96話―蠢く神と魔の陰謀

 アゼルが神殺しの力を授けられていた頃、闇の眷属たちが住まう世界……暗域の片隅にカルーゾの姿があった。密林の奥深く、つたに覆われた家屋の中で瞑想をしている。


「……どうやら、例の末裔は魔神どもと接触したようだな。被造物の分際で神殺しの力を得るとは、生意気な奴らだ」


「あア、私もそう思うヨ。それニ、創世神たちも動きはじめているのだろウ? 君たちを殺すためニ」


 遠く離れた大地の動向を感じ取り、忌々しそうに呟くカルーゾの背後から声がかけられる。声をかけたのは、異常なまでに痩せ細った、背の高い男だった。


 カルーゾは瞑想を終えると、ゆっくりと立ち上がりながら男に答える。


「そのようだな、ジルヴェイド。だが、奴らがここを嗅ぎ付けることは絶対にない。君と私、二人分の魔力を用いて作った結界を張っているからな」


「あア、そうだナ。私としてモ、ここで奴らに乗り込んでこられたら困るのでネ。手は抜かないヨ。……その分、対価はいただくがネ」


 蒼白い顔に薄い笑みを浮かべ、ジルヴェイドと呼ばれた闇の眷属は身に付けているコートの襟を撫でる。もう片方の手を差し出すも、カルーゾに払い除けられた。


「対価はもうくれてやったろう。神族の幼子を四人もな。何の実験に使うかは知らぬが、追加で寄越せとでも言うつもりか?」


「いやいヤ、それは無理だろウ? 今から天上の世界に戻るなド、自殺行為もいいところダ。私が欲しいのはネ、君が持つオーブなのサ。創世六神が持ツ、力の源……それが欲しいんだヨ」


「オーブを、か? フン、少なくとも私が生きている間は無理な話だ。アレには、私の肉体に収まりきらぬ分の神の魔力が宿っている。手放せば、私は死ぬぞ? それはお前も困るだろう?」


 創世六神は一人につき一つ、バレーボールほどの大きさがあるオーブを所有している。それは、神の身ですら余る強大な魔力を収めるための器。


 それを手放すということはすなわち、死を意味しているのだ。当然、野望を胸に秘めるカルーゾはまだ死ぬつもりは毛頭ない。提案を飲めるわけもなかった。


「それもそうだナ。私とテ、君との協力関係がなければここまで大胆には動けないからネ。主を持たぬ大魔公というのハ、本当に大変なものなのだヨ」


「ラ・グーと言ったか、その者に取り立ててもらうための功績が必要なのだろう、お前は。案ずるな、私の野望が叶った暁にはオーブをくれてやる」


「おオ、それは嬉しいネ。俄然やる気が出てきたヨ。それじゃああそうだナ、神どもの追討軍と例の末裔たちの相手ハ、今しばらく私に任せたまエ。君たちは……力を蓄えるといイ。暗域の力を……ネ」


「ああ、そうさせてもらう。神殺しの力を奴らが得たとあらば、我らもそれに対抗するすべを得ねばならん。闇の眷属とやらが常日頃から用いる力、どこまで有用か……楽しみだ」


