33話―遥か異国の地へ

 翌日、アンジェリカの試験結果が発表された。試験教官に終始優位に立ち回ったその実力が評価され、見事合格を掴み取ることが出来た。


 新入りルーキーでは最上位となるEランクでの冒険者登録を終え、アンジェリカは正式にアゼルたちのパーティーに編入された。アシュロンのコネのおかげだが。


「アゼルさま、これからよろしくお願いしますわ。わたくし、馬車馬のようにご奉仕させていただく所存ですわよ!」


「いえ、そんな馬車馬だなんて……。ほどほどに頑張ってくれればそれで大丈夫ですよ、アンジェリカさん」


 試験の後、リリンとシャスティにコッテリとされたアンジェリカだったが、懲りることなくアゼルにベッタリしていた。当然、先輩二人は面白くない。


 が、下手に動けばアゼルに嫌われ、そっぽを向かれてしまう恐れがある。そのために、リリンたちは歯がゆい思いをしつつ、沸き上がるマグマのような嫉妬を抑え込む。


「シャスティよ、分かっておるな?」


「ああ。あの小娘がまた調子に乗ったら……シメる」


 もうすっかり我が家のような感覚でギルド本部の寝室で四人がくつろいでいたその時、来客がやって来た。ギルドを束ねる上層部の一人だ。


「ああ、こちらにおいででしたか、アゼルさん。あなたに指名依頼が入りまして、依頼人の方と会っていただきたくお呼びしました」


「ぼくに指名依頼、ですか?」


「はい。先日のスタンピード騒動を納めた功績で、アゼルさんもAランクになりましたからね。あなたに力を貸して欲しいと思っている人は、星の数ほどいますよ」


 ヴァシュゴルを破り、帝都を救った功績を認められ、アゼルはAランクへの昇格を認められたのだ。それに伴い、通常とは形式の異なる仕事……『指名依頼』の対象となったのだ。


 依頼人が待つという面談室へ向かう途中、シャスティが幹部の男に問いかける。


「アゼルに使命依頼ねぇ。どこのどいつだろうな、依頼が通った運のいい奴は。今、アゼル使命の依頼って倍率ヤバいんだろ?」


「ええ、今現在倍率は六百倍を越えてますよ。まあ、大半はアゼルさんでなくても十分達成出来るものなので、そういう依頼は却下してますがね」


「な、なんだか凄いですね。六百倍って……」


 己のネームバリューの凄さを改めて実感し、アゼルは頬をひきつらせる。少しして、依頼人がいるという面談室にたどりつき、中に入る。


「セルベル殿、アゼルさんをお連れしましたよ」


「おお、ありがとうございます。いや、ダメ元で指名依頼を出した甲斐がありましたな、ブヒッ」


 面談室にいたのは、豚のように肥え太った男と、その秘書らしき美女だった。男は大きな豚っ鼻を鳴らし、人なつっこい笑みを浮かべる。


 見たところ、悪人ではなさそうだ。


「こんにちは。あなたがぼくに指名依頼を出した方ですか?」


「ええ、ええ。まずは自己紹介しましょう、ワシはセルベルと言いまして、ヴェールハイム魔法学院の校長をしている者です」


「ええっ!? ヴ、ヴェールハイム魔法学院!? イスタリアでも特に有名な、あの名門学校の!?」


 セルベルの言葉に、アンジェリカが仰天する。そんな彼女に、不思議そうにアゼルが尋ねた。


「アンジェリカさん、知ってるんですか?」


「勿論ですわ。アークティカの北にある魔法大国、イスタリアで最も格式高い名門学校ですの。わたくしも卒業生ですのよ?」


「アタシも在籍してたぜ。六年生の時に落第したけどな! ハッハッハッ!」


「……シャスティ先輩、それは誇れることではありませんわよ」


 どうやら、アゼルが知らなかっただけで世界的にはかなり有名な魔法を学ぶ学園のようだ。そして、セルベルはその名門校の校長を務めているのだと言う。


「それで、その名門校の校長先生が、ぼくにどんな依頼を……?」


「はい、それは秘書であるこのわたし、メイディから説明させていただきます。わが校では未来ある少年少女たちに様々な魔法を学ぶ場を提供していまして、操骨派の方々が使う魔法も授業で教えているのですが……」


 理知的な雰囲気を漂わせる女性……メイディはそこまで言うと、黒ブチメガネをクイッと指で押し上げる。そして、話の続きを口にする。


「ネクロマンサー学科を担当する教師が不慮の事故で全治一ヶ月の重傷を負ってしまいまして。アゼル様に臨時教師をしていただきたく思い、こうして依頼を出した次第なのです」


