54話―リリンとカイル

「フン、即席コンビがオレに勝てるとでも? 身の程知らずだなぁ、おい。いいぜ、どれだけ自分が雑魚なのか……思い知らせてやるよ!」


「その言葉、そっくりそのまま返してやろう。アゼルの敵であるならば、容赦はしない。我が雷に焼かれるがよい! サンダラル・アロー!」


 弾丸を全て切り刻み、消滅させていくゾダンに向けてリリンは雷の矢を放つ。ゾダンは一切防御行動を取らず、そのまま直撃するかに思われたが……。


「ムダだぜ。死霊術……ブラッドコントロール!」


「なんだ、奴の鎧が……」


 ゾダンが身に付けている鎧の表面が、ごわごわと不気味に波打ち始める。何が起ころうとしているのか理解出来ていないリリンに、カイルが叫ぶ。


「奴の攻撃が来るぞ! 逃げろ!」


「な……ぬうっ!?」


「おせぇ! 邪戦技、ブラッディドリルランチャー!」


 次の瞬間、鎧の胸の部分から血で出来た巨大なドリル状の槍が出現し、リリン目掛けて勢いよく射出された。ギリギリのところで回避したリリンだが、少し腕にかすってしまう。


 さらに追撃を加えようとするゾダンに対し、カイルは再度弾丸を六発撃って牽制する。弾丸をトマホークと大鉈で叩き落としつつ、不満そうにゾダンは舌打ちする。


「フン、人がせっかく気持ちよーくなぶり殺そうとしてるってのに……邪魔すんじゃねえ! 邪戦技、ブーメラントマホーク!」


「ふっ……当たるか!」


 カイルは素早くゾダンの方へ走り寄り、飛来してくるトマホークをスライディングでかわす。即座に体勢を建て直し、相手の懐に飛び込み至近距離で銃弾を放つ。


「こいつを食らえ! 戦技、ゼロノック・バレット!」


「ぐぶおあっ! ば、バカな……なんてな。そんなもの、痛くも痒くも……」


「うぐっ!?」


「ねえんだよ! ヒャハハハハ!」


 至近距離で放たれた、合計八発弾丸をゾダンは鎧を覆う血で受け止めてみせた。やられたフリをしてカイルをコケにしつつ、相手の襟首を掴んで地面に投げつける。


「くっ、自信家なだけはあるな。だが、奴はすでに霊体になっている。ならば、本体を見つけて叩けば……」


「いや、それは無理だ。ゾダンは数百年に渡り、闇霊ダークレイスとして活動している。その間に力を蓄え、本体から軽く数百メートルは離れて行動出来るように自身を強化してるんだ」


「なんだと? では……どうするのだ? 霊体になっている間は不死身なのだろう? 打つ手がないではないか!」


「ヒヒヒ、その通り。誰もオレを殺すことは出来ねえのよ。例え相手が『魔弾の射手』だろうがな!」


 リリンたちがそんな会話をしている間、手元に戻ってきたトマホークをキャッチしつつゾダンは得意気にそう口にする。本体を叩かねば、いくら霊体を滅ぼしても意味がない。


 何度でも何度でも、標的を抹殺するまで執拗に追い続けてくるのだ。そして、残念なことに……今のリリンとカイルでは、ゾダンを倒す方法はないのだ。


「チッ、抜かったわ。まさかそこまでの怪物だとは……」


「さて、そろそろお遊びは終わりだな。二人ともサクッと殺して終わりに……ん? 誰だ、こんなクソ忙しい時に連絡なんざ寄越すのは」


 ジリジリとリリンたちにゾダンがにじり寄っていく途中、不意に腰から下げた袋が震え始めた。ゾダンは袋から連絡用の魔法石を取り出し、トマホークを投げつつ応答に出る。


「んだよ、ジジイか。今カイルを追い詰めてんだ、邪魔するじゃな……あ? 一度退け? 別件の仕事? 今んなこと言ってる場合じゃ……うおっ!? 今はやめろお前ら!」


「今だ、畳み掛けろ! 戦技、フルバーストスリンガー!」


「よし、任せよ! ミョルズハンマー!」


 リリンたちを弱者と侮り、調子に乗って連絡を始めたのが裏目に出た。二人はせめて逃げるための突破口を開こうと、全力をもって総攻撃を行う。


「よし、ゾダンが消滅した! 今のうちに逃げるぞ!」


「悔しいが、今はそれしか手がない。だが……いつか必ず、奴は倒してやる!」


 十二発の弾丸と凄まじい雷が放たれ、ゾダンをまるごと呑み込んでいく。相手が消滅したのを見届けた二人は、すぐさま全力疾走してその場を後にする。


 お互いの目的地は真逆ではあるものの、ゾダンに追撃された時に備えて二人は一旦イスタリア国内へ退散していく。尻尾を巻いて逃げるのはリリンの性に合わないが、今は仕方ない。


「……チッ、ジジイが余計なことしやがったせいで逃がしちまったじゃねえか。これ以上はオレの行動範囲圏外だし……しゃーねえ、カイルよりもっとデカい案件が来ちまったしな」


