50話―明かされた過去

 砂塵が舞うなか、二人の死闘が始まる。不規則な軌道で地中を潜航しながら、レナスターは砂煙を使って五つの投げ槍を作り出す。リリンの気配を探知し、一斉に発射した。


『さあ、受けてみなさい。サンドジャベリン!』


「フッ、たかが砂の槍で私を貫けるものか。風魔法、アローガード!」


 正面、頭上、左右の五方向から襲いかかる砂の投げ槍を見ながら、リリンは余裕の笑みを浮かべる。強烈な突風を巻き起こして槍を叩き落とし、無力化してみせた。


 手応えがないのを気配で悟ったレナスターは、そのまま潜航を続けリリンの元へ向かう。どのタイミングで攻撃を仕掛けるのか見抜かれないよう、さらに深く地に潜り砂煙を消す。


「むっ、奴め……小賢しい手を。ここは一旦、守りを固め……」


「させはしませんよ! アンブッシュドギロチン!」


「くっ、このっ!」


 奇襲を警戒して魔法の障壁を貼ろうとしたリリンだったが、それより早くレナスターが飛び出し攻撃してきた。大アゴを開き、首を狙って飛来してくる。


 間一髪、咄嗟にしゃがんで避けることが出来たが、完全には避けきれず僅かに髪を切られてしまう。レナスターは着地と同時に砂に潜り、再度浮上し攻撃してきた。


「休む暇など与えませんよ。あなたの全身を切り刻んで差し上げましょう!」


「そう簡単にはやらせぬわ! バイドチェーン!」


「遅いですね、当たりませんよ!」


 縦横無尽に飛び回るレナスターを捕らえようと、リリンは魔法の鎖を放つ。しかし、潜航と突撃を繰り返し加速がついた相手を捕らえることは出来なかった。


 運良く鎖が当たり、そこからぐるぐる巻きにしようにもすぐに怪力で脱出され、地中に逃げられてしまう。前後左右、あらゆる方向からの襲撃に、リリンは息つく暇もない。


「チッ、ちょこまかちょこまかと……鬱陶しい奴め!」


「どこを見ているのです? 私はここですよ、ノロマ!」


 鞭を振るい、魔法障壁を張り巡らせて反撃を行うが、どんどん加速していくレナスター相手には慰めにすらならなかった。鞭は避けられ、障壁は体当たりで割られる。


「このっ……」


「ムダですよ、何をしてもムダ。あなたはここで死ぬ。私の手によってね! アンブッシュドギロチン!」


「そんなわけには……あ?」


「避けましたか、運のいい……!? な、なんです、このおぞましい殺気は……」


 窮地に追い込まれたリリンだったが、攻撃を避けた時にローブの胸元を大きく切り裂かれた途端、様子が変わった。凄まじい殺気を放出しながら、電撃を放ち出す。


「貴様……よくも切ってくれたな。アゼルに買ってもらった、大切な大切なこの服を。いいだろう……そこまで死にたいというのならば、容赦はしない。フルパワーで仕留めてやる」


(ま、まずい……! どうやら相手の逆鱗に触れてしまったようですね。ですが、私の優位は揺らいでいない。反撃の暇など与えずに……一撃で倒す!)