「そうですか、臨時教師……って、ええええっ!? ぼ、ぼくが先生の代わりを!?」


 メイディの話を聞き、アゼルはビックリ仰天してしまう。まさか自分に臨時で教鞭を執ってほしい、と言われるとは微塵も思っていなかったのだ。


 驚いたのはアゼルだけでなく、リリンやシャスティ、アンジェリカまでもが目を丸くしていた。


「ええ、アゼルさんは操骨派のネクロマンサーの中でも特に高い力を持つ、と聞きましてな。あなたに教鞭を執っていただければ、生徒たちもより一層勉学に身が入ると思いましてな、ブヒッ」


「もちろん、ずっとというわけではありません。元の担当教師が復帰するまでの間でいいのです。必要なサポートは、全てこちらが請け負います。どうでしょう、未来ある子どもたちのためにお力添え願えませんでしょうか?」


 セルベルとメイディにそう言われ、アゼルはしばし考え込む。誰かにモノを教える、ということ自体、アゼルには全く経験がない未知の体験なのだ。


 断ろうかとも思ったが、その時アゼルの脳裏にかつて父が言った言葉がよみがえる。


『なあ、アゼル。人間ってのはな、学ぶばかりじゃあダメだ。時には誰かに教えることで、これまで気付けなかった自分の間違いや足りない部分を知れる。それもまた、己を高めるために必要なことなんだよ』


 今は亡き父、イゴールの言葉を思い出し、アゼルは考えを改める。自分のネクロマンサーとしての力は、まだまだ不完全なものだ。


 より力を磨き、いずれ再び襲い来るだろうガルファランの牙との戦いに備えるためにも……教師として他者を導き、己自身もステップアップする必要がある。


「分かりました。ぼくのような若輩者でよければ、セルベルさんたちに力をお貸しします」


「おお、そうですか! それはよかった、これで生徒たちも大喜び、わが校のネームバリューもさらにマシマシ、ワシも臨時ボーナスでウッハウハ! ……こほん、失礼しました」


 最後にうっかり私欲をこぼしたセルベルは、メイディに冷たい目を向けられ場を取り繕う。呆れたようにため息をついた後、メイディは床に置いていたトランクを机に乗せる。


「では、依頼受理ということでよろしいですね? こちらは前払いです。金貨三百枚が入っていますので、お納めください」


「さっ、さんびゃ……!? マジかよ、金持ちだなヴェールハイム魔法学院。そんだけ金貨があれば、三年は遊んで暮らせるぜ」


「こら、がっつくなシャスティ。これはアゼルへの前払いだ、お主のではないわ」


「いてっ! んだよ、わーってるっつーの」


 思わずよだれを垂らしつつトランクに手を伸ばすシャスティを、リリンがチョップで制裁する。そんな二人を尻目に、アゼルはトランクを受け取った。


「凄い金額ですね……こんなに貰って、大丈夫なのですか?」


「ブヒヒ、問題ありませんよ。むしろ、アゼルさんを招致するのであれば、これくらいはお支払いしないと。依頼完了時には、さらに三百枚金貨を追加でお支払いしますよ」


「そ、そんなに……」


「ええ、何しろあなた様は救国の英雄ですから。報酬をケチると、わたしたちの方に悪評がついて回ることになりかねませんから。では、早速学院に向かいましょう。……グランスケープ!」


 何はともあれ、依頼は正式に受諾された。アゼルたち四人は、メイディの大規模な転移魔法によってヴェールハイム魔法学院へ転送される。


 気が付くと、アゼルたちはヴェールハイム魔法学院の校門前に立っていた。


「ほう、凄い魔法だ。一瞬で超長距離をジャンプするとはな」


「ブヒヒ、ここの学院の教師ならばみな使える魔法ですよ。さ、まずは校長室にいきま……」


 感心するリリンにそう答え、セルベルはアゼルたちを校内に招こうとするが……。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! 貴様アアアァァ!! よくもオレのモンブランを食べやがったなアアアァァ!! 楽しみに取っておいたおやつをぉぉぉ!!」


「へっへーん、いつまでも残しとくから悪いんだよーだ! キキル、逃げるぞ!」


「あいあいさー!」


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! このクソゴブリンどもがあああああ!! ゆ゛る゛さ゛ん゛!!!! 死ねやあああああ!!!」


 突如、校内の一角から凄まじい怒号とけたたましい破壊音が響き渡る。アゼルたちが固まっていると、メイディが何事もなかったかのように校門を開けた。


「お気になさらないでください、いつものことなので。さ、行きましょうか」


「……ああ、そうでしたわね。とても懐かしいですわ、今のやり取り……今も在籍してらっしゃいますのね、例の先生たちは」


 どうやら、アンジェリカですらげんなりするほどのクセモノたちが魔法学院にいるようだ。これからのことを思い、アゼルは冷や汗を流す。


「……この依頼、受けてよかったのでしょうか?」


「分からん。一つ言えるのは……とんでもなく面倒なことになった、ということだな」


 そう答えるリリンを連れ、アゼルはヴェールハイム魔法学院へと足を踏み入れるのだった。

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