98話―並び立つ希望

「こっちだ、アゼル。中庭に出て魔神と合流するぞ」


「はい!」


 覚醒を果たしたアゼルは、リリンたちと共に城の中庭に向かいクイナと合流しようとする。庭に出ると、出入り口のすぐ前にビーオが立っていた。


「わ、ビックリした……こいつも、敵ですね?」


「ああ。だが待て、アゼル。何か様子がおかしい。動く気配がまるでないぞ」


 ビーオに飛びかかろうとするアゼルだったが、異変を感じたリリンに制止される。直後、巨体がゆらゆらと揺れ……ゆっくりと、仰向けに倒れた。


 巨躯によって遮られていた、中庭の景色を見たアゼルたちは思わず絶句してしまう。三十体以上のガーゴイルが、全滅していたのだ。皆、身体をなで斬りにされて。


「およ、もう戻ってきたの。いやー、予想より早くてびっくりしちゃった」


「このガーゴイルたち……全員、あなたが?」


「そだよ。拙者の固有能力……『空斬之御手カラキリノミテ』でみーんなずんばらりんとぶった斬ってあげたのさー。……っと、のんびりしてる場合じゃないや。行こ、増援要請の狼煙が上がってる」


 すでに息絶えているビーオの腹をつんつん蹴りつつ、クイナは東の空を指差す。もくもくと立ち昇る赤色の狼煙が、本隊のピンチを告げていた。


「この気配……なーんかやーな感じ。これは来てるね、多分。堕天神の誰かが」


「だとしたら、急がないと! これ以上……あいつらの好き勝手にはさせません!」


「おっ、頼もしいねぇ~。んじゃ、行こっか!」


「はい!」


 アゼルたちは、本隊の危機を救うため走り出す。リベンジの時が、今……来る。



◇――――――――――――――――――◇



「まだ元気な人たちは負傷した騎士たちを連れて下がって! ここからは僕たちが前衛を務める、撤退を終えた後でいいから、みんなは後衛をお願いね!」


「ハッ、かしこまりました!」


 魔法陣の上では、敵味方入り乱れる激しい戦いが繰り広げられていた。上空に空いた巨大な亀裂から、続々と闇の眷属たちが襲撃してくる。


 これには精鋭たる騎士団も敵わず、損耗が少しずつ拡大し始めていた。リオは負傷者を下がらせつつ、自分を含めた三人の魔神で敵を引き付ける。


「やれやれ、なんともまあ凄い数だね。でも、ま、私たちがいれば問題はない。そうだろう? リオくん、アイージャ」


「そうじゃの、姉上。じゃが……どうにも嫌な気配が近付いてきておる。そやつが来る前に、眷属どもを全滅させておきたいものだのう」


 騎士団に指示を飛ばしているリオの代わりに、二人の人物が最前線で戦っていた。一人はアイージャ。もう一人は、巨大な両刃の斧を持った女。


 ベルドールの七魔神の一角、斧の魔神ダンスレイル。フクロウの獣人たる魔神は、戦場を飛び回り敵を屠っていく。


「怯むな! 魔神とはいえ所詮は単騎! 数の暴力で蹂躙してしまえ!」


「さあ、死にたい者からおいで。何者であっても、リオくんや騎士たちに指一本触れさせは……おや? ふふ、なかなか頼もしい援軍が来たようだね」


 悪魔の騎士や武装したガーゴイル、漆黒の翼竜を屠って回っていたダンスレイルは、上空から別の気配が急速接近してくることに気付きニヤリと笑う。


 直後、アゼルが魔法陣の上に降り立った。着地と同時に凄まじい冷気の衝撃波が発生し、闇の眷属たちを瞬く間に凍結・粉砕してみせる。


「……こんなにも、大量の敵がいるのですね。なら……全力で仕留めるだけです。チェンジ、剣骸装ブレイダーモード!」


「このガキは、まさか! くっ、お前たち作戦変更だ! こいつを優先して仕留めろ!」


 アゼルは覇骸装を変化させ、魔剣士の形態となる。軍勢を指揮していた眷属の敵将は、最重要抹殺対象の出現に狼狽えつつも命令を下す。


「かかれぇぇぇ!!」


「凄い数ですね……でも、相手にとって不足なし。全員、蹴散らして差し上げます!」


