104話―慈悲無き猛撃! 

「アンジェリカ……よき名だ。では始めるとしようか。大地の民の力……この俺に見せてみろ!」


「言われずとも、見せて差し上げますわ! わたくしの本気というものを!」


 アンジェリカとウェラルドが叫ぶと、決闘場デュエルリングの四方が魔力の壁に覆われる。壁は分厚く、表面には強度を増すための紋様が刻まれていた。


 自身の馬鹿力で魔力障壁を破壊し、奈落に落ちるような間抜けな敗北を防ぐための措置なのだろう。壁はとても高く、外からの介入はほぼ不可能と言えた。


「面白い、ならば見せてみるがよい。お前の本気とやらを! ヌボア・ブレード!」


「そう簡単には……食らいませんわよ!」


 巨体を感じさせない軽やかな動きで突進し、ウェラルドはアンジェリカに延髄斬りを叩き込む。対するアンジェリカは、逆に相手に向かって突進し、転がりながら身体の下をすり抜ける。


「むうっ、やるな!」


「今度はわたくしの番ですわ! 戦技、エルボーストーム!」


 素早く立ち上がったアンジェリカは、三角飛びの要領で壁を蹴って跳躍し、ウェラルドに組み付く。肩の上に座り、両足で首を絞めつつ脳天に肘打ちの乱打を見舞う。


 が、ウェラルドの側頭部に生える、上向きに湾曲した角のせいで思ったようにダメージを与えられない。首絞めの方も、相手にとっては大したことはないようだ。


「痒いな。ただ痒いだけだ。娘、それがお前の全力か?」


「くっ、このっ!」


「では教えてやろう。攻撃とはこういうものを言うのだ! オックス・スープレックス!」


 ウェラルドはアンジェリカの脚を掴んで脱出を封じた後、上体を後ろに倒し反り投げを放つ。背中から地面に叩き付けられ、アンジェリカは呻き声を漏らす。


「うう……な、なんという威力……。落ちたのが草原でなければ、死んでいましたわ……」


「ほう、耐えたか。これまで、幾度となくこの技を闇の眷属たちに食らわせてきたが……耐えた者はいなかった。喜ばしいことだ」


 よろめきながら立ち上がるアンジェリカとは対照的に、ウェラルドはゆっくりと上体を起こしながら嬉しそうに独り言を口にする。一筋縄ではいかない……少女はそう悟った。


(これは……以前戦った枢機卿とは比べ物になりませんわね。出し惜しみしていたら、あっという間に炎のストックを使いきってしまいますわ。一気に畳み掛け……倒す!)


 アンジェリカは走り出し、タックルを叩き込もうとする。それを見たウェラルドは両腕を広げ、突進してきた相手を捕まえようと目論む。


「来い!  肉も骨も砕け散る熱き抱擁で迎えてやる!」


「おあいにくさま、わたくしアゼルさま以外の殿方と抱擁をするつもりは全くありませんの!」


「なに……ぐうっ!?」


 途中で体勢を低くし、ウェラルドの腕をかい潜ったアンジェリカは相手の右足に組み付き、地面に引き倒す。そのまま素早く相手の脚を四の字に固め、間接技をかける。


 脚を破壊して機動力を奪い、反撃の足掛かりを作る作戦に出たのだ。全力を込めて脚をロックし、骨をへし折ろうと試みる。


「戦技、フルメタル・レッグロック! さあ、その丸太のような脚をへし折って差し上げますわ!」


「クファファ、考えたな。悪い選択ではない。俺が相手でなければ、の話だがな!」


「くっ、そんな!」


 ウェラルドは馬鹿力を用い、あっさりとロックを外し脱出してしまう。アンジェリカは即座に攻撃方法を切り替え、今度は相手の右足へローキックの連打を見舞う。


「ハッ! テヤッ! たあっ!」


「ぬう……これ以上ダメージが蓄積すれば、俺とて危ういか。なれば、こうするまでよ! ビッグブル・ハンマー!」


「しま……あぐっ!」


 アンジェリカを蹴り飛ばし、壁に叩き付けた後、ウェラルドは両手を合わせ握る。すかさずアンジェリカ目掛けて飛び込み、拳を打ち下ろした。


 凄まじい膂力から放たれた一撃は、容易くアンジェリカの頭を砕きその命を奪う。その様子を見たアゼルは、思わず拳を握り締める。


「アンジェリカさん!」


「う、けほ……。中々効きますわね、これは。でも……まだわたくしは倒れませんわよ!」


 アゼルによって身体に宿った蘇生の炎の力で、アンジェリカはよみがえる。打ちのめされても闘志は消えず、ウェラルドに向かって逆襲の一撃を放った。


「食らいなさい! 戦技、フルメタル・クローズライン!」


「ぐがっ……」


「まだ終わりませんわよ! 戦技、ニー・スタンプ・クラッシュ!」


 相手の喉に向かってラリアットを叩き込み、フラついた隙を突いてさらに追撃を仕掛ける。これまで攻撃を集中させてきたウェラルドの右足を今度こそ破壊すべく、膝を勢いよく踏みつけた。


