110話―堕ちたる者への裁き

「ぐ、ごおおああ……」


「まだ生きているな? そうでなくては困る。オレの怒りは、この程度では晴れぬからな」


 ガローの肩から離れ、着地しつつダーネシアはそう口にする。流石に神だけあって、ガローはまだ息絶えていない。だが、今はその頑強さが仇となっていた。


 大地の民であれば即死出来たであろうが、残念ながらそうはならなかった。怒れる獣の王は、止まらない。眠りを妨げられた恨みを晴らすまで。


「おの、れ……。よくも、やってくれたな……! こうなれば、切り札を使うのみよ! ダークパワー、全開!」


「ほう、これは……」


 神の力だけでは、ダーネシアを倒せない。そう判断したガローは、ベルルゾルクやウェラルドが最後まで使わなかった、暗域の力を解放する。


 濃い闇の瘴気が解き放たれ、周囲に満ちていく。洞窟の入り口から戦いを見守っていたリリンたちは、おぞましい気配を感じ取り身震いしてしまう。


「嫌な気配だ……。心臓を鷲掴みにされたような気分になる……」


「流石に、こいつはやべぇんじゃねえのか? あのおっさん、勝てるのかよ?」


「どうだろうな……ん? あのおっさん、笑ってる……のか?」


 三人がそんなことを話していると、突如ダーネシアが大笑いし始めた。余程可笑しかったのか、腹を抱えて転げ回りそうなほどに。


「貴様! 何を笑っていやがる!」


「いや、あまりにも滑稽過ぎてな。付け焼き刃の闇の力で、直系の眷属であるオレに対抗出来ると思っているのが……実に滑稽だ」


「ぐぬぬぬ……! どこまでもバカにしてくれやがって! 後悔させてやる!」


 嘲笑するダーネシアにブチ切れたガローは、全身に力を込め跳躍する。もはや目で追うことも叶わぬ速度となった神の拳が、不敬なる獣を貫こうと振るわれるが……。


「!? う、受け止めただと……」


「ビーストメタモルフォーゼ……モード・トータス。オレの盾は、そう簡単には砕けんぞ?」


 ガローが到達するまでの、ほんの一瞬。瞬きする間もない僅かな時の中で、ダーネシアは左腕を亀の甲羅を模した盾に変え、攻撃を受け止めてみせた。


 あえて避けるのではなく受け止めたのは、かつて死闘を繰り広げた宿敵ともへの、忘れること無き敬意の表れだろうか。


「このっ! サウザンド・ナーグル!!」


「ムダなことを。トータス・シェル・ディフェンス!」


 一発でダメなら、連打を浴びせればいい。そう判断したガローは、神速のラッシュを叩き込み盾を砕こうと試みる。対するダーネシアは、全身を甲羅のように硬化させた。


 堅牢な防御力を得た表皮は、そう易々と砕けはしない。が、流石に数百、数千と拳を打ち込まれれば亀裂が入る。無尽蔵のスタミナから繰り出される攻撃が、ついに装甲を砕いた。


「む!」


「だーははは! これで終わりだ! 死ねぇぇぇ!! ……あら?」


「いい攻撃だった。だが……当たらなければ何の問題もない。ビーストメタモルフォーゼ……モード・スネーク!」


 心臓部を守る装甲が砕け、トドメを刺さんと拳が放たれる。直後、ダーネシアは長大な蛇へ姿を変え、するりと攻撃から逃れてみせる。


「これは……なんという強さだ。あのダーネシアという者……文献の記述よりも……遥かに強い」


「ひえー、あんなのが敵のままじゃなくて本当によかったぜ。アタシらじゃ勝ち目ねえもん、あれ」


 蛇の姿のまま、ガローに巻き付き締め上げるダーネシアを眺めながら、リリンとシャスティは言葉を交わす。堕天神をも圧倒する強さに、舌を巻いていた。


「……でも、だからこそ戦ってみてぇもんだな。あの甲羅を、オレの弾丸が貫けるのか……試してみたくて仕方ねえぜ」


 一方、カイルはダーネシアの強さにこそ唸ったものの、戦いたくて仕方がないようだ。そんなカイルを見て、リリンたちは即座に答える。


「勝てんな」


「負けるわ」


「即答かよ、おい!」


 二人とも、カイルが負けると思っていた。まあ、あれだけの暴れっぷりを見せ付けられれば、そう考えるのも仕方ないのではあるが……。


「……何やら、楽しそうだな、向こうは。まあ、こっちももうすぐ楽しくなる。貴様の断末魔の叫びで、な! 蛇縄絞殺刑!」


「ぐぬうううおおお!! この程度……外してくれるわああ!!」


 終始余裕なダーネシアに対し、ガローはどんどん余裕が消えていく。このままでは、為すすべなくやられる。焦りが募るなか、視界の端にリリンたちが映り……何かを閃く。


「そうだ、こうしてやる! ふんぬっ!」


「ん? うおっ!? なんだ、触手……? くそっ、あんにゃろの仕業か!」


 ガローが魔力を放つと、洞窟の中に黒い謎の塊が出現する。塊がうごめき、何本もの触手が現れシャスティたちに襲いかかってきた。


「チッ、私たちを人質に取るつもりか!」


「らしいな。あいつ、正攻法じゃ勝てなさそうだからって、いよいよ手段を選ばなくなってきたな!」


「勘弁してくれよ!? アタシは今丸腰……って、こっちくんじゃねぇぇぇぇぇ!!」


 触手に掴まらないよう、リリンとカイルは雷の矢と弾丸で触手を消し飛ばす。が、次々と触手が生えてきてキリがない。悪いことに、得物を貸しているシャスティは攻撃手段がなく逃げ回ることしか出来ない。


