48話―ココナッツ・パニック

 グリーチカが楽しそうに身体を揺らすと、オアシスを囲むように木を根が盛り上がり壁を作り出す。高く分厚い壁によって、リリンとアンジェリカは逃げ場を失ってしまう。


「もうこれで逃げられないぞぉ。さあ、楽しいパーティーの始まりだ! 食らえ! ココナッツ・キャノン!」


「おっと、当たるものか!」


 幹をしならせ、グリーチカは顔のついたヤシの実のうち一つを勢いよく発射し、リリンたちへぶつけようとする。二人は素早く横に跳び、ヤシの実を避けた。


 柔らかな砂地にヤシの実が落下すると、すぐに地面の中に潜り込んでいく。すると、地中で実が急成長し、もう一本のヤシの木が生えてくる。


 勿論、ヤシの実にはグリーチカの顔がついている。


「うえぇ、気色悪いですわ! こんなデタラメな自己増殖なんて聞いたことありませんわよ!」


「ふむ、厄介だな。受ければ大怪我、避ければ増殖……これはどう立ち回ればよいのやら」


「ふひははは、どうだ凄いだろう。だがなぁ、ソウルユニゾレイターの力で融合したココナッツパントの力はこんなもんじゃねえぜ。それを見せてやるよ!」


 大ダメージか自己増殖か。厄介極まりない二択の選択肢を叩き付けつつ、二体に増えたグリーチカは攻撃を続行する。次々とヤシの実を飛ばし、二人を始末しようと目論む。


「チッ、こうなれば被弾を覚悟でヤシの実を粉砕するしかあるまい! 駄嬢、いい加減怯えるのはやめい!」


「そ、そうですわね。いつまでも気色悪がっているだけでは……戦いには勝てませんわ! 強化魔法、プロテクション!」


 このまま好き放題増殖されれば、数の暴力で成すすべなく蹂躙されてしまう。そうなることを防ぐため、二人は飛来してくるヤシの実を木っ端微塵に破壊する作戦に出た。


「食らえ! サンダラル・アロー!」


「戦技、スターダストナックル!」


 死角から攻撃を受けないよう、リリンとアンジェリカは互いの背中を預け雷の矢と鋼鉄化した拳でヤシの実を迎撃し破壊する。粉々に砕け散った場合は、増殖は出来ないようだ。


 それをグリーチカ本人も分かっているらしく、軌道を変えて横や頭上から攻撃を叩き込んだり、直撃させると見せ掛けて地面に落とし自己増殖しようとフェイントを織り交ぜ始める。


「ほーらほーら、どんどん落としてやる! ついでに、オレもどんどん増えてくぞぉ。ほぉら、もう四人になった」


「くっ、まずいな。一つ取りこぼすだけで致命的なミスになる……本当に厄介極まりない!」


「降ってくる量が多すぎて、本体を攻撃している暇がありませんわ! このままだと、本当に蹂躙されてしまいますわ!」


 二人掛かりとはいえ、全ての攻撃を完全に捌ききれるわけもなく、グリーチカはさらに二体増えてしまう。四体の総攻撃を食らってしまえば、ひとたまりもない。


「さあ、どんどん行くぞぉ! 全身の骨をベキベキにへし折ってやる! ココナッツ・マシンガン!」


(くっ、こんな時にアゼルがいてくれれば……。スケルトンの群れで対抗したり、吹雪で本体を一網打尽に出来るというのに!)


 さらに攻撃速度を加速させ、グリーチカは大量のヤシの実を発射する。心の中でそう呟きつつ、リリンは使えるだけの魔力をありったけ使い、雷の矢を乱射して対抗する。


 が、いくらリリンとて魔力は無限ではない。いずれ魔力が尽きれば、ゲームオーバーになってしまう。少しずつ焦り始めるリリンに、アンジェリカが声をかけてきた。


「リリン先輩、わたくしいい案を思い付きましたわ」


「なんだ、手短に話せ。迎撃に神経を使わねばならんからな」


「相手はヤシの木の魔物と融合していますわ。であらば、根っこから水分や栄養を吸収しているはず。ではこの場合、あいつがどこから水を得ているか……」


 そこまで聞き、リリンはアンジェリカが何を言いたいのかおおむね把握した。一体一体グリーチカを叩く暇がないのなら、一気に全滅させてしまえばいい。


「なるほど。あの湖に私の雷を叩き込めば、根を通じて奴を感電死させられる、ということだな? 駄嬢のクセに、なかなか頭が回るではないか」


「わたくしが相手の気を引きますわ。リリン先輩はその隙に特大の一撃をお願いします!」


 そう口にし、アンジェリカは自ら囮役を買って出る。グリーチカの方へ走っていき、ヤシの実を拳で粉砕しつつ反撃を行う。


「いつまでもやられてばかりというわけにはいきませんわ! 戦技、フライングクロスギロチン!」


「うごあっ! この小娘ぇ!」


「バカな奴だなぁ、自分からヤシの雨の中に飛び込んでくるとはよぉ!」


「一斉攻撃だ! 仕留めろ!」


 両腕をクロスさせ、加速をつけたアンジェリカは一番近くにいたグリーチカの根元近くにチョップを叩き込む。プロテクションで強化された一撃は、本物のギロチンのように相手を両断する。


