57話―悪食の神官、襲来

 博物館の外に出たアゼルたちを出迎えたのは、ガルファランの牙に属する弓兵隊の一斉射だった。ロングボウとクロスボウガンの混成部隊が、標的に牙を剥く。


「客どもが出てきましたか。殺しなさい。一人残らずね」


「お任せを、セルトチュラ様! 総員、射て!」


 数十発の矢が放たれ、アゼルたちは身を守ろうとするが……。


「遅いですね。この程度、いなすのは造作もありません」


「なっ!?」


「凄い、あの数の矢を全部叩き落としちゃった……」


 スッと前に進み出たファティマが、メイド服のスカートの中に隠していた大きな布を広げ矢を全て叩き落としてみせたのだ。布は特殊なコーティングを施されているらしく、傷一つない。


「あら、誰かと思えば。ここ最近、我らの同志を潰して回っている不届き者ではありませんか。このような場所にいるとは、随分逃げ足の速いこと」


「ええ、わたくしこう見えて退路を確保するのは得意ですので。完璧なる従者として、必須技能ですから」


 叩き落とした矢を足で払いつつ、ファティマはススス……と滑るように前に進む。ジッと敵を見つめ、キュイッというキカイ音を鳴らしながら思考を巡らせる。


(敵の数は合計三十七。うち二人はパターン赤……強敵。戦いを始める前に、まずは場所を移さねばなりませんね。ここだと街に被害が出ます)


「何をしている、弓兵ども。奴は動きを止めている。もう一度射て!」


「は、はいっ! 一斉射、射てー!」


「そうはいきませんよ! サモン・ボーンビー! の大群!」


 このまま戦えば無関係な人々に大きな被害が出ると考えたファティマが行動に出ようする直前、セルトチュラの近くに控えていた灼炎の五本槍最後の一人、ボルドールが指示を出す。


 弓兵たちは矢をつがえ、再びファティマ目掛けて一斉射を行おうとする。が、そうはさせまいとアゼルは隠密のメガネを投げ捨てつつ骨のハチの大群を呼び出し、弓兵たちに襲い掛からせた。


「うわっ、なんだこいつら! しっしっ、来るな!」


「いててて、いて、いて! やめろ、執拗に手を狙うな!」


 ボーンビーの群れは弓兵たちの手を狙って針を突き刺し、弓矢を持てないようにしてしまう。攻撃を見事妨害したアゼルの方に振り向き、ファティマは笑った。


「なるほど、面白い戦法をしますね。助力に感謝致します。おかげで、大規模転移用の魔法陣の準備を整え……」


「転移? どこへ? それは困りますね、私の計画が進められないではないですか。ボルドール、ハチを一掃しなさい」


「かしこまりました、セルトチュラ様。邪戦技、ウィングミルストーム!」


 場所を移動されると困るらしく、セルトチュラはボルドールに魔法陣発動を阻止しようと命令を下す。ボルドールは身に付けているローブを脱ぎ去り、背中に生えた大きな翼を広げる。


