40話―迷宮を駆ける者たち

 迷宮と化した授業棟の一階にて、アゼルとビルギットが対峙する。スケルトンアーチャーに攻撃の準備をさせていると、相手が声をかけてきた。


「あらら、これからお楽しみだってのに邪魔が入っちゃったか。しかしまあ、よくここまでたどり着けたね」


「ええ、驚きましたよ。中に入ったら複雑な迷路になっていましたから。たまたま入ったのが七年生の教室だったので、生徒会の人たちの私物を借りて……」


『我の鼻で匂いを追跡してきた、というわけだ。その方が早く見付けられるからな』


 アゼルとムルは、ビルギットの質問にそう答える。さりげなく位置を調整し、デューラを守るように前に立つ。いつ敵が攻撃してきてもいいよう、備えは万全だ。


「もう大丈夫ですよ。さあ、ムルさんの背中に乗ってください」


「あ……ありがとう、ございます……う、ふえぇ……」


 助けが来てくれたことで張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、デューラはぐすぐす泣き出してしまった。目の前で生徒会の仲間たちが惨殺されてしまったのだから、無理もないが。


 アゼルが呼んだ二体目のスケルトンアーチャーに手伝ってもらい、デューラはムルの背中に乗ろうとするも、それを黙って見ているほどビルギットはバカではない。


「おっと、逃がすわけにはいかねえなぁ。そいつはオイラの大事な大事な『ごちそう』なんだ、大人しく置いてけぇ!」


「そうはいきません! 戦技、スナイプアロー!」


 ムルへ襲いかかろうとするビルギットへ向け、アゼルはスケルトンアーチャーを操り連続で矢を放つ。それを見たビルギットは大口を開け、なんと矢を噛み砕いてしまった。


「えっ!? や、矢を食べちゃった!?」


「けははは! 不味い、不味いなぁ! こんな不味いもん、前菜にもなりゃしねえぜ!」


 ボリボリとやじりを噛み砕いき、不味そうに飲み込んだあと、ビルギットは再び突撃してくる。アゼルは二体のスケルトンアーチャーを突っ込ませ、時間を稼ぐ。


「仕方ありません、ここは一度退くとしましょうか。ムルさん、行きましょう!」


『分かった。小娘、振り落とされぬようしっかり捕まっているのだぞ?』


「え? き、きゃあああ!!」


 ひらりとアゼルが背中に飛び乗ったのを確認したムルは、廊下の奥へ向かって全力疾走する。アゼルたちを追いかけようとするビルギットだったが、矢で滅多刺しにされ動けない。


「あっ、逃げるんじゃね……いだだだだ! この骨ども、何しやがる! あっ、ちょっ、まっ、やめ……た、助けてラドゥーレ!」


『仕方ない奴だね。相手を舐めて生身で挑むからそんな目に合うんだよ、おバカさん。ディメンション・コントロール!』


 スケルトン二体に為すすべなしのビルギットが相方に助けを求めると、どこからともなく呆れたような声が響く。直後、廊下の壁が勢いよくせり出し、ビルギットごとスケルトンたちを押し潰した。


『ほら、邪魔なスケルトンは始末したから早く追いかけな。遊んでる暇はないよ、外の決着が着いたみたいだしね』


「へーへー。んじゃ、急いで喰っちまうとするか!」


 そんなやり取りの後、ビルギットは何事もなかったかのように壁の隙間から現れる。どうやら、迷宮を作り出している者が仲間だと認識している相手は傷を追わないようだ。


 すでにマクスウェルたちの敗北に気付いているようで、そうビルギットに警告をする。舌なめずりをしながら、ビルギットはどこからともなく薬の入った瓶を取り出す。


「ぐへへへ、あいつらは逃がさねえぞ。この迷宮からは誰も出られねえんだ。そう、誰もな」


 そう口にした後、瓶の中身を一気に飲み干した。



◇――――――――――――――――――◇



「ふう。なんとか片付きましたね。分身だけあって、あまり強くありませんでしたし」


『ああ。不意を突けたとはいえ拍子抜けだな、アゼルよ』


 一時退却したアゼルたちは、いつの間にか四階に迷い込んでしまっていた。運悪くビルギットの分身と鉢合わせしてしまうものの、相手の不意を突けたため即座に始末出来た。


 そのおかげで特に被害も出ず、一行は教室の中に避難することに成功する。一旦教室の中で守りを固め、ビルギットを倒すための準備をすることになった。


「まずは魔力を回復して、と……」


「あの、アゼルさん……どうして、私たちを助けに来てくださったの? 昨日、あんなことをしたのに」


 携帯していたマナポーションを飲んで魔力を補給していると、デューラがおずおずと尋ねてくる。先日、校長室にて無礼な振る舞いをした自分たちを、何故一人で助けに来たのか。


 その理由が分からず、彼女は困惑していた。おまけに、避難棟にいる教師から自分たちが軽率な理由で授業棟へ行ったことも聞いているはずであり、見捨てられてもおかしくはない。


「ああ、ぼくはあの程度慣れっこですから気にしてませんよ。昔は、もっと酷いことをたくさんされましたし。それに……そんな理由で、守るべき生徒たちを見捨てるほど、ぼくは薄情ではありませんから」


