105話―咲き誇れ、可能性の花

 投げ付けられたウェラルドは、素早く身体を反転させ壁に足から着地した。そのまま何事もなく地面に降り立つと、ニヤリと笑みを浮かべる。


 ようやく、対等に戦える好敵手が現れた。堕ちた神の顔に浮かぶ笑みには、そんな歓喜の感情が籠められているのだろう。


「クファファファファ! 我が最大の奥義を耐え抜くとは! 忌々しい蘇生の力込みとはいえ、実に素晴らしい! カルーゾ様に従い、堕天した甲斐があったというものだ」


「……? それは、どういう意味ですの?」


「俺を楽しませてくれている礼に話してやろう。俺が堕天した理由をな」


 満身創痍のアンジェリカが思わず尋ねると、ウェラルドは壁に寄りかかり、自身が何故地に降りたのかを話し始める。アンジェリカが回復するまで待ってやるという、傲慢な慈悲も込みだが。


「創世六神には、一人につき四人……補佐として伴神が付く。俺は他の三人とは違い、先代審判神から仕えてきた。正直に言えば、今回の一件でカルーゾ様に味方するつもりはなかった」


「そんな言葉、わたくしたちが信じられるとでも?」


「確かにそうだな。ま、そんなことは別にいい。俺がカルーゾ様に付くことを決めたのは、奴の思想に賛同したからではない。見たくなったのだよ、お前たちの『可能性』を」


「……可能性?」


 アンジェリカが問い返すと、ウェラルドは頷く。寄りかかるのを止め、決闘場デュエルリングの中を歩き回りながら話を続ける。


「そうだ。伴神の任を賜った時から、多くの大地を見てきた。六神に守護され、繁栄する大地。廃棄され、闇の眷属の侵略で滅びていく大地……それらを、何千、何万と」


 そう口にするウェラルドの顔には、なんとも形容し難い表情が浮かんでいた。慈愛、哀しみ、怒り、やるせなさ……それらがない交ぜになっている。


「勇者と讃えられるような者が何十、何百人といる大地でも。上位に位置する闇の眷属に攻められれば、なすすべ無く滅ぼされるのがこれまでの常識だった。だが……それが変わった。変わったのだよ」


