35話―世界一受けてみたいネクロマンサー講座

 翌日……アゼルの教師生活、一日目が始まった。急遽行われた朝の学年集会にて、一ヶ月の間アゼルが代理でネクロマンサー学科の教鞭を執ることが伝えられた。


 一日目にアゼルが受け持つ一年生の子どもたちは、名高い英雄に授業をしてもらえると聞き皆大喜びしている。アゼルもまた、自分より年下の子が相手とあって、だいぶリラックスしていた。


「一年生の子たちは、八歳ですか……。幼い頃から、皆たくさんお勉強しているのですね」


「ええ、そうですのよアゼルさま。八歳から十五歳までの七年の間、ここでそれぞれの夢を叶えるための勉強をしますの。ネクロマンサー学も、その一つですわ」


 集会の後、空き教室で授業の準備をしながらアゼルはアンジェリカとそんな会話を行う。自分よりも小さく、幼い子どもたちが毎日勉強を頑張っていることを知り、自然と気合いが入る。


「よし、それなら皆のためになる授業をしてあげないと! ぼくの力の見せどころですね!」


「頼もしいですわね、アゼルさま。どう授業を進めるか、もう決まりましたの?」


「はい。リリンお姉ちゃんに必要なものを準備してもらってるところです。前任の方に負けないように、頑張りますよ!」


 そう口にした後、アゼルはアンジェリカと別れた。そんな彼らの様子を、別の校舎から眺めている生徒たちがいた。ヴェールハイム魔法学院の生徒会の面々だ。


「生徒会長、どうでした? 例の英雄さんは」


「フッ、見掛け倒しのお子ちゃまですね。あんな子どもを教師として招くなんて、校長先生もついにモウロクしてしまわれたようだ」


「ですねぇ。アークティカでの話だって、どうせ自分で吹聴して回ったホラ話に決まってますよ。真に相応しいのは、デューラ会長の方です」


 デューラと呼ばれた女子生徒は、七年生の証である金色のネクタイを締め直しフッと笑う。生徒のトップたる自分よりも注目を集めるアゼルのことが、気に入らないらしい。


「アレを監視しなさい、コリンズ副会長にアリス書記。何か問題を起こしたら、即効でお父様に報告して叩き出してやるわ」


「会長のお父上は、この学院の理事長ですからね。なんとでもなりますよ、ええ」


「その時には、セルベル校長あの豚も責任を追及して追い出してしまいましょうか。格式ある学院に、平民などという汚ならしい者どもの入学を認めるような奴は不要よ」


 そう言うと、デューラは腰まで伸びたブロンドの髪をなびかせながら生徒会室を後にした。彼女にも受けねばならない授業があるからだ。


「せいぜい、ムダに頑張ることね。この学院にいる貴族主義を掲げる生徒たちは、そう簡単に余所者を認めはしないわよ」



◇――――――――――――――――――◇



 一方、自分が生徒会に監視されているとは露ほども知らないアゼルは、自分が受け持つ一年Aクラスの生徒たち……総勢四十人を率い、体育館に移動していた。


「皆さん、こんにちは。ぼくはアゼルと言います。これから一ヶ月、学院の生徒さんたちのネクロマンサー学を受け持つことになりました。これからよろしくお願いしますね」


「はーーーーーーーい!!!!!」


 アゼルが自己紹介をすると、生徒たちは割れんばかりの大声で元気いっぱいに返事をする。同行していたリリンとシャスティ、キキルは思わず耳を塞いでしまう。


「くう、なんという大声……子どもというのは、元気なものだな」


「ニシシ、だろだろ? 特に一年ぼーずどもはいっつも元気い……おぐっ! こ、腰が……」


「あんま無理すんなよ、キキルセンセ。自業自得たぁいえ、ひでえ折檻されたんだし」


 壇上に立つアゼルを見つつ、リリンたちはそんなやり取りをする。その間に、アゼルは手元の生徒名簿を見つつ、彼らに一つの質問を投げ掛けた。


「それじゃあ、授業を始める前に一つ、みんなに質問します。ネクロマンサーにとって一番大切なことは、なんでしょうか?」


「はーい、はーい、はーい!!」


「はーい、はーい!!」


 アゼルの言葉が終わるよりも早く、生徒たちは一斉に挙手しアピールを行う。アゼルに指名してもらい、正解して誉められれば、他の生徒たちに自慢出来るからだ。


 そんな生徒たちを見て微笑ましそうにしつつ、アゼルは名簿に目を落とし一人の生徒を指名する。


「それじゃあ、元気いっぱい声を出してくれた……エドワードくん、答えてくれるかな?」


「はい! たくさんのまりょく!」


「そうだね、確かに魔力の量は大事です。魔力が多ければ多いほど、スケルトンを長い時間操れる。でも、一番ではないんだな、惜しい! じゃあ、次の子!」


 一人目の答えは違ったらしく、再び挙手の嵐が巻き起こる。その後、何人かの生徒たちが指名されて答えるも、正解を言い当てた者は一人もいなかった。


「それじゃあ、答えを言いますね。ネクロマンサーにとって一番大切なのは……『骨を知る』こと、です」


「せんせー、それってどういうことですかー?」


「スケルトンと一口に言っても、色々な種類があります。人の骨格を持つモノ、獣や鳥の骨格を持つモノ……一体一体、違う骨の特性があり、動かし方もまた変わってきます。そこで!」