「アゼル、さん……。ごめんなさい、私は、私は……!」


 若干困ったような笑みを浮かべながら、アゼルは座り込むデューラの元に近寄り頭を撫でる。その時、彼女は見た。アゼルが着ているローブの首元から、少年の身体に刻まれた無数の傷を。


 自分よりも小さな少年が、どれだけの苦労をしてきたのか。学舎でぬくぬくしている間に、どれほどの苦しみを味わったのか……それを理解し、デューラは己の愚かさにやっと気付いた。


「私は、バカなことを……アリスも、コリンズも、みんな、あの男に……襲われて、殺されて、食べられて……。助けなきゃいけなかったのに、怖くて、何も出来なくて……うぇぇん!」


「怖い思いをさせてごめんなさい。でも、もう大丈夫です。ぼくが闇霊ダークレイスたちをやっつけて、お友達をみんな生き返らせますから。だから、もう泣かないで?」


 親友たちを見捨ててしまった罪悪感を吐露し、泣きじゃくるデューラを慰めながらも、アゼルは内心違和感を覚えていた。授業棟に入ってから、一度も黒ドクロの水晶が反応しなかったのだ。


(おかしい。黒ドクロの水晶は生身、霊体を問わず同じ階層フロア闇霊ダークレイスがいれば警告をしてくれるはず。なのに、全く反応しなかった……。何だか、嫌な予感が……!)


 次の瞬間。アゼルはデューラを抱え、教室から飛び出す。ムルが追従し教室から出た直後、内部の空間が圧縮され、ぐちゃぐちゃに潰れてしまった。


 後少し動くのが遅かったら、アゼルたちは教室ごと潰されて死んでしまっていただろう。


「な、なに、なにが……」


『おや、よく気付いたね。流石、ビアトリクを倒しただけはあるねぇ、偉い偉い』


「この声……あなたですね、この迷宮を作り出しているのは!」


『その通り。私の名はラドゥーレ。迷宮の奇術師と呼ばれているよ。よろしく、そしてさようなら! ディメンション・コントロール!』


 キザったらしい口調で自己紹介をした後、ラドゥーレは廊下を変化させアゼルたちを押し潰そうと迷宮を操り攻撃を開始する。壁や床、天井が盛り上がり、アゼルたちに襲いかかる。


『アゼル、乗れ! 一気に駆け抜けるぞ!』


「はい! さあ、しっかり掴まっていてくださいね!」


「は、はい!」


 ムルの背中に飛び乗り、アゼルたちは迷宮の中を走り攻撃から逃れようと右へ左へ逃げていく。ラドゥーレは要所要所で行き止まりに誘導し、追い詰めようと画策する。


『ほーら、行き止まりだ。そのまま潰され……なにっ!?』


「残念、そうはいきませんよ。出でよ、凍骨の大斧!」


 が、それを見越していたアゼルに手抜かりはなく、左手を伸ばし凍骨の大斧を呼び出す。アゼルは斧を振るい、行き止まりの壁を破壊して新たな進路を確保する。


 しかし、そのまま逃げ続けても拉致が明かないことに変わりはない。いずれビルギットに追い付かれ、挟み撃ちにされてしまうだろう。


『アゼル、何か打開策はないか? このまま逃げてばかりというのは、なかなかに癪だ』


「ええ、今ちょうど閃きました。ラドゥーレは、ぼくたちの前に出てくることはまずないでしょう。その方が安全で楽ですから。ならば、ぼくのすることは一つです」


 ムルの言葉にそう答えると、アゼルは小さな紫色の炎を作り出しデューラに手渡す。温かな命の温もりに、デューラの中にある不安や恐怖が少しずつ消えていく。


「この炎、とても温かい……」


「その炎、絶対に手放さないでくださいね。さて、いきますよ。ジオフリーズ!」


 アゼルは大斧を掲げ、死の吹雪を解放する。吹雪が迷宮の中に吹き荒れ、全てを凍てつかせていく。意図が分からず、ムルは少年に問いかける。


『アゼル、何をしているのだ?』


「相手の居場所が分からないのなら、攻撃手段は一つ。迷宮全域を、ジオフリーズで一斉に攻撃するだけです!」


「な、なるほど。相手がどこにいても、この猛吹雪から逃れるのは難しそうですね」


 アゼルの目論見は、見事的中した。迷宮のどこかにいるラドゥーレの元に吹雪が届いたようで、床や天井の動きが急速に鈍化し始めたのだ。


『うぐああああ! や、やめろ、この吹雪は……ぐああっ、ビルギット、このままでは凍え死んでしまう! 早く私の元に戻れぇぇぇ!!』


「やはり、仲間を呼び戻しましたね。ムルさん、さっき会った敵の匂いを追跡してください! 相手を纏めて始末しますよ!」


『心得た。我が鼻に捉えられぬ匂いはない、すぐ追い付いてみせようぞ!』


 ビルギットとラドゥーレ、二人を同時に撃破するべくアゼルはムルを駆る。傍若無人な振る舞いをする悪しき霊に、制裁を下す時が訪れようとしていた。

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