56話―古き都の観光案内・後編

 大食い大会の会場を後にしたアゼルたちは、ソルディオに案内されミルバレッジ第三層にある炎の聖戦博物館へ来ていた。彼のイチオシスポットだけあり、大勢の客が訪れている。


「おー、すげえ人の数だな。いくら今日が安息日ったって、ちっと多すぎじゃねえのか?」


「そうですね、迷子になっちゃいそうです」


 博物館の中を練り歩く人々を見ながら、シャスティとアゼルはそんな会話を行う。広いエントランスを見回していると、人がたくさんいる理由が分かった。


 正面入り口奥の壁に、『偉大なる末裔誕生記念フェア開催中』と書かれた大きなポスターが下げられていたのである。アゼルの噂を聞き、博物館が便乗したのだ。


「遠く離れた国でもアゼルさまは大人気ですのね! わたくし自分のことのように誇らしいですわ」


「あのポスター、アゼルの顔が描いてあるな。……うん、実物の方が可愛い」


「なんだか、恥ずかしいです……」


 自分の知らないところでデカデカとポスターに似顔絵を描かれていることを知り、アゼルはそう呟く。受け付けで手続きをしていたソルディオが戻り、声をかけてくる。


「待たせたな、さあ行こうか! まずは我が心の太陽、ギャリオン王のブースだ!」


「分かりました。あ、そうだ。シャスティお姉ちゃん、その……」


「ん? なんだ、アゼル」


「……はぐれたら大変なので、あの……手、繋いでいいですか?」


 万が一迷子になり、博物館側に保護されてもアゼルは正体を明かせない。そんなことをすれば、たちまちパニックが起こるのが目に見えているからだ。


 そのため、アゼルはシャスティと手を繋いではぐれてしまわないようにしよう、と考えたのだが……。次の瞬間、シャスティの鼻から鮮血がほとばしった。


「し、シャスティお姉ちゃん!? 大丈夫ですか!?」


「ああ、平気だぜ? アタシは大丈夫だ、ちょっと興奮し過ぎただけだから安心しな? なんなら手を繋ぐどころかおんぶとか抱っこでもいいぞ?」


 スゴクイイ笑顔でそう言いつつ、シャスティは鼻血を拭く。潤んだ上目遣いと控えめなお願いのコンボに、ノックアウトされたらしい。


「ほれ、いいな? こうやってちゃんと握ってるからな? これでもうはぐれることはないからな?」


「ありがとうございます、シャスティお姉ちゃん……でも、ちょっと痛い……」


「……う゛ら゛や゛ま゛し゛い゛て゛す゛わ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」


 しっかりと固くアゼルの手を握り、至福の表情を浮かべるシャスティを横目にアンジェリカは悔しがる。血の涙を流さんばかりにハンカチを噛み締める彼女を見て、アゼルは苦笑する。


「じゃあ、アンジェリカさんも手を繋ぎましょう? ぼく、一度やってみたかったんです。大好きな人たちと手を繋いで、散歩するのを……」


「ああ、天使ですわ……天使がここにおられますわ……」


 あまりにも悔しそうにしているアンジェリカが可哀想になり、アゼルは彼女に救いの手を差し伸べる。そんな彼らを見て、ソルディオは愉快だなぁと呑気に考えていた。



◇――――――――――――――――――◇



「わぁ、凄く大きな像……あれがギャリオン王なんでしょうか」


「うむ。あれこそが聖戦の四王の一人にしてリーダー、『太陽の王』ギャリオンの立像だ! 大理石で出来た高さ十五メートルの巨大像の見応えは凄いだろう!」


 その後、アゼルはシャスティらと仲良く手を繋ぎギャリオン王についての資料が展示されているブースへ入る。巨大立像に出迎えられ、目を丸くして驚く。


「おっ、ここに解説が書いてあるぜ。なになに……『聖なる炎の力を持ったギャリオンは、数多の騎士を従え魔の貴族ラ・グーに挑んだ。その勇姿は多くの人々に希望を与え、団結させた』……か」


「やっぱり、凄いんですね。あ、まだ続きがありますよ。えっと……『ギャリオンは統率力も高く、集団での戦いは敵なしであった。配下の中でも、特に強かったのが暗滅の四騎士と呼ばれる者たちである』……ですって」


