34話―波乱万丈の代理教師

 セルベルとメイディに案内され、アゼルたちはヴェールハイム魔法学院本校舎三階にある校長室へ向かう。アゼルはそこで、メイディから教本を渡される。


「わが校で用いているネクロマンサー学の教科書です。スムーズに授業を進めるためにも、事前に読み込んでおいてください」


「分かりました。それにしても、大きな校舎ですね。生徒さんたちもいっぱいいそうです」


「ええ、わが校は三つの授業棟があり、生徒の数も千人を越えるイスタリア最大の学園ですから。迷わないように、地図を持ってきますね」


 メイディはそう言うと、校長室を出て資料室へ地図を探しに向かう。その間、アゼルはぱらぱらと教科書をめくり、何が書いてあるのかをチェックする。


「おほー、懐かしいな。相変わらず分厚い教科書使ってんな、ここは。十一年前から変わってねえや」


「この教科書、低学年の方たち向けなんですね。ぼくたち操骨派が使う魔法について、分かりやすく解説されてます」


「さて、ワシは教員の方々を読んできましょう。何人かはこの時間授業を受け持っていないので、先にアゼルさんに紹介し……ブヒッ!?」


 シャスティが過去を懐かしみ、アゼルが教本の内容に感心していると、セルベルが席を立ち校長室を後にしようとする。が、その時勢いよく校長室の扉が開かれた。


「こーちょー、しばらく隠れさせてくれ!」


「グリゴリの奴に捕まったらぶっ殺されるからな!」


 校長室に入ってきたのは、アゼルとそう変わらない背丈の二人のゴブリンだった。ゴブリン特有の緑の肌と、片目を隠す栗色の髪が特徴的な、活発そうな男の子たちだ。


「いたた……またあなたたちですか、キキル先生にロロム先生。これでもう百回は越えていますよ、まったく」


「そーいうなって、こーちょー……ん? あらら、そこにいるのはもしや!」


「例のネクロマンサーの人! 例のネクロマンサーの人じゃないか! そっか、こーちょー上手いことやったんだな!」


 キキル、ロロムと呼ばれた二人組みのゴブリンは、そう口にするとアゼルの方へ走り寄ってくる。そして、口々に自己紹介を始めた。


「よろしくなー! おれ、キキル! ロロムの双子のアニキなんだぞ! 二人でシーフ学科の教師やってんだ、よろしくな!」


「おいらはロロム! キキルの双子のオトートだよ! 右目が隠れてる方がおいらで、左目が隠れてる方がキキルだ、覚えてくれたら嬉しいな!」


「こちらこそよろしくお願いします、キキルさん、ロロムさん」


「おう! よろしくな、アゼル!」


 二人揃って元気よく挨拶をしたあと、キキルとロロムはシャスティとアンジェリカに気付き、今度はそっちの方へ駆け寄っていく。


「おっ! お前も来てたのか、シャスティ。十一年ぶりだな、元気してたか?」


「まーな。あんたらも元気そうだなぁ、見た目も……全く変わってねえな」


「へへへ、そうだろそうだろ。おいらたち男のゴブリンは、大人になっても見た目は子どものままだからな!」


 ロロムがそう言うと、アゼルは目を丸くして驚く。てっきり、自分と同い年くらいかと思っていたが、遥かに年上……しかも、シャスティが在学していた時から教師をしているらしい。


