102話―紳士再び

 翌日。アゼルたちは宮殿に赴き、皇帝エルフリーデとの謁見を行う。ノルの町を襲った七人の堕天神との邂逅と敗北、魔神との出会い、神殺しの力を得たこと……。


 それらを全部、順序立てて報告する。アゼルの言葉を聞き終えたエルフリーデは、腕を組んだまま難しい顔を浮かべた。


「そう、か。堕天神……まさか、創世の神々の一柱が我らに牙を剥くとは。由々しき事態だな……ガルファランの牙が滅びて安堵していたら、また新たな敵が現れるとはなぁ」


「ですが陛下、幸いにも我々は堕天神に対抗するための手段を手に入れました。ベルドールの七魔神より授けられし神殺しの力……これがあれば、必ずや勝てるはずです」


 ため息を漏らすエルフリーデに、アゼルはそう答える。そんな少年を見ながら、エルフリーデはとうとうと語り始めた。


「……『ベルドールの七魔神』、か。アゼルよ、そちは知っているか? かの魔神たちの神話を」


「……あんまり、知らないです。本人たちとは、その話を聞く前に別れちゃいましたし」


「ふむ。なれば、後学のためにも話して聞かせよう。助力してくれる相手のことを知らぬというのも、無礼であるしな。最も、異界の伝承故に、わらわも全てを知っておるわけではないが」


 楽にしてよいぞ、と告げた後エルフリーデは近くにいた近衛騎士を呼んで何やら耳打ちする。騎士は玉座の間を退出し、少しして一冊の古びた本を持って戻ってきた。


「陛下、それは?」


「この本は様々な大地の神話を纏めたものだ。数多の神話の一節に、記されておる。魔神たちの活躍をしたためた……『魔王戦役』の神話が」


「魔王戦役、ですか。何やら、随分と仰々しい名前ですわね……」


「ああ。書によれば、千年前……ちょうどわらわたちの大地で『炎の聖戦』が行われていた頃、魔神たちもまた、強大な闇の眷属と戦っておったそうだ」


 ペラペラとページをめくりながら、エルフリーデはふむふむと呟く。しばらく無言で本を読み進め、満足したのかパタンと閉じてしまった。


「待たせたな。いや、なかなか読み応えがあってつい熱中してしまった。かいつまんで話すとだな、千年前にグランザームと呼ばれる眷属たちの王がいたそうだ」


「左様。我輩たちが住まう暗域には、十三人の王……『魔戒王』がいる。グランザームはその一角だった、というわけですな」


 その時、玉座の間の中央に闇の塊が出現し、その中からヴェルダンディーが出てきた。まさかの登場に、アゼルは仰天してひっくり返ってしまう。


 すぐにリリンに助け起こされるも、突然のことにアゼルは口をパクパクさせることしか出来ない。ヴェルダンディーは飄々とした態度を崩さす、一礼する。


「久しぶりですな、アゼル殿。こうして会うのは、あの砂漠以来ですな」


「え? え? な、なんで……ヴェルダンディーさんがここに?」


 事態が飲み込めず、その場にいる全員の時が止まる。しばらくして、ようやく我に返った近衛騎士たちが槍を構え、侵入者を取り囲む。


 首から上がランタンになっている不審者が突如として現れたのだから、皇帝を守る者たちとして誠に正しい対応である。……相手は味方だが。


「う、動くな! 怪しい奴め! 貴様、闇の眷属だな!? 名を名乗れ!」


「あいや、我輩はそなたらの敵ではない。そこにいる少年……アゼルの友人だ。とはいえ、名を名乗らぬのも無礼であろう。我輩の名はヴェルダンディー。暗域に住まう魔の貴族の一人なり」


 臨戦態勢の近衛騎士に囲まれてなお、ヴェルダンディーは平然としている。落ち着き払った態度でそう言うと、丁寧な仕草で一礼した。


「……と言っているが、本当なのか? アゼル」


「は、はい。確かにヴェルダンディーさんとは面識があります。悪い人……人? ではないです、はい」


 果たしてヴェルダンディーを『人』にカウントしていいのか、アゼルは一瞬迷ったものの自分の知り合いであることをエルフリーデに告げる。


「む……そうか。ならば、アゼルの言葉を信じるとしよう。お前たち、下がるがよい」


「で、ですが……本当によろしいのですか?」


「ああ。アゼルが信を置く者だ、問題はなかろう」


 エルフリーデに命じられ、近衛騎士たちは戸惑いながらも定位置に戻っていった。闇の塊が消えた後、改めてエルフリーデはヴェルダンディーに声をかける。


「……して、アゼルの友人を名乗る闇の眷属よ。そなた、何の用じゃ?」


「はい、この度我輩めが馳せ参じたのは、友……アゼル殿に危機を知らせるためです」


「危機、ですか?」


 ヴェルダンディーの言葉に不穏なものを感じ取ったアゼルは、そう聞き返す。紳士は頷き、アゼルの方に振り向きながら話し出した。


 今現在の、堕天神たちの動向について。


「今朝早く、創世六神の追討部隊が堕天神二名と遭遇し、戦闘を行ったという報告がありました。しかし……結果は無残にも敗北。千人を越える部隊は、僅か八人を残し全滅したとのことです」


