97話―覇者の覚醒

「城の東に迎撃用のバトルフィールドを展開! 敵をそこに引き入れて! 街には絶対に侵入させちゃいけないよ! 民を守るのは僕たちの役目だからね!」


「ハッ、お任せを!」


 敵の襲来を感知したリオは、即座に鎧を纏い配下の騎士団を率いて出撃した。街への攻撃を防ぐべく、城の東にある断崖絶壁の空に巨大な魔法陣を作り出す。


 クイナに連れられ、リリンとシャスティも決戦が行われる舞台であるそこへ向かっていた。リオが放つ強大な魔力を感じ取ったシャスティは、思わず鳥肌が立ってしまう。


「なんつー……とんでもねえ量の魔力だな。ある程度、アストレア様から異界の伝承は聞いてたが……魔神ってのはこんなにやべえのかよ」


「まあね。だてに千年も生きてないよー、拙者たちは。ま、古参組はさらに一万年生きてるけど。……っと、ムダ話してる暇はなさそーだね。上から来るよ、気を付けて!」


 中庭に飛び出た三人の頭上、青空に亀裂が走り空間が切り裂かれる。裂け目の中から、石の身体を持つ灰色のガーゴイルたちが現れ急襲を仕掛けてきた。


「さーて、まずは二人の実力を見せてもらおうかなー。拙者は手出ししないから、好きなように料理してちょ」


「好きなようにと言われてもな……まあよい、ならば派手に暴れるとしよう。ゆくぞシャスティ! ガーゴイルどもを城内に入れてはならぬぞ!」


「ああ、アゼルを守んなきゃならねえからな!」


 己の実力を示しつつ、いまだ目覚めぬアゼルを守り抜く。二つの目的を果たすために、リリンとシャスティはガーゴイルの群れを相手に奮戦する。


 雷の矢が乱れ飛び、重いハンマーが空を切る。三十体はいたはずのガーゴイルたちは、瞬く間に二人によって殲滅されていく。その様子を、クイナはじっと見ていた。


「オラッ、これで最後だ! 戦技、ヘルムクラッシュ!」


「ギギァァッ!!」


「終わったな。なかなかに速く終わらせられたが……どうだ、クイナとやら。私たちの実力は」


 シャスティは最後の一体の頭をカチ割り、ガーゴイルの群れを全滅させた。額に浮かんだ汗を拭いつつ、リリンは得意気にクイナに声をかける、が。


「んー、悪くはないけどもうちょっと手早くやれるかもね。特にキミ……リリンだっけ、魔力の使い方がちょっと雑だねぇ。もっと効率良くやれば、一本の矢で五体はれるよ」


「ははっ、手厳しいな。それじゃあ、シャスティの方はどうなんだ?」


「えーっとね、とにかくパワー任せでガンガン突っ走ってばっかりなのはあんまり良くないかな。周りを巻き込む攻撃が多いし、ちゃんと気を配らないと仲間を巻き込んじゃうよ?」


「なかなか痛いトコ突いてくるな、お前……」


 的確な指摘を受け、リリンとシャスティは苦笑いを浮かべる。その時、三人は強大な殺気を感知した。城の東、迎撃用の魔法陣が敷かれた方向から。


「あらら、ヤバいのが来たね。急いでリオくんと合流しようか。突破されたらまずいからね」


「そうはいかないなぁ、魔神。貴様にはここで死んでもらう!」


 急ぎ本隊と合流しようとする三人の元に、新たな敵が姿を現した。ガーゴイルたちが出てきた亀裂から、筋骨隆々な有翼の悪魔が降り立ったのだ。


 ノコギリのような刃を持つ薙刀を持った悪魔は、クイナたちを見下ろしながらニヤリと笑う。増援のガーゴイルも次々と湧き出し、空を埋め尽くす。


「あやや、デカいのが出てきたねぇ。リオくん何人分あるかな」


「余裕だな、魔神。だがそれもここまでだ。我が主の命により、貴様らにはここで死んでもらうぞ。特に……神殺しの力を得たガキはな」


「……へぇ。なんで闇の眷属が、それを知ってるのかな? 拙者に教えてほしいんだけど」


「誰が言うか! このビーオ様の手で死ぬ貴様に、知る必要はなーい! くたばりやがれ!」


 暗域の者たちが知り得るはずのない情報を持っていることに警戒心を抱き、クイナの顔から笑みが消えた。振り下ろされた薙刀を指二本で受け止めつつ、リリンたちに声をかける。


