49話―砂嵐に抱かれて
「ったく、わけわかんねえトコだなここは。一体何がどうなってやがるんだか」
「不可思議な場所だ。ついさっきまで湿地帯だったのに、砂漠が広がっているとは……」
リリンたちとレナスターの戦いが始まった頃、シャスティは運良くラーブスと合流することに成功していた。アゼルたちを探して森から湿地帯へ進み、砂漠まで移動してきた。
あまりにもめちゃくちゃな地形の繋がり方をしている世界に首をひねりつつ、二人は先へ進もうとする。が、遥か遠くから猛スピードで接近してきた砂嵐に呑まれてしまう。
「ぬおあっ!? やべっ、エアーシールド! ……ったく、いきなりとんだ歓迎だなこりゃ。おっさん、平気か?」
「ああ、君がかけてくれた風の防護膜のおかげで、何も問題はない。しかし、この視界の悪さでは……ん? むこうの方から何か聞こえるな」
砂嵐に呑み込まれる寸前、シャスティは魔法で風の膜を作り出し自分とラーブスの頭を覆う。これでひとまず、砂が目や耳、口に入ることはなくなった。
とはいえ、吹き荒れる砂のせいで視界不良なのは変わらず、下手に進めば遭難する危険がある。どうするべきか考えていると、どこからともなく落雷の音が響く。
「あっちの方だな、こんな砂漠に雷だなんて……ぬおっ!? あぶねぇ!」
音が聞こえてきた方へシャスティが目を向けた直後、砂の向こうにうっすらと細長い何かが見えた。それが勢いよく自分の方にすっ飛んできたため、慌てて飛び退く。
「大丈夫か、お嬢さん」
「なんとかな……っつーか、なんだ今の。腕っぽく見えたが……ん、殺気! 誰だてめ……は? リリン?」
「シャスティ!? 何故お主がここにいる!? まあよい、天の助けと思っておこう。話は後だ、あの砂の巨人を倒すのを手伝え!」
砂嵐の向こうに人の気配を察知し、愛用のハンマーを呼び出したシャスティ。ドスの利いた声で威嚇するも、砂嵐の中から現れたリリンを見て驚いてしまう。
一方のリリンも、離ればなれにされたはずのシャスティとラーブスがいるとは想定しておらず、目を見開いて仰天する。が、すぐに思考を切り替え、巨人退治の協力をあおぐ。
「何があったか知らねえが、敵なんだろ? いいぜ、ならアタシも協力してやる。ほれ、エアーシールド!」
「助かる。こう砂嵐が吹き荒れていては、目が痛くてかなわんからな」
『あらあら、運のいい方たちですこと。最後の灼炎の五本槍とは会わなかったようですね。なら、ここで纏めて始末しましょう』
シャスティがリリンにもエアーシールドを掛けてあげていると、どこからともなくレナスターの声が響く。そして、砂嵐に紛れて敵の攻撃が始まる。
「オオオオォォォ……」
「来るぞ、構えよ! 理事長、そなたは戦えまい。下がっていろ」
「そうしよう。邪魔をするわけにはいかないからな。なに、自分の身くらいは自分で守れる。私のことは気にせず、おもいっきりやってくれ!」
「アタシが受け止める、その隙に後ろ行ってな!」
砂の巨人が腕を振り上げ、眼下にいるリリンたち目掛けて勢いよく叩き付ける。シャスティがハンマーで攻撃を受け止めている間に、ラーブスは離脱した。
『あら、逃がすとでも? 捕まえて人質にしてあげますよ、理事長先生?』
「!? その声……まさか、メイディくんなのか!?」
『ええ、そうですよ。もっとも、その名前は正体を隠し学院に潜入するための偽名ですがね!』
レナスターの正体に気付き、思わずラーブスは足を止めてしまう。そんな彼を捕まえるべく、砂の巨人は腕を伸ばす。が、そこへ一人の少女が飛び込む。
「させませんわよ! 戦技、スターリーナイト・キック!」
『ぐっ、小癪な!』
「いいぞ、よくやったアンジェリカ! ほれ、お前にもエアーシールドだ!」
砂の中に潜み、相手の隙を窺っていたアンジェリカが巨人の足に強烈なドロップキックを叩き込みバランスを崩す。その間にラーブスは逃走を再開し、今度こそ離脱した。
ラーブスを捕まえて人質にし、リリンたちの抵抗を封じるつもりでいたレナスターは、不機嫌さを隠そうともせず巨人の足を振り上げる。
『よくも邪魔を! まずはお前から踏み潰してあげましょう!』
「そうはいきませんわよ! むしろ、反撃のチャンスですわ! 戦技、ライジングスカイアッパー!」
「アタシもやるぜ! 戦技、ヘルムクラッシュ!」
足が振り下ろされるのに合わせ、アンジェリカはググッと全身に力を込め、天を貫く勢いでアッパーを繰り出す。それに合わせて、シャスティも飛び上がる。