「おいおい、嘘だろ? 千人もいてたった二人にやられたってのかよ」


 あまりにも現実味のない報告に、思わずシャスティはそう口にしてしまう。実際、アゼルやリリン、アンジェリカも信じられない気持ちだった。


 確かに、カルーゾたちの強さは邂逅した時点で感じ取っていたが、追討部隊とて同格の強さがあるはずである。それが、あっさりと敗れるとは思えなかったのだ。


「まあ、無理もありませんな。審判神は創世六神の中でも、最も戦いに長けた戦神としての側面もあります故。その伴神ともなれば、二人だけで追討部隊を壊滅させることも容易いかと」


「……嫌な話だ。それで、その二人とやらの情報はあるのか?」


「勿論ですとも。その二人についてお知らせするべく、我輩が魔神リオの代理で来たのですから」


「む? そのリオは来られぬのか?」


「ええ。現在、重要な仕事を行っていますので。また顔を会わせられるのは、少し先になりましょうな」


 リリンの問いに、ヴェルダンディーはそう答えた。どうやら、アゼルたちとは別の何か重要な事に携わっているらしい。


「では、早速だが敵について教えてもらおう。堕天神どもが、常にアゼルのいる場所に現れるとは限らん。我らとしても、すぐ対応出来るようにしておかねばならぬからな」


「ええ、よいでしょう。今回動いているのはカルーゾ配下の伴神……『慈悲』の権能を司る者と、『闘争』を司る者の二人です。どちらも、かなりの手練れですな」


「慈悲と闘争、か。闘争はともかく、慈悲を司る伴神が戦いに長けるとは……なんたる皮肉だろうなあ」


 追討部隊を壊滅させた二人の伴神について聞いたエルフリーデは、やれやれと言わんばかりにため息をつく。そんな彼女に、紳士はしれっと言葉を返す。


「ま、慈悲と言っても『敵対する者が苦しまずに死ねるようにする』という程度の意味合いしかありませんがな、今回の伴神については」


「で、その二人の名前はもう分かってんのか? ランタンのおっさん」


「お、おっさ……こほん。勿論ですとも。慈悲の伴神の名は、ウェラルド。司る権能とは裏腹に、かなりの巨躯と怪力を誇る者だと、追討部隊の生き残りが言っておりました」


「ほーん、なるほどな。で、もう一人は……!?」


 その時だった。アゼルたちは強大な気配が、大地のどこかに降り立ったのを直感で感じ取った。野望を果たすため、再び攻めてきたのだ。これまでの話に出ていた、堕天神たちが。


「リリンお姉ちゃん、今の気配……」


「ああ。間違いなく、例の伴神どもだろうな。だが、おかしい……ランタン頭の話では、動いているのは二人のはず。もう一人は何者だ?」


 アゼルとリリンは顔を見合わせ、首を捻る。三人目の伴神が密かに活動しているのか、と考えていると、ヴェルダンディーが呟きを漏らした。


 闇の眷属である彼だけが、悟っていたのだ。三つ目の気配は、他の二つとは根本的に違う……言うなれば、自分と同じ。闇の世界に住む者の気配だと。


「……どうやら、思っていたよりも早くようですな」


「へ? ヴェルダンディーさん、それはどういう……」


「いえ、こちらのことです。アゼル殿たちには関係のないこと。さて、此度の襲撃……如何ですかな、三つ目の気配の主の相手、我輩に任せてはもらえませぬか」


「え? いいんですか?」


 紳士の申し出に、アゼルは目を丸くする。しかし、すぐに考えを改めた。堕天神に対抗出来るのは、自分と三人の仲間のみ。そこに戦力が加わるなら、歓迎するべきだと。


「ええ。今回現れた気配は、それぞれ南、北、西と離れた場所にある。神殺しの力を持つ者たちを分散させ、各個撃破しようと目論んでいるのは明白。なれば、我輩も動くべきだ」


「……そうですわね。戦える者が多いのに越したことはありませんわ」


「その通り。我輩は西に現れた者を追う。残りはアゼル殿たちに任せましたぞ」


 そう言うと、ヴェルダンディーは現れた時のように闇の塊を呼び出し、その中に飛び込んでいった。残されたアゼルたちは立ち上がり、皇帝に向けて一礼する。


「陛下、ぼくたちは敵の迎撃に向かいます。北はぼくとアンジェリカさん、南はリリンお姉ちゃんとシャスティお姉ちゃんで対応しようと思います」


「ああ、頼んだぞ、アゼルよ。我々の大地に仇為す者たちを、殲滅するのだ!」


「はい!」


 勇ましく返事をした後、アゼルは仲間を率いて城の外に飛び出す。ボーンバードを二体呼び出し、二手に別れ気配がある場所へと向かう。


「さあ、行きましょうアンジェリカさん! 堕天神討伐、やりますよ!」


「ええ! わたくしも頑張りますわ!」


 リリンたちと別れ、二人は空を往く。新たな刺客との戦いが、始まろうとしていた。

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