52話―リリンの決意

 レナスターたちとの戦いの翌日、学院は安息日を迎えいつもとはまた違う活気に包まれていた。生徒たちは街に出たり宿舎でのんびりしたり、思い思いの休暇を楽しむ。


 が、教師たちに休みはないメイディことレナスターの件で緊急の教職員会議が開かれるわ、生徒の保護者やイスタリア王家への事情説明会をしなければならないわ……と多忙を極めていた。


 外様であるアゼルたちは、そうした忙しさとは無縁であった。しかし……。


「……あれからずっと、元気ないですね。リリンお姉ちゃん」


「だなぁ。ま、無理もねえだろ。自分が伝説の王の配下の一人だった、なんて聞かされてもねぇ」


 日がな一日、部屋にこもってボーッとしているリリンを、アゼルはとても心配していた。帰還した後、幻想世界での一部始終を聞き、彼らもリリンの過去を知った。


「……それにしても、驚きましたわね。まさかリリン先輩が、聖戦の四王の一人『闇縛りの姫』エルダ様のお弟子様だったとは」


「どうだかねぇ。仮にそれが本当だとしたら、あいつ千年も生きてることになるんだぜ? 流石にそんなこたぁ有り得ねえだろ」


 休息棟の三階にあるカフェテリアでダベりながら、アンジェリカとシャスティはそんな会話を行う。素直にリリンの話を信じているアンジェリカとは対照的に、シャスティは懐疑的だ。


 実際、千年もの間生き続けるというのは、長い寿命を持つエルフやマーフォーク、自動人形オートマトンといった種族でも不可能なことだ。……通常の大地の民であれば。


「あら、そんなことはありませんわよ。シャスティ先輩もこの学院で学んだのならば、大地歴史学の授業で教わりましたでしょう? こことは違う大地を救った英雄、『ベルドールの七魔神』のことを」


「ああ、そーいやそんな授業やったな……歴史学の授業は小難しくてやってらんねーからいつも寝てたけど」


「ベル……? アンジェリカさん、それってなんです?」


 聞き慣れないフレーズを不思議に思い、アゼルが尋ねる。すると、アンジェリカは気合いを入れて解説を始めた。アゼルに物を教えられるのが嬉しいらしい。


「では、ご説明しますわ。今からちょうど千年前……わたくしたちが住んでいる世界とは別の大地、キュリア=サンクタラムが闇の眷属たちの王に狙われたことがありますの」


「それを救ったのが、さっきこいつが言った『ベルドールの七魔神』って奴らなのさ。そいつらは何万年も、老いることなく今も生きてるってのを昔聞いたぜ」


「ちょっと! せっかくのわたくしの見せ場を取らないでくださいませシャスティ先輩! というか、キッチリ覚えてるじゃありませんの!」


「っせーなぁ。で、お前は続けてこう言いたいんだろ? 聖戦の四王とその配下たちも、七魔神みたいな不老長寿の存在になったんじゃないか、ってよ」


 アンジェリカが言おうとした言葉を先取りし、シャスティが話を進める。いいところを見せようとして失敗し、ふてくされながらもアンジェリカは首を縦に振った。


「……ええ。その魔神たちのように、四王と配下の方たちも神々から特別な力を授けられたのかもしれない、と思いましたの」


「確かに、有り得るかもしれません。ジェリド様も、死者蘇生の力を使って、千年もの間生きていましたから」


 シャスティとアンジェリカの話、そして自身の体験から総合して考えた結果、アゼルはそう結論付けた。リリン千年生存説がにわかに現実味を帯びてきた、その時。


「む、ここにいたかアゼルよ。探していたのだ」


「リリンお姉ちゃん! よかった、実は今……」


「アゼルよ。私から一つ話がある。聞いてくれるか?」


「う、うん」


 いつになく真剣な顔つきをしているリリンに何も言えず、アゼルたちは彼女を加え再び席に座る。少しして、リリンはアゼルたちにあることを告げた。


「……私は一度、アークティカに戻る。霊獣の森にあったガルファランの牙のアジトに、私の記憶を封じているものがあるらしい。それが本当なのか、確かめたいんだ」


「おいおい、今からかよ? こっからアークティカまで戻るってなると、一月以上かかるぜ? せめて、アゼルの仕事が終わるまで待ってからでも……」


「そうしたいのは私も山々だが……第六感が告げているんだ。今行かなければ、もう二度と取り返すことの出来ない大きな過ちを犯してしまう。そんな気がするのだ」


 苦渋の表情を浮かべ、リリンはそう口にする。彼女としても、アゼルが任務を完遂するまで共にいたいという気持ちは強い。しかし、知りたいのだ。


 真実を。己が何者だったのかを。


「……分かりました。しばらくお姉ちゃんとお別れするのは寂しいけれど……そうしたいと言うのなら、ぼくは止めません。それに、本当にお姉ちゃんが伝説の巫女さんなのか、ぼくも知りたいですし」