 が、一体倒せたところで劣勢は覆せず、残る三体のグリーチカによる一斉攻撃で倒されてしまう……はずだった。リリンが動いていなければ。


「バカめ、駄嬢なんぞに気を取られおって。先に私から始末すればいいものを」


「ん……? あの女、まさか!」


「ヤバい、早くココナッツを……」


 湖のフチに立ち、右腕に電撃を纏わせ力を溜めているリリンに気付いたグリーチカは、彼女が何をしようとしているのか理解し慌てて止めようとする。


 が、すでにリリンの魔力チャージは終わっており、もう遅かった。


「残念だったな、もう間に合わんぞ! ミョルズハンマー!」


「ぐっ……おあああああああ!!」


「なんのおお!」


 電撃の鉄槌が湖に落とされ、地中にて接続されていた根っこを通してグリーチカに襲いかかる。二体は成すすべなく内側から雷に焼かれ、そのまま息絶えた。


 が、残り一体はギリギリでヤシの実の一つを切り離し、射出して逃がすことに成功した。このまま地面に落ちることが出来れば、また仕切り直せるが……。


「はい、キャッチですわ。もう増殖なんてさせませんわよ」


「ゲッ、しまった! 降ろせ、頼むから降ろしてくれ!」


 そんなことをアンジェリカが許すわけはなく、あっさりキャッチされてしまった。ヤシの実単体では、何も出来ないのである。


「降ろせだと? 口のきき方に気を付けろ、駄実が。貴様をこのままゆっくりじっくり焼きココナッツにしてやることも出来るのだぞ?」


「……ハイ、イゴキヲツケマス」


 バチバチと火花を弾けさせながらそう脅しをかけてくるリリンに、グリーチカはあっさり屈した。散々調子に乗って攻撃してきた相手を屈服させ、二人とも溜飲が下がったようだ。


「さて、このままお前を殺すのは簡単だが……私たちに協力するなら、生かしておいてやらんこともない。この不可思議な世界について知っていることを話すか? それとも、死ぬか?」


「わ、分かった、話す、話すよ。この世界はオレの同志、レナスターが造り出した幻想の世界だ。あいつの意のままに、迷い込んだ奴をいろんなところに送り込めるようになってる」


 今度は逆に、リリンがグリーチカに生と死の二択の選択肢を突き付ける。まだ死にたくないようで、グリーチカはあっさりと情報を話した。


「ほう、なるほど。では、そのレナスターなる者を倒せば、この世界から出られるということだな?」


「ああ、そうだ。レナスターが死ねば、この幻想世界を維持する力がなくなる。そうなれば、オレたちは強制的に元いた大地に排出されることになるんだ」


「では、もう一つ尋ねますわ。そのレナスターとやらはどこにいらっしゃいますの?」


「それは……うおっ!?」


 命惜しさにペラペラ情報を漏らすグリーチカに、今度はアンジェリカが質問を投げ掛ける。その直後、地面が盛り上がり、砂の塊が浮き上がってきた。


 そして、リリンたちが反応する暇もなくグリーチカをアンジェリカの手からかっさらい、上空へ連れ去ってしまう。これ以上情報が漏れないように、レナスターが口封じしに来たのだ。


『全く、あなたときたら。図に乗って敗北した挙げ句、私の秘密をバラすとは……とんだ裏切りですね。失望しましたよ、グリーチカ』


「ま、待て、待ってくれ! 頼む、もう一度、もう一度だけチャンスを……ぐああああああ!!」


『チャンス? 与えるわけないでしょう。魔物と融合出来た程度で驕る愚か者に』


 許しを請うグリーチカを無慈悲に挟み潰した後、レナスターは砂の形を変えて巨大な目を作り出す。そして、眼下にいるリリンたちを文字通り付けた。


『たいしたものですね、油断慢心していたとはいえグリーチカを倒したのですから。ここで死んでいれば、楽だったというのに』


「生憎、我々はしぶといのでな。貴様らの野望を叩き潰すまでは死ねんのだよ」


『減らず口を。まあいいでしょう。私たちの計画はすでに最終段階。ここで邪魔をされても問題は何もありませんから。ですが……あなたたちを消さないというわけにはいきません』


 そう口にすると、今度は砂の巨人へ変化する。一瞬にして砂嵐が吹き荒れ、リリンたちの視界を奪う。


『ここで殺します、あなたたちをね。他の者たちに合流される前に消えてもらいます』


「だそうだ。アンジェリカ、まだやれるな?」


「勿論ですわ! わたくし、まだまだ元気いっぱいですわよ。連戦なんてへいちゃらです!」


 グリーチカを退けたリリンたちの前に、幻想世界の主が立ちはだかる。第二戦の始まりだ。

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