 各所に設けられた解説文が記された看板を読みつつ、アゼルたちは奥へと進む。当時の手紙や戦いの様子を描いた絵画、発掘された武具等を見つつ先へ向かう。


 すると、開けたスペースが現れ、今度は四つの小さな騎士たちの立像がアゼルたちを出迎えた。


「あら、この像……もしかして、先ほどの解説文にあった暗滅の四騎士ではございませんこと?」


「そうそう、そうなのだ。あの四人はギャリオン王の腹心として絶対の忠義を誓った最強の騎士たちなのだよ。一説によると、聖戦終結後にギャリオン王から生命の炎の欠片を褒美に与えられたとか」


「へえー……。王様が凄いと、部下の人たちも一流なんですね」


 ソルディオの説明を聞きながら、アゼルは感心したように頷き立像を順番に眺める。像の前には、騎士たちについて記された解説文付きのボードが立っていた。


「えっと、なになに……」


――幼いながらも四騎士の長として戦い抜いた竜人の騎士、『隻腕』ジークベルト。生まれつき左腕がないというハンデにも負けず、竜の膂力を以て闇の眷属を屠れり――


――誇り高き虎の意思を抱く獣人の騎士、『天下無双』ガルガラッド。己の身の丈を越える巨斧を操り、先陣を切って戦い続けた無敗の狩人として名を残す――


――力強さと繊細さを併せ持つオーガの騎士、『弓聖』レミアノール。彼女の矢は嵐の中にあってなお狙いを外さず、敵対する者全てを一射のもと滅したという――


――闇に生き闇を糧とする自動人形オートマトンの騎士、『影の眼』フィムゴーチェ。王の懐刀として、卓越した暗殺の技術を用い魔の貴族の腹心を抹殺した――


「……へえ、みんなすげーんだな。ギャリオンがこんだけつえー部下を持ってたんだから、きっとジェリド王もすんごく強い部下を持ってたんだろうな」


「そうですね、そろそろジェリド王のブースを見に行きましょう。ご先祖様がどんな活躍をしたのか、楽し……わっ、ごめんなさい、大丈夫ですか?」


「いえ、大丈夫ですよ。そちらこそ、お怪我はありませんか?」


 次のブースに移動しようとしたその時、人混みに押し出されたアゼルは手を離してしまい、一人の女性にぶつかってしまう。慌てて謝ると、柔らかい口調でそう返事が返ってくる。


 メイド服を着た青い肌の女性は、そのままアゼルをじっと見つめ、微笑みを浮かべる。


「大丈夫か? わりいな、アゼ……この子に悪気はないんだ、許してやってく……ん? あんた、なに笑ってんだ?」


「ふふ、すいませんね。その少年が、わたくしがお仕えしている方にそっくりだったもので。……ああ、まだ名乗っていませんでしたね。わたくしはファティマ。以後お見知り置きを」


 スカートの裾を摘まみ、優雅な仕草で一礼しつつ女性――ファティマはそう答えた。その名前に何か引っ掛かるものがあったようで、シャスティとアンジェリカは首を捻る。


「ファティマ? どっかで聞いたような名前だな……」


「そうですわね。確か……うーん、思い出せませんわ」


 そんな彼女らを横目に、ファティマはじっとアゼルを見つめ続ける。ずっと見られては流石に気恥ずかしいらしく、アゼルは目を背けてしまう。


「……なるほど。闇寧神の力を宿している者がいると聞いてきましたが、この子でしたか」


「え? お姉さん、今なんて……」


 意味深なファティマの呟きに、アゼルが疑問を投げ掛けた次の瞬間。博物館の外から、大きな爆発音と人々の悲鳴が聞こえてきた。


『御来館の皆様に連絡致します! つい先ほど、ガルファランの牙を名乗る者たちが現れ攻撃を仕掛けてきました! 慌てずに係員の誘導に従い、安全な場所に避難してください!』


「おいおい、マジかよ。あいつらこんなところにも来てやがるのか!」


「みんな、行きましょう! 被害が大きくなる前に敵を鎮圧しないと!」


 切羽詰まった声で館内放送が流れ、すぐさま避難誘導が始まった。アゼルたちは館内を逆走し、外にいる牙の構成員を倒しに行こうとする。


「お待ちください。わたくしも微力ながらお力添えしましょう。こう見えて、武道の心得がありますので」


「おお、そうか! それは助かる。戦力は多い方がいいからな」


「分かりました。ありがとうございます、ファティマさん」


 助力を申し出るファティマにソルディオとアゼルが礼を言うと、青肌のメイドは微笑みを浮かべる。外へ向かう途中、誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いた。


「……ちょうどいい機会ですね。ここで例の少年を見極めさせてもらいましょう。我が君の敵か、そうでないのかを」


 その呟きは、アゼルたちの耳に届くことはなかった。

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