「ぐうおっ……!」


「これで脚は砕きましたわ。今までやってくれた分、たっぷりお返しさせてもらいますわよ!」


 骨の砕ける鈍い音が響き、ウェラルドはたまらず膝を着く。劣勢を覆したアンジェリカは、散々やられた分のお返しにと猛攻を加える。


「いいぞー! やれー!」


「俺たちの分まで痛めつけちまえ!」


 奈落のすぐ近くまで近寄り、戦いを見守っていた騎士たちはアンジェリカに声援を送る。が、その中に混じりながら戦いの行方を静観していたアゼルだけは、感じ取っていた。


 このままウェラルドが敗れるわけがない。まだ何か、切り札を隠し持っているはずだ、と。当然、それはアンジェリカも同じ。たからこそ、反撃させず倒そうと急いでいるのだ。


「さあ、そろそろトドメを刺して差し上げますわ! わたくしの奥義で、貴方の頭を砕いて差し上げましょう! たやあーっ!」


「ぬうっ!?」


 念のために強化魔法をもう一度かけ、アンジェリカはウェラルドの巨体を遥か上空へ投げ飛ばす。そして、自身も跳躍して後を追い、相手の両腕と首を極める。


 上下が反転したウェラルドをロックし、アンジェリカは地面へと落ちていく。全身全霊、全ての力を込めた奥義で敵を仕留めるために。


「これで終わりですわ! 奥義……夜空流星落としーっ!」


「クファファファファ、素晴らしい技だ。ここまで痛め付けられては、そうは脱出出来ぬな」


「余裕ですわね。いくら地面が草原とはいえど、奥義が決まれば無事では済まないというのに」


「ああ、そうだな。だが! 侮るなよ娘。俺は神……そう易々と、屠ることは叶わぬと知れ! クッショニング・バウンサー・ホーン!」


 落下してくるウェラルドの身体に、変化が起こる。頭部の角が変形し、ヘルメットのような形状になったのだ。その直後、奥義が炸裂したが……。


「な、なんだあ!? あの大男の身体が、跳ねたぞ!」


「一体、どうなってるんだ!?」


 地面に激突した瞬間、まるでゴムまりのようにウェラルドの身体が跳ねたのだ。それを見たアゼルは、ようやく理解した。これこそが、相手の切り札なのだと。


「こ、これは……!?」


「残念だったな、娘。俺は角の形状や固さ、鋭さを自在に変化させることが出来るのだよ。これしきの衝撃ならば……吸収しきるのは容易い!」


 空中に跳ねたウェラルドは、上下を反転させつつ強引にロックを破る。アンジェリカの頭部を掴み、自身の膝に押し当てながら勢いよく地面に着地した。


「すでに脚は回復した。今度はこちらの番だ! さあ、受けてみよ! 頭蓋粉砕刑ーッ!」


「かはっ……」


 着地の衝撃が、ウェラルドの膝を通してアンジェリカに伝わり再び頭蓋骨を粉砕する。それでも、アンジェリカはギリギリで生きていた。なおも立ち上がり、戦おうとする。


「まだ……敗れる、わけには……。アゼルさまの、ためにも!」


「アンジェリカさん、もういいです! ここままじゃ、炎のストックが切れるまでなぶり殺しにされてしまいます! ぼくと交代を……」


「なりませんわ! わたくしは、示さねばなりません。貴方と共に立ち、戦えると……神をも、屠れると!」


 アゼルの言葉を振り切り、アンジェリカは叫ぶ。そんな彼女に、ウェラルドは敬意に満ちた視線を送る。


「その闘志、実に素晴らしい。では、その尽きぬ意思に敬意を表し……我が最大の奥義で葬ってやろう!」


 そう叫ぶと、ウェラルドはアンジェリカを担ぎ上げ、数十メートルもの上空へ飛び上がる。空中で体勢を入れ替え、うつ伏せになったアンジェリカの上に背中からのし掛かった。


「何度生き返ろうとも関係ない。よみがえる度に絶命させるまでよ! 奥義……ラビュリントス・エングレイバー!」


 アンジェリカの両腕を掴み、脱出を封じた状態でウェラルドは落下していく。己の巨体と地面とでアンジェリカを挟み潰し、息の根を絶った。


「アンジェリカさーーーん!!」


「中々の手練れであった。だが、もうこれで終わりだ。生き返ったそばから、潰れて死ぬ。もう、勝敗は決し……!?」


 絶叫するアゼルに、ウェラルドは勝ち誇りながらそう告げる。その直後――巨体が、動いた。そして……少しずつ、持ち上がっていく。


「ふ……ふふ……。困り、ますわね……。このまま、終わるわけにはいきませんのよ……」


「バカな!? 確実にお前の息の根を止めたはずだ! なのに……何故動ける!? 何故闘志が沸き上がるのだ!?」


「そんなの……決まっているじゃ、ありませんの。わたくしは、アゼルさまのお役に立ちたい。例えこの身が砕けても……与えられた務めを! 果たすのがわたくしの使命ですわ!」


「ぐはっ……」


 全身から血を流しながらも、アンジェリカはウェラルドを壁に投げ叩き付ける。アゼルの方を見て笑みを浮かべた後、少女は息を整える。


「わたくしは折れません! 勝利を掴み取るまで……絶対に!」


 そう叫ぶアンジェリカの中で、ついに目覚める。アゼルから伝播した、神を殺す力が。

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