 命よりも大切なアゼルからのプレゼントを傷付けられ、怒りの臨界点を突破したリリンは魔力を練り上げていく。それを見たレナスターは、急いで仕留めようとするが……。


「ムダだ。こんなアゴなど、今の私には効かぬ!」


「なっ……バカな! 私のアゴを片手で止めるなど……」


「ふんっ!」


「うぐああっ!」


 己の手が切り裂かれるのも気にせず、リリンは大アゴを鷲掴みにして突進を止めてしまった。そればかりか、全力を込めてアゴを握り潰し、粉砕してしまう。


「くっ、こうなってしまっては、退くしかありませんね……」


「退く、だと? 逃がすと思うか、今の私が。……ふふ、こんな時だというのに、頭が痛んでくるわ。お前を仕留めるための魔法を閃いたぞ」


 最大の攻撃手段を失ったレナスターは、一度距離を取って体勢を立て直そうとする。が、ブチ切れたリリンがそんなことを許すはずはない。


 限界を超えた激しい怒りのなか、リリンの脳裏にとあるワードが浮かび上がった。僅かに残っていた過去の記憶が、新たな魔法の力を授ける。


「……対眷属拘束術式発動。光の鎖よ、我が怨敵を縛り力を奪え。闇を祓い、灯火を照らせ! 術式展開、クリアライト・チェーン!」


「なっ……!? まさか、有り得ない! 記憶を失ったお前が、自力でこの魔法を使うなど……うぐああっ!」


 リリンの足元に、上下の向きを変えた二つの五芒星を重ね合わせた形をした魔法陣が浮かび上がる。五芒星の角の全てから光の鎖が伸び、一瞬でレナスターを縛り上げた。


 持ち前の怪力で鎖を破壊しようと暴れるも、バイドチェーンより何倍も強度が上がっているらしくヒビ一つ入る気配がない。それどころか、逆に力が抜けていく。


「これ、は……これが、闇を封じる鎖の力……」


「だいぶ苦しそうだな。なら、もっと苦しくしてやろう。貴様の犯した罪は重い。楽に死ねると思うな」


「うぐっ、ああああ!!」


 リリンは嗜虐的な笑みを浮かべながら、複雑に絡み合う鎖の一つをクイッと引っ張る。すると、レナスターへの締め付けが強まり、身体に鎖が食い込む。


「さて、貴様を殺すのは容易い。だが、同じ過ちは二度繰り返さぬ。死ぬ前に話してもらおうか、私の過去を。貴様も、知っているのだろう? あのヴァシュゴルのように」


「う、くあっ、かはっ」


「ん? ああ、喉が締まっていては話も出来んか。悪いな、気が付かなかった」


 喉の締め付けを緩めると、レナスターはゴホゴホと咳き込む。冷徹な視線を向けるリリンを睨み付け、憎しみに表情を歪める。


「殺す……お前だけはここで殺す!」


「立場をわきまえよ、ゴミ。私がこうしてちょっと鎖を捻ってやれば……」


「ぐ、あああ!!」


「貴様の手足を楽に捻りちぎれる。分かるな?」


 抵抗の意思を見せるレナスターに対し、リリンは嘲り笑いながら鎖を一本引っ張る。すると、相手の左足を拘束していた鎖が動き、ブチブチと足をねじ切ってしまった。


「次はどこがいい? また足か、それとも腕か? いっそ、胴体を……」


「分かった、話す、話します! だからもう、これ以上は……」


「ならさっさと話せ。私は何者なのだ? 何故こんな魔法を使える? 私は知らねばならん。私自身が何者なのかを」


 リリンの拷問に屈し、レナスターは降伏した。そんな彼女に、リリンは食いぎみに尋ねる。自分は何者なのかを。


「……ヴァシュゴル様から詳しく聞いたわけではないということを、まず断っておきます。あの方が酒に酔った時に漏らしたことを、たまたま聞いただけですので」


「前置きはよい。私は何者なのだ?」


「あなたは――」


 レナスターが全てを洗いざらい吐いている間、ずっと一陣の風が吹いていた。全てを知ったリリンは、目を見開き驚きをあらわにする。


 それまで心の中で荒れ狂っていた怒りも雲散霧消し、到底信じることの出来ない言葉にただ愕然としていた。


「なんだと……? この私が、聖戦の四王の一角、『闇縛りの姫』エルダの弟子たる七人の巫女の一人だった、だと?」


「ヴァシュゴル様はそうおっしゃっていました……巫女の生き残りを見つけ、計画成就のために利用しようと……」


「有り得ぬ! では何か、私は千年もの間生き抜いてきたとでも言うのか? 師や同じ巫女たちから離れて? バカな、そんな言葉信じられぬわ!」


 驚くべき過去を聞き、リリンは取り乱してしまう。自分が神話に伝わる王の配下だった……そんな荒唐無稽なことを言われたのだから無理もない。


 そんなリリンを見ながら、レナスターは力なく笑う。足をねじ切られ、血を失いすぎた彼女の命は、すでに危険領域に突入しようとしていたのだ。


「なら……取り戻しなさい。あなたの記憶を。かつてヴァシュゴル様が拠点としていた……霊獣の森の、アジトに……あなたの記憶を封じた、壺がある。それを……がはっ!」


「……もうよい。もう喋るな。これ以上、私を混乱させるな。反吐が出る」


 己の激情に任せ、リリンは手元にある八本の鎖を一気に引く。すると、複雑に絡まった鎖が一気に締まり、レナスターの全身をねじり息の根を止めた。


 レナスターの死と同時に砂嵐が止み、どこかで何か大きなモノが崩れ去る音が響く。砂の巨人が力を失い、地へ還っていったのだ。


「……ようやく、私の過去を知れたというのに、何故だ? 何故私の心がざわめく? この女の言葉は、本当に真実だったのか……もう、私には何も信じられぬ……」


 虚しさを抱え、リリンはそう呟く。吹き抜けていく一陣の風以外に、その言葉を聞くモノはなかった。

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