94話―魔神たちのセカイ

「ふむ……なかなかに興味深いものじゃった。死者の蘇生……この目で見れて満足じゃのう」


 一時間後、ノルの住民たちの蘇生を完了させたアゼルを見ながら、アイージャはそう呟く。崩れた瓦礫の上に座っていた彼女は、すっと立ち上がる。


「さて、これでもう用は済んだであろ。はよう行くぞ。時間をムダにするのは惜しいからのう」


「はい、魔法石で帝国軍への連絡もしましたし……いつでも行けますよ。あ、でもちょっと待っててください」


 アンジェリカが持ってきていた魔法石を使い、アゼルはこれまでに起きた出来事をアシュロンに伝え、救援要請を行った。やるべき事を全て終え、いつでも町を出られる。


「よし、他の者たちも用意はいいな? では、行くとしようかのう」


「ちょっと待て。私たちはどこへ行くのだ。そもそも、お前を信用してもよいのか? 私には、お前が胡散臭く思えて仕方ないのだがな」


「ほっ、これはこれは。危ないとこを救ってやったというのに、随分な物言いじゃのう。お主、妾を誰と心得る? 先代盾の魔神アイージャであるぞ」


 不信感をあらわにするリリンに、アイージャは耳を逆立てながらドスの利いた声で圧をかける。そんなものはどこ吹く風とばかりに、リリンは鼻で笑う。


「ハッ、知らんなそんな者は。だが、まあいい。お前がアゼルの手助けをしてくれると言うのなら、今は信じよう。だが、もし騙していたなら……覚悟はしておけ」


「……いちいち癪に障る奴じゃの。昔戦った魔王軍の奴らを思い出すわい。まあよい、さっさと行くぞ。妾たちの住まう大地にな。バリアス、準備はよいぞ!」


 一触即発の空気になるも、何とか怒りをこらえアイージャは右手を頭上に掲げる。すると、青色の光の柱がアゼルたちに向かって落ちてきた。


 逃げる間もなく目映い光に包まれ、アゼルたちは思わず目を閉じてしまう。しばらくして、アイージャから声がかけられる。


「着いたぞ。もう目を開けても平気じゃ」


「わっ、凄い……街が、空に浮かんでる!」


 恐る恐る目を開けたアゼルたちが見たのは、どこまでも広がる青空だった。天空に浮かぶ街の端、格納庫らしき場所のテラスにアゼルたちはいた。


 足元はクリアガラスになっており、雲海を一望することが出来る。呆気に取られているアゼルを、アイージャがしっぽで突っついてくる。


「ほれ、いつまで呆けておるつもりじゃ。はよう行くぞ。妾たちの居城にな」


「お城、ですの?」


「当たり前じゃ。偉大なる魔神が、そこらの平屋に住んどるわけなかろ。さ、着いてくるがよい。離れるでないぞ? 迷子になるでな」


 そう言うと、アイージャは先頭に立ち歩き出す。アゼルたちを連れ、人気のない格納庫を出て街の中に出る。大通りは人々で賑わい、活気に満ちていた。


「わあ、大きな建物がいっぱい……なんだか、目が回りそうです」


「ほほほ、凄かろう? 何しろ、ここは神聖ヴェルドラージュ帝国の首都じゃからの。この大地……キュリア=サンクタラムで最も発展した街じゃよ」


 天を衝く高層住宅を見上げ感嘆するアゼルに、アイージャは得意そうに話しつつ先へ進む。しばらく大通りを進むと、住宅地が終わり視界が開ける。


 通りの終わりには上がった状態の跳ね橋が接続されており、その向こう側に大きな漆黒の城が見えた。堅牢そうな城壁と二重の深い掘りに囲まれ、物々しい雰囲気を漂わせている。


「随分とまあ……大きなお城ですわね。それに、とても美しいですわ」


「ここが妾たちの住まう城、グランゼレイド城じゃ。さ、入ろうかの。……それにしても、お主は妾の仲間にそっくりじゃの……話し方が」


「あら、わたくしと似たような口調の方がいらっしゃいますの?」


「うむ。ま、後で会えるじゃろ。さて、ここからひとっ飛びするぞ。時間が惜しいのでな! 開け、界門の盾!」


 アイージャが叫ぶと、一行の目の前に丸い盾が現れた。門のように真ん中から左右に開き、盾の向こう側には城の中庭が映っている。


 どうやら、跳ね橋を降ろして向こう岸へ渡るのが面倒くさくなったようだ。アイージャに連れられ、アゼルたちは盾をくぐり城の中庭に入る。


「この盾、如何様な魔法原理が働いているのだ……? 空間同士を繋ぐなど、そう簡単に出来ることではないぞ……」


「ほっほっ、我が最愛の夫に出来ぬことなど何もないわ。さ、応接間に行くとしよう。そこで今後についての詳しい話をするでのう」


 ブツブツと呟くリリンに、アイージャは得意気に語った後先へ進む。城内に進み、一階にある応接間に入ると対面しているソファの片方にアゼルたちを座らせ、反対側のソファに自分が座る。