「すまない、アゼル。なるべく急いで戻るようにする。もし私が戻る前に、またガルファランの牙が襲ってきた時は……守護霊の指輪に祈れ。私の分身が、必ずそなたを助ける」


 寂しさを圧し殺し、自分の旅立ちを認め応援してくれるアゼルに最大の感謝を込め、リリンはそっと少年の額に口付けをする。席を立ち上がり、去ろうとする背中に声がかけられた。


「あん? お前、もう行くのかよ」


「ああ。心の中がざわめいているんだ。急げ、早くしないと大変なことになる、と。すでに旅立ちの支度はしてある。しばしの……別れだ」


 シャスティの問いにそう答えた後、リリンは振り返ることなく口を開く。


「シャスティ、アンジェリカ。私がいない間、アゼルのこと……頼んだぞ。もし何かあったら、電撃を叩き込んでやるからな」


「任せとけ。命に変えてもアゼルは守る。心配すんな」


「はい! わたくしたちにお任せですわ!」


 仲間たちの頼もしい言葉を聞き、リリンはふっと微笑む。これでもう心配性することはないと、カフェテリアを去っていく。その背中に、アゼルが声をかけた。


「いってらっしゃい、リリンお姉ちゃん!」


「ああ。いってくる」


 そして、リリンは学院を後にする。失われた己の記憶を、過去を取り戻すための……長い長い、旅を始めた。



◇――――――――――――――――――◇



「ご報告します、セルトチュラ様。レナスター、グリーチカ及びダルタスが討ち死にしました」


「そう。まあいいさ。で、どうだった? ソウルユニゾレイターの成果は」


 同時刻、イスタリア王国のどこか。無数にあるガルファランの牙のアジトの一つにて、灼炎の五本槍最後の生き残り、ボルドールが報告を行っていた。


 配下のほぼ全てを失ったというのにも関わらず、セルトチュラの感心はソウルユニゾレイターによる融合の成果にのみ向けられていた。そんな上司に、淡々と報告が行われる。


「はい、全くもって問題はありませんでした。融合するモンスターの選択さえ間違えなければ、強大な力を得られることが実証されましてございます」


「そう。それはよかった。なら、ようやく始められるね。ゾダン、君の仲間のおかげでとても助かったよ。感謝する」


「へっ、オレに言うな。オレぁ忙しいんだ、礼言うためだけに呼ばれてる暇ぁねーんだよ」


 ボルドールの報告を受け、満足そうに微笑みつつセルトチュラは顔を横に向ける。自身の隣に立つ闇霊ダークレイス……『八つ裂きの騎士』ゾダンに礼を述べた。


 それに対し、ゾダンはそっけない言葉を返す。何やら、忙しいようだ。


「お仕事ですか。大変ですねぇ、霊体派のネクロマンサーも」


「裏切り者が出やがったからな、見つけ出してぶっ殺さねえといけねぇ。つーわけで、オレたちはもうこれ以上協力出来ねえんで後は勝手にやってくれ」


「ええ。ご協力、感謝します」


 ケッ、と舌打ちした後ゾダンは部屋を後にしようとする。少し歩いた後、何かを思い出したらしくセルトチュラの方へ振り返り、警告を伝えた。


「……ああ、忘れてた。一つ忠告があったんだった」


「なんです?」


「メイド服を着た青い肌の自動人形オートマトンの女……ファティマとかいう名前の奴に気を付けな。ここ最近、あんたらのお仲間のアジトを壊滅させて回ってるようだぜ」


「……そうですか。心に留めておきましょう。では、さようならゾダン」


 警告を伝えた後、今度こそゾダンは牙のアジトを去る。山の中にひっそりと存在する建物を尻目に、目的地へ向かう。


「……気に入らねえ。どうもあの女はヴァシュゴルと違っていけすかねえな。オレらにも内緒で、何をやるつもりだか。まあ、いいや。オレらと敵対しなけりゃなんでも、よ」


 そうボヤいた後、ゾダンは姿を消した。霊体派の裏切り者……アゼルの兄、カイルを抹殺するために。

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