37話―襲来! 灼炎の五本槍!

 代理教師生活二日目、次にアゼルが担当するのは七年生に決まった。アゼルが受け持つ七年生Dクラスのネクロマンサー学の授業は午後からのため、アゼルはその準備をする。


 昼前には一通りの準備が終わり、暇が出来たアゼルは学園内を散策して回る。中庭を歩いていると、校舎の陰で一人の男子生徒が三人の上級生に囲まれているのが見えた。


「お前、昨日アゼル先生からタリスマン貰ったらしいな。ふん、お前見たいな平民にはもったいないな、俺が貰っといてやる」


「いやだ、やめて! それはぼくがせんせいに……あうっ!」


「うるせえ! たかが平民のガキごときが貴族様に逆らうんじゃえよ」


 どうやら、七年生らしき生徒たちが先日アゼルの授業を受けた下級生をいじめているようだった。それを見たアゼルは、すぐさま飛び出していく。


「あなたたち、何をしているんです? 自分より年下の子をよってたかっていじめるなんて、恥ずかしくないんですか?」


「やべっ、本人が来た!」


「逃げるぞ! ふん、こんなもんいるかよ!」


 タリスマンを投げ捨て、上級生たちは慌てて逃げていった。アゼルはタリスマンに着いた汚れを払い、いじめられていた生徒に手渡す。


「はい、どうぞ。大丈夫? 殴られたりしなかった?」


「せんせい、ありがとう。ぼくならだいじょうぶだよ」


「ならよかったです。それにしても、酷いことをする生徒がいたものですね。貴族の子だからと言って、無法な振る舞いをしていいわけじゃないのに」


 生徒……エドワードを助けたアゼルは、彼と一緒に一年生の宿舎に向かいながらそう口にする。昨夜のデューラたちといい、貴族の子と平民の子の間には深い溝があるようだ。


「いまのななねんせいのせんぱいたちは、ぼくたちにもやさしくしてくれるひとがほとんどいなくて……。ごねんせいやろくねんせいのせんぱいたちはみんなやさしいのに……」


「そっか……。少なくとも、貴族主義を掲げているのは今の七年生だけなんですね」


「うん。むかしはほかのがくねんにもきぞくしゅぎのせいとがいっぱいいたけど、セルベルせんせいがこうちょうになってからだいぶへったんだって」


 その後、宿舎に向かいながらエドワードはアゼルに語って聞かせる。セルベルが校長になる前は貴族主義が生徒たちの間にはびこり、平民出身の生徒へ酷い嫌がらせが横行していたと。


