39話―決着、しかし……

「もう容赦セんぞ! お前たちダけは、ここデ仕留めてくれル! バーニングヅール!」


 一人生き残ったバールヴァルディは、炎を纏った影のツタを八本出現させる。その全てを使い、リリンとシャスティの息の根を止めんと猛攻を繰り出す。


「来るぞ、シャスティ。ここからは……」


「各々好きなやり方で、だな!」


 リリンとシャスティは散会し、それぞれ四本ずつツタを受け持ち応戦する。シャスティは勢いよくハンマーを振り回し、一つ一つツタを破壊していく。


「戦技、オールノックブレイク! ……っと、この戦いが終わったら、新しい得物を調達しねえとな!」


 加護の力を浄化されて失ってしまったため、ハンマーは少しずつ炎の熱で溶けていき、ツタを全て消滅させる頃には武器として使えない状態になってしまった。


 一方、リリンは雷や風の魔法を駆使し、ツタを破壊して回る。二人がツタの対処に追われている間に、バールヴァルディは影に潜り込もうとするが……。


「おっと、もう影の中にゃ潜らせねえぜ。不意打ちなんてセコい手、そう何度もやらせてたまるか!」


「ぐっ、貴様離セ!」


 シャスティの影の中に入り込む直前、首根っこを掴まれ強引に引きずり出される。バールヴァルディは拘束から逃れようと、シャスティの身体に炎を纏った短剣を突き立てる。


「うぐっ……! 離すかよ、もう面倒なこたぁさせねぇ。リリン、やれ! アタシごとこいつをぶっ殺しちまいな! アゼルのおかげで一回なら生き返れるんだ、構うこたあねえ!」


「無茶苦茶ナ! 貴様、死ヲ恐れぬトいうのか!」


「生憎、アタシは一回死んでるんでね。もっかいくらい死んだところで、屁でもねえんだよ!」


「強がりヲ! だガ、痛みに耐えることハ出来まい!」


 リリンが魔力をチャージしている間、シャスティは短剣を突き刺される痛みに身悶えする。肉を抉られ、内臓を直接焼かれてもなお、彼女は決して力を緩めない。


 心臓や首といった急所を狙おうとするバールヴァルディだが、ガッチリと組みつかれているせいで手が届かず、致命傷を与えられないでいた。しばらくして、ついに……。


「チャージ完了だ、シャスティ。よく耐えてくれた。すぐに……楽にしてやろう」


「へっ、やっとかよ……。もう目も霞んできてんだ、早くやれ!」


「ああ。逃げることが出来ぬよう、全魔力を込めた奥義で仕留める。影の中まで焼き尽くす、雷をもってな! 雷魔法奥義……ミョルズハンマー!」


 リリンが右手を振り上げると、ドス黒い雷雲がシャスティとバールヴァルディの上空に出現する。ゴロゴロと不気味に唸った直後……雷の鉄鎚が雷雲から放たれた。


「まだ……終わらヌわ!」


「ぐあっ……」


 雷が直撃する寸前、最後の力を振り絞りバールヴァルディは拘束を振りほどいて影の中に逃れた。シャスティの断末魔を聞きながら、安全地帯でほくそ笑んでいると……。


「ククク、逃れテやったぞ。あとはもう一人を殺すダけ……なんだ、空気がざわメいて……」


「言ったはずだ、影の中まで焼き尽くす、と。我が雷より逃れるすべなど、万に一つもないと知るがよい!」


「バカな! そんなコとが……グがあああああ!!」


 どこからともなくリリンの声が響くと共に、漆黒の闇に包まれた影の中の世界に黄金の雷光がとどろく。凄まじい雷が身体を駆け抜け、バールヴァルディの身も魂も焼き尽くす。


 雷が消えた後、絶命し黒焦げになったバールヴァルディの死体が影の中から排出され、地面に投げ出された。生き返ったシャスティは、死体を調べ死んでいるか確認する。


「どうだ、シャスティ。こやつは」


「ああ、安心しな。バッチリ死んでるよ。完全に息の根が止まってらぁ。っかし、おめーの雷はすげえもんだな。おかげで肩こりが治っちまったぜ!」


「フッ、軽口を叩きよる。生き返ったばかりだというのに、余裕な……もの、だな」


 余裕たっぷりにおどけてみせるシャスティにそう返すと、リリンは座り込んでしまう。奥義の発動に全魔力を使い、疲労で動けなくなってしまったのだ。


「おいおい、だいぶ消耗してんな。まあ……アタシもだけど、よ。流石に、ダメージをチャラにゃあ……出来ねえわ、これ」


 アゼルに施された死者蘇生の力をもってしてもなお、ミョルズハンマーによって負ったダメージは回復しきれなかったらしい。シャスティも大の字に寝転がり、動けなくなってしまう。