 アゼルはそこまで言うと、体育館の隅で待機していたリリンとシャスティに合図をする。二人は大きな箱を持ち上げ、壇の前に運ぶ。


 ヒラリと壇上から飛び降り、アゼルは箱の前に着地して蓋を開ける。中に手を入れ、取り出したのは手作りのタリスマンであった。


「今日はレクリエーションも兼ねて、みんなにスケルトンたちと遊んでもらいます。ぼくが作ったタリスマンを一人に一つずつ渡すので、順番に受け取りに来てくださいね」


「えー!? せんせーのてづくりー!?」


「すごーい! わたし、はやくほしー!」


 アゼルは昨夜徹夜し、生徒が使う練習用のタリスマンを作っていた。一つ一つのタリスマンに一体ずつ人型や獣、鳥型のスケルトンが封じられている。


 実際にスケルトンと触れ合うことで、それぞれの特徴を理解し、親しみを持ってもらおうと考えたのだ。小さな丸い琥珀が付いたリボン型のタリスマンを、アゼルは生徒たちに手渡す。


「はーい、ちゃんと全員分あるから、押したり割り込まないで取りに来てねー。また次の授業で使うので、ずっと持っていていいからねー」


「ほんとー!? わーいわーい!」


「ほえー、あいつすげーなぁ。練習用とはいえ、タリスマン作れるネクロマンサーなんてそうそういないのに、器用だなぁ」


 大喜びする生徒たちを眺めつつ、キキルはアゼルの技術力に舌を巻く。全員にタリスマンが行き渡ったのを確認した後、アゼルは内部に封じられたスケルトンたちを呼び出す。


「それじゃあ、いきますよ。サモン・スケルトンズ!」


「わー、でたでたー!」


「すげー、ほんもののスケルトンだ!」


 子どもたちが怯えてしまわないよう、身長や体格を低めに創られた人型や獣、鳥型のスケルトンたちは、コミカルな動きでおどけてみせる。


 初めてスケルトンを見る子が怖がらないように、というアゼルの気配りだ。スケルトンたちはアゼルによって制御されており、生徒たちを傷付ける心配はない。


「それじゃあ続いてこれを配ります。今日は授業が終わるまで、みんなとスケルトンたちでチャンバラ大会です!」


「わー、たのしそー!」


「せんせー、どんなルールなのー?」


 生徒たちが尋ねると、箱の中からおもちゃの剣を取り出しつつリリンが説明を行う。剣は持ち手から鍔、刀身に至るまで全てゴムで出来ており、怪我をしないよう配慮されている。


「それについては、私たちから説明しよう」


「今からスケルトンたちの身体のどこかに、魔法で丸のマークを書く。そこに剣を当てられたらバツに変わる。おめーらの体操服のゼッケンに、一回当てたら一ポイント入がるようになってるぜ」


「授業が終わった時に一番ポイントが高かった者には、アゼルからご褒美が出る。何が貰えるかは、その時のお楽しみだ」


 ご褒美、と聞き生徒たちの間にどよめきが起こる。すでにタリスマンを貰ったのに、まださらに何かお楽しみがあると聞かされれば……やる気が出ないわけがない。


 みな目の奥に気合いとやる気の炎を燃やし、リリンからおもちゃの剣を受け取る。


「よーし、やるぞー! いちばんになってごほうびをもらうんだ!」


「おれだってまけないぞ!」


「わたしだって!」


「よーし、みんなに剣が行き渡ったね。それじゃあ……はじめ!」


 キキルがホイッスルを鳴らすと、スケルトンたちの身体の各部に丸マークが浮かび上がる。それと同時に、広い体育館をあちこち走り回って逃げていく。


「まてー、スケルトーン!」


「つかまえてやるぞー、それー!」


 生徒たちはスケルトンを追って走っていき、チャンバラ大会が幕を開ける。楽しそうにスケルトンを追いかけ、ぽこぽこ叩いて遊ぶ。


 スケルトンと触れ合うことで、少しずつ彼らの特性を理解し、どういう動きをするのか、どうすれば追い込んで叩けるのかを学んでいく。


「いやー、なかなか考えたね。このくらいの歳の子たちじゃ、座って教科書読ませるよりはこっちの方が楽だもんなぁ」


「昔、お父さんが言ってました。『何事も、言葉で聞くだけでなくまずは身体で覚えるのが大事』って」


「ほえー、おれもやってみよ。生徒たちも楽しそうだしな!」


 アゼルの言葉に感心し、キキルは何度も頷く。彼の言葉通り、生徒たちは楽しそうにスケルトンたちとのチャンバラを行っている。


 こうして、アゼルの代理教師としての生活は、順風満帆な出だしで幕を開けたのであった。

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