に、リリンはフンと鼻を鳴らす。不承不承ではあるものの、遅刻した理由に納得して怒りを納めたようだ。アゼルは苦笑しつつ、布に包まれた得物を受け取る。
「それじゃあ、布を取りますね」
「どんな風に修理されているか、楽しみだな。布の上からだと、特に形が変わったようには見えぬが……」
「ふふふ、実際に見てのお楽しみですな。暗域一の名匠の手で生まれ変わった大業物、とくとご覧あれ」
果たして、己の得物がどう生まれ変わったのか。わくわくしながら、アゼルは少しずつ布を取り払っていく。全ての布を取り去った後、現れたのは……。
「す、凄い……! 一目見るだけで、とてつもない力が宿っているのを感じます……」
「……特段、形状に変わりはないな。柄の先っちょに、槍みたいな突起が追加されているくらいか? ……いや、違うな。これは……ルーン文字、か?」
これまでより、遥かに強大な魔力を宿す凍骨の大斧がそこにあった。一方、見た目に関しては大きく変化した部分はなく、柄や刃のフチに謎の文字列が刻まれてあるくらいだった。
「いかにも。暗域で用いられているものの中でも、特に強力な力を宿すルーン文字が刻んであります。なので、例えば……ハッ!」
「わっ、斧が! ……わあっ!?」
ルーン文字の力を説明するべく、ヴェルダンディーはレイピアを呼び出し斧の柄を両断してしまう。当然、そんなことをすれば刃が付いている部分が地面に落ち……なかった。
柄に刻まれたルーン文字が輝き、切断された部分がひとりでに浮き上がる。そして、断面同士がピッタリと合わさって元通り修復されたのだ。
「なんと! 跡すら残らぬとは。自己修復のルーンか、これは凄いものだな」
「例え消し炭にされようと、因果律の操作で存在そのものをなかったことにされようとも、この斧は記憶された形状に修復されますぞ」
「わああ……! 凄いです、ひゃあああ!!」
目をキラキラさせながら、アゼルは仲間と距離を取り斧をぶんぶん振り回す。凄まじい強化を施されて帰ってきた相棒に、大興奮しているようだ。
「ふふ、アゼルめ。目一杯はしゃいでおるわ。……で、当然あれだけしか強化されておらんというわけではなかろう? 他にも、何かしらあるのだよな?」
「当然ですとも。まあ、それは次の戦いでのお楽しみ……む、おやおや、この気配は……」
「! どうやら、来たようですね。次の敵が」
武器が戻ってきて大はしゃぎするアゼルを、リリンたちは微笑ましそうに眺める。次の瞬間……帝都の方から、邪悪な気配が漂ってきた。
新たなる堕天神が、カルーゾの手で送り込まれてきたのだ。それを察知したアゼルは、すぐに気を引き締める。リリンとヴェルダンディーの方を向き、声をかけた。
「すぐに帝都に戻りましょう。シャスティお姉ちゃんたちがいるとはいえ、安心は出来ませんから」
「ああ、急ぐとしよう」
「はい! サモン・ボーンバード!」
アゼルは骨の怪鳥を呼び出し、仲間と共に背中に乗り込む。帝都へ向けて空を進み、十分もしないうちに帰ることが出来た、のだが……。
「なんだ、これは? 随分と物々しい結界だな」
「ふむ、今回の敵は大規模な魔法を得意としているようですな。これほどまでの規模を持つ、単一の結界……暗域でもそうそう見かけませんよ」
「ふむ、ならまずは私が破壊してみよう。サンダラル・アロー!」
帝都全体が、何やらド派手なピンク色の結界によって外界と隔絶されていた。結界を破壊を試み、リリンは雷の矢を放つ……が。
「……弾かれたな」
「弾かれましたね、おもいっきり。ぼいんって音がしましたよ、ぼいんって」
リリンはめげることなく、何十何百と雷の矢を放つ。しかし、結果は変わらなかった。全くもって、何一つ。
「なんだ、あの結界はゴムか何かで出来ているのか? ……いや待て、ゴムだとしても雷がぼいんなど鳴らんだろ!」
弾かれた。そこまでは予想の範疇であったが、『ぼいん』という気の抜ける音と共に……などとは流石に想定しておらず、リリンは思わずノリツッコミしてしまった。
が、そんなことをしている場合ではない。この結界を突破しなければ、帝都に入れないのだ。そこで早速、復活を遂げた凍骨の大斧の出番がやって来た。
「よーし、行きますよ! 帰ってきた凍骨の大斧マーク2セカンド! 突撃! せりゃああ!!」
「あ、待てアゼル! 闇雲に飛び込むのは……」
「まあまあ、ここは彼に任せましょう」
斧を構え、アゼルはボーンバードの背を蹴って結界へと飛び込む……リリンの制止も虚しく。アゼルは両腕を振り上げ、斧に魔力を流し込む。
(!? な、なに!? 頭の中に、何かが……)
すると、ある変化が起きた。柄を通じて、アゼルの頭の中にいくつかの情報が流れ込んできたのだ。それは、斧に宿った新たなる力の
強大な力を、正しく振るうための導きだ。アゼルは一瞬混乱するものの、すぐに理解した。凍骨の大斧に追加された、新しい力をどう使うべきなのかを。
「これが、新しい力……よし、早速使わせてもらいます! パワールーン……シールドブレイカー!」
アゼルが叫ぶと、刃のフチに刻まれていた七つのルーン文字の列のうち、一つが赤く輝く。次の瞬間、刃が結界と勢いよく衝突し、亀裂を生む。
まるで、溶けかけのバターを切るかのように、結界が両断されていく。おびただしい数の雷の矢でも、傷一つ付かなかった結界が、である。
「おおお……! あのぼいんぼいんうるさい結界が、裂かれていくぞ!」
「あれが、凍骨の大斧に搭載された能力の一つ……シールドブレイカー。どんな守りも無力化し、切り裂いてしまう魔の刃です」
リリンが感嘆の声をあげるなか、ヴェルダンディーはそう口にする。アゼルを追ってボーンバードも地に降り立ち、三人は帝都の中に入る。
「……嫌な気配がそこらじゅうに満ちているな。アゼル、急いで城に向かうぞ。最悪の事態だけは防がねばならん」
「ええ、行きますよ!」
アゼルは先頭に立ち、大通りを走っていく。凍骨の大斧を肩に担いで。
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