103話―第二の神、降臨

 アゼルとアンジェリカは帝都を離れ、強大な気配を追って北へと空を往く。ボーンバードもまた、魔神の血によって強化されているようだ。


「わっわっわっ、早い早い……。アンジェリカさん、落っこちないようにしっかり掴まっていてくださいね」


「分かりましたわ! こうしてアゼルさまにくっついているので何も問題はありません!」


 一時間もかからない間に、気配を感じた場所に到達することが出来た。たどり着いたのは、帝国北方にそびえる城塞都市、エベルキオン。


 遥か昔、まだアークティカ帝国とイスタリア王国が敵対関係にあった頃に築かれた難攻不落の街。落成以来、北方からの侵攻を幾度となく防いできた。


「……見えてきましたわね、エベルキオンの城郭が。あの街は、別名『青き盾の都』とも呼ばれていますのよ」


「確かに、青色の城壁が凄く綺麗ですね。幸い、気配は街の中にはありませんが……あ、あれは!」


 城塞都市に近付くにつれ、アゼルたちは街の外……城郭付近の平野で起こっている異変に気が付いた。百人近い騎士たちが、一人の大男と戦っていたのだ。


「あいつだ、間違いありません! この気配は、あいつから発せられています!」


「恐らく、あそこで騎士たちと戦っているのが伴神ですわね。……それにしても、本当に大きいですわ。ここからでも、二メートルは越えているように見えますわね」


「そうですね……でも、だからと言って躊躇してはいられません。急いで騎士さんたちを助けないと!」


 騎士たちを助けるべく、アゼルはボーンバードを駆り高速で空を進む。地上へと近付くにつれ、敵の容貌がハッキリと見えてきた。


 右胸から肩にかけてを露出した、トーガと呼ばれる衣を身に付け、頭部には牛のような二つの角を備えた大男。それが、騎士たちを蹴散らしていた。


「進め! 死を恐れるな、何としてでもエベルキオンを守りきるのだ!」


「クファファ、威勢のいいことだ。その勇気、称賛に値する。だが……」


「や、槍が折れた!?」


「俺には効かぬ。お前たちの攻撃はな。さあ、痛み無き死を与えてやろう。『慈悲』の名の元に! オックス・スタンプ!」


 大男は、頑強なひづめを備えた足に力を込め高く飛び上がる。そして、勢いよく地面に着地し、衝撃波を発生させて騎士たちを吹き飛ばした。


 衝撃波を食らった騎士は一撃で命を落とし、骸となって仲間たちの上に降り注ぐ。あまりにも一方的な、恐ろしい虐殺に騎士たちは士気を挫かれてしまう。


「つ、強すぎる……こんなの、勝てるわけがない……」


「ならば背を向けるがよい、小さく弱き者よ。俺が相手をするに相応しい者たちが、現れたからな」


 その時だった。天空から紫色の炎の雨が降り注ぎ、命を落とした騎士たちをよみがえらせていく。驚いた騎士たちが空を見上げると、そこにはいた。


 骨の巨鳥を駆る、骸の鎧を纏う救世主……アゼルが。少年の姿を見た騎士たちは、みな歓声をあげる。千の軍隊に匹敵する心強い援軍が来てくれた、と。


 喜びをあらわにしながら。


「アゼル様だ! アゼル様が来てくださったぞ!」


「おお……神は、我々を見捨ててはいなかった。本当に、よかった……」


 騎士たちは街の方へ下がり、ボーンバードが降り立てるスペースを作る。地へ降りた骨の巨鳥の背から飛び降り、アゼルは大男を睨む。


「……あなたが、堕天神ですね? 大男さん」


「クファファ、いかにも。俺の名はウェラルド。かつての審判神カルーゾ様に仕える伴神が一人。司る神能は『慈悲』なり」


「なるほど、聞いた通りでしたね」


 堕天神の一角、慈悲の神ウェラルドの前に立ちアゼルはそう呟く。低い声で笑いながら、堕天神は一歩足を踏み出す。


「知っているか、俺のことを。ま、だろうと思っていたよ。大魔公と手を組んでいるのだからな」


「ええ。あなたたちに対抗するのに最適な、心強い仲間ですよ」


「クファファ、愚かな。闇の眷属と手を組んだところで、俺たちには勝てぬよ。それを教えてやろう!」


 そう叫ぶと、ウェラルドは数回地面をひづめで掻いた後勢いよく走り出す。それを見たアゼルは、覇骸装を変形させ迎撃しようと試みる。


「チェンジ、重骸装フォートレスモード!」


「フン、ムダよ! その装甲ごと砕いてくれるわ! ヌボア・ブレード!」