「ぐはははは! 奴らを放っておけば、そのうち触手に捕まって絞め殺されるぞ! あいつらはお前を解放した恩人だろう? 助けなくていいのか? ん?」


「……はぁ。貴様には、心底失望したぞ。こんな卑劣な手を平気で使うとは……なるほど、堕天神とは言い得て妙だ。堕ちただけあって、くだらぬことをする」


「いいのか、助けなければ奴らは……」


「あの程度で死ぬような者たちならば、オレの正気を取り戻させることなど出来ん。助けずとも、自力でどうとでも出来るさ。あのようにな」


 ダーネシアの言葉通り、リリンたちは助力を受けることなく闇の塊を破壊して難を逃れた。ついでに、静観するのをやめてガローをぶっ殺しにやって来た。


「んのクソ神ィィィ!! 危うくあられもない姿にされるとこだったろうがああぁぁぁ!! 死ねやオラあああ!!」


「いた、いたたた! ぐっ、あのアマ石を!」


 得物がないので、シャスティはそこら辺に落ちていた石ころを拾い、全力でガローへぶん投げる。石が尽きないよう、カイルが弾丸を打って近くの岩を砕き、リリンが相方に渡す。


 危うく乙女の危機を迎えそうになったことにはらわたが煮え繰り返っているシャスティの投石は恐ろしいほどの精度を持ち、ダーネシアを避けガロー『だけ』に直撃する。


「さて、そろそろ終わりにしようか。いい加減、貴様のような三下と遊ぶのも飽きた。堕ちた神らしく……闇の底へ送ってやる!」


「うおっ……!?」


 自ら拘束を解き、ガローから離れたダーネシアは即座にしっぽを振り相手を吹き飛ばす。素早く元の姿に戻り、変身する際に地面に投げたハンマーを回収する。


 右腕をサソリのソレへと変え、手にしたハンマーとハサミを一体化させる。そのまま跳躍し、トドメの一撃を放つ。


「地の底へ堕ちよ! ビーストメタモルフォーゼ……モード・忍び寄る死デスストーカー! 奥義……スコーピオン・ハンマー!」


「うぐ……ごばあっ!」


 よろめきながら立ち上がるガローの脳天に、裁きの鉄鎚が振り下ろされた。防御も回避も間に合わず、頭蓋骨を砕かれたガローはくぐもった声を残し……倒れ伏した。


「む、終わったようだな。シャスティ、もう石は投げずともよいぞ」


「はあ、はあ……。あの腐れ神、やっとくたばり……いや、まだ生きてんなあいつ!」


「おの、れ……! 覚えて、いろ……。この借り、必ず返してやる……」


 辛うじて息があったガローは、自分と地面の間にワープホールを作り出し暗域へと撤退していく。が、ダーネシアはそれを止めず、何故か見送った。


「おい、逃げちまったぞ? いいのか、ほっといて」


「構わん。暗域に逃げたことを、奴は後悔することになる。オレ以上に、深い怒りを抱いている者がいるからな……」


 カイルに尋ねられたダーネシアは、意味深な言葉を口にする。それを聞いたリリンたちは顔を見合わせ、不思議そうに首を傾げた。


「……ま、いいか。とりあえず脅威は消えた。アゼルたちと合流しよう。ダーネシアと言ったな、お前も来てもらいたい」


「ああ、構わん」


 リリンがそう言うと、シャスティとカイルは頷き、ダーネシアは了承した。



◇――――――――――――――――――◇



「くそっ……このオレサマが、あんな獣野郎なんかに……! この屈辱、必ず倍返しにしてやる!」


 瀕死の重傷を負いながらも暗域へ逃げ延びたガローは、カルーゾの元へ帰ろうとする。身体を癒し、復讐しようと目論むも……その望みが叶うことはない。


「みぃつけた。アンタだね? うちの息子に変なことをしたのは」


「なんだ、おま……がはあっ!」


 ガローの前に、一人の人物が躍り出る。現れたのは、柄の両端に刃を備えた斧を持った、半人半馬の美女だった。女は得物を振るい、ガローの四肢を切り落とす。


「覚えておくといいさ、元神さん。アタシの名はプリマシウス。ダーネシアの母親だ。さて、今回の始末……どう責任を取って貰おうかね?」


「プリマシウス、だと……そうか、あの獣野郎……大魔公の、セガレだった、のか……」


「そうだよ? そんなことも知らないなんて、アンタも歴の浅い神だね。まあいいさ。死ぬよりも辛い拷問を、たっぷりしてやるよ。千年ほどじっくり……ね」


「ひっ! や、やめろ! 放せぇぇぇ!!」


 プリマシウスはガローの髪を掴み、馬の胴体の背に生えた翼を広げて飛んでいく。愛する息子の眠りを妨げ、奴隷のように操っていた者に制裁を下すために。


 暗黒の世界の空に、元神の叫びが虚しくこだましていた。

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