「えっ、二人とも大人なんですか……」


「ええ、わたくしが在学していた頃には……確かお二人とも三十代で……ぐふっ!」


「年齢は言っちゃダメだぞ、アンジェリカ。な?」


「は、はい……」


 自分たちの年齢をバラそうとしたアンジェリカの脛を蹴り飛ばしつつ、キキルはそう圧をかける。脛を押さえつつ、アンジェリカは素直に頷いた。


 その時、目当てのものを見つけたメイディが校長室に戻ってきた。白衣を着た、大柄なオーガの男を引き連れて。


「お待たせしました、アゼルさん。学園の地図を持って参りました。ついでに、わが校の保険医を紹介しましょう。彼がこの学園の保険医、グリゴリ先生です」


「よろしく、アゼルと言ったかな? 私がグリゴリだ。もし怪我をしたらいつでも来てくれたまえ」


「よろしくお願いします、グリゴリさん」


 半袖にまくった白衣の下には、オーガ特有の筋肉質で真っ赤な腕が覗いている。丸太ほどの太さがあり、アゼルの腕など簡単にへし折ってしまうだろうことが容易に想像出来た。


「さて、と。今ソファの陰にこそこそ隠れたゴブリンども、大人しく出てこい。我が麗しのモンブランを食った罪、死をもって償ってもらおうか」


「ギクッ」


「ギクッ」


 顔を真っ青にし、慌てて隠れたキキルとロロムだったが、グリゴリには小見通しだったようだ。校長室に逃げ込んだことが仇となり、退路はグリゴリのいる扉のみ。


 故に、二人が採った行動は強引な逃避行であった。グリゴリの脇をすり抜け、廊下へ脱出しようとするが……。


「強行突破! 逃げろー!」


「それー!」


「甘いわ! に゛か゛さ゛ん゛!」


 大柄な体躯からは想像も出来ないスピードで双子を捕らえ、グリゴリはそのままヘッドロックをかける。キキルとロロムは、この世のものとは思えない苦悶の声を漏らす。


「ヴぉあああああ!! 死ぬ、死ぬううぅ!」


「ヴぇあああ!! ギブ、ギブアップ! 助けてぇぇぇ!!」


「案ずるな、仮に死んでもアゼル殿が生き返らせてくれるだろうよ。というわけで、今日はみっちりねっとりたっぷりと……死ね」


 そんなやり取りをした後、グリゴリは双子を連行していった。一連の出来事を唖然としながら見ていたアゼルとリリンに、シャスティが声をかける。


「気にすんな。昔っからあんな漫才やってんだよ、あの三人。まあ、今回は流石に死ぬだろうけど」


「こ、個性的な人たち、ですね……」


「個性的で済む範疇なのか、アレは」


 アゼルの言葉にリリンがそんなツッコミを入れると、セルベルたちも苦笑いを浮かべる。そんななか、場を仕切り直すべくメイディが咳払いをする。


「こほん。まあ、彼らのことは置いておきましょう。アゼルさんには、早速明日から授業を行ってもらいます。まあ、明日は一年生のAクラスの一回だけなので、問題はないでしょう」


「早速、ですね。分かりました、頑張ります」


「クラスの担任を補助として付けますので、ご安心を。クラス名簿とこれまでのネクロマンサー学で行った授業について纏めた資料も持ってきたので、地図と一緒に渡しておきますね」


 手抜かり一切なく、メイディは必要なものをアゼルに渡す。気の利いたメイディの行動に、アゼルはお礼を述べる。


「メイディさん、ありがとうございます」


「いえ、お気になさらず。さて、これでやることは終わりましたが……校長、他の方々はどうしましょうか」


「そうですなぁ……おお、そうだ。もしよければ、他のお三方も臨時教員をやってみませんか。ただ学園にいるだけでは退屈でしょうし」


 セルベルの提案に、リリンとシャスティ、アンジェリカは顔を見合わせる。実際、一ヶ月ほど暇をもて余すのもどうかと思っていたため、すぐ承諾した。


「面白い。なら、私は魔法を教えるとしよう。ま、我が魔法をどれだけの者たちが理解出来るか分からんがな」


「んじゃ、アタシは治癒の奇跡でも教えるかねぇ。現役の聖女に教えてもらう方がやりやすいだろ」


「わたくしは格闘術を担当しますわ。ふふ、腕が鳴りますわね」


 三人ともそれぞれの担当を決め、やる気を見せている。アゼルにかっこいいところを見せて、アピールしようという魂胆なのだが、それは内緒だ。


「よーし、明日から頑張りますよ! ネクロマンサーとして恥ずかしくないように、気合い入れてやります!」


「ブヒッ、頼もしいことですな。夕方になれば授業も全て終わるので、キキル先生たち以外の教師もご紹介しましょう。皆……まあその、個性豊かですのですぐ仲良くなれましょう!」


「こ、個性豊か……ですか。それは楽しみ……ですね、あはは」


 つい先ほどのキキルたちのやり取りを思い出し、アゼルはひきつった笑みを浮かべる。彼らのような個性豊か……と言うよりは奇天烈極まりない者たちが、まだ大勢いるようだ。


 元学生として学園の内情をよく知っているシャスティとアンジェリカは心当たりがあるようで、アゼルと同様に顔がひきつっていた。その様子が、アゼルの不安を煽る。


(なんだか大変なことを引き受けちゃったみたい。でも、一度やると決めたからには最後までやり遂げないと。ネクロマンサーの卵たちのためにも、頑張ろう!)


 心の中でそう決意し、アゼルは拳を固める。その直後、校舎のどこかからキキルとロロムの悲鳴が聞こえてくるのであった。



◇――――――――――――――――――◇



「あら? あのガキの居場所が変わったみたいよ、ビルギット。なんでか知らないけど、今はイスタリアにいるみたい」


「あーん? 面倒くせぇーな。せっかく遠路はるばるアークティカまで来たってーのに。まあいいや、んじゃイスタリアに進路変更すっか」


 その頃。アゼルを狙う霊体派のネクロマンサー……闇霊ダークレイスの二人組みが山小屋でそんな会話をしていた。小屋の主はすでに殺され、ビルギットの『食事』にされていた。


 サイコロ状に刻んだ肉を口に放り込み、咀嚼しながらビルギットは脇腹を掻く。


「急がねーとよぉ、獲物を盗られちまうぜ。ガルファランの牙の連中も、とっくに動いてるって話だからな」


「分かってるわよ、そんなこと。でも、ま……もうちょっと道中の殺戮ショーを楽しんでもいいでしょう?」


「……だな! オイラももっと、肉を喰いたいしな!」


 そんな狂った会話をしつつ、二人の闇霊ダークレイスは笑う。アゼルの元に、敵が迫りつつあった。

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