51話―幻想の終焉

 リリンとレナスターの戦いが決着した頃、アゼルとソルディオの戦いもまた終結の時を迎えようとしていた。弱ったツインヘッドドラゴンに、トドメの一撃が放たれる。


「はっはっはっはっ、これで終わりにしてやろう! 戦技、ソル・ブラム・プロージョン!」


「いきますよ、スカルタイタン! 戦技、パンツァーガトリング!」


 ソルディオの作り出した炎の投げ槍がツインヘッドドラゴンの胸に突き刺さり、大爆発を起こす。さらにそこへ、アゼルが呼び出したスカルタイタンの乱打の嵐が叩き込まれる。


「ギガ……アアアァ……」


 アゼルとソルディオ、二人の最大威力を誇る攻撃を叩き込まれたツインヘッドドラゴンは、断末魔の声を残し息絶えた。消滅していく双頭の竜を横目に、二人は勝利を喜ぶ。


「はっはっはっはっ! やったやった! 俺たちの力を合わせれば、勝てない相手はおらん! いや、貴公の力は本当に素晴らしいな!」


「いえ、ソルディオさんがいたからこそ、ほとんど消耗もなく勝てたんですよ。的確にサポートしてくれたから、ぼくも安心して戦えました」


 互いに互いの強さを讃え合いながら、二人は和気あいあいと語り合う。その途中、ソルディオはアゼルが守護霊の指輪を身に付けていることに気付く。


 そして、とある提案をした。


「そういえば、貴公も守護霊の指輪を持っているのだな。実は俺も指輪を持っているんだ。どうだろう、互いの指輪にそれぞれ魔力を込めないか?」


「えっ、ソルディオさんも持ってるんですか?」


「ああ。いつでも好きな時に互いの力を借りられるんだ、悪い話じゃあないだろう?」


「そうですね、いつまでも一緒にいられるわけでもないですし。お言葉に甘えさせてもらいますね」


 ソルディオはごそごそと懐から守護霊の指輪を取り出し、互いの指輪に魔力を込め登録する。これでいつでも、アゼルはソルディオを、ソルディオはアゼルを。


 必要に応じて呼び出すことが可能となった。お互いに、心強い助っ人を得られた形になったが、その直後。異変が二人を襲う。


「な、なんだ!? 地面が揺れて……うおっ!? こ、今度は亀裂が!」


「これは、一体何が……」


 突如として地面が激しく揺れ出し、亀裂が広がっていく。地面のみならず、空もヒビ割れ、亀裂の中から元いたヴェールハイム魔法学院の廊下が見える。


 彼らは知らなかったが、レナスターが倒され落命したことで幻想世界を維持する力がなくなり、崩壊が始まったのだ。


「亀裂の向こうに学院廊下が見えるな。もしや、この中に飛び込めば戻れるのではないか?」


「そうですね、試してみる価値は……」


「そうはいかねえぞ、このクソガキが!!」


 なんとかバランスを保ちつつ、亀裂の向こうに見える景色を見てそんな考察をしていたアゼルたちの元に、憎しみに満ちた声が届く。


 声のした方を見ると、離れた場所に濃い青色のローブと仮面を身に付けた人物を従えたダルタスが立っていた。とうとう、追い付いてきたのだ。


「ダルタスさん……!」


「ぬ? なんだ、知り合いなのか? の割には、剣呑な雰囲気を漂わせているが」


「分かりやすく言うと、あの人は敵です」


「理解した」


 アゼルたちがそんなやり取りをしている間に、ダルタスは先制攻撃を仕掛けようとするも、同行していた人物に手で止められてしまう。


「待て。レナスターが死んだ、この世界はもうじき消滅する。ここに取り残されればもろともに消滅するぞ。一旦退くのだ」


「ああ!? 知るかよ、そんなこと。それまでにアゼルと……あのよく分からないバケツ頭をぶっ殺せばいいだけだろうが!」


「驕るなよ、ダルタス。お前の力はまだ不完全。我と協力したとて、世界崩壊までに奴らを仕留めることは叶わん。ここは退き、後々奴らが油断しているところを不意打ちすればいい」