 そして、凄まじい勢いの突風を巻き起こし、ボーンビーたちを吹き飛ばしてしまった。


「この街の……いえ、この国を崩壊させる絶好のチャンスを逃すわけにはいきません。さあ、使えないクズども。あなたたちは私の糧として人生を全うしなさい?」


「おい、あいつ何をするつもりだ? アタシらも逃げた方がいいんじゃ……」


「そうですわね、ここは一旦……!? な、なんですの!? 地面が!」


 手を負傷し、使い物にならないと判断した弓兵たちに冷たくそう言い放った後、セルトチュラは禍々しい魔力を放出し始める。何か良くないことが起きる。


 そう考え、シャスティたちは後ろへ下がろうとするも、それより早く異変が始まった。地面が波打ち、あちこちに裂け目が現れ出したのだ。


「これは……! 皆様、こちらへ! 魔法陣の上に避難を!」


「は、はい! 皆、行きましょう!」


 アゼルたちだけでなく、ファティマも異変を感じ取り空中に足場となる魔法陣を作り出す。そこに避難し終えた次の瞬間、地面に出来た裂け目が乱雑に牙が生えた口へ変わった。


「う、うわあああ! た、助けてくれええ!」


「嫌だ、食われたくない! セルトチュラ様、お許し……」


「に、逃げ……うがああっ!」


 弓兵たちは口の中に呑み込まれ、補食されてしまう。許しを請う者も、逃げようとする者も関係なく、全員があっという間に食われていった。


「なんとおぞましい……俺はこんな凄惨な光景、見たことないぞ」


「凄惨? 笑止な。この程度はまだ始まりに過ぎぬ。我が主の計画は、こんなものではないぞ。それを知っているからこそ、この大地に来たのだろう? 青肌の人形よ」


 嫌悪感をあらわにしながら呟くソルディオを嘲笑いつつ、ボルドールはそう口にする。アゼルたちに見つめられるなか、ファティマは首を縦に振った。


「当然でしょう? 二つの魂を融合させる邪法を、創世の神々や我が君が認めるとでも?」


「あら、天上の神々は見る目が全くありませんね。こんなにも素晴らしい力だというのに。この力のおかげで、私は果たせたのですよ? 偉大なる単眼の蛇竜、ラ・グーの末裔との融合を」


「ラ・グーの末裔!?」


 セルトチュラの口から放たれた言葉に、アゼルたちは驚きをあらわにする。そんな彼らを嘲笑いつつ、セルトチュラはさらに言葉を続ける。


「ふふ、子孫を残したのが我らの怨敵たる四王だけだとでも? 愚かな、我らが主ラ・グーもまた、この大地に残したのですよ。子孫たる邪竜を。それこそが……」


「この計画の要でもある悪食の竜、ガズィーゴ様だ」


 次の瞬間、セルトチュラが着ている紫色の方位の胸の部分が盛り上がり、ブチブチと破れていく。そして、漆黒の鱗を持つ竜の頭部が現れた。


「あれが……悪食の竜……」


「なんという禍々しい気配……離れていても凶悪さが伝わってくるぞ」


「……凄く、似ています。この前戦ったビルギットという闇霊ダークレイスと」


 おぞましい竜の頭部を見たシャスティ、ソルディオ、アゼルはそれぞれ感想を口にする。一方、アンジェリカはあまりの禍々しさに絶句し、ファティマは侮蔑の目を相手に向けていた。


「愚かしい。そのような邪法を用いたところで、最後に待つのは破滅のみだというのに」


「貴様、セルトチュラ様を侮辱するか! ならば、グリフォンと融合せし我の力で悪食の竜への贄としてくれるわ!」


「あら、そうはいきません。あなたは邪魔なので……そうですね、この人たちと遊んできてください」


 翼を広げ、飛びかかってくるボルドールを見つつファティマはふっと小バカにしたような笑みを浮かべる。そして、小さな転移用魔法陣を四つ作り出した。


 魔法陣はシャスティ、アンジェリカ、ソルディオ、そしてボルドールの身体に重なり、街の外へと転送を行う。


「きゃっ!? な、なんですの!?」


「あなた方、そちらの鳥モドキと遊んできてあげてください。街の外、湖の一角に魔法陣の足場を作りました。そこで存分に……相手をしてくださいませ」


「おいおい、いきなり言うなよ! ……まあいい。その代わり、アタシらの代わりにアゼルを守れよ! いいな!」


「お任せを。その程度造作もありませんから」


 そのやり取りの後、シャスティたちは転送された。一人残ったアゼルの方を向き、ファティマは頭を下げる。


「申し訳ありません、一人だけ残してしまって。あの者は流石のわたくしでも少々骨が折れそうですので、助力をお願いしたく残っていただきました。頼めますか?」


「分かりました。あの人……セルトチュラの打倒はぼくにとってもやらなければならないこと。牙の奴らにこの国を破壊させるわけにはいきません! なので、全力でお助けします!」


 スケルトンの騎士を四体ほど創り出しつつそう口にするアゼルを見て、ファティマは微笑む。彼の言葉に、己の主を重ね合わせたのだ。


(……なるほど。この子の正義感、とてもよく似ている。敬愛してやまない我が君に)


「お話はもう終わりましたか? わざわざ遺言を残すまで待って差し上げたのですけれど。もうよろしいのなら、そろそろ殺しますね」


 朗らかな口調でえげつないことをのたまいながら、セルトチュラは一歩足を踏み出す。その度に、地面の口から槍のような舌が生えてくる。


「殺す? それは無理ですね。わたくしたちは死にませんよ」


「逆に返り討ちにしてあげます。ヴァシュゴルのように、あなたの野望もここで砕く! 容赦はしません!」


 アゼルとファティマ、二人の戦いが始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る