55話―古き都の観光案内・前編

 一方その頃、リリンがカイルと出会っているなどとは知ることもなく、アゼルたちはソルディオの持つ転移石テレポストーンでイスタリア王都、ミルバレッジへ移動していた。


 ヴェールハイム魔法学院から北に百キロは離れた、大きな湖の中心にその街はあった。


「ふわぁぁ……凄いですね、街全体が大きな塔になっているなんて……」


「ああ、そうだろう? この街が建っているガンデルシア湖は、定期的に大雨が降って水かさがとんでもなく増すんだ。そこで、街が水没しないように街をまるっと全部塔の中に収めたわけだ」


 全六階層ある塔の第二層、一般平民たちが暮らすフロアから街の外を眺めつつ、アゼルとソルディオはそんな会話を行う。遥か遠くまで水平線が続き、湖面にはさざ波が立っている。


「へぇー、噂に聞いてたが本当に塔の中にあるんだな、ミルバレッジは。たいしたもんだぜ、よく造ったもんだ」


「わたくしも驚きですわ。ミルバレッジは歴史ある古い街と聞いていましたが……なるほど、納得ですわね。わたくし、こういう街は好きですのよ」


「気に入ってもらえたようでなにより! では、次に俺のお気に入りスポットに案内しよう! が、その前に」


 シャスティとアンジェリカの反応に満足しつつ、街の中心部へ向かおうとするソルディオ。が、何かを思い出したらしく、ごそごそと懐をあさる。


 そして、パーティーグッズの定番である、くるんとカールした口ヒゲとイチゴ鼻付きの派手な赤いメガネを取り出し、アゼルに手渡した。


「あの、ソルディオさん、これは?」


「それはな、一種の認識阻害の魔法がかかった隠密のメガネだ。このテラスエリアは、今は誰もいないが……人が来て貴公の正体がバレると、面倒だろう? それで身分を隠すといい」


「なるほど、確かにこんなとこにアゼルがいるってなったらファンが押し寄せちまうもんな。そうなったらぶらり観光なんてやれねぇし」


「そうですね、ありがたく借りますね」


 一流の冒険者だけあって、ソルディオはなかなか便利な魔法道具を持っているようだ。アゼルはお礼を言い、隠密のメガネをかける。


「シャスティお姉ちゃん、似合ってますか?」


「おー、すげえな。メガネかけた途端、アゼルが見知らぬ可愛いショタになっちまったぜ。これなら、まず正体がバレるこたぁねえな」


「……なんだか不安ですね。本当に大丈夫かな……」


 若干不安を覚えつつも、アゼルたちはソルディオに案内され街の中心部へ向かう。塔の内部に入ると、人々の賑わいが聞こえてくる。


 魔法で作られた疑似太陽によってフロア全域が明るく照らされており、ぽかぽかと身体が暖まる。


「さて、まずは腹ごしらえでもしようか。この近くにな、それはそれは美味くてボリュームがあって安い定食屋があるんだ」


「そうなんですか……それは楽しみ、あ」


「あら、どうなさいましたの? アゼルさ……チラシが貼ってありますわね。なになに……」


 ソルディオおすすめの食堂に向かおうとした直後、アゼルは近くの壁に貼ってあったチラシを見て興味をそそられたようで、気の抜けた声を出す。


 アンジェリカはチラシの内容が気になり、何が書いてあるのか読んでみた。


「ピコーズキッチン主催、ギガ盛りミート丼大食い大会! ですか。三十分以内に完食出来たら賞金が貰えるらしいですわね」


「ふーん、面白そうじゃん。こっから近い場所にあるし、挑戦してみっか!」


 街の一角にある食堂にて、大食い大会が開かれるらしい。やる気満々のシャスティを筆頭に、アゼルたちはチラシに記載されている場所へ向かう。


「わあ、人がいっぱいいますね。みんな、大会参加者なのでしょうか」


「そうみたいだな。よし、早速エントリーしてくるぜ!」


「じゃあ、ぼくも……」


 会場に着くと、すでに十数人の参加者たちがたむろし、大会が始まるのを今か今かと待っていた。アゼル、シャスティ、ソルディオの三人もエントリー手続きをする。


 ちょうど彼ら三人で参加者枠が埋まり、合計十五人のチャレンジャーが出揃う形になった。会場に設置された砂時計付きの大銅鑼をアゼルが眺めていると、声がかけられる。


「アゼルさま、もし食べきれなかった時はわたくしが残りを気合い入れて平らげますので問題はありませんわ。ほどほどに頑張ってくださいませ」


「は、はい。ありがとうございます」


「セコい奴……」


 アゼルの食べ残しをいただくチャンスと言わんばかりに、アンジェリカはそんなことをのたまう。彼女を横目に、シャスティはぼそっと呟く。


 少しして、店の主がコック数名を従え会場にやってきた。コックは皆五段積みの大きなワゴンを押しており、巨大などんぶりが乗っかっている。


「よく来たな、無謀な大食い自慢ども! さあ、三ヶ月に一度、お馴染みピコーズキッチン主催の大食い大会の始まりだぁ!」


「おおー!!」


 店主のオヤジによる口上と、参加者たちの雄叫びが会場に響き渡る。コックたちに案内され、参加者は十五ある机の前に一人ずつ案内されていく。


 そして、彼らの前に巨大などんぶりが置かれた。


「さあ、今回お前らに食ってもらうメニューがこれ! ブラックカルブルの肉と、遥か東方の国から仕入れたコメをふんだんに使ったギガ盛りミート丼だ!」


「わっ、実物を見ると本当に大きい……」


 アゼルたちの前に並べられたどんぶりは、通常のソレの約八倍というとんでもない大きさがあった。目測でも、ボーンビーが軽く百匹近くは入るだろう。


「こいつを三十分以内に完食出来るかな!? もし出来たら、いつも通り賞金として金貨を十枚くれてやるぜ! ただし、完食出来なかったら逆に参加費として金貨を三枚もらう!」