頭上と足元、二ヶ所からの挟撃で砂の巨人に大ダメージを叩き込むつもりだ。が……。
「おらっ……!? チッ、手応えがまるでねえ! こいつ、砂を動かして攻撃を受け流してやがる!」
「これでは攻撃が通りませんわ! 退避しますわ!」
『フッ、ムダなこと。この巨人を相手に、そんな攻撃は意味を持ちませんよ!』
砂の身体を持つ相手に、単純な打撃の相性は最悪だった。砂の間をすり抜けてしまい、致命打とならなかったのだ。攻撃を受け流した後、即座に砂が固まり足が下ろされる。
アンジェリカは慌てて逃げ、なんとか攻撃から逃れることが出来た。それを見たレナスターは、巨人を砂嵐の中に紛れ込ませ姿を隠してしまう。
「まずい、奴が姿を消した! 二人とも集まれ、守りをかた……ぬうっ、砂嵐が!」
「おい、大丈夫かリリン、聞こえて……ダメだ、砂が飛ぶ音がうるさすぎて声が届かねえ!」
「ど、どうしましょう。リリン先輩とはぐれてしまいましたわ」
砂嵐が勢いを増し、リリンはシャスティたちと分断されてしまう。視界の悪さに乗じて、一人ずつ始末するためのレナスターの作戦だった。
「チッ……レナスターと言ったか、せこい手を。どうせ、分断状況からいって、私から始末するつもり……そうだろう?」
「ええ、そうですよ。あなたは何か……他の二人にはない、危険な気配がしますので。私が直々に殺します」
リリンの呟きに、背後から答えが返ってきた。振り向くと、そこには砂の巨人ではなく、レナスターの上半身が地面から生えていた。
砂を操るアリジゴクの魔物、サンドトラッパーと融合したレナスターは、両手を変形させ巨大なアゴを作り出す。その状態で、ゆっくりとリリンに近寄る。
二人の周囲だけ、砂嵐が消えていく。
「危険な気配、か。確かに言い得て妙だな。私自身、自分が何者なのか知らぬ。いわば、中身の分からぬ箱のようなものだ。中にあのは無害な綿か、危険な爆弾か……」
「だからこそ、ですよ。ヴァシュゴル様があなたの記憶を封じたのには、相応の理由がある。まあ、その理由を知る前に、ここで死んでいただきま……!? こ、これは!?」
砂の巨人がシャスティたちの相手をしている間にリリンを始末するべく、レナスターは勢いよく飛びかかる。いや、飛びかかろうとした。
が、動くことは出来なかった。いつの間にか、レナスターの全身が鎖によってがんじがらめにされていたのだ。
「その口振りからして、貴様も私の記憶について知っているようだな。ちょうどいい、あの男の口を割らせることは出来なかったから、お前に聞くとしよう」
「……バイドチェーン、ですか。なるほど、
「その理由を、私は知りたいのだ! さあ話せ、さもなくば……」
「雷で焼くと? それは無理な話。あなたがここで死ぬ運命は変わらない!」
そう叫ぶと、レナスターは力任せに鎖を引きちぎり、地中に姿を消した。それを見たリリンは舌打ちしつつ、両手に電源を纏わせ臨戦体勢に入る。
「ふっ、よかろう。話すつもりがないのなら、力ずくで聞き出すまでだ! まずは貴様を引きずり出してやろう! ゲイルウィンド!」
「おっと、当たりませんよ、そんなノロい竜巻など!」
レナスターを地上に出すべく、リリンは電撃を纏った竜巻を放つ。砂を吹き飛ばして相手の姿を暴こうとするが、地中にいるレナスターの移動速度は予想よりも速かった。
あっという間にリリンの背後に回り込み、レナスターは大アゴを目一杯開き砂から飛び出す。ギロチンのように正確無慈悲な一撃で、首を斬り落とそうとする。
「さあ、死になさい!」
「そうはいかぬな! サンダラル・アロー!」
「ムダですよ! サンドシールド!
身を屈めて攻撃を避け、お返しとばかりに雷の矢を放つ。が、砂を固めて作った盾に阻まれ、直撃とはならなかった。再び砂の中に潜り、レナスターは次撃の準備のため一旦距離を取る。
「フッ、なかなかどうして多才な奴だ。だが、私とて負けるつもりはない。貴様を倒し、失なわれた記憶を取り戻す。そのためならば……」
砂煙を上げて地中を潜航するレナスターを見つめながら、リリンは魔法の鞭を作り出す。口角を上げ、不敵な笑みを浮かべる。
「私は一切、容赦しない」
空っぽの魔法使いと、砂を操る魔獣の一騎討ちが幕を開けた。
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