 対するウェラルドは上空へ飛び、アゼルを飛び越えつつ身体を捻り、背後から強烈な延髄斬りを叩き込もうとする。アゼルは右腕に装備された大盾を後頭部に回し、攻撃を防ぐ。


 が、ウェラルドの巨体から繰り出される攻撃の威力を殺しきることは出来ず、前のめりに倒れ片膝を着いてしまう。そこへすかさず、伴神は追撃を放つ。


「くうっ……」


「隙アリ! ヌボア・ブレー……」


「おっと、そうはさせませんわよ! 戦技、フルメタル・クローズライン!」


 その時、ボーンバードから飛び降りたアンジェリカが割って入り攻撃を受け止める。強化魔法で己の身体に鋼鉄のような頑強さを付与し、ラリアットで延髄斬りを迎え撃った。


「ほう、これはこれは。中々にいい技だ。娘、お前……相当な手練れだな?」


「これでも、わたくし数多の格闘技を修めていますのよ。何でしたら、その身で味わってみませんこと?」


「クファファファファ、これは面白い! 俺を相手に徒手空拳で挑むか! よかろう、ならば相手をしてやる!」


 挑発するアンジェリカに対し、ウェラルドは大笑いした後跳躍する。アゼルたちから十五メートルほど離れた平地に降り立つと同時に、足を踏み鳴らす。


「さあ、神の力を見せてやろう。出でよ、決闘場デュエルリングよ!」


 すると、地面に変化が起きた。ウェラルドを中心に、正方形をした幅二十メートルほどの光の鎖が浮かび上がった。そこからさらに五メートル離れた場所に、一回り大きなの鎖の輪が現れる。


 そして、二つの鎖の間にある地面が消失し、深い奈落が姿を現した。伴神は腕を組み、不敵な笑みを浮かばせながらアンジェリカに向かって叫ぶ。


「さあ、来るがよい、娘よ! この俺と正々堂々、一対一の決闘と洒落込もうではないか!」


「アンジェリカさん、敵の言うことに素直に従う必要はありませんよ。二人であいつを倒しましょう」


 アゼルは隣に立つ少女にそう声をかけるも、アンジェリカは首を横に振る。どうやら、彼女には彼女なりの考えがあるらしい。


「いえ、ここはわたくしが行きますわ。手合わせして感じましたが、あのウェラルドという者……何かを隠しています。その正体が分からない状態で二人掛かりで挑むのは、危険かと」


「なら、なおさらぼくが行かないと。アンジェリカさんを危険な目に合わせるわけには……」


「いいえ、わたくしが行きます。もし覇骸装に内蔵された武器を失えば、アゼルさまが戦うすべがなくなってしまいますわ。それに、あの決闘場デュエルリングは狭く、二人掛かりでは同士討ちする危険性があります」


「確かに、それはそうですけれど……」


 アンジェリカの言う通り、今のアゼルが仕える武器はブレードクロスボウのみ。前者はリーチの長さが逆に枷となり、後者はそもそもこの状況での使用に滴さない。


 狭い決闘場デュエルリングの中でスケルトンたちを呼び出しても、まともに動けず薙ぎ倒されるのが目に見えている。当然、空中からの攻撃も対策されているだろう。


「それに、相手の手の内を暴き、切り札を失わせられれば、万が一わたくしが敗れたとしても、アゼルさまが磐石の勝利をもぎ取れるはず。勿論、捨て石になるつもりはありませんけれど」


「……分かりました。そこまで言うのなら先鋒は任せます。でも、無茶だけはしないでください。死者蘇生の力があるとはいえ、死の苦しみを何度も味わってほしくはありませんから」


「ええ。わたくしとて、そうそう何度も死にたくはありませんもの。勝ちますわ、必ず……アゼルさまのために!」


 アゼルはアンジェリカの手を取り、十回分の蘇生の力を宿した炎を授ける。炎を身体に染み込ませた後、アンジェリカは勢いをつけて走り出す。


 走り幅跳びの要領で奈落を飛び越え、ウェラルドが待つ決闘場デュエルリングに踏み込む。すると、魔力で出来た薄い壁が出現し、地面を囲んだ。


「よく来た、勇気ある者よ。まずはお前の名を聞いておこうか。墓標に刻むためにな」


「おーっほっほっほっ! これは面白いジョークですわね。名を墓標に刻まれるのは貴方でしてよ、堕天神ウェラルド。ですが、まあいいでしょう。教えて差し上げますわ」


 ひとしきり笑った後、アンジェリカは再度己の身体に強化魔法をかける。全身を巡る炎の暖かさを感じながら、少女は高らかに叫ぶ。己の名を。


「わたくしの名はアンジェリカ・バルトラーズ=フリンド! 邪悪なる神を討つ者ですわ!」

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