「あー、こりゃダメだ。あとのことは……」


「アゼルたちに任せるしかあるまい。我々は少し、休憩が必要だな」


 学院内に潜む敵の対処をアゼルや教師たちに任せ、二人はだらだらし始める。校内で何が起こっているのかを知ることもなく。



◇――――――――――――――――――◇



「何!? 七年生がいない!?」


「はい、何人かの七年生たちが避難中の混乱に紛れて授業棟に戻ってしまったんです! 自分たちの手で、敵を倒すなどと言い出して……」


「あいつら、何考えてんだか。敵の人数も能力もわかんねえのに勝てるわけねえのになぁ」


 生徒たちがいる計二つの避難棟のうち、A棟にたどり着いたアゼルたちにそんな知らせが届く。避難誘導をしていた教師たちを振り切り、一部の生徒が離れてしまったのだ。


 キキルが面倒くさそうに愚痴をこぼすも、そうしてばかりはいられない。急いで生徒たちを見つけ出さなければ、牙のスパイに殺されてしまうだろう。


「授業棟、ですか。エミリー先生、姿を消した生徒たちが誰か分かりますか?」


「ええ、さっき点呼をした時にいなかったのは……生徒会のメンバー七人だけだったわ。急いで探しに行かないと」


「なら、ぼくに任せてください。顔さえ分かれば、スケルトンたちを総動員して人海戦術……ならぬ骨海戦術ですぐ見つけられるはずですから」


 アゼル自らが生徒会メンバーの捜索に名乗りをあげ、七年生の名簿を借りる。授業棟に向かった生徒たちの顔と名前を見て、彼らの中に先日校長室で会った者たちがいることに気付いた。


「この子たちは……いや、今はそんなことを気にしてる場合じゃないですね。キキル先生たちはここに残って生徒さんたちを守ってあげてください」


「おう、任せな! あ、そうだ。用心ついでにこれ持ってけ、黒ドクロの水晶! もしかしたら、闇霊ダークレイスがいるかもしれねえからよ」


「ありがとうございます、キキル先生。では、行ってきます!」


 黒ドクロの水晶を受け取り、アゼルは授業棟へ向かう。どうか生徒たちが無事でありますようにと願うが……その思いが叶うことはない。


 もうすでに、生徒会のメンバーたちは邪悪な侵入者たちの毒牙にかかってしまっていたのだ。



◇――――――――――――――――――◇



「う、うう……」


「アリス、しっかり! もう少しで保健室に着くわ。そしたら、治癒の奇跡で傷を癒せる。それまで頑張るのよ!」


 授業棟二階にて、生徒会長デューラが書記を務める女子生徒、アリスに肩を貸しながら歩いていた。アリスの脇腹は大きく抉れており、血が流れている。


 急いで手当てをしなければ、ものの数分で命を落としてしまうだろう。


(どうして、こんなことに……。私たちの手で侵入者を倒して、貴族と平民の力の違いを見せ付けてやるはずだったのに……。私のせいで、生徒会のみんなが、あんな……)


 今にも息絶えてしまいそうな親友を励ましつつ、デューラは心の中で己の軽率な行動を悔やむ。自分たちで手柄を立てれば、アゼルたちを追い出す口実になる。


 そんな浅はかな思考の代償に支払わされたのは……仲間たちの凄惨なる死だった。


「おいおい、ごちそうが逃げちゃダメだなぁ。オイラ、まだ全然喰い足りないんだぜ? おとなしく皿に収まっててくれよなぁ」


「ヒッ!? ど、どうして、なんで前から敵が!?」


 もうすぐで一階に降りられる、そう思っていたデューラの希望を粉砕するべく教室の扉が開いた。教室から現れたのは、腰ミノを身に付けた半裸の男……『人喰い鬼』の異名を持つ闇霊ダークレイス、ビルギットだ。


「なんでって? そりゃあおめぇ、オイラの相方がこの棟全体を迷宮にからなぁ。どこに逃げても、ムダってやつなんだなぁ」


「そ、そんな……」


「さて、お嬢ちゃんよ。そろそろ鬼ごっこはおしまいだ。他の奴らみたいに、美味しく喰ってやる」


「い、いや! 来ないで、来ないでぇぇぇ!!」


 生徒会のメンバーを喰らい、血に塗れたビルギットから後退りながらデューラは叫ぶ。瀕死のアリスを担いだ状態では、逃げ切ることは不可能。


「かい、ちょう。私はもうダメです。せめて、会長だけでも……」


「嫌よ! 私は絶対あなたを見捨てない! あなたを捨てて一人で逃げるくらいなら、私もここで死ぬわ!」


「そん、なのは……絶対に、ダメです!」


 だが、親友を見捨てて逃げるという選択はデューラ自身が許さない。そんな彼女の心を悟ったのか、アリスは最後の力を振り絞り魔法で床を破壊し、空いた穴にデューラを突き落とした。


「アリス、どうして!?」


「会長、逃げて……くだ、さ……」


「ダメよ、アリスうううぅ!!」


 デューラは手を伸ばすも、届くことはなかった。迷宮を生み出している者の手で床が修復されていくなか、彼女は見た。親友の頭に、恐ろしき喰人鬼の手が伸びるのを。


「あ、あ……アリ、ス……」


「おーおー、美しい友情だなぁ! オイラ、腹だけじゃなく心も満腹だ!」


「!? う、そ……あり得ない、なんで一階に……」


「はっはっはっ、オイラは闇霊ダークレイスだぞ? 魂を分割して分身を作るくらい楽勝さぁ。だからまあら逃げようったって無理な話なんだぜ」


 親友の死に涙するデューラに、無慈悲に声がかけられる。廊下の向こうから歩いてきたビルギットの分身の手が、ゆっくりと伸び……。


「それじゃあ、お前も美味しく……」


「させませんよ、これ以上、生徒さんたちには手を出させはしません! ゴー、スケルトンアーチャー!」


「む……ちっ!」


 デューラの遥か後ろ、廊下の奥から勇ましい声と共に風を切る音が飛来する。寸前のところで、アゼルが間に合ったのだ。少年の傍らには、守護霊ガーディアンレイスたる鎮守の獣と、一体のスケルトンがいた。


「あ、あ……アゼル、さん……」


「もう大丈夫ですよ。ぼくが来たからには……絶対に、あなたを死なせませんから」


 救世主は、そう口にし……微笑みを浮かべた。

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