「あー、んなこったろうと思ったぜ。ま、金取らねえとやってけねーだろうし別にいっか。金なら腐るほどあるし」


 店主、ピコーのルール説明を聞きながら、シャスティはそう呟く。教師代行の前金として三百枚も金貨をもらったので、参加費程度の出費は痛くも痒くもないのだ。


 そんななか、完食を目指して気合いを入れているアゼルを見ながら、参加者たちはヒソヒソと小声で話し合い、彼を小バカにする。


「おいおい、あんなちびっこが参加してるぜ? 完食どころか二割も食えなさそうなのによ」


「しかもあの様子だと、朝飯を普通に食ってきてるな。俺なんて三日前から飯抜いてるのに。こりゃ、負けは確定だな」


 アゼルは周囲の声を努めて無視し、どんぶりの蓋を外す。ほかほかと湯気が昇り、秘伝のタレに浸けられたブラックカルブルの肉がこんにちはしてきた。


「わあ、美味しそう……」


「よーし、準備はいいな? 大食い大会、はじめぇ!」


 ピコーはそう叫びつつ、大銅鑼を鳴らす。すると、砂時計がひっくり返り、砂が落ち始める。


「はっはっはっはっ! さあ、食べるとしようか! 俺が真っ先に完食してやろう!」


「……おめー、その兜口元のとこだけ外れるのか……」


(こんな時くらい、兜を脱げばいいのに……)


 豪快に笑いつつ、ソルディオはバケツヘルムの口元の部分をかぽっと取り外す。それを見たシャスティは驚き、アゼルは心の中で突っ込みを入れる。


(……凄い、とっても美味しい! 柔らかくてジューシーなお肉と甘辛いタレが合わさって、いくらでもご飯を食べられちゃいます!)


 ギガ盛りミート丼を食べながら、アゼルは心の中で心底嬉しいそうにそう呟く。先割れスプーンを持つ手が忙しなく動き、もりもり丼を平らげる。


「うぷ、もう無理……俺、限界……」


「ダメだ、もうこれ以上食ったら吐く……り、リタイアだ」


 十分近くが経過した後、アゼルを小バカにしていた者たちを筆頭に数人が早くもリタイアした。ギガ盛りの名は伊達ではなく、大食い自慢な大男たちでもそう簡単には完食出来ない。


「ぐっ、アタシももう無理だ……。このコメってのが、予想以上に腹に溜まりやがる。こんな食材があるとはな……」


 砂が半分ほど落ちた頃、とうとうシャスティも限界を迎えリタイアしてしまう。一方、アゼルの方はすでにギガ盛りミート丼を六割ほど平らげていた。


 恐ろしいことに、全然ペースが落ちておらず、ひたすらに肉とコメをかっ食らっている。小さな身体のどこにこれほどの量が入るのか……皆不思議そうに見守っている。


「す、凄いですわねアゼルさま……。これはもしかすると、完食も有り得るかもしれませんわ!」


「アゼルの奴、意外と大食いなんだな……可愛い。なるほど、これがギャップ萌えってやつか」


「ぬぬぬ……やるな! 俺も負けてはいられん! 気合いだ、気合いだ、気合いだぁぁぁ!!」


 ソルディオはアゼルへの対抗意識を燃やし、負けじと肉とコメを腹の中に押し込んでいく。残り時間が五分を切り、次々に参加者が脱落していくなか二人だけが残った。


「すげえ、あのちびっこまだ根を上げてねえぞ! 今回はみんな完食出来ないかもと思ってたが……こりゃ面白くなってきた!」


「頑張れー、しょうねーん! 完食しておやっさんを驚かしてやれー!」


「バケツの方も負けるなー!」


 わーわーと応援の声が飛び交い、二人のデッドヒートが繰り広げられる。そして……。


「砂が全部落ちたな。よーし、そこまで! 食うのは終わりだ、コック! どんぶりを確認してきてくれ」


「かしこまりました、店長」


 三十分が経過し、コックが完食したかどうかを確認しに赴く。口の周りをタレで汚したアゼルは、誇らしげにどんぶりをコックに見せる。


 コメ粒一粒残さずどんぶりは空っぽになっており、それを見た者たちの拍手喝采が起こる。一方、ソルディオは僅かに間に合わなかったらしく、肉が一枚残っていた。


「ほう、こりゃ凄い! 本当に完食する奴がいるとはな! 料理人としてこんなに嬉しい子たぁないぜ! みんな、坊主を讃えてやれ!」


「すげえな、アゼルの奴本当に完食しやがった……。悔しいが、アタシの負けだ」


「……食べ残しをいただく計画がパァになりまし……あふっ」


「イイトコのお嬢のクセに卑しいな、おめーは!」


 観客や参加者たちから称賛の言葉をかけられるアゼルを見ながら、シャスティはそう口にする。ついでに、残念そうに呟くアンジェリカにチョップを叩き込む。


 こうして、大盛況のうちに大食い大会は幕を下ろし、アゼルは賞金を手に入れたのだった。

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