53話―それは、偶然にして必然の出会い

 リリンの旅立ちから、二週間が経った。アゼルの代理教師生活も残り半分を切り、別れの時が近付いてくる。生徒たちともだいぶ打ち解けられたが……。


「……」


「アゼルの奴、またぽけーっとしてんな。リリンがいなくなってからずっとこうだぜ」


「それだけ、寂しいのでしょう。リリン先輩は、わたくしたちよりも長い間アゼルさまと共にいましたから」


 何度目かの安息日、リリンのいない寂しさに耐えられなくなったアゼルは、授業棟の屋上で一人たそがれていた。校内に続く階段がある小さなドームの扉の隙間から、シャスティたちがそれを見つめる。


「……お姉ちゃん、どこで何をしてるのかな。道に迷ったりお腹を空かせたりしてないかな。……心配だなぁ。寂しいなぁ」


 どこか遠い空の下にいるリリンの身を案じながら、アゼルは寂しそうにポツリと呟く。長い間苦楽を共にした仲間がいなくなるという状況に、予想以上に参っているらしい。


 アゼル自身そこまで活発な方ではないものの、誰が見ても一目で分かるほどに憔悴しきってしまっていた。ここ数日はあまり授業にも身が入らず、ため息をつくことも多くなった。


「ああ、可哀想なアゼルさま……どうにか元気付けて差し上げたいですわ。でも、どうしたら……」


「そりゃーおめぇ、こんな時にやることっつったら一つしかねえだろうよ。気が済むまで遊びまくって、陰鬱な気持ちをふっ飛ばすのよ!」


「……シャスティ先輩らしいですわね、その意見」


 冷ややかな目で先輩を見るアンジェリカを気にもかけず、シャスティは扉を開けアゼルの元へ走っていく。勢いよく飛び付き、努めて明るく声をかける。


「アーゼルッ! なーにそんな辛気臭い顔してんだよ。ほら、元気出せよ元気」


「わっ、ビックリした……。シャスティお姉ちゃんでしたか、危ないですよ、こんなところで飛び付いてきたら……」


「気にすんな、細かいことは。それよりアゼルよ、今日は安息日だぜ? 授業なんてメンドクセーもんのない、素晴らしい日だ。っつーことで、街に遊びに行くぞ!」


「……そうですね、気分転換にはちょうどいいかもしれません」


 自分の提案をあっさり受け入れたアゼルに、シャスティは少しだけ驚く。てっきり、なにかしら理由をつけて断られると思っていたのだ。


「なんだ、気分が乗らないとか言い出すと思ったのに。ま、素直なのが一番だ! いい子だぜ、アゼル」


「ここでずっとぽけーっとしてても、余計寂しくなるだけですから……。それに、イスタリアにどんな街があるのか、前から少し気になってたので」


「はっはっはっはっ! よぅし、それならこの俺が! 観光ガイドをやってやろうではないか! 遠慮はするな、泥船に乗ったつもりでいろ!」


「おわっ!? てめぇはオレンジバケツ! なんでまだ学院ここにいんだよ!?」


 どこからともなくニョキッと生えてきたソルディオに、アゼルとシャスティは仰天してしまう。そんな二人を気にすることもなく、ソルディオは愉快そうに笑った。


「はっはっはっはっ! いやなに、もうしばらくここでのんびりするのも悪くないと思ってな! 学食を制覇するまではいるつもりだ。っと、そんなことはどうでもいい。街に行くなら、俺が取って置きの場所に連れてってやる! さ、行くぞ!」


「ちょ、ちょっとお待ちくださいませ! わたくしも混ぜてくださいましー!」


 アゼルたちを連れてさっさと外に向かおうとするソルディオに遅れまいと、アンジェリカも慌てて後を追う。学院を離れ、アゼルたちの休暇が始まった。



◇――――――――――――――――――◇



「ぐっ、うう……」


「くそっ、つえぇ……。流石、カイル……オレらみてぇな下級の闇霊ダークレイスじゃ、勝てねえや」


 同時刻、アークティカ帝国とイスタリア王国の国境付近の密林では、小規模な戦闘が行われていた。数人の闇霊ダークレイスが地に転がるなか、二人の人物が対峙する。


「よくもまあ、こんなところまで逃げおおせたな、カイル。だぉが、このオレが追い付いたからにはもう逃げられないぜ」


「チッ、面倒だな……。もう少しでイスタリアに入国出来るっつのに!」


 カイルによって倒された部下たちの血を吸収しつつ、ゾダンはトマホークをバトンのようにくるくる振り回す。少しずつ距離を詰め、一撃で首を刈り取る隙を窺う。


 対して、カイルの方は膝までをすっぽり覆うダークブラウンのマントの中に両腕を仕舞ったまま、ジッとゾダンを見つめ動く素振りを見せない。


「まあ、問答無用に殺してやってもいいんだが、最後に言い訳でも聞いといてやるよ。何でオレらを裏切った、カイル?」


「決まってる。オレは弟の……アゼルのために罪滅ぼしをすると決めた。だからお前たちと決別した……それだけだ」


「なるほどな、だと思ったぜ。その眼帯の下の目、あのガキとそっくり同じだから何かあるんじゃねえかと思ってたが……兄弟だとはな、そこまでは見抜けなかったよ」


 そんな会話を交わしながら、ゾダンは一歩、また一歩と近付いていく。残り2メートル、というところまで進んだところで、続々は歩みを止めた。


「お前、今さら戻れると思ってるのか? 霊体派のネクロマンサーが、世間でどんな評価をされてるか……知らねえわけじゃあねえよな。今ならまだ間に合うぜ、戻れ。そうすりゃ、オレも一緒に長老に頭下げてやる」