 少しして、復活したゾダンがその場に現れる。悪態を吐きながら、本体を安置してある場所へ戻っていく。


「しっかしまあ、そんな急いで対処しなきゃいけない奴なのかねぇ。ファティマとかいう自動人形オートマトンはよ」


 面倒臭そうにそう呟き、ゾダンは闇の霧の中へ消えていった。



◇――――――――――――――――――◇



「……はあ。ここまで来れば、もう追っては来ないだろう。聖堂騎士もいるし」


「だいぶ、遠くまで来たな。しかし、イスタリアに逆戻りしてしまうとは……これでは、旅程が伸びてしまうな」


 国境を抜け、イスタリア最南端の町まで逃げ延びることが出来たリリンとカイルは、噴水のある広場で一息ついていた。しばらくして、カイルが口を開く。


「……なあ。あんた、アゼルって子の仲間なんだろ? 霊体派の連中が、そう話してたぜ」


「だとしたらなんだ? 貴様もアゼルに仇為す者なのか?」


「……いや、その逆さ。オレは……あいつに、償いをしなくちゃいけないんだ」


 そう語るカイルに、リリンは疑いの目を向ける。裏切り者として追われる身ではあれど、カイルは霊体派のネクロマンサー。リリンからすれば、警戒するに越したことはない。


「償い、だと?」


「ああ。オレは……アゼルの、兄だ。と言っても、あいつが産まれる前に家を出ていったから向こうはオレを知らないかもしれないが」


「!? ……そうか、貴様か。貴様がアゼルの、最後に残った肉親か……」


 カイルの言葉に、リリンは思い出す。初めて冒険者ギルド本部に行った時、家族について問うたグランドマスターに対してアゼルが言った一言を。


――……父と母は、ぼくが八歳の時に流行り病で亡くなりました。兄がいたらしいですが……ぼくが生まれる前に、家を出ていってそれきり……――


「ああ。それで……がふっ!? な、何を」


「貴様、よくも今さらアゼルの前に姿を見せようなどと思ったものだな! あの子が私と出会うまでの間、どれだけ苦しんできたか……辛い思いをしてきたかも知らぬクセに!」


 カイルが言葉を続けようとした直後、怒りの鉄拳が飛んだ。座っていたベンチから転げ落ちたカイルに向かって、リリンは憤怒の叫びをあげる。


「あの子は、アゼルはずっと苦しんでいたのだぞ! クズどもに奴隷のように扱われ、その挙げ句に手酷い裏切りを受け死にかけた! その時に貴様は何をしていた? 霊体派の者共と仲良しこよしか? 見下げ果てた奴だ」


「ま、待ってくれ。オレにも、詳しく教えてくれ。アゼルが今までどう暮らしてきたのかを」


「いいだろう。だが、ここではまずい。場所を移すぞ、静かなところにな」


 カップルの痴話ケンカが始まったのかと野次馬が集まり出したため、二人は短時間の休憩が出来る宿へ移動する。そこで、カイルはリリンから聞かされた。


 アゼルが王の後継者となるまで、どれだけ辛く苦しい生活をしてきたのか。グリニオたちにどんな仕打ちを受けながら日々を生きてきたのかを。


「……そんな、そんなことがあったってのかよ。アゼルは……」


「そうだ。あの子のことを何も知らずに償いだなどと抜かすとは片腹痛い。それで? 貴様は何の償いをするためにアゼルに合うつもりなのだ。答えろ」


「……今から、十三年前のことだ。オレとアゼルの一族は、操骨派のネクロマンサーの中でも名門と呼ばれた一族で……ある日、両親とケンカしたんだ」


 リリンに促され、カイルは話し始める。己の過去を。何故家を捨て、闇霊ダークレイスとなったのかを。


「何をケンカしたのだ?」


「ネクロマンサーという職業の今後について、オレと親父で口論になった。当時、まだガキだったオレは霊体派のネクロマンサーにこそ、未来を切り開く力があると本気で信じてた」


「愚かな。ゾダンやらビアトリクやらの連中を見たが、とてもそうは思えん。あんな退廃的な殺人鬼どものどこに未来などあるのだか」


「親父やお袋も、そう言ってオレを止めようとした。でも……当時のオレは聞き分けなかった。親の反対を押しきって、オレは家を飛び出した。闇霊ダークレイスになるために……」


 そう口にした後、カイルはリリンに殴られた頬をさする。唇の端が切れ、僅かに血が滲んでいた。


「……五年経ってから、オレは両親が死んだこと、そしてアゼルが産まれていたことを知った。その時になって、オレはようやく目が覚めたんだ。なんてバカなことをしているんだ、と」


「……なるほど。それで、償いをしようと。くだらぬ、そんなものは全て貴様の自己満足ではないか」


 後悔の言葉を口にするカイルを、リリンは冷ややかな目で見下ろす。そして、嘲笑いながらそう切って捨てた。


「今さら遅い、そんなことは分かってる! 両親の死に目に会えず、アゼルにもいらぬ苦労をさせてしまった。だから……オレは、あいつに会って謝らなければいけないんだ」


 そう口にするカイルの顔には、苦渋の表情が浮かんでいた。そんな彼を見て、リリンは……。


「貴様の言い分はよく分かった。だが、私は貴様を許さない。例えアゼルが許したとしてもな。……私は今、訳あってアゼルと離れている。私が戻るまでに償いを終わらせ消えろ。もし……」


 腕に電撃を纏わせ、リリンは警告する。彼女は決して、カイルを許すことはない。永遠に。


「私が帰還した時に貴様がアゼルの周囲をうろついていたら、容赦なく殺す。それだけ、貴様の罪は重いということを知れ」


 雷の死神は、そう宣告した。

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