93話―越えられぬ理の壁
「そんな……攻撃が、効いてない!?」
「ククク。どうした? 貴様の渾身の一撃はこの程度か?」
アゼルの放った一撃は、確かにベルルゾルクにクリーンヒットした。しかし、相手の身体どころか、鎧にすら傷を付けることが出来なかったのだ。
「ど、どうして……」
「クハハハ! そもそも、貴様たち大地の民は創世六神によって創られた存在だ。被造物が造物主を傷付けられるように創る……そんな愚かなことを、神々がすると思うか?」
「本当にそうなのか、確かめてあげますよ!」
露出している首筋に斧の刃が当たっていてなお余裕なベルルゾルクは、そう口にして笑う。対するアゼルは啖呵を切り、一旦距離を放す。
それと同時に、カルーゾたちも上空へと飛んでいった。どうやら、アゼルたちの相手をベルルゾルクに任せて高みの見物と決め込んだらしい。
「斧が効かぬのなら、雷はどうだ? サンダラル・アロー!」
「ほう、貴様は魔術師か。だが……効かぬな、こんなものは」
「くっ、これもダメか!」
「二人とも、掴まってください! 斧も雷も効かないなら……このまま突撃します!」
アゼルの代わりにリリンが雷の矢を放つも、ベルルゾルクには全く効かなかった。それを見てもめげず、アゼルはボーンバードを加速させ体当たりを敢行する。
しかし……。
「何度試してもムダだ。貴様ら大地の民では、我ら神を傷付けることは叶わぬ!」
「そ、そんな……。でも、諦めるわけには! ぼくにはまだ、奥の手がある。瞳に宿る神の力よ、ぼくに力を! 食らえ! ジオフリーズ!」
ボーンバードの渾身の体当たりですら、ベルルゾルクの身体に傷を付けるどころか身じろぎさせることすら出来なかった。そろでも、アゼルは諦めない。
左目に宿る闇寧神の力を呼び覚まし、凍骨の大斧を掲げ猛吹雪を巻き起こす。地上の火災が見る間に消えていき、ベルルゾルクにも多少は効いているようだ。
「くっ……なるほど。貴様は神の力を宿しているのか」
「アゼルさま、効き目があるようですわ! もっと吹雪をぶつければ、相手を倒すことも……」
「思い上がるなよ、小娘。この程度、どれほど浴びようと凍傷にもならぬわ! パニッシュメント・スピアー!」
「おっと! でも、少しは効いた。つまり、神の力を宿したまま斧で攻撃すれば……!」
再度ベルルゾルクの手のひらから発射された槍をかわし、少し距離を離したアゼルは凍骨の大斧に神の力を流し込む。そして、勢いよく腕を振り上げる。
「援護するぞ、アゼルよ! バイドチェーン!」
「ほう、拘束の魔法か。面白い、その一撃で私を傷付けられるか見せてもらおうか」
「どこまでも上から目線とは……イラつく奴だ。アゼル、容赦などするな! 全力でかましてやれ!」
「はい! てやああーー!!」
直接心身を傷付ける攻撃以外は効くようで、リリンによる拘束魔法でベルルゾルクは動きを止められる。そこへ、神の力を宿した大斧の一撃が放たれた。
「やれやれ、遊ぶのも飽きてきたな。そろそろいい気にさせるのは終わりにするとしようか。いい加減、絶望というものを味わわせねばな!」
「なっ!? こいつ、バイドチェーンを砕いただと!?」
「ああっ! 斧が掴まれてしまいましたわ!」
が、ベルルゾルクは自身を縛る鎖を自力で砕いて斧を受け止めてしまった。アゼルは斧を引き戻そうとするも、刃を掴まれて動かすことが出来ない。
その様子を、上空からカルーゾたちが見下ろしながらせせら笑う。決して脅かされることのない絶対者としての余裕が、彼らにはあった。
「このっ、放しなさい!」
「それは出来ぬ相談だな。さあ、まずは最初の絶望を味わえ。得物を奪われ、なぶり殺しにされる絶望を、なぁ!」
「!? 斧の刃に、ヒビが……」
ベルルゾルクが力を込めると、少しずつ凍骨の大斧の刃に亀裂が広がっていく。アゼルはボーンバードごと暴れ、手を放させようとするも全く意味がなかった。
「むぐぐ!」
「さあ、己の得物に別れを告げるがよい! ゴッドハンド・ブレイカー!」
大いなる者の手から放出された膨大な魔力が、凍骨の大斧の両刃を粉々に砕き柄が残るだけの無残な姿へと変えてしまう。得物を失い、アゼルは呆然としてしまう。
「凍骨の大斧が……」
「く、砕かれてしまいましたわ……」
「そんな……ジェリド様からもらった、武器が……」
「クハハハ! さあ、これでもう丸腰だな。では次の絶望をくれてやる。一人ずつここから地上に叩き落として……!? む、この気配……まさか!」
アゼルたちにトドメを刺そうと、ベルルゾルクが身構えた次の瞬間。どこからともなく、突き刺さるような強く濃い殺気が放たれる。