「その変化が、ベルドールの七魔神や聖戦の四王たちだ、と?」


「そうだ。彼らの登場以来、変わりはじめている。大地の民の中に、大魔公をも打ち破る力を持った者たちが現れはじめているのだよ。今、この瞬間にも」


 そう口にした途端、ウェラルドの表情が再び歓喜に満ちたものに変わった。心の中では、彼も喜んでいるのだ。大地の民の成長を。


 しかし、それでも彼は選んだ。カルーゾに従い、可能性の芽を摘むことを。アンジェリカには、ウェラルドが何故そうしたのか理解出来なかった。


「……わたくしには、分かりませんわ。あなたは、可能性の芽吹きを喜んでいる。ならば何故、カルーゾに従ったのです」


「俺自身の目で、確かめたかった。大地の民が見せ始めた可能性が、ただの偶然やイレギュラーではなく……真なる成長なのかを。神も、魔も。越える力が本物なのかをな」


「ウェラルド……あなたは……」


 穏やかな声で語るウェラルドには、まさに……『慈悲』を司るに相応しい風格が備わっていた。アンジェリカはどう答えていいのか分からず、目が泳ぐ。


 そんな彼女を見ながら、堕ちた神はフッと笑う。この戦いで、疑問が確信に変わりつつあった。――可能性という名の芽は、花を咲かせつつあると。


「さあ、そろそろおしゃべりは終わりにしよう。お前も、傷が癒えてきただろうしな」


「ええ、おかげさまで。あなたにベキベキにへし折られた全身の骨も、ようやく治りましたわ」


「ならばよし。では再開するとしようか。俺とお前の戦いを! ドリル・ア・ホーンスピアー!」


 そう叫ぶと、ウェラルドは角を変形させ突進する。二つの角は螺旋を描きながら束ねられ、一本の槍となった。狙うは、アンジェリカの心臓だ。


「こちらもやらせていただきますわよ。華麗なる空中殺法で、返り討ちにして差し上げますわ!」


 対するアンジェリカは三角飛びで突進をかわし、相手の背後に回り込む。振り向いたウェラルドの角に、強烈なハイキックを浴びせかけた。


「ぐおっ……」


「おっほほほ! まだ終わりませんわよ。戦技……バタフライ・コンビネーション!」


「むっ……早い!」


「食らいなさいませ! コンビネーション・ワン……バタフライ・エルボー!」


 壁を蹴って縦横無尽に決闘場デュエルリング内を飛び回りつつ、アンジェリカはウェラルドの角へ肘打ちを叩き込む。衝撃で脳が揺れ、ウェラルドはふらつく。


「ぐうっ……!」


「まだ終わりませんわよ! バタフライ・レッグブレード! からの……バタフライ・セントーン!」


 厄介な角を封じるべく、アンジェリカはラッシュを浴びせる。脚を用いたラリアットとヒップドロップを連続で叩き込み、ダメージを蓄積していく。


 が、ウェラルドもこのまま黙ってやられるわけにいかぬと、反撃を行う。またしても角を変化させ、今度は巨大なハサミのような形状にする。


「これ以上はやらせぬぞ! シザーズ・ホーンギロチン!」


「甘いですわね……背中ががら空きですわよ! バタフライ・ニードロップ!」


「ぐあっ!」


 アゼルから託された炎が、アンジェリカに力を与える。振り下ろされた角を避け、ウェラルドの股下をスライディングでくぐり背後に回り込む。


 そして、隙だらけの背中に向かって破壊力抜群のニードロップを炸裂させた。怒涛の逆襲劇を見た騎士たちは、歓声と共にアンジェリカにエールを送る。


「いいぞー! やれー! そのまま倒しちまえー!」


「角をへし折ってやれ! 真っ二つに!」


「アンジェリカさん、頑張って! 相手も疲弊しています、もう少しで勝てますよ!」


 アゼルも騎士たちに混ざり、アンジェリカに声援を飛ばす。愛しの少年をチラッと見た後、アンジェリカは再び殴打や蹴りをウェラルドの角に浴びせる。


「まずい、な……これ以上食らえば、角が砕ける。そうなる前に、終わらせるとしようか! オックス・タックル!」


「受けて立ちますわ。見せて差し上げましょう。あなたたち神が垣間見た、大地の民の可能性を!」


 角を本の形に戻し、ウェラルドは渾身の力を込めて体当たりを放つ。アンジェリカは防御姿勢を取り、真っ向から相手の攻撃を受け止めてみせた。


 凄まじい衝撃で地面が抉れ、アンジェリカの骨が軋む。それでも、彼女は耐えきった。耐えきってみせたのだ。


「これを、耐えるか……」


「耐えてみせますわ、どんな攻撃も。アゼルさまに勝利を捧げるためならば……どれほどの痛みも! わたくしを止めることは出来ませんの! 戦技……閃光シャイニング魔術・ウィザード!」


「ごはっ……!」


 全身に力を込めて弾き返されたウェラルドは、たまらず片膝を着く。勝機を逃すまいと、アンジェリカは強烈な飛び膝蹴りで追撃する。


「まだ終わりませんわよ、ウェラルド!」


「貴様……まさか!」


 勢いは止まらず、相手の膝を蹴って飛び上がり、身体を縦に回転させつつウェラルドの角を掴む。そして、全力を込め……。


「せやああぁぁーっ!!」


 亀裂が走る角を、へし折った。これでもう、頭部を守るものは何もない。必殺の一撃をもって、今度こそトドメを刺すことが出来るだろう。


「我が、角が……」


「今度こそ終わりにしますわ、ウェラルド。この一撃で……あなたを、仕留めてみせます!」


 そう叫ぶと、アンジェリカは壁を蹴って上空へ飛ぶ。十数メートルほど飛び上がった後、片足を真っ直ぐ伸ばし、身体を縦回転させながら落下していく。


「奥義! 裂空雷刃脚ーっ!」


「面白い……その奥義、受けて立つ!」


 避けられるだけの体力が残っていなかったウェラルドは、頭の上で両腕をクロスさせ攻撃を迎え撃つ。凄まじい威力が乗ったかかと落としと、伴神の腕がぶつかり合い……。


 アンジェリカが、打ち勝った。


「せやああぁぁ!!」


「ぐっ……がはあああっ!!!」


 伴神の両腕をへし折り、脳天を砕く音が決闘場デュエルリングに響き渡る。断末魔の叫びをあげ、ウェラルドはゆっくりと崩れ落ちていく。


「見事……だっ、た……」


 絞り出すようにそう口にした後、神は倒れた。戦いの舞台の上で立っているのはただ一人。アンジェリカだ。


「勝て、ましたわね。これで……わたくしの面目も……保て、ましたわ」


 安堵の笑みを浮かべ、アンジェリカはそう呟く。青い空に、歓声がこだました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る