「さて。お主らも味わったであろう、神の力を。きゃつらは大地の民では殺せぬのだ。アゼルと言ったか、そなたが闇寧神の力を持っていようがその理は変わらぬ」


「そんな……」


「では何か? 私たちに指を咥えて故郷の世界が滅びるのを受け入れろ、とでも言うのか?」


 バッサリと言われ、しゅんとしてしまうアゼルの肩を抱きつつリリンはアイージャを睨む。そんな彼女に、アイージャは首を横に振り話を続ける。


「たわけ。誰もそうは言うておらぬじゃろうが。お主らがカルーゾたちを倒す方法も、なくはない。神殺しの力を得ればよいのじゃよ」


「そんな方法、ありますの? にわかには信じられませんわ」


「無論、あるとも。妾たち魔神の血を飲むのじゃ」


「ち、血をですか!?」


 アイージャの言葉に、アゼルは仰天してしまう。リリンは疑わしげな視線を送り、顔をしかめながら腕と脚を組む。到底、信じられる話ではなかったらしい。


「何を世迷い言を。そんな話、信じられるものか」


「ホッ?愚かな。妾たちは魔『神』ぞ? 遥か昔、妾たちの始祖は偉大な功績を認められ神に等しい存在へと昇格プロモーションを果たした。故に、備えておるのじゃよ。神殺しの力を」


「そういえば、幼い頃に異界の伝記を読んだことがあります。よく覚えていませんが、七人の魔神が、異神と呼ばれる邪悪な神々と戦い滅ぼした……というようなことが記されていましたわ」


「待て。仮にアンジェリカの言った事が本当だとするならば、だ。お前たち魔神がカルーゾたちを直接始末すればいいだけの話ではないのか?」


 話し合いの途中、リリンが当然の疑問を投げ掛ける。それを聞いたアイージャは、小バカにするような笑みを浮かべフッと息を吐いた。


「妾たちはのう、侵略されている大地に戦える者がおらん時しか全面的に協力しないと決めておるのじゃよ。そうでないと、わたちに依存してしまう。それは大地の独立性の観点から見て良くないのだ」


「戦える者……つまり、ぼくたちの事ですね?」


「左様。お主らは方法さえあれば神を殺せる。じゃから、妾たちは力を授けるだけ。これでも忙しいのじゃぞ? 何しろ、数多の大地が闇の眷属どもの脅威に晒されておる。その全ての面倒を見ねばならぬのでな」


 そこまで言うと、アイージャの耳がへにゃりとへたれる。多忙な毎日を思い出し、嫌気が差したのだろう。リリンは渋々ながらも、彼女の弁に納得したようだ。


「なるほど。なら話は早い。その神殺しの力、私たちに寄越せ。そのためにここに連れてきたんだろう?」


「無論そのつもりじゃよ。じゃが、神殺しの力を授けるにはとても濃い魔神の血が要る。旧魔神たる妾の血では、そこまでの濃度を出せん。故に、現役の魔神の血をやろう」


「現役の……ですか?」


「うむ。ついて参れ。次は皇帝のいる玉座の間へ行く。今日は確か……いるはずじゃからの」


 最後に不安になるようなことをボソッと呟いた後、アイージャは立ち上がる。本当に大丈夫なのだろうか、と内心不安になりつつも、アゼルたちは後に続く。


 彼女らの力を借りる以外には、カルーゾ一味に対抗するすべはない。それが分かっているからこそ、不信感が強いリリンも従っているのだ。


「……で、私たちは誰から血を貰うのだ? それくらいは教えてくれてもいいだろう?」


「ああ、そうじゃの。教えてやるとしようか。血を提供するのは、この国の永世皇帝……現盾の魔神、リオ・アイギストス。妾の夫でもある」


「リオさん、かぁ……どんな人なんでしょう……」


 名前を聞いたアゼルは、なんとなーくであるがひげ面の偉丈夫を想像する。永世皇帝というとんでもない肩書きの持ち主なのだから、さぞかし威厳のある大男なのだろう……と。


「フッ、それは対面してのお楽しみよ。精々、腰を抜かさんようにしておくことじゃ」


 そんなアゼルを見て、アイージャはほくそ笑む。運命の出会いが、アゼルたちを待っている。

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