「そんなまどろっこしいことしてられるか! あいつにはコケにされたんだ、その借りを返さねえと気が済まねえ!」


 タイムリミットが近付いてきていることを気にし、撤退を推奨する『灼炎の五本槍』最後の一人と、あくまでもこの場でアゼルを仕留めたいダルタスの意見が割れた。


「そうか。そこまで言うのなら好きにせよ。セルトチュラ様の伝令により、我はゾダンとの合流のため退く。……が」


「ぬ? なんだ……もごっ!?」


「ソルディオさん!」


 ローブの人物がソルディオに手を向けると、不可視のが放たれ、彼を亀裂の中に突き落としてしまった。元の世界に、強制送還されたのだ。


「これくらいの手助けはしてやろう。奴の他の仲間も、とうに亀裂に落ちた。一対一だ、気が済むまで存分に殺し合いしあえ」


「へっ、ありがてぇ。んじゃ、さっさとアゼルを殺して戻るぜ。先に行ってな、ボルドール」


「タイムリミットはもう二十分を切った。生還したくば急げ」


 そう言い残し、ボルドールと呼ばれた人物は亀裂の中に飛び込んだ。仲間を見送ったダルタスは、悪食の大剣を構え一気にアゼル目掛けて飛びかかる。


「さっきはよくも俺の顔を凍らせてくれたなぁ! お礼にお前の貧相なツラをズタボロにしてやるよ!」


「そうはいきません、こんなところまできて負けるわけにはいきませんから! スカルタイタン、ゴー!」


「カカカカカカカ……」


 アゼルの指示の元、スカルタイタンは不気味な笑い声をあげながらダルタスを迎撃する。右腕を振りかぶり、一気に相手目掛けて振り下ろすが……。


「ムダだっつーんだよ! どんな攻撃も! この悪食の大剣が喰らい尽くすだけだ! 邪戦技、グリーゾンイーター!」


 悪食の大剣のアギトが開き、スカルタイタンの右腕を喰らい尽くさんと牙を剥く。が、一度攻撃を受けたアゼルには、すでに対抗策があった。


「同じ手は二度は食らいません! スカルタイタン、解骨!」


「ナニイッ!? う、腕がバラけやがっただとぉ!?」


 悪食の牙が届く直前、アゼルはスカルタイタンの右腕を根元から分解して散会させ、攻撃の直撃を防いだ。さらに、間髪入れず次なる攻撃を繰り出す。


「今だ! 集骨、出でよスケルトンズ! ダルタスさんの身体に覆い被さりなさい!」


「ぬおっ!? 邪魔だ、この骨ども!」


 すかさずバラした骨を集合させ、六体のスケルトンを生み出しつつダルタスに抱き着かせ密着させる。特に右肩から右腕にかけてを念入りに封じ、剣を使えないようにしてしまう。


 流石のリビングアーマーでも、ボーンビーより遥かに大きいスケルトンを一呑みにすることは不可能なようで、ガリガリと少しずつ齧り削ることしか出来ないらしい。


「ぐっ、この! 離れろ、離れろっってんだろうが!」


「もう時間もありませんし、これで終わりにさせてもらいます。さようなら、ダルタスさん。もし生まれ変わったら……今度は、真っ当な人になってください。……ジオフリーズ!」


 身動きの取れなくなったダルタスにトドメを刺すべく、アゼルは凍骨の大斧を呼び出して頭上に掲げる。猛吹雪が吹き荒れ、スケルトンごとダルタスを凍らせていく。


「い、いやだ……せっかく、こんなすげえ力を手に入れたのに……こんな、ところで、お前なんか、に……」


「……」


 アゼルは無言のまま吹雪を放ち続け、ダルタスを今度こそ完全に凍結させた。亀裂を避けつつ、物言わぬ氷像と化したダルタスに近寄り、小さな声で呟く。


「……ダルタスさん。グリニオさんたちと一緒に、ずっとぼくをいじめてきたあなただけど……。あなたの勇猛さだけは、尊敬していました。みんなの盾として、身体を張ってくれたこと……忘れませんから」


 そう口にした後、アゼルは小さく呟く。さようなら、と。そして、勢いよく大斧を叩き付け、ダルタス氷像が粉々に砕きトドメを刺した。


「……これで、終わりました。ぼくも、早く戻らなきゃ」


 かつての仲間に引導を渡したアゼルは、崩壊していく幻想世界から脱出するため亀裂の中に飛び込む。気が付くと、アゼルたちは校長室の中にいた。


 リリンやシャスティ、アンジェリカ、ソルディオ。そしてラーブスと、無事全員が生還することに成功出来たようだ。


「いってて……。お? ここは校長室じゃねえか。アタシたち、戻ってこれたんだな」


「よ、よかったですわ……。あんなへんてこな世界にずっと閉じ込められるんじゃないかと、わたくし心配で心配で……」


「みんな……よかった、無事戻れて……リリンお姉ちゃん、どうしました?」


 誰一人欠けることなく生還出来たことにホッと胸を撫で下ろすアゼルだったが、リリンの様子がおかしいことに気付く。いつもならば、軽口の一つや二つ叩くはずなのに、静かなのだ。


「……アゼル。私は……私は、過去の手掛かりを得た。だが……どうしたら、いいのか……」


「リリン、お姉ちゃん……?」


 灼炎の五本槍のうち、四人は倒れた。ガルファランの牙に与したダルタスも破り、平穏が帰ってきた……はずだった。しかし、彼らはまだ知らない。


 セルトチュラの最後の計画が、すでに始動していたことを。

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