「二人とも、悪いけどレッスンはここまで。城内に戻って。こいつらの狙いは、君の仲間だよ」


「そうはいかぬわ! ガーゴイルたちよ、こやつらより先に例のガキ見つけ出し殺せ!」


「ギギャアア!!」


「やべっ、追うぞリリン!」


 ガーゴイルのうち、五体がビーオの号令に従い、窓をブチ破り城の中に侵入する。慌てて後を追うシャスティたちを横目に、クイナは指に力を込め薙刀の刃を折り砕く。


「あらよいしょ!」


「ぐっ、流石の怪力……噂に聞いていたがここまでとは!」


「残りの連中は通さないよ、一体もね。あ、でもキミは殺さないから安心して。いろいろ聞きたいことがあるからね……」


「舐めるなよ、魔神! 我が武器は魔力さえあれば何度でも再生するのだ、必ず貴様を切り刻んでやる!」


「やってごらんよ、まともに動けるならね。奥義……天海領域!」


 アゼルを守るため、クイナは一人で敵の軍勢に立ち向かう。その頃、城の一角……客室のベッドで眠りに着いているアゼルに、変化が起きていた。


 深い深い眠りの底にあった意識が、少しずつ覚醒し始めていたのだ。まどろみの中にありながらも、部屋の外の喧騒に気付いたアゼルはぼんやりと思考を巡らせる。


(外が、うるさいな……。何か、あったのかな。リリンお姉ちゃんたちは……どこにいるんだろう)


 そんなことを考えていた矢先、部屋の扉が粉々に破壊され五体のガーゴイルが入ってくる。ビーオに命じられた抹殺対象を発見し、ニヤニヤと笑っていた。


「コイツダナ、間違イナイ。起キテシマウ前ニ、殺シテシマウトスルカ」


「アア。サッキノ女ドモニ追イ付カレルト厄介ダ。サッサト任務ヲコナスゾ」


(さっきの、女ども? まさか……リリンお姉ちゃんたちの、こと? だとしたら……いつまでも、眠っている場合じゃない!)


 ガーゴイルたちの会話を聞き、アゼルの意識が急速に覚醒していく。一体のガーゴイルがベッドに近付き、鋭い爪が生えた手を振り上げる。


「死ネェッ! 神殺シノガキィッ……!? コ、コイツモウ起キテ……!?」


 振り下ろされた腕が、アゼルの身体を無慈悲に引き裂くことはなかった。目を覚ましたアゼルが手を伸ばし、ガーゴイルの腕を掴んで止めたのだ。


「……教えてくれますか? あなたたちはどこの誰で……リリンお姉ちゃんたちに、何をした?」


「ナ、ナンテ力ダ……フ、振リホドケナイ!」


「答えてください。あなたたちは……ぼくの、敵ですね?」


 身体を起こし、ガーゴイルたちを睨み付けながらアゼルはそう問いかける。頑強な石で作られているはずのガーゴイルの腕にヒビが入り、全身に広がっていく。


 その異様な光景を前に、残る四体の闇の眷属たちは動くことが出来ず、呆然と立っていることしか出来ない。


「アアアアア!! コ、コノガキィッ! オ前タチ、見テナイデ助ケ……グギャアアア!!」


「ハッ! シ、死ネェッ、ガキ!」


「……答えてはくれないんですね。なら……」


 悲痛な叫びをあげた後、粉々に砕けてしまった仲間を見たガーゴイルたちは一斉にアゼルへ向かって飛びかかる。アゼルは素早く上に飛び、敵の攻撃を避けた。そして……。


「……自分の目で、確かめますよ。今、何が起こっているのかを」


「グゲアァァッ!!」


「ゴハッ! コンナ、バカナ……」


 体重を乗せて踏みつけを行い、ガーゴイルたちを一気に粉砕し全滅させた。その直後、部屋の中にリリンとシャスティが駆け込んでくる。


「アゼル! 大丈夫か……!? アゼル、ついに……ついに目覚めたのだな?」


「はい。リリンお姉ちゃん、シャスティお姉ちゃん……心配かけてごめんなさい。でも、もうぼくは大丈夫です。ちゃんと……から」


 嬉しそうにしているリリンにそう答えると、アゼルは全身に魔力を流し込む。すると、白い寝間着が覇骸装ガルガゾルテへと変化した。


 部屋の隅にあるコートかけへと歩いていき、アゼルはローブを手に取りマントのように羽織る。その姿には、幼いながらも帝王の風格が備わっていた。


「行こう、お姉ちゃんたち。何が起きているのか……ぼく自身の目で、確かめに行く」


「ああ! 我らも、共に行こう。ふふ、今日は良い日だ。こうして無事、アゼルが目覚めたのだから」


「だな! この難局を乗りきったら……盛大にお祝いしねえとな!」


 歓喜の表情を浮かべ、リリンとシャスティはアゼルに追従し部屋の外に出る。神殺しの力を宿した骸の覇者が今――悪しき者たちに、裁きを下す。

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