「……それは出来ない。オレみたいなクズに出来る罪滅ぼしはたった一つだ。この命を犠牲にしてでも、アゼルに仇為そうとする者たちを陰で排除し続ける。その第一歩が……お前だ、ゾダン!」


 かつての仲間の勧告を振り切り、カイルは攻撃を開始する。マントを跳ね上げ、両腰に下げたホルスターから二つある筒状の物体を引き抜き、相手に先端を向ける。


「ファイア!」


「そうか、やるのか。ならもう、容赦はしねぇ!」


 乾いた発射音と共に筒状の物体から小さな金属の弾が放たれ、ゾダンの額へ向かって猛スピードで飛んでいく。トマホークで弾を叩き落としながら、ゾダンは歩みを再開する。


「相変わらず、面白いよなぁ。その武器、リボルバーっつったか? お前を殺したら、その武器もバラして中身をジックリ観察してやる」


「やれるならやってみろ。『魔弾の射手』カイルを殺せるものならな! 戦技、トリプルスリンガー!」


 素早くバックステップしつつ、カイルは狙いを定める。黒光りするリボルバー拳銃に魔力が込められ、六発の弾丸がゾダンへ向かって放たれた。


「ハッ、ムダなんだよ! そんな速度だけの鉛玉、叩き落としてやら……なにっ!?」


 兜の奥で余裕の笑みを浮かべ、ゾダンはトマホークと大鉈を振るい弾丸を叩き落とそうとする。が、得物が弾丸に触れる直前、それまで真っ直ぐ飛んでいた弾がカーブした。


「ムダ? 違うな。オレの魔弾の軌道は自由自在。我が意のままに飛んでいく。誰一人として、逃げられはしない!」


 変幻自在に飛び回る弾丸を使い、カイルはゾダンを攻撃する。魔力が尽きぬ限り、弾丸の勢いが消えることはない。相手を滅するまで、執念深く追跡し続けるのだ。


「オレはまだ死ねない! アゼルへの贖罪を、かつて決別した両親への償いを果たすまでは!」


「ハッ、それは無理だな。仮にお前がオレをここで殺し生き延びても! もう遅いんだよ! とうの昔に、ガルファランの牙が動いてるからな!」


 トマホークと大鉈を振るい、ゾダンは次々と襲いかかる弾丸を弾きながらそう口にする。何か不吉なものを感じたカイルは、かつての仲間に問う。


「なんだと? どういうことだ、ゾダン。牙の連中は何を企んでいる!」


「知りたいか? 教えて絶望させてやったんだが……いやーな乱入者が来やがったからな、お預けだ」


「なに? 乱にゅ……くっ!」


 次の瞬間。背後から殺気を感じたカイルは、横っ飛びに飛び退く。直後、彼が立っていた場所に雷の矢が突き刺さり、そのまま飛散していった。


「やれやれ。黒水晶のドクロが反応しているから来てみれば……こんなところに闇霊ダークレイスどもがいるとは。見過ごしてはおけん、ここで消しておこうか」


 そんな言葉と共に、アークティカを目指していたリリンが姿を見せる。すでに戦闘体勢に入っており、両腕に電撃を纏わせカイルたちを睨み付ける。


 そんなリリンを見て、カイルは舌打ちをする。一対一ならともかく、三つ巴の状況ではかなり分が悪い。カイルの戦闘スタイルは、誰かと組むことで真価を発揮するのだ。


「お? ほほー、こんなところで出会うたぁな! こりゃなんだ、神の……いや、闇の眷属の思し召し、ってやつか?」


「む? 騎士の方、貴様私を知っているのか?」


「ああ、知ってるぜ。お前ののこともな。スタンピード、っやぁ分かるだろ?」


 挑発するようなゾダンの言葉に、リリンはピクッと眉を吊り上げる。スタンピード……その言葉でリリンは悟った。ヴァシュゴルが引き起こした動乱に、相手が関わっている、と。


「ほう、面白い。では、貴様を倒してアゼルとの関係を吐いてもらおう。お仲間の方も、叩きのめして……」


「待て、オレはあいつの味方じゃあない。あんたが誰かは知らないが……ゾダンを倒すのに協力してくれないか!?」


「断る、と言いたいところだが……何やらワケアリのようだ。よかろう、一時的に手を組んでやる。感謝しろ」


 しばし迷った末、このまま三つ巴の戦いに雪崩れ込むよりは勝率も上がるだろうと判断し、リリンはカイルと手を組むことを決めた。


 勿論、途中で闇討ちしてくるようなことがあれば容赦なく返り討ちにする腹積もりでいるが。


「済まない、恩に着る。オレはカイル、あんたの名は?」


「リリン。今はそれだけ覚えておけ」


「!? ……そうか、分かった。ハハ、これは本当に……神の思し召しかもしれないな」


 そう呟き、カイルはニッと笑う。アゼルたちの知らないところで、運命の出会いと戦いが始まろうとしていた。

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