 そんな状況を変えたのが、セルベルなのだという。彼は身の粉にして、他の教師と共に生徒たちの間に根深く浸透していた貴族主義を、少しずつなくしていったとのことだった。


「そうなんですね……セルベルさん、ああ見えて凄いなぁ……っと、宿舎に着きましたね。ここまで来れば、もう大丈夫でしょう」


「せんせい、ありがとー」


「いえ、また何かあったらいつでも相談に……」


 その時。非常事態を知らせる鐘の音が学園の全域に響き渡る。アゼルとエドワードが驚いていると、校内放送が聞こえてきた。


『学院への不審人物の接近を確認! 女性教師はただちに全生徒を連れ避難棟へ退避せよ! 男性教師及び警備員は迎撃準備を整え校門へ向かえ!』


「不審人物……なんだろう、嫌な予感がする。エドワードくん、君は他の一年生たちと一緒に避難してください。ぼくは校門に行きます」


「うん! せんせい、きをつけてね!」


 エドワードと別れ、アゼルは急ぎ校門へ向かう。すでにキキルやロロムをはじめとした男性教師と、リリンやシャスティ、アンジェリカがいた。


 アゼルの到着に気が付き、リリンが声をかけてくる。


「来たか、アゼル。どうやら、面倒な客が来たようだ」


「そうみたいですね。相手の情報はもう届いてるんですか?」


「ああ。偵察に出た警備員の話では、相手は一人だそうだ。とはいえ、油断は禁物だろう……むっ、見えたぞ」


 そんな話をしていると、校門に一人の老人が歩いてくるのが見えた。相手の姿を見て、教師たちは呆気に取られてしまう。


「おいおい、あれのどこが不審人物なんだ? ただの教戒師の先生じゃないか」


「ああ。なんだ、ただの見間違いか」


 やって来たのは、犯罪者を教え諭し罪を戒めることを生業としている教戒師と呼ばれる職種の人物であった。老人は穏やかな微笑みを浮かべているが、アゼルは一目で見抜く。


 相手はただの教戒師ではない。警戒しなければならない存在なのだ、と。


「これはこれは、教戒師の先生。如何なされたのですか?」


「ええ、ちょっとした用がありまして、ここに寄らせてもらったのですよ」


「ああ、そうなんですか。全く、とんだご無礼を……」


「その人から離れてください! その人は危険です!」


「へ?」


 校門に集まっていた教師の一人が、教戒師……マクスウェルの元へ歩いくのを、アゼルが止める。スケルトンを二体創り出し、突撃させる。


 片方のスケルトンが教師を救出し、もう片方のスケルトンがマクスウェルを攻撃する。すると、マクスウェルの影の中から現れたバールヴァルディが短剣で攻撃を受け止めた。


「おやおや、もう気付かれてしまいましたよバールヴァルディ。あの少年、なかなかの感知能力を持っているようだ」


「だナ。このまま一人仕留めてヤろうと思ったガ、そう簡単にハいかないヨうだな」


「な、なんだ!? 影の中から人が!」


 突如出現したバールヴァルディに、教師たちは驚きをあらわにする。漆黒の装束を纏った暗殺者の持つ短剣の鍔に、ガルファランの牙のシンボルマークが刻まれていることにアゼルが気付く。


「その短剣……あなたたち、ガルファランの牙の手先ですね?」


「ええ、その通り。我々はとあるお方にお仕えする『灼炎の五本槍』というグループの一員です。わたしはマクスウェル」


「そシて俺はバールヴァルディ。覚えナくてもいいゼ。どうせ、全員ここで死ヌんだからナ」


 マクスウェルとバールヴァルディの言葉に、教師たちは仰天し驚きをあらわにする。まさか、ヴェールハイム魔法学院を牙の手先が襲撃してくるとは思っていなかったのだ。


「やはりそうでしたか。あなたたちの目的はなんです? ぼくを殺しに来たのですか?」


「それもありますよ。ですが、我々の本命は別にあります。まあ、それを教えるつもりはありませんがね」


「マクスウェル、時間稼ぎハもういいだろウ。すでに仲間が行動ヲ開始した。俺たちハアゼルを仕留めれバいい」


 次の瞬間、学院内にある資料棟から爆発音と共に火の手が上がる。マクスウェルたちは、学院の中にあるを狙っているようだ。


「まさか、すでに敵が入り込んでいるだと!?」


「ハハハ、そうダ。我々ガルファランの牙はあらユる場所に潜んでいル。この学院が例外だとは思わないことダな」


「教師の皆さん、ここはぼくが引き受けます。皆さんは校内に潜む牙の対処を!」


「いや、ここは私とシャスティに任せよ、アゼル。こやつら、そなた以外に本命があるようだ。それを達成されるわけにはいかん、それに……」


「大量にいる生徒を守るにゃ、たくさんのスケルトンを操れるアゼルの方が適任だしな。アンジェリカ、おめぇ学院の内部構造に詳しいんだろ、アゼルの補助しろ。いいな?」


「かしこまりましたわ、シャスティ先輩」


 マクスウェルたちと戦おうとするアゼルを制止し、リリンとシャスティが前に出る。すでに校内への攻撃が始まっている以上、迷っている暇はない。


 アゼルは素直に二人に従い、教師たちやアンジェリカと共に校内へ引き返していく。


「分かりました。でも、その前に……ターンライフ・ブレス! これで、一度だけなら死んでしまっても即座に生き返れます。二人とも、気を付けて!」


「ああ、サンキューなアゼル」


 リリンとシャスティに死者蘇生の加護を与えたアゼルは、生徒たちの救助と内部に潜む牙のスパイ撃破のため、今度こそ引き返していった。


「っつーわけだ。アタシとあんたの二人で、あの薄気味わりぃしじいどもをぶっ潰してやろうぜ」


「ああ。出来ればアゼルと組みたかったが、文句は言えまい。さあ、始めるとしようか」


「ほっほっ、これは面白い。所詮、末裔の腰巾着に過ぎないあなたたちに我々を倒せますかねぇ」


「無理だナ、断言出来ル。勝つのハ俺たちダ」


 マクスウェルとバールヴァルディは、リリンたちを嘲り笑いながら錫杖と短剣を構える。対して、リリンは魔法のムチを、シャスティはハンマーを取り出す。


「ハッ、アタシらが腰巾着だってよ、リリン」


「心外だな。お前たちの驕り、後悔させてやる」


 ヴェールハイム魔法学院を守るため、ガルファランの牙との戦いが始まった。

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