「そうだね。僕も手伝うよ、アゼルくん」


 撤退の援護を終えたリオが前線に復帰し、アゼルの隣に並び立つ。両腕に青いカイトシールドを装着したリオを横目に、アゼルは頷いた。


「ええ。一緒にやりましょう。闇の眷属たちを……一体残らず、倒す! てやああ!!」


「さ、行くよ!」


 二人は同時に走り出し、闇の眷属の群れとぶつかり合う。刃が煌めき、盾が空を切る。アゼルの振るう骨の剣がガーゴイルを両断し、アゼルの持つ盾から杭が放たれ竜の鱗を砕く。


「くっ、こいつらちょこまかと……ぐあっ!」


「そりゃあっ! 戦技、ボーンラッシュブレイド!」


「やるね! 僕も張り切っていくよ! 食らえ! バンカーナックル!」


「グギャアア!!」


 縦横無尽、八面六臂、鎧袖一触。古今東西、絶対強者を形容する言葉が多く生まれてきた。今の彼らは、その全てが当てはまるほどに……一方的な戦いを繰り広げている。


 敗北の二文字など存在しないかの如く、互いに背中を預け屠り続ける。己の前に立つ、愚かな敵対者たちを……一切の慈悲なく、ひたすらに。


「ようやく追い付いたが、これは……ふむ、下手すると私たちが加勢する必要はなさそうだな」


「ああ。にしても、すんげえ張り切ってんな、アゼルの奴。パワー全開! って感じだなぁ」


 一足先に戦場に飛び込んでいったアゼルにリリンたちが追い付いた頃には、すでにあらかた敵の排除が終わっていた。物足りなさそうにシャスティが呟いた、次の瞬間。


 空気が、変わった。


「おやおや。ここまで一方的に殺し尽くされているとは。闇の眷属たちも、下級の者らは本当に雑魚でしかないということか」


「! この声……ベルルゾルク!」


「ごきげんよう、神の敵よ。元気そうで実に……腹立たしい」


 空に空いた亀裂の中から現れたのは、アゼルに辛酸を舐めさせた強敵……『罪罰』を司る伴神――ベルルゾルク。今度こそ裁きを与えんと、戦場に舞い降りたのだ。


「今回の襲撃……あなたの指示ですか?」


「いいや、ワレは指揮してはいない。だが……そんな些細なことはどうでもよい、そうだろう? 忌々しくも、貴様は手にした……いや、手にしてしまった。神殺しの力を」


 ゆっくりと魔法陣の上に降り立ちながら、ベルルゾルクは静かにそう口にする。濃い闇の瘴気を纏い、禍々しさを増したかつての神はニヤリと笑う。


 感じ取っているのだ。つい数日前に相対した時とは違う、アゼルの強さを。魔神の血を飲み、適合し――大地の民では到達し得ない極致へ至ったことを。


「故に、だ。貴様の血肉が神殺しの力に完全に馴染んでしまう前に――滅ぼさねばならぬ。そのために来たのだ。我が主、カルーゾ様より許しを得てな」


「そうですか。でも、残念ですね。あなたの目的が達成されることはありません。何故なら……ぼくがあなたを、逆にここで滅ぼすからです」


「クッ……フッ、ハッハッハハハ!!! 面白い、ワレを滅ぼすときたか! 何が出来る? 今の貴様に得物はない。そんな細い刃で、ワレの首を掻き斬れるとでも?」


「そうですね、確かにちょっと不安ではありますが……不足はないと確信しています。ベルルゾルク、宣言しますよ。あなたに、勝利はないと!」


 互いに相手を睨みながら、二人は舌戦を繰り広げる。その間に、両軍は後ろへ撤退していく。本能で悟っているのだ。逃げねば、死ぬと。


「大きく出たな! よかろう、なれば大言壮語を吐き散らしたことを後悔させてやる。それが貴様への新たな罰だ!」


「罰を与えられるのはあなたの方だ! 身勝手な理由で罪なき人たちを殺したその悪辣さ、天上の神々に代わってぼくが裁く!」


 そう叫んだ後、アゼルとベルルゾルクは同時に走り出す。相手に向かって、真っ直ぐ。伴神へのリベンジが、始まる。

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