 協力者との密約を改めて交わしたカルーゾは、ニヤリと笑う。アゼルたちの知らないところで、邪悪な企みが進行していた。



◇――――――――――――――――――◇



「起きねえな、アゼルのやつ。もう三日経つぜ?」


「心配せずとも、もうすぐ目覚めるはずだと言っていたが……本当に目が覚めるのやら。不安しかないな」


 リオの血を授かってから三日、いまだにアゼルは眠り続けていた。アイージャによってシャスティも連れてこられ、合流は果たしたものの事態は進展していない。


 もしかしたら、もうアゼルは目覚めないのではないか。そんな不安が募るなか、リリンたちは今か今かとアゼルが起きるのを心待ちにしていた。


「ってゆーかよ、アンジェリカの奴はどこ行ったんだ? 朝から姿が見えねーが」


「ふむ、そういえば姿が見えぬな。あやつめ、どこに行ったのやら」


「その娘ならねー、訓練所にいるよー。流石にさー、なーんも鍛えないで勝てるほど甘い敵じゃないしねー」


 二人が話をしていると、どこからともなく声が聞こえてくる。そして、客室の一角、ベッドから離れた場所にある壁紙がぺろんと剥がれ、裏から一人の女性が出てきた。


 黒い忍者装束を着た、緑色の肌を持つ女性を見てリリンとシャスティは警戒心をあらわにする。一体いつから、何の目的で潜んでいたのか。それを問い質そうとする。


「貴様、何者だ? いつからそこにいた? まさか、敵の手の者か?」


「事と次第によっちゃあ、タダじゃ済まねえぜ、ゴブリン女!」


「わっわっわっ、待った待った! 拙者は敵じゃないよ、リオくんの奥さんだよ! だからね、にこやかーに、ね? 穏便にいこうよ」


 雷の矢とハンマーを構えるリリンたちを見て、ゴブリンの女性は慌ててそう口にする。敵意を感じなかったため、二人はとりあえず武器を下ろすことにした。


「フン、まあよい。なら、名を名乗れ。敵ではないなら、それくらい出来るだろう?」


「拙者はクイナ! ベルドールの七魔神の一人、牙の魔神だよ!

よっろしくぅー」


 くるりと一回転したあと、クイナはビシッと決めポーズを取りつつ自己紹介をする。そんな彼女本人にあまり興味がないらしく、シャスティはあくびをしていた。


「ふーん。で、その牙の魔神さんが何の用だってんだ?」


「ありゃ、つれないねー。いやさ、君らカルーゾたちと戦うんしょ? リオくんから聞いたよ。なら、拙者たちが鍛えてあげようと思ってさー」


「鍛える、だと? お前たちがか?」


「そうだよ。神殺しの力を手に入れても、楽に勝てる相手じゃないからねー、連中は。その子が起きるまで、暇っしょ? なら、時間は有意義に使った方がいいじゃん?」


 クイナの言葉に、リリンとシャスティは顔を見合わせる。二人も、神殺しの力を得ただけで簡単に敵を蹴散らせるようになるとは考えていなかった。


 心身を鍛え、強くならねばならない。アゼルの足を引っ張るような醜態を晒してしまわないように、一騎当千の強者にならなければならないのだ。


「ふむ……。まあ、一理あるな。だが、お前は強いのか? 言ってはなんだが、あまり強そうには見えんが」


「ああ。なんか弱っちそ……!?」


「あはは、嫌だなぁ。これでも、千年前の『魔王戦役』で大活躍したんだよ? ……弱いわけ、ないじゃん?」


 一瞬。まばたきをする間に、クイナはリリンとシャスティの背後に立っていた。そこそこ距離があったのにも関わらず、足音一つ立てることなく。


 首筋に刃物のように冷たいクイナの指がそっと当てられ、リリンたちは心臓を鷲掴みにされたかのような錯覚を覚える。それと同時に、直感で理解した。


 ――この女は、自分たちよりも遥かに強い、と。


「……ふっ、冷や汗が出たわ。なるほど、今の速度……お前、その気になれば私たちを殺せていたな?」


「もちろん。そんなことはしないけどね。もしやったら、リオくんに嫌われちゃうし。で、どうする? 拙者たちはいつでも……」


 その時だった。城の中に、緊急事態を知らせる鐘の音が鳴り響く。何者かが、グランゼレイド城へ攻めてきたのだ。


「おいおい、なんだよこの鐘の音はよ。まさかとは思うがよぉ……また来やがったのか? リリンの言ってた堕天神って奴らが」


「さあねー。でもまあ、このタイミングでやって来たってことは……そういうことだろうね。ちょうどいいや! 実戦で君たちを鍛えてあげるよ。ほらほら、行くよ!」


「わ、待て! 腕を引っ張るな、腕を!」


 クイナはリリンとシャスティを連れ、勢いよく客室を飛び出していく。襲撃してきた者たちを撃退しつつ、二人の実力を測れて一石二鳥……とばかりに、にこやかに笑いながら。

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