それに気付いたカルーゾは、ベルルゾルクに向かって叫び声をあげた。
「まずい、下がれベルルゾルク!」
「ハッ……くおっ!?」
ベルルゾルクが後退した直後、アゼルたちの真横に丸い穴が開きそこから円形の
「くっ、パニッシュメント・スピアー!」
「ほう、弾いたか。伴神のクセに、なかなかやるではないか」
手のひらから槍を放ち、円形のソレを弾き落としたベルルゾルクに、尊大な態度で声がかけられる。声の出所は……穴の中だ。直後、穴の中から一人の女性が現れた。
長く伸びた銀色の髪とネコミミが特徴的な、青い鎧を着た女性は穴のすぐ横で呆然としているアゼルたちの方へと顔を向ける。
「ほう、お主らが例の……まあよい、今はそこで見ておれ。よいな?」
「え? あ、はい? えっと、あなたは……ど、どちら様でしょうか?」
「妾か? 妾の名はアイージャ。今は、それだけ知っておればよい。まずは
ピコピコとネコミミを動かしつつ、アイージャは頼もしくそう口にする。そして、右腕を真っ直ぐ横に伸ばす。すると、地上に落ちた円形のナニカが飛来してくる。
よく見ると、円形のソレは表面に満月の模様が描かれたラウンドシールドだった。アイージャはゆっくりと振り返り、上空にいるカルーゾを見上げ凛とした声を発する。
「元審判神カルーゾ、そして伴神たちよ! 汝らに捕縛命令が出されておる。大人しく妾と共に神域に戻ってもらうぞ!」
「断る、と言ってもムダなのだろう? なぁ。ベルドールの七魔神が一人……アイージャよ」
「魔神? あの女が……?」
アイージャとカルーゾのやり取りを聞き、アゼルたちは驚きをあらわにする。リリンが呟くと、アイージャは振り向かずに即座に答えた。
「ああ。旧、ではあるがな。まあ、とりあえず……お主ら、これ持っておけ。出でよ、不壊の盾」
「わっ!? この盾、どこから……」
「お主らではあやつらに勝てぬ。だが、それを持っていれば己の身は守れよう。妾の仕事が片付くまで、静観しておれ」
虚空からカイトシールドを三つ作り出し、アイージャはアゼルたちに手渡す。その光景を眺めていたベルルゾルクは、敵意を剥き出しにして襲い掛かろうとするが……。
「ほう? 貴様一人で我ら七人を相手取れると? ふっ、だいぶ見くびられたものだな。逆に貴様を串刺しに……」
「そこまでだ、ベルルゾルク。一旦退くぞ。今回はただの様子見だと事前に言っただろう? 終焉に相応しい宴の用意は、まだ出来ておらぬからな」
「……かしこまりました。カルーゾ様がそうおっしゃられるのであれば、ここは退きましょう」
カルーゾたちはアイージャの相手をせず、そのまま撤退しようとする。そうはさせまいと、アイージャは右腕に装着した盾に魔力を込め、腕を振り抜いた。
「そうはさせぬわ! 唸れ月輪の盾! ムーンサークル・ブーメラン!」
「おぉっと、危ない危ない。また会おう、我らに歯向かう者たちよ。次に会った時は、貴様らを我が裁きの槍で貫いてくれる!」
勢いよく投てきされた盾を避け、ベルルゾルクは不敵な言葉を残しカルーゾたちと共にどこかへ転移していった。アイージャは舌打ちしつつ、戻ってきた盾をキャッチする。
「逃がしたか。これは面倒なことになるのう……っと、こうしておる場合ではないな。もう一つの使命は果たさねば。これ、そこな坊よ」
「え? ぼ、ぼくですか?」
「そうじゃ。お主のこと、ファティマから聞いたぞ。妾と一緒に来てもらおうかの。お主らも、堕天神どもにやられっぱなしではおられぬじゃろ?」
有無を言わさぬ圧をかけつつ、アイージャはアゼルに声をかける。仲間と顔を見合わせた後、アゼルは小さく頷いた。
「構いませんけど……その前に、やらなければならないことがあります。それが終わってからでもいいですか?」
「なんじゃ? 場合によっては拒否するが」
「カルーゾたちに殺された町の人たちを、全員生き返らせてあげたいんです。何の罪もないのに殺されるなんて……そんなのは、許せませんから」
「……ふむ。よかろう、それくらいなら認める。じゃが、手早く頼むぞ。今は一刻を争う事態じゃからの」
「ありがとうございます、アイージャさん」
承諾を得たアゼルは、ボーンバードを駈り降下していく。残骸となった斧の柄を握り締め、悔しそうに顔を歪ませながら。
(堕天神カルーゾ、そして伴神ベルルゾルク……お前たちだけは絶対に許さない。必ず……悪行の報いを受けさせてやる!)
心の中でそう誓いつつ、アゼルは